4-7 Quality【質】

「俺のは譲二みたいに大それた作戦名はないぞ」


「別にそれはなくて構わないよ」


 完全論破された後だと、大それた名前を付けたことが余計に恥ずかしく思える。


「具体的な作戦を考える前に、まずは、なんで俺達が英語をできないのかを考えた。譲二はどうしてだと思う?」


「それは……、絶対的に経験が足りないからじゃないか? 英語のネイティブは産まれた時から英語に触れているからその経験が違いすぎるんだよ」


 英語をどうやったらできるのかを考える上で、なぜ英語ができないのかも少しは考えた。その上で、ネイティブと比べて、絶対的に経験が足りないと思ったから、物量ごり押し作戦なるものも考えたのだ。


「でも、後天的に大人になってからでも英語を習得している人はいるぞ」


「それはそうだけど、やっぱり後になってから始めた人だとできる人も減るじゃん。頭の作りが違うのかもしれないな」


 認めたくのは少し癪(しゃく)ではあったが、個人間での能力差というのはあるものであり、もうどうしたって英語が出来ないんじゃないのかという可能性も僕は捨てきれていなかった。


「そんなことはないよ。同じ日本人の中でも、頭のよいと思う人から悪いと思う人までピンキリだけど、英語ができるアメリカ人でもそれはピンキリだし、誰でもできるんだよ。そんなに頭のよくなさそうな奴でも英語がしゃべれるってこともあるじゃん」


「それでも、留学とか海外に行ったりする必要があるんじゃないかな?」


 そういう意外な人が英語が出来る例も、知ってはいたが、そういう人は大体海外での生活経験がある人だと思っていた。そういう意味でも、英語が出来ない理由は経験不足が一番大きいと考えていた。


「それでも国内だけでもやれる人はいる。じゃあ、そのギャップはなんなんだよ?」


「うーん、物量以外じゃ僕じゃ思いつかないよ。翔は、どう考えているんだよ」


 僕はもう降参だと、とっとと翔の意見を聞こうとする。


「あくまで推測でしかないけど、一つはきっかけというか目的。ネイティブの人はその言語ができないと人とコミュニケーションができないから絶対にできないという目的意識があるし、留学している人もそれに近い目的意識がある。でも、きっかけなら俺達もジェシーちゃんと英語で話したいっていうのは十分なんじゃないかな」


「ネイティブの人や留学している人の目的意識に追いついているかは怪しいけどね。それで、他にもあるのか」


 翔の「一つは」という言い方が気になったから、僕は先を促す。


「もう一つは、密度が違う。ネイティブにしても留学生にしても、英語でコミュニケーションするしかないから、頭をフルに英語で使うしかない。例えば、日本の英語の授業では一時間も時間をかけて、教科書1ページくらいの分量しかやらない上に、それも日本語の訳とかを重点的にやるせいで、英語そのものにかけている濃度がすごく薄いと思うんだよ。その英語の密度さえ濃くできれば、留学生とかとのギャップもカバーできると思う」


「言われてみれば、ジェシーも英語の授業で日本語ばかりでるのは不思議だって言ってたな。でも、その密度の濃さをどうやって濃くするのかっていうのが問題じゃないのか?」


「だから、これからが俺の作戦の本題になるな。その濃度を濃くする勉強法は、音読を中心に考える」


「音読……、要は声に出して読むってことか、それはそんなに効果的なのか?」


 音読という勉強方法を聞いたことが無い訳ではなかった。英語の取り組み方を考える参考にネットでもいろいろと調べてみると、その方法論も星の数ほどもあり、音読はその内の一つだったのだ。


 他にも、留学、通信教育、多読、聞き流しなどいろいろな方法論を見つけたが、音読についてはそこまで気にかけていなかった。


 この内、濃度を濃くするのなら、聞き流しが、一番効果がありそうに思えた。聞き流しならどんな時間でもできるし、大量の英文を聞くこともできる。


「音読なんて、小学校の低学年のころにやっただけで大したやりかたじゃないと思ってしまうかもしれないけど、これが意外と効果的らしいんだよ。音読するには、文章を目で見て、それを口で言葉に出して、その音を耳で聞くっていうプロセスが必要になる。五感を全部使うから頭も活性化されて、より言語が頭に入ってきやすくなるらしい」


「なるほど……」


 そう言われると、音読は聞き流しとかと比べても負担のある結構頭を使う勉強方法に思える。


「それに、書くのと違って読むだけなら時間もそんなにかからないし、ちゃんとこなしている具体的な作業にもなるから、勉強量の目安にもなる」


「でも、ただ闇雲に音読するわけじゃなくて、その前に文章の構造を理解しないといけない。だから、音読の下準備として、最初に簡単な文法の本をやって、英文解釈の練習をする」


「英文解釈?」


 あまり聞きなれない言葉に、僕は聞き返してしまう。


「SVOCとかって聞いたことがない?」


「なんとなくは……、Sが主語で、Vが動詞、OとCは……」


 五文型か何かの授業でちょっと解説を聞いたことはあるが、とにかくはっきりとは覚えていないし、意識したこともない。


「Oが目的語で、Cが補語。文中でのそれをはっきりと指摘できるようにする」


「そのために英文解釈が必要なの?」


「文法はあくまでも文章を読むため、書くための法で、文章の中でどう使われているのかをみないといけない。単語も文章の一つのパーツに過ぎない。音読をするのは、それらを音読のペースで理解できるようにしないといけないということだから、まずは英文の構造を瞬時に理解できないといけないんだよ。だから、先に英文解釈をしてその流れを英文で身につける」


「要は、英語をそのままに理解して、文の流れるままに理解しようっていうやつか? 英語を英語のままに理解するっていう」


 僕自身にはこの感覚はさっぱりわからないが、英語をできる人がこういう感覚であるというのは聞いたことがある。


「そういうことだな。大体、英語で100%の意味があるものを日本語でも考えるなんてものは非効率極まりない。同じ意味のあるものを二つの言語で考えたら、単純に倍の労力がかかることになるし、その変換効率も考えたらさらに負担がかかる。その上、訳を考えることで必ず語弊も生まれてしまうだろう」


「でも、できるかな?」


 翔の理屈はわからないじゃないが、今の僕の英語のレベルからすれば飛躍しすぎているような気がしてしまう。


「できるできないじゃなくて、たぶんこれが遠回りに見えて一番簡単なやり方だよ。大体、ジェシーちゃんと話したいと思ったら、その流れの中で英語をできないといけないだろう?」


「それは確かにそうだな。それにしても、よくここまでのやり方を思いついたな。具体的すぎてビビるんだけど」


 翔の話を聞いた後だと、僕の物量ごり押し作戦は情けなく思える。


「感心するようなことじゃないよ。少しアレンジしたところもあるかもしれないが、俺のはある程度受け売りだからな。英語ができるようになっている人は身の回りにはそんなにいないかもしれないけど、できるようになった人もいるんだから、そういう人達のを参考にすればいいんだよ」


「確かにそれがうまいやり方かもね。で、どこで見つけてきたの?」


「それは秘密。もしかしたら、譲二がこのやり方から何か新しいやり方を思いつくかもしれないじゃん。ある程度人のやり方に従いながらも、自分に合うやり方にアレンジする必要はあると思うんだよね」


 僕は、自分で必死に考えて物量ごり押し作戦を考えたが、それよりも元からある信頼できるやり方を拝借したり、優秀な先生をつけたりするのはいいやり方なのだろう。予算が少なく、先生など雇えない僕達からすればこれがベストな道なのかもしれない。


「それで、この作戦名は?」


「あえて、作戦名を付けるなら……、’To infinity and beyond’とでもしておくか」


「あっ? なんだよそれ?」


「お前も知っているだろう? 無限の彼方へさあ行くぞ! 物量なんか無視するレベルの無限の宇宙に飛び込むってことだよ」


 どこかで聞いたセリフと、右拳を振り上げるポーズと共に、翔は自信たっぷりである。

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