第8話 化け魚にトドメがさせない

 どんな生き物だろうが、動き続ければ体力がつきて、やがて止まる。

 化け魚でも、それは変わらんはずだ。魚であればだが……。


 激しく動けば動くほど、スタミナ切れになるのは早い。

 俺は奴が疲労するのを待っていたのだ。


 そしてついに、化け魚は動きを止めた。


 海面に浮いたまま泳ごうとはせず、暴れもしない。


 チャンスだ!


 俺はトドメを刺すべく、ひれからダイバーズナイフを引き抜いて、背中に乗り移った。


「頭を潰す!」


 俺は化け魚の背中を這って、頭の方に進む。

 狙いは脳。魚類であれば、目の後ろの方にあるはず。


 脳を破壊してしまえば、化け物だろうが生きてられるわけがない。


 これで決める!


 赤く光る目にまで近づき、狙いを定めナイフを両手でつかむ。


 大きく振りかぶって、俺はナイフを振り下ろしたのだが――


「硬い!」


 ナイフは化け魚に刺さらず、弾かれて火花が散った。

 傷が少しついただけで、ダメージにもなっていない。


 俺は頭に触って調べてみると、金属のようで冷たく硬かった。


「これは鉄か!? びてんのか?」


 頭が赤色なのは、錆びてるせいだった。

 これは頭を守るための、甲羅のようなものだ。ただ材質は鉄。


 こいつは鉄兜かぶとをつけた、化け物だった。


「くそっ! うろこも硬そうだし、ナイフじゃトドメがさせん!」


「海彦ー! こいつを使えー!」


 叔父がゴムボートから、もりを掲げて投げた。


 銛ならいける!

 俺が空中で受け取ろうとした途端、化け魚が再び泳ぎ出す。


「馬鹿な!? もう動けるはずはない!」


 俺は甘かった。コイツは魚ではなくやはり化け物なのだ。

 少し休んで、回復したのだろう。


 このまま振り落とされれば、俺はやられてしまう。


 泳いで逃げる体力は残ってなかった。


「こうなったら!」


 バランスを崩す前に、一か八か俺はコイツの頭に飛びついた。

 力を振り絞り、再びナイフを突き立てる。


 ただし、刺したのは赤く光っている目だ。


 柔らかいので、刃は通った。ざまーみろ!


「クバアアアアアア!」


 化け魚は咆吼を上げて、激しく泳ぎ回る。


 俺も体力の限界にきており、ナイフから手を離してしまう。

 もう力は残っておらず、海に浮かんでいるだけで精一杯。


「もう、だめだ…………」


「海彦さん! 死なないでー!」


 薄れ行く意識の中、穂織の声が聞こえた。


 どうやら気がついたらしい。俺めがけて浮き輪を投げてくる。

 だが、俺は動けず取りにはいけない。


 保叔父さんと山彦が叫んでるようだが、なぜか声が聞こえない。


 気を失いかけてるのだろう。もう何も聞こえない……ああ、静かだ。


 閉じかかった目に見えたのは、穂織の泣き顔だった。

 女らしい一面が見られて俺は笑った。


「なーんだ、可愛いとこもあるじゃないか。だが、俺はここまでだ……後はなんとか逃げてくれ……みんな」


 化け魚が襲ってくると思っていたが、何か様子がおかしい?


 光っていた海がドンドン小さくなっていく。


 うずをまくように波が動きだし、俺と化け魚は渦に飲み込まれる。


 俺は気を失った……

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