3 満月の夜

 処刑は満月の夜に行われた。

 大広場に設けられた磔台、その足元には大量の薪が積まれ、周囲には幾つもの篝火が煌々と燃え盛っている。

 長々と罪状を述べる領主は愉快極まれりと言わんばかりの顔で、磔にされた男をぐいと睨みつけた。

 最後の頼みとして髭を剃ってもらい、さっぱりした風体になった男は、ただ無言で集まった民衆を眺めている。

「何か言い残すことはあるか」

 形式的に尋ねた領主に、男は不敵な笑みを浮かべて、ゆっくりと口を開いた。


「紳士淑女の皆々様! 今宵お目に掛けますのは、稀代の術士ロベール・ヴァン=グラードがお贈りする一夜限りの夢舞台。どうぞ最後までお楽しみください!」


 張りのある声が広場にこだますると同時に、焔が巻き起こる。

「誰だ、火をつけたのは!?」

「いえ、誰も近づいておりません!」

 まだ火をつけていないはずの薪は勢いよく燃え盛り、男の姿はあっという間に炎に包まれて見えなくなった。

 次の瞬間。軽快な破裂音と共に炎がはじけ飛び、七色の光が夜空を照らす。

 光が集まって磔台を照らせば、そこに佇むのは瀟洒な夜会服に身を包み、優雅に一礼をする男の姿。

「奇跡の脱出劇、お楽しみいただけましたか?」

 どっと沸き上がる歓声。巻き起こる拍手の嵐。領主のがなり声は掻き消されて、広場は異様な熱気に包まれる。

「続いてお目に掛けまするは、空中歩行の魔法! 皆様、頭上を失礼!」

 何もない空中へ躊躇いなく足を踏み出す男。一歩、また一歩。あんぐりと口を上げて見上げる人々の頭上を、男は踊るような足取りで進んでいく。その一挙一動に、観衆の視線は釘づけだ。

 興奮を煽るように光が舞い、男を照らす。打ち鳴らされる拍手や足踏み、それ自体が伴奏となって、奇跡の舞台を彩っていく。

 そうして、最高潮の盛り上がりを見せた夢の大舞台は、満月を背に深々と一礼する男の口上で締めくくられた。

「最後までお付き合いいただき、恐悦至極に存じます。願わくばまた、どこかの空の下でお会いできますことを! それでは皆様、ごきげんよう!」

 弾ける光に目が眩む。そうして人々が再び目を開けた時、男の姿はどこにも見当たらなかった。

 再び沸き上がる歓声に、広場が揺れる。

「ええい、黙れ! 黙らんか!」

 領主の言葉に耳を貸す者など最早おらず、人々は口々に『稀代の術士』の名を呼び、褒め称えた。

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