1-3 American strong power【アメリカンパワー】

「お邪魔します」


 ジェシーの日本語のほとんどはたどたどしいが、こういう定型文はやけに流暢である。日本人より日本人しているっていうくらい丁寧だ。


「って、ちょっと待って!」


 ジェシーの所作に感心して、その動きを全部見ていたから、その後のジェシーの動きを僕は寸でのところで止めることが出来た。


「どうしました?」


 ジェシーが振り向いた時に、その顔があまりにも僕の近くにあったことに僕は恐ろしくドキドキする。


 相手が日本人であっても、僕は相手と目を合わせるということが苦手である。

 それが、女の子であればなおさらであるのに、ジェシーの両目は見たこともないような透き通るような青色だった。


 しかも、とっさにジェシーを止めようとしたため、思わずジェシーの素肌がむき出しになった肩に触れていた。勝手に女の子に触ってしまったことにも気づいて、またしても顔が火照る。


「靴を脱いで!」


 僕は恥ずかしさのあまり急いで手を離して、身振り手振りと実演を交えて、大げさに説明する。


「ああ、ごめんなさい。日本の習慣、忘れていました」


 ジェシーは合点がいったようで、靴を脱いで玄関をあがる。


「これでいいですか?」


 ジェシーはニコニコとしながら、靴を揃える。


「うん、いいよ。じゃあ、部屋に案内するね」


 先週僕が掃除した部屋、つまりジェシーの寝室は二階にある。階段の下まで来たところで、ジェシーの重そうなトランクが気になり、僕は声をかける。


「先にあがって、それは僕が持つから」


「わかりました」


 僕が階段の上を指すと、ジェシーは階段を登ろうとする。

 しかし、トランクは自分で持ち上げようとする。


「ちょ、ちょっと待って!」


「どうしました?」


 僕がトランクを抑えると、ジェシーは驚いて振り返る。


「荷物は僕が持つから」


「本当ですか? しかし、その必要はないです」


 それでも、ジェシーは自分でトランクを持って行こうとする。


「遠慮しないで」


「ありがとうございます。日本人の親切ですね!」


 ジェシーはなぜか渋っていたが、何に合点がいったのか突然表情をぱあっと明るくさせると、トランクから手を離す。言葉が通じたのか自信はなかったが、なんとか意図は伝わったようだ。


「気をつけてくださいね」


 手ぶらになったジェシーはそのまま階段を駆け上がる。僕はそのジェシーの後を追って、階段を登ろうとする。


「って、おもっ!!」


 トランクの様子と、ジェシーの持ち上げる様子から重そうだとは思っていたが、そのあまりの重さに驚愕する。僕が全力で持ち上げても、トランクは地面を転がりプルプルと震えるだけであった。


「ジョージ!」


 上から僕を心配するようなジェシーの声が聞こえる。


「ちょ、ちょっと待っていて!」


 力を込めすぎて、脂汗すら流れてくるが、荷物はうんともすんとも言わない。

 これだけ持ち上がらないと、ジェシーがここまでどうやって運んできたのか不思議でたまらない。なんか、持ち上げやすくする装備でもこのトランクにはついているのかと思って調べるが、とくに持ち上げるのを補助するものは見当たらない。ここだけ、一時的に重力が増えているのかと疑いたくすらなる。


「重いですか?」


 待ちくたびれたのか、いつの間にか下まで来ていたジェシーがじとっと僕を見つめる。


「そ、そうだね」


 僕はトランクから手を離して、額の汗をぬぐう。


「日本人、弱いですね」


 言葉の刃が僕の胸に突き刺さる。あまりにダイレクトな言葉だが、なにか言葉をつけ忘れたか間違えたのだと思いたい。

 ジェシーは重そうにしながらも、両手を使ってトランクを横に持ち上げ、一段一段階段をあがっていく。


「アメリカ人、すごいパワーですね……」


 ジェシーの身長は僕より頭一つ以上は小さいのに、とんでもないパワーだと思った。どこからそんなパワーが出てくるのかと不思議でたまらず、僕は思わずつぶやいたが、トランクを運ぶジェシーには聞こえないようだった。

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