3-3 English class【英語の授業】

 僕の学校は、レベルは高くはないものの、一応は進学校であり、始業式の当日から授業がある。


 最初の授業は英語だった。


 英語のネイティブスピーカーであるジェシーにとって、英語の授業は全くの無意味である。だが、ジェシーにとってはこの英語の授業は、僕達にとっての英語の授業と同じ意味を持つ。ジェシーにとってこの時間は日本語という外国語の授業であり、ある意味僕達にように悪戦苦闘するときであろう。


 僕は授業を聞きながら、英和辞典を引いて、必死に本文の内容を理解しようとする。


 隣に座るジェシーも僕と同様に、辞書を引きながら、必死に日本語の意味を理解しようとしていた。


 でも、授業が進むにつれておかしなことに気付く。


 僕はジェシーのことが気になって、何度もチラチラとその様子を見ていたのだが、ジェシーは英語が載っている辞書を見ている様子が一切ないのだ。


「ジェシーは国語辞典が使えるの?」


 これだけ日本語がしゃべれるジェシーに野暮な質問だと思ったが、聞いてみた。


「はい、ある程度。これと漢字辞典無しでは、日本語を勉強できません」


「英和辞典は使わないの?」


「えいわ?」


「ええと、イングリッシュ、ジャパニーズ、ディクショナリー」


「ああ、めったに使わないです。だって、ワタシが勉強しているのは日本語ですからね」


「マジで?」


 いくらジェシーが日本語をできるといっても、そこは英語を介して理解しているものだと思ったから、ジェシーのやり方が信じられなかった。


「ジェシーさん、ここを読んでください」


 こそこそ声で話していたつもりだったのだが、先生には見咎められたようで、ジェシーが当てられてしまう。


「えっと、英語で読むですか?」


‘Would you show us native English?’


‘OK.’


 先生が英語で促すと、ジェシーの流暢な英語が教室内に響く。


 ジェシーの話す英語は先生のそれよりもはるかに流暢で、でも先生や僕やクラスメイトが使う英語とは全然違うから、ほとんど聞き取ることができない。


 学校に来て、自己紹介からずっと積極的に日本語で話していたジェシーが教室で英語を話すのは初めてで、僕以外のみんなは驚き、教室には「おーっ」という歓声が響く。


 先生には僕達を咎める意図もあったのかもしれないが、ジェシーの存在をこのクラスに認めさせるという意図もあったのだろう。


「ほら、みんな静かに」


 なおもざわざわとするクラスを先生が諫める。


「ワタシ、そんなにすごく見えるですか?」


 ジェシーは、そのクラスの反応に困ったように苦笑いを浮かべる。


「すごいというか、珍しいんだよ。日本ではね」


 クラスメイトの反応は、僕が日本語でやった親父との電話を聞いて驚いたジェシーの反応と全く同じである。ジェシーにとっては当たり前のものが、僕らにはすごく見えてしまう。珍しく見えてしまうというだけのことだ。


「それにしても……、英語の授業なのに、日本語をいっぱい使いますね。ワタシにとっては勉強になりますけど変です」


「はい、じゃあ次は譲二君読んで」


 なおも、ざわつきが収まらないクラスを鎮めようと、今度は僕が当てられる。


 ジェシーの英語とは似ても似つかない英語みたいなものを僕が読むと、クラスはいつものテンションに戻ってしまう。


 それはいつものクラスの風景ではあったが、否応なく、僕とジェシーの英語力の差を突きつけられてしまった。

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