第4章 サイレント・スタジオへようこそ

「美島さん、昨日のテレビ観ました?」

 ビュースター宣伝部のフロアで坂口が美島に声を掛けて来た。

 時刻は10時。宣伝部員の始業時間だ。

「観てないな。何かあったの?」

 美島はMacの電源を入れながら答える。

 メールチェックの為だ。

 仕事関係からプライベートまで、様々なメールが届いているはずだ。

「なんか、『僕の女性の口説き方テクニック公開!』みたいなのやってたんですけど、その中に『32歳、レコード会社勤務』って人のが出て来て」

「俺じゃねえぞ!」

「内容見たら美島さんじゃないのはわかりました」

「なんでよ?」

「再現Vがあったんですけど、部屋に呼んだ女の子の前で、DX7で『戦場のメリークリスマス』弾いてました」

 DX7というのはヤマハのデジタルシンセサイザーの事だ。

「俺が楽器弾けない云々は置いといて、女の子が部屋の中に入ってる時点で9割方勝負はついてないか?」

「朝からくだらない話してないで、今日が締日ですから届いてる請求書全部出してくださいね!」

 デスクの阿佐美に怒られる。

 沢口はめげずに阿佐美に話を振る。

「でね、他にも『お店10軒くらいに予約を入れて、その中から当日彼女に選ばせる』ってのもあったんだけど、あーゆーのって女の子は嬉しいもんなの?」

「そんなお店側の迷惑も考えないような奴はお断りです!」

「そうだな、そんなヤリチン野郎のチンコはもげれば良いな」

「美島さん、セクハラです!」

 阿佐美が頬を膨らます。

「この業界では肉体的接触が無ければセクハラとは認められないんだよ」

「そんなの誰が決めたんですか?」

「偉大なる先人たちの判例の積み重ねだ。それもまた民主主義の一つの表れなんだよ、阿佐美ちゃん」

 阿佐美はため息をついた。

「ホント、そういう訳わかんない屁理屈こねるのは上手いんだよなあ…」


 午後からは宣伝会議が行われた。

 倉敷まどかという大型新人が現れた事により、大幅な担当替えをする必要が生じたのだ。

「さすがに美島もアー担4つはキツいだろ?」

 多岐川が美島に尋ねる。

「そうですねー。しかも倉敷まどかが多分倍くらいたいへんそうですしねえ」

「そうだな、コッカトリスと倉敷まどかの2つで手いっぱいになるだろうな」

 そこら辺は他の宣伝部員も異論はないようだ。

「かと言って、人員は限られてるから、局担も全くやらないって訳には行かないからな」

「え?」

「お前、TVKとF横は個人的な繋がりもあって強いしな」

 テレビ神奈川とFM横浜は引き続き担当になりそうだ。

 美島にとってはそれはありがたい。5th STREETに寄る口実が出来るからだ。

「あと、テレ朝のサブもな」

「へ?」

「どうせ倉敷まどかでテレビ出演あるだろうし、今はゴールデンの歌番組やってんのあそこだけだしな」

 確かにそうだ。

「そうですね。それくらいだったらなんとかなると思います」

「これからは紙媒体との連携も大事になってくるからな。音楽雑誌だけじゃなくて女性誌のインタビューとかも増えるだろうしな」

「うわー。未知の世界ですねえ」

「でも美島さん、ギャル雑誌にアヲヰのお化粧講座とかねじ込んだじゃないですか」山崎が口を挟む。

「まあ、あれも個人的なつながりだから」

「女性編集者とかライターに強いですよねえ」

「でもさ、女性誌ってなんかそういったのとはノリが違わない? 西野さん、そこら辺、どうなの?」

 雑誌媒体担当の西野聡美に訊く。

「そうねえ。でも美島君なら大丈夫じゃない?」

「それはどういった意味で?」

「女性誌っていってもいろいろあるけど、スキャンダル雑誌だと『ザ・芸能界』って感じでスポーツ新聞と変わらないノリだけど、インタビュー受けるような女性向け総合誌って、割りと『自立してる私、カッコいい!』って意識高い編集者多いし」

 美島たち独身男性が読む事は、まずない雑誌だ。

「美島君なら、そういった雑誌のプライド高い女性編集者への攻略法をすぐに編み出すんじゃない?」

「西野さんは俺の事をホストかなんかだと思ってません?」

「ターゲット層が有閑マダムだったらお手の物でしょ?」西野もにっこり切り返す。

「まあ、どっちみち俺は自分から仕掛ける事はないと思いますよ。西野さんが取って来てくれたものをこなすだけで」

「わかんないわよ~。編集者から逆指名あるかもよ」

「指名料取れるかなあ?」

「美島がボケ出したから、割り振りはここまでな」

 多岐川が宣言した。

 

「飯塚さん、ウチの制作の後藤です」

 夜、美島は飯塚のスタジオに来ていた。

「ビュースターの後藤です。よろしくお願いします」

「飯塚と申します。よろしくお願いします。早速ですが、スタジオの説明しますね」

 以前からの約束通り、制作の人間を連れて来たのだ。

「美島から話は聴いてましたが、コンパクトだけどなかなか機材は揃ってますね」

「そうですね。ですんで、ヴォーカル録りとかオーバーダビングとかミックスは便利だと思います。ラインものはコンソールルームでも録れますし。僕の趣味でキーボード類は充実してますしね」

「しかも格安で、交通の便も良いですねえ」

「ウチから歩いてすぐだし」

 美島が口を挟む。

「それ関係ないだろ。いやまてよ、何かあった時便利かもしれないな」

「後藤さん、何か物騒な事考えてません?」

「物騒じゃねえよ。ただ、休憩室代わりにはなるかなって」

「俺からしたら充分物騒ですよ!」


「僕、アレンジやトラック制作もやってるんで、良ければデモテープも聴いてください」

 飯塚が後藤に提案する。

「あ、丁度そういう人探してたんですよ。今聴けます?」

 後藤としても、飯塚みたいにフットワークの軽いアレンジャーが一人いると、急な仕事が入った時とかに助かるのだ。

「ええ、実際に音出しながらスタジオの説明しますね」」

 上手く繋げられたようで美島は安心した。

 機材の事はよく分からないので、既に自分ちのように使っているデロンギのエスプレッソマシーンでコーヒーを淹れる事に専念しだした。

(このコーヒー飲めるだけでもここに来る甲斐があるよなあ。しかもウチから徒歩3分くらいの場所で)

 美島は近所に馴染みのカフェが出来たような感覚になっていた。


 後藤と飯塚はすっかり意気投合したみたいで、3人で近所で晩ご飯を食べる事になった。

 竹芝は飲食店が少ない。

 結局、スタジオと美島のマンションの中間地点にある業界御用達のバー・レストラン「TANGO」に行く事にした。

「しかし、個人スタジオって考えたら、かなり贅沢な造りですねえ」

 後藤がビールを頼み終えると飯塚に尋ねた。

「そうですね。お金は掛かってますね」

「でしょうねえ」

 後藤は、スタジオに無造作に置かれた機材や楽器もかなりのものだが、備え付けの机や椅子、コーヒーマシーンもかなり高そうなものだという事に気付いていた。

「お恥ずかしい話ですが、実家が裕福なもんで、生前贈与でまとまったお金貰ってあのスタジオ作ったんですよ。その後もいろいろとスタジオ仕事でそれなりのお金も頂いてるもので」

「全然お恥ずかしくないですよ!」

 美島がすかさずツッコむ。

「まあ、お金貯まるとすぐに機材に化けちゃうんですけどね」

 お金に不自由してないからこそ「ちりめんず」みたいに余裕のある事もやれるのかもしれない、と美島は思った。

「あの車見た時はそんなお金持ちには思えませんでしたよ」

「僕、車とか興味ないんですよね。機材が運べれば良いんで。なんで、他にもハイエース持ってますけど」

「東京で車2台持ちは充分お金持ちですよ!」

「港区は駐車場代高いですからねー」飯塚は呑気に言った。

 スタジオのあるビルの上の階に住んでるとの事なので、駐車場代だけでもワンルームマンションの家賃より高いだろう。

 飯塚は洋服にも興味ないようで、着てる服もまったくお金持ちには見えない。

 多少オタク気質があるようだ。

「しかしこの辺、夜はホント静かですね」

 後藤が飯塚に話しかける。

「去年くらいまでは、週末になるとジュリアナとかGOLD帰りの人たちがここら辺まで溢れてましたけどね」

「今は新島、式根島なんかに行く船が出ちゃったら静かなもんですよ」美島も補足説明をする。

「でもさ、CXがお台場に移転してゆりかもめ出来たら美島はCX担当になるんじゃないか?」

「ここのすぐ近くに扶桑社ありますしね。日テレも汐留に移るって話ですしねえ」

「それにしちゃ、ゆりかもめって小さいよな」

「僕は、途中で停まっちゃうんじゃないかって思うと怖いですよ。あれって車掌さんいないんですよね?」飯塚は高所恐怖症らしい。

「しかも停まったら海の上だもんね」

 3人ともハイペースで呑み続け、結局ワインをボトルで頼む事になった。

「飯塚さんちってそんな金持ちなの?」

 酔っぱらって来た美島がぶっちゃけだした。

「そうですねえ。まあ、地方の土地持ちの旧家ですよ」

「じゃあやっぱりピアノもその一環で?」

「そうですね。物心ついた時には習いに行ってました」

「英才教育だなあ」

「ジャズとクラシックの違いはあるけど、倉敷まどかと似た境遇だな」

 後藤も結構酔っぱらってきたようだ。

「どなたですか?」

「いや、今度デビューする子なんですけどね、まだ18歳で、独学でジャズピアノ覚えたらしいんですよね」

「あー、それは凄いですね。僕なんか頭というか理論で弾いちゃう時ありますけど、そういう人って感覚だけでも弾けるんですよね」

「実は一度会って戴きたいんですよ」

 後藤が唐突に言う。

「え?」

「さっきのアレンジのデモテープ聴いてて、合うんじゃないかと思って」

「え! じゃあアレンジも任せて戴けるって事で?」

「まあ、大きい事務所の子なんで、正式な発注は先方の許可取ってからですけどね。でもその為のデモは作って頂きたいんですよ」

「それは是非ともお願いします!」

 飯塚は頭を下げた。

「いやいや、実はその娘がこの前『フライディ・チャイナタウン』歌ったんですけどね。あーいった感じのクラシックやってた人のフュージョンっぽいアレンジって面白いなって思って」

「あの曲のアレンジ、井上鑑さんですからね。僕も尊敬している方です」

 寺尾聰や稲垣潤一等で有名なアレンジャーだ。

「あんな感じの、イントロがピアノでインパクトのあるのが面白いかなって思って」

「その方はご自分で曲を作られるんですか?」

「作れるらしいんだけど、それはまだ聴いた事ないんだよね。だから、取りあえずは飯塚さんのオリジナルのトラックで良いから」

「わかりました。何パターンか作ってみますね。お急ぎでしたら、過去に作ったものからいくつか揃えておきます」

「まあ、そんなに急いではないけど、既成曲もいくつか預からせてくださいね」

「ありがとうございます!」

(トントン拍子だなあ)

 美島はグラスに残ったワインを呑みほした。


 翌朝、出社すると美島は制作部に顔を出して後藤を訪ねた。

「昨日はお疲れ様でした! あの後タクシーですぐに帰ったんですか?」

「うん」

 何かニヤニヤしている。

「なんスか? 気味悪いですよ!」

「実はウチ、田町なんだよな」

「え? 隣駅じゃないですか!」

「うん、タクシーで1000円しなかったな」

(食えない人だなあ)

 美島は胸に黄色信号を灯した。

「だから俺にとっても非常に使い勝手の良い場所なんだよね」

「でしょうねえ。俺は一つ安息の地を失った気分ですよ」

「そこは共有出来るだろ?」

「まあ、そうですけどね」

「まあでも良い人紹介してくれてありがとな。スタジオも飯塚さんも今後かなり重宝すると思うよ。スタジオワークを飯塚さんに任せられたら、俺は事務所との折衝に専念出来るし」

「よろしくお願いしますね」

(ま、結果オーライか!)

 美島はいつもの調子で気持ちを切り替えた。


 コッカトリスのマネージャーである三浦伊緒太は社長の出井野守に呼び出されていた。

 三浦は腕にはG-SHOCK初のペアウォッチであるLovers Collectionの男性用「悪魔G-SHOCK」をしていた。

 いつか彼女が出来たらBABY-Gの「天使」をあげるつもりで家に仕舞ってある。

「三浦、ビュースターからデビューまでのおおまかなスケジュールは出たか?」

 事務所「チェッカーフラッグ」は、大御所アーティストである榊原文人の個人事務所として出来たところで、出井野は榊原のマネージャーだった。

 榊原は今でもCDを出せば30~50万枚はコンスタントに売れるアーティストなので、事務所としてはあくせく働く必要がないのだ。

 アルバムも2年に1枚くらいしか出さない。

 そこで、出井野は榊原に許可を取って、事務所全体の士気を上げる為にも新人アーティストを扱う事にしたのだ。

「今月中旬からアルバム用のリハを大久保で。で、来月からアルバムとシングルのレコーディング。場所は武蔵小杉です」

 三浦はFilofaxのシステム手帳を見ながら答える。

「そうか。メンバーの調子はどうだ?」

「アルバムの曲は昔からやってるものが中心になるんですが、そこで一つ問題が」

「なんだ?」

「今回のプロデューサーの坂田さんです」

「ああ…」

 坂田道弘は大御所プロデューサーだ。

 今回、新人であるコッカトリスのプロデュースを引き受けて貰えたのは、坂田がまだ売れないベーシストだった頃に、榊原のバックバンドに抜擢された事がきっかけで売れっ子になったという経緯があるからだ。

 坂田は理論派プロデューサーで、音楽的知識が桁違いだ。

 しかもプロデュースした作品に間違いが無く、実績も凄い。

 プロとリスナー両方を満足させられる稀有な存在で、バンドものをやらせたら間違いなく日本一のプロデューサーなのだ。

 ただ、その分バンドに対する要求は高く、水準に達していないメンバーは容赦なく切り捨てる。

 レコーディングで他のミュージシャンに差し替えられる事もよくあるのだ。

 曲に関しても、無駄な部分は切り捨てる。

 特にシングルに関しては「尺の意識」を徹底的にメンバーに教え込む。

「シングルはアルバム売る為のプロモーションツールなんだから、ラジオとかテレビでオンエアされる事を意識しないとダメだからね。イントロは20秒以内、サビは15秒、全体で5分以内を厳守して」

 これがバンドが昔からやってきた曲だと、メンバーは最初とにかく戸惑う。

 なにせ、長年それでやって来たので、耳が、身体が、昔のアレンジで覚えてしまっているのだ。

 そこで坂田と衝突するメンバーも出るが、とにかく音楽的知識が違い過ぎて、誰も理屈で太刀打ち出来ないのだ。

 なにせ坂田はベーシストに「そのピックじゃあ、そのベース本来の音は出ないよ」とピックにまでダメ出しする。


「まあ、奴らも最初の試練だわなあ」

 出井野は腕を組んで笑っている。

「ここを乗り越えれば、後々坂田君に感謝する事になるはずだ」

「学校の先生と一緒ですね」

「そうだな。在学中は反発しかしないのも含めてな」

 実際、コッカトリスのベーシストでリーダーでもある悠はかなり精神的にまいっていた。

 全面降伏して坂田に言われた事に疑問を持たずにやって行くのが一番楽なのだが、アーティストとしてのプライドがそれを許さなかった。

 悠は坂田に全力でぶつかっていく事を選択した。

 今まで「ロックミュージシャンは譜面なんか読めなくても関係ない」と思っていたが、それも一から勉強し出した。

 そうしないと坂田との共通言語が生まれないからだ。

 疑問に思った事を坂田に訊くと、理路整然と説明してくれる。

 結局、悠が納得してないのは感情論なのだ。

 だが、そこを折れたら負けのような気がしてるのだ。

「ま、それがプロになるって事だからな。自分たちの好き勝手な事しかやりたくないんだったらインディーズでやるのが一番だしな」

「多分、みんな頭では分かってると思うんですよ」

 三浦としても辛い立場なのだ。

「お前が精神面も支えてやるんだぞ」

 出井野は三浦の肩を叩いた。


 5th STREETの今日のライブは、ヴィジュアル系バンド4組だ。

 その中に、ツアーバンドが一組いる。

 博多から来ている「モルモッツ」だ。

 ただ、彼らはいわゆるヴィジュアル系ではない。

「お化粧したパンクバンド」なのだ。

 それでもこういったラインナップのライブに出るのは、ファン層が重なってるからだ。

 モルモッツは全員可愛い顔をしていた。

 衣装も全員「ロリパン」と呼ばれるタータンチェックを基調とした可愛いものを着ている。

 特にヴォーカルのマーガレットは非常に存在感があり、おしゃれで、ポリシーとして「一度ステージで着た衣装は二度と着ない」と決めていた。

 ファンの子たちはマーガレットの事を「ガレットちゃん」と呼んでいた。

宗崎は最初それを聴いた時に「そこで切る? そもそもマーガレットって女性名じゃないのか?」と思ったのだが、若い女の娘たちにはそんな既成概念は無いようだ。

 可愛い見た目で、出す音はゴリゴリのパンクだ。

 俗に「初期パン」と呼ばれる、SEX PISTOLSのような分かりやすくポップなパンクを、可愛らしいダミ声で歌う。

 5th STREETには半年前から毎月来るようになったのだが、彼らは機材車に乗り込み、博多から18時間掛けて横浜まで来て、ライブが終わったらまたもや18時間掛けて博多まで帰る。

 そういった苦労の甲斐あって、徐々に関東でもファンが増えて行った。

 宗崎も最初にライブを観た時に「こりゃあ化けるかもな」と思ったのだ。


 ただ、マーガレットにはひとつ重大な欠点があった。

「病的な嘘つき」だったのだ。


 事務所を経営している宗崎の大学の先輩にライブビデオを見せると、いたく気に入ったようで「東京来た時、ウチのリハスタ自由に使って良いから」と言われ、大手レコード会社のプロデューサーにも、そこが所有している日本一高いスタジオでデモテープ作って良いとも言われたのだが、宗崎がいまいち踏み出せないのはその問題があるからだ。

 下手すると、信頼関係が崩れてしまう。

そうなると、一番楽なのは美島に紹介する事なのだが、コッカトリスと倉敷まどかで忙しいのが分かってるからどうしようもないのだ。

(しばらくは様子みるしかないかなあ)

 宗崎はそう考えていた。

 ただ、バンドはみんな早くデビューしたくてあせっている。

 特にモルモッツは毎月の強行軍で体力的にも金銭的にもかなり疲弊していた。

 抜けたがっているメンバーもいるようだが、そこをエリザベスが「すぐに事務所もメーカーも決まるから」と嘘をついて引き伸ばしてるような状態なのだ。

 そもそもメンバー集める時にも「パンクなんかやりたくねえよ」と言ってるメンバーに「ゆくゆくは違う方向性を考えている」と口から出まかせを言って、テクニックとルックス重視で集めたのだ。

 ただ、その嘘がまだ「可愛い嘘」で、マーガレットが愛される存在だったので、メンバーも「しょうがねえか」って感じでつきあってるのだ。

 マーガレットは宗崎には懐いてるのだが、どうやら博多のライブハウスやインディーズレコード店は出入禁止になってるところが多いようだ。

 偉そうに振る舞う大人は全員敵と見做して断固戦う奴で、そこら辺は根っからのパンクスだ。

 モルモッツは魅力的だけど、危ういバンドでもあるのだ。


「モルちゃんたち、もう着いた?」

 宗崎は受付の未散に訊いた。

「まだみたいよ。機材車が故障したんで遅れるって連絡あったし」

「うーん、仕方ないかあ。あの車じゃあなあ」

 機材車のハイエースの走行距離はエラい事になっていた。

「モルちゃん、なんかアイドルみたいな人気になってきたね。チケット買いに来たの、かなり若い子ばっかりだよ」

 未散が当日券を作りながら言う。

「ヴィジュアル系パンクバンドってありそうでなかったしね」

「音も結構しっかりしてるしね」

「地方からのツアーバンドってさ、『ここの地域じゃ一番楽器が上手い』って連中がパートごとに集まるから上手なバンドが多いんだよね」

「あー、それはあるかもね」

「それをまとめられるカリスマ的なリーダーがいればそのバンドは成功したようなもんだよ」

「そうかもね」

「問題は、地方でカリスマ性ある奴ってほぼヤンキーだって事でさ」


 そうこうしてる内にモルモッツ御一行様が無事着いた。

「遅れてすみません!」

マーガレットが謝る。

 車内でメイクは済ませて来たようだ。

「リハの順番代えちゃったから、対バンの人たちにも謝ってきな」宗崎が促す。

「わかりました。行ってきます」

 宗崎の言う事は素直に聞くのだ。


 リハが始まると、モルモッツは新曲をやり始めた。

 クラシックのバッヘルベルの「カノン」だ。

 遠藤ミチロウや戸川純もパンクヴァージョンでカヴァーしてるが、モルモッツのアレンジはその二つとは全く違うアプローチだった。

 歌詞も不条理で斬新な、インパクトのあるものだった。

(こりゃあ、良い曲出来たな。本番だとこれにマーガレットのパフォーマンスがあるから、もっとカッコ良くなりそうだな)

宗崎は、仕事云々は抜きにしても、美島に観て貰いたいと思った。


沢登はアメイジングの社長室に呼び出されていた。

「まどかの件、どこまで決まった?」

 纐纈は社長室の豪華な椅子に座ったまま問いかける。

「4月からの一番大きいCMは撮り終わりました。それに関連して漫画週刊誌の表紙とグラビアがいくつか決まっています。他に検討中のCMが3つほど。あと今度の深夜ドラマ以外に、映画の話も来ています。主人公の妹役ですが、人気漫画の映画化ですし、脚本が良く出来ているんで話題になるんじゃないかと思います」

「ビュースターの方は?」

「後藤さんと話してて、外部プロデューサーの選考に入っています」

「曲はどうするんだ?コンペにしないのか?」

 コンペとは、いろいろな作家に声を掛けてとにかくいっぱい曲を集め、その中から選択する方法だ。

「後藤さん曰く、コンペは効率が悪い、と」

「確かに時間は掛かるけど、『これだけの曲の中から厳選しました!』ってだけでも売りになるじゃないか」

「どうも後藤さんはそれよりも有名作家に一本釣りで依頼する方が良いと考えてるみたいです」

「まあ、受けてくれるんならその方が良いけどな」

「あと、アルバムではまどか自身の作った曲も入れたいみたいですね」

「問題はクオリティだな」

 纐纈は椅子を回転させながら考え込む。

「いざとなったらゴーストでも構わんが」

「まどかが嫌がるでしょうね」

「そうだな。音楽に関してはプライド高そうだしな」

「で、後藤さんが共同制作者を立ててはどうかと」

「どういう事だ?」

「一緒に音作りさせて、アレンジでどうにかしようって事みたいです」

「時間掛かりそうだな」

「そこら辺のスケジューリングや人選も含めて、今度打ち合わせしたいとおっしゃってます」

「そうだな。まだ時間はあるし、CMとか映画のスケジュールが優先だしな」

「それがフィックスするまで、空いた時間でスタジオに入れれば、っておっしゃってました」

「よし、そこら辺は任せる!」

 沢登は一礼して社長室を後にした。

 

 後藤は会社で分厚い本をめくっていた。

 Masicmanという音楽業界の連絡先が網羅されている書籍だ。

 プロデューサーの項目もあり、有名プロデューサーのプロフィール、連絡先も載っている。

 後藤も知り合いのプロデューサーはいっぱいいるが、倉敷まどかでは今までつきあいのない人に任せてみようと思っていた。

 一人「この人なら面白いかも」と思ってたプロデューサーは、何故かプロフィール頁に女装写真を載せていた。

(やっぱり飯塚さんに任せるかな)

 後藤は飯塚の才能を高く買っていた。

 多分にオタク気質があるが、それが良い方向に転がっている。

 アーティストとして考えると華はないが、裏方仕事だとかなり有能だと評価していた。

 問題は、まったく実績の無い飯塚でアメイジングが納得するかどうかだ。

 その為にもデモ音源はいろんなタイプのを作って貰おうと思っていた。

 極端な話、CMタイアップ用に30秒のサビだけを20パターンでも良いのだ。

 業界で「ビーイング方式」と呼ばれる手法で、広告代理店にそれを提出し、ダメ出しがあれば次の日には修正したデモを届ける。

 飯塚はスタジオを持ってるのでそれも可能だ。

 クライアントの鶴の一声で全てがひっくり返ってしまう事もあるCM業界では、フットワークが軽いというのは、それだけでかなり重宝されるのだ。

 後藤は飯塚の実績作りの為に、知り合いの代理店にもデモを持って行こうと思っていた。

 歌無しのBGMだとそんなに敷居は高くないはずだ。

 場合によっては楽曲使用料を請求しない条件にしても良いと思っていた。

 お金に困っていない飯塚なら、納得して貰えると踏んでいた。

 それが後の仕事に繋がるならすぐに回収出来るはずだし。

(アメイジングに飯塚さんのマネージメント預けるのもアリかもな)

 後藤はいろいろと考えを巡らせた。


「今夜また飯塚さんとこ行かないか?」

 美島は後藤から内線電話で告げられた。

「良いですけど、遅くなりますよ」

 宗崎からの電話で5th STREETに誘われているのだ。

「かまわんよ。お互い家は近いんだし」

「なにか進展はあったんですか?」

「昨日の今日でそんなに急に話は決まらねえよ。今後の方針を飯塚さんに確認しとこうと思ってな」

「後藤さん、俄然やる気出してきましたねえ」

「ま、新しい才能に巡り合えるのがこの仕事で一番面白い部分だしな」

 美島は受話器越しに頷いた。


 5th STREETは開場すると同時に女の子たちがなだれ込んで来た。

 今日は割りと人気のあるバンドが揃っている。

 どのバンドも前売りで50枚は出ていた。

 未散は相変わらず咥え煙草でチケットをもぎっている。

 一段落した時に、高校生らしきお客さんに話しかけられた。

「すみません、トイレはどちらになりますか?」

(か、可愛い!)

 未散は心の中で驚いていた。

 話しかけてきたのは素人離れした美少女だった。

「そこを出て右ね」

「ありがとうございます」

 美少女は一礼して去って行った。

 礼儀もしっかりしている。

(可愛い子にときめくなんて、アタシもおばさんになったなあ)

 未散は少しブルーになった。


「どったの? 呆けちゃって」

 2バンド目が始まり、受付を交替しようと出て来た宗崎は、未散がボーッとしてるのに気付いた。

「いやあ、凄い美少女がいてね」

「未散ちゃん、おっさんみたいな事言ってない?」

「おばさんどころか性別もか! いやあ、エラい可愛くてさあ。ハーフかなあ? 目鼻立ちくっきりしてたし」

 宗崎はピンと来るものがあった。

 そこへ、件の美少女が戻って来た。

 宗崎にも頭を下げる。

「君、ひょっとして倉敷さんとこの?」

「はい。倉敷リオって言います。宗崎さんですよね? 父からお話は伺っています」

 やはりまどかの妹だ。

 姉に比べると華やかさは無いが、極上の美少女である事は間違いない。

「今日はどこを観に来たの?」

「モルモッツです。ガレットちゃんのファンなんで」

 宗崎はミュージシャンを辞めた事を少し後悔した。やはりバンドマンはモテるのだ。

「今日は楽しんでいってね」

「はい、ありがとうございます。また後ほど!」

 リオは元気よく会場に入って行った。

「いやー! 美少女ってのはいるところにはいるもんだねえ」

 未散が完全におっさん化して呟いた。

「未散ちゃん、何おっさんみたいな事言ってんのー?」

 美島が飛び込んで来た。

「うるさい! アタシの反芻を邪魔するな! 穢れる! あっち行け!」

「達ちゃん、なんとか言ってよー!」

「うーん、今のは佳太が悪いかな」

「なんでよ!」

 世の中は理不尽で満ちていた。


 2バンド目が終わると、客席は一気に華やいだ。

 次がモルモッツの出番だ。

 ファンはみんなタータンチェックをどこかにあしらっている。

 マーガレットのファンは赤いタータンチェックで、これが一番多い。

「Bay City Rollersを思い出すねえ」美島が呟く。

「多分、客席でそのバンド知ってる娘は一人もいないと思うぞ」宗崎が冷静にツッコむ。

 リオも赤いタータンチェックのリボンで髪の毛をツインテールにしている。

 それがまた凶器のように可愛い。

(他のファンの娘たちにいじめられなければ良いけどな)

 宗崎は既に父親のような感覚でリオを観ていた。

 実際、可愛過ぎてバンドメンバーからチヤホヤされて特別扱いを受け、ファンからハブられる子はいっぱいいるのだ。

(後でマーガレットにも言っておかなきゃな)

 何かあると、倉敷に申し訳が立たない。


 不穏な打楽器の音が響き、モルモッツがステージに出て来た。

 初っ端から高速なパンクナンバーをブチかます。

「いやー、ヴォーカルの子、華があるねえ」

 美島が宗崎に話しかける。

「なんか『毒の華』というか、隠花植物みたいだね」

「そうだね、奴は変な魅力あるんだよね。目を離すと、なにしでかすか分からない怖さも含めての魅力だけど」

 新曲の「カノン」が始まった。

「良いねえ! こういったみんなが知ってる曲を斬新にアレンジしてカッコよく仕上げるのって才能だよねえ」

 美島はいたく気に入ったようだ。

「俺がもうちょっと自由が利けばなあ」

 実際、モルモッツは「スタッフワーク心」をくすぐるものがいっぱいあるバンドだ。

 ルックスもファッションセンスも抜群で、他に似たようなバンドがいない。

 若い女の子に人気が出る要素はいくらでもある。

 音も、大手レコード会社のプロデューサーが気に入った事でも分かる通り、カッコ良い。

いろんなギミックが思いつくバンドでもあった。

ライブやる度に動員が増えているのも、女の子たちのクチコミだ。

普通のヴィジュアル系バンドだとそういったバンドを紹介する専門誌はいっぱいあるが、美島は「やるんならファッション誌だな」と思っていた。

マーガレットならファッション・アイコンになれると思った。

どこかのブランドとモデル契約結ぶのも面白い。

(でも俺は手いっぱいだし、ウチの会社の今年のデビュー予定は全部決まっちゃってるし、社内の根回しも必要だから、今すぐは無理だなあ。どこか預かってくれる事務所ないかなあ)

 美島は思案していた。

 なにせ全員博多在住だ。東京に来させるだけでもたいへんなのだ。

 宗崎から実情も聞いている。

 乗り越えなければならない壁はいくつもあった。


「佳太、この娘まどかちゃんの妹さん」

 モルモッツのライブ終わりに宗崎がリオを紹介する。

「初めまして、リオって言います。いつも姉がお世話になっています」

 リオは礼儀正しい。倉敷が躾けているのだろう。

 そこら辺、いくら娘たちに甘くても、締めるところは締めているようだ。

「こちらこそよろしくね、リオちゃんは高校生?」

「はい、1年生です」

 そばで聴いていた未散が眩しそうに眼をしかめる。

「なんか、裏方志望なんだって?」

「はい、お姉ちゃんみたいに表に出るのってなんか恥ずかしくて。こういったライブハウスとかレコード会社とか憧れます」

 何故か未散が照れている。

「もったいないなあ。スカウトとかもいっぱいされるでしょ?」

「そんな時は、お姉ちゃんに貰ったアメイジングの人の名刺を見せるようにしてます」

「それは悪霊退散のお札よりも効果があるだろうね」

 美島は纐纈が見たら放っておかないだろうな、と予測していた。

 美人姉妹として売り出されるのは目に見えている。

「美島さんもバンドやってたって母から聞いたんですけど、どうして裏方になったんですか?」

「うーん、それについてはいろいろあるから、今度じっくり話そうね」

「イタロー、いたいけな少女をナンパするんじゃないよ!」未散が怒鳴る。

「イタロー?」

 リオがキョトンとする。その表情がまた可愛い。

「何言ってんの、未散ちゃん。知っての通り、俺は高校生には手を出さないし、ましてや倉敷さんの娘さんで、担当アーティストの妹さんなんだから」

「私は別に良いんですけど」リオがあっけらかんと言う。

「ん? 別に良いとは?」

「私、綺麗な人が好きなんです」

 美島と宗崎と未散は一瞬で目配せする。

 美島はモテる男の常として危機察知能力が高い。

 頭の中に黄色信号を灯しながら「そうだねえ、今度お姉ちゃん交えていろいろ話そうね」と誤魔化した。

「美島さん、たいへんですよね。お姉ちゃんのお守りって」

「え? どういう事?」

「お姉ちゃん、あー見えて超が付くほどのド天然ですよ」

「それは気付かなかったな。まだそんなところは見せてないし」

「そのうち嫌でも分かって来ますよ」


「あれは小悪魔だな」

 事務所に戻って、宗崎が美島に話しかける。

「なんつーか、挫折を知らないからなんでも自分の思い通りになると思ってんじゃないかな?」

「まあ、あんだけ可愛かったらみんなチヤホヤするだろうしなあ」

「倉敷家、濃いなあ」

 二人でため息をついた。


「モルちゃんたち、今度こっち来る時にいくつか事務所に声掛けてみるよ」と言い残して美島は飯塚のスタジオに向かった。


 スタジオでは飯塚と後藤がすっかりくつろいでコーヒーを飲んでいた。

「お疲れ様です。コーヒーで良いですか?」

 飯塚がエスプレッソマシーンに向かう。

「ライブどうだった?」後藤が訊いて来る。

「想像以上に良いバンドでした。でもウチはもう予定パンパンですよねえ」

「だなあ、タイミング悪いな」

「せめてどっか預かってくれる事務所ないか探してみようと思って」

「それだけ余裕のある事務所って事になると限られてくるな」

「しかもどうやらバンドがヤンチャみたいで」

「下手するとこっちに火の粉が飛んで来るかあ。それはリスク高いな」

「しばらくは様子見しかないですね」

「ま、仕方ねえな」

「そういえば、まどかちゃんの妹に会いましたよ」

「え? 偶然か?」後藤は驚く。

「うーん、どうなんでしょうね。そのバンドのファンだってのは本当みたいですけど」

「なんだ、歯切れ悪いな」

「まどかちゃんの妹だけあって超絶美少女なんですが、タイプはかなり違うようで」

 飯塚がコーヒーカップ片手に戻って来た。

「倉敷まどかさんのデモとビデオ観させて貰いました。凄い子ですねえ」

「天が不公平にも何物も与えちゃった子ですからね」

「音楽的才能だけでも突出してると思いますよ。早くオリジナルの楽曲が聴きたいです」

「後藤さん、飯塚さんにどこまで話したんですか?」

「とりあえず、代理店用にBGMのデモを10曲、アメイジング用に各種パターンのトラックを30曲作って貰う事にした」

「初っ端からハードですねえ。飯塚さん、大丈夫ですか?」

「前に作ってたストックがありますから、それを少しアレンジすればすぐに出来ると思います」飯塚は余裕だ。

「事務所のOKが出たら、すぐに本人をここに連れて来ますね」

「うわー! たいへんだ。掃除しなきゃ! 若い女の子がここに入った事なんてないですよ!」

 そうだろうな、と美島も後藤も思った。

「倉敷さんはピアノはアコースティックだけなんですかね?」

「多分そうだと思います」

「じゃあ、とりあえずクラビノーバ出しときますかね」

 クラビノーバはヤマハの電子ピアノで「最も本物のピアノに近い」と評されてる名機だ。

 さすがにこのスタジオではグランドピアノどころかアップライトでも運び込むのは無理だろう。

「デモだからそれで充分ですよ」

「いろいろと音楽的傾向とかも伺いたいですね」

 飯塚としてはそこは気になるところだろう。

「18歳だけど、実家がジャズクラブですからねえ。なんか想像出来ないですよね。後藤さんはそこら辺はまだ本人とは話してないんですか?」美島が確認する。

「全然だよ」後藤は憮然と言い放つ。

「多分、事務所も扱いに困ってるんだろうな。本人はアーティスト志望だろうけど、事務所にとってはタレントだしな」

「そこら辺は一悶着ありそうですね」

「逆に『音楽に関してはそっちに任せるから』ってなる可能性もあるんだよな」

「そうなると楽なんですけどねえ」

 美島はそう言いながらも希望的観測である事は分かっていた。


 宗崎はモルモッツとライブ終わりのミーティングをしていた。

「今後のスケジュールなんだけど、ウチじゃなくて都内のハコでやりなよ。紹介してあげるから」

「え? 良いんですか?」マーガレットが驚いて確認する。

「うん、事務所の人とかに観て貰うんだったら横浜よりかは都内の方が行きやすいだろうしね。さすがに来月とかはライブハウスの方が予定が埋まっちゃってるだろうから、再来月、良い日が無ければ3ヶ月先でも良いと思うよ。その方が動員もあるだろうし」

「すみません、気を使って戴いて。僕ら都内のライブハウスよく分からないんですけど、どこら辺が良いですかね?」

「原宿ルイーズなんてどう? あそこならウチとプロデューサー一緒だからすぐ紹介出来るよ」

 宗崎はモルモッツなら原宿は似合い過ぎるくらいハマるだろうと踏んでいた。

「とりあえずさ、そのライブで動員100人目指してみなよ。こっちにもスタッフ出来たんでしょ?

「今のところ、ライブの時に物販手伝ってくれるくらいですけど、その子たちに宣伝も手伝ってもらって、他のライブの時にチラシ配りでもやって貰うようにします」

 真面目に宣伝やるバンドは、プロバンドが武道館とかでライブやると、その帰りにチラシを配りに行ったりするのだ。

「俺が君たちに出来るのってここまでだから、後は君たちがチャンスを掴み取るんだよ」

 バンドはいつも宗崎たちに全力でぶつかって来る。

 なにせ彼らは人生が掛かってるのだ。

「早くデビューしたい!」というより「早く世の中に認められたい!」と思っている。

 しかも強烈な個性を持ってる奴、世の中の常識を知らない奴も多い。

 中には、結果的にデビュー出来なかった事で紹介者の宗崎を責める奴もいる。

 そんなバンドマンたちと毎年同じような事を繰り返すのは、精神的にかなり辛い作業だ。

「ありがとうございます! 頑張ります!」

(マーガレットのこの言葉が嘘じゃない事を祈るのみだなあ)

 宗崎は心の中でため息をついた。


「初めまして、倉敷まどかです」

 数日後、まどかと沢登が飯塚のスタジオへやって来た。

 後藤は少し先に着いていた。

 後藤が飯塚のデモ音源を聴かせ「とりあえず、一度音合わせをしてみましょう」と沢登を説得したのだ。

 幸い、深夜ドラマの野外ロケが天気の都合でバラしになった事で偶然スケジュールが空いた。

 飯塚はボーっと見とれている。

 後藤に横腹を突かれて、ようやく挨拶を始めた。

「初めまして、飯塚と申します。むさくるしくて狭いところですが、機材だけは揃ってますし、エスプレッソマシーンはプロ仕様の良い奴を入れてますから美味しいコーヒーが飲めますよ」

「それは楽しみです。私、コーヒーないとダメな人なんです」

 まどかが微笑むと、飯塚は魂が抜けたような顔になった。

(飯塚さん、女性に対する免疫無さそうだしなあ)後藤は今後を考えて少し心配した。

(美島と足して2で割れば丁度良いのにな)

 人生はままならないものだ。


 後藤と沢登がコンソールルームで今後のスケジュールの打ち合わせをしている間、飯塚とまどかはブースの中でクラビノーバを前に話していた。

「音源を聴かせて頂いたんですけど、どれも素敵ですね」

 まどかは予め飯塚の曲を全部聴いて来たようだ。

「特に、3曲目は凄く好きです。なにか空間の広がりみたいなものを感じて」

「あれは俗に言うアンビエントって奴でして。倉敷さんがジャズをやってらっしゃるとお聞きしていたので、アシッド・ジャズっぽい感じに仕上げてみました」

「まどかで良いですよ」

 飯塚はゆでだこみたいに真っ赤になった。

「よく読書で『行間を読め』って言うじゃないですか? それと同じように、あの曲は音の鳴ってないところにいろんなものが詰め込まれてあるような気がして」

 まどかは新しいジャンルの音楽に触れて嬉しいようだ。

「ま、まどかさんはシンセサイザーとか電子ピアノみたいなのはやられないんですよね?」

 飯塚が勇気を振り絞って下の名前で呼んでみた。

「はい、でも凄く興味があります。タッチとか全然違うんですよね?」

「そうですね。まあ、慣れですよ」

「私、アレンジにも興味があるんで、シンセも覚えたいんです。飯塚さん、いろいろ教えてくださいね」

 飯塚は無表情になった。

 多分、あまりにも幸せ過ぎて顔から表情が消えてしまったのだろう。

 

「とりあえず、音を出してみましょうか」

 飯塚のスタジオには業務用のタオルスチーマーが置いてあった。

 飯塚は暖かいおしぼりが大好きで、ピアノを弾く前、弾いた後に必ずおしぼりを使うので常備しているのだ。

 スチーマーから少し前に出していたおしぼりをまどかにも一本渡す。

「どうぞ」

「すみません」

 おしぼりを受けとった途端、まどかが飛び上がる。

「熱ッ! え? なんで?」

「ど、どうかしましたか? そんなに熱かったですか? 冷めてたと思ったんですが」

「え? これおしぼり?」

「は?」飯塚は理解出来ずに聞き返す。

(他に何に見えたんだろう?)

「すみません、私てっきりバナナだと思って」

 確かに色は黄色だ。

 しかし、ピアノを弾く前にバナナを渡す人はそうそういない。

「そうですよね。なんで飯塚さん、私がお腹空いてるのわかったのかなあって不思議だったんですよ」まどかは恥ずかしそうに笑う。

「私、目が悪い上にそそっかしいんですよ」

 リオが言っていた「超がつくほどのド天然」というのは、どうやら事実のようだ。


 だが、そのギャップにまた飯塚は射抜かれていた。

(今なら良いバラードが書けそうだ)

 飯塚は滅多に作らないラブソングを書き上げる決心をした。


「ま、骨抜きになるのは仕方ないですね」

「ご飯と梅干だけで生活してた人に、いきなりビフテキ食べさせたようなもんだしな」

 後藤は美島にスタジオでの顛末を話した。

 結局、まどかはその日、夜中までスタジオに籠った。

 新しい機材を触る度に目が輝いていたそうだ。

「まあ、飯塚さんじゃ恋愛に発展する確率は限りなく0に近いから事務所としても安心でしょうし」

「お前、シレっとひどい事言ってないか?」

 後藤も敢えて否定はしない。

「でもまあ、確かに沢登さんもそこは安心してるみたいで、時間の空いてる時は一人でスタジオ行っても良いって許可は出たようだな」

「飯塚さん、嬉しいでしょうね。スタジオのスケジュールが埋まってても、どけるんじゃないですかね?」

「ま、なんにせよ、やる気スウィッチが入るのは良い事だな」

 これでまどかの曲作りに専念してくれるのなら、後藤としても文句は無い。

「あとさ、この前お前が言ってたバンドだけど」

「モルモッツですか?」

「そうそう。手元に置いといて様子みたいんだろ?」

「そうですねえ。今の会社の状況じゃやるのは無理ですからね」

「じゃあ、あと4バンドくらい集めてオムニバスアルバム作らせてみたらどうだ?」

「え? 良いんですか?」

 つまりインディーズバンドを5組集めてそれぞれが2曲収録、計10曲入りのCDを出さないかという事だ。

 それだと正式な契約じゃなくても単発で出す事が出来る。

「なんかやっとかないと、もたないだろ?」

 後藤もよく分かっている。

 バンドは待てないのだ。

 何か形になるものを進めないと不安になって離れていくのだ。

「制作から若いの担当につけるよ。ただ、そこら辺に詳しい外部プロデューサー引っ張って来た方が良いだろうな」

「心当たりがあるんで、あたっときます」

 美島はフライドエッグの西を思い浮かべていた。彼なら4バンドくらいはすぐに集められるだろう。

「ま、予算はそんなに取れないだろうから、安くあげる方法も考えないとな」

「博多ですしねえ」

「博多のスタジオで自分たちで録らせたらどうだ? こっちから制作費振り込んで。マスタリングで調整すりゃ良いし」

「あ、それ良いですね。クオリティ良くなかったら、飯塚さんとこでTDやってもらうって手もありますし」

「ま、なるべく5バンドとも公平になるようにな。そこら辺、バンド君たちは敏感だから。曲も全部5分以内に収めるようにな。5分超えるとJasracは2曲としてカウントするから著作権の分配がややこしくなるしな」

「わかりました。ありがとうございます。早速連絡してみますね」

「まだ編成会議通ってないから、メンバーには『こんな企画が進んでる』ってのを匂わす程度でな。まあ大丈夫だとは思うけど」

 後藤はチーフディレクターなので、多少のゴリ押しは利く。ましてや単発のものだったらそんなにリスクはない。

 後藤の実績を考えれば、通らない案件ではないのだ。

「はい、ライブハウスの方に連絡してみます」


 美島は早速宗崎に電話した。

「佳太、ありがとう! モルちゃんたち喜ぶと思うよ」

「メンバー脱退の危機は免れそうだね」

 宗崎としても、原宿ルイーズのライブの時に発表出来るようだとタイミング的にバッチリだと思った。

「頑張って、原宿ライブの時に事務所関係者呼び込まないとね」

 美島はオムニバスアルバムに直接関わる事は無いだろうから、せめて事務所紹介までは繋ごうと思っていた。

「西さんにも連絡しないとね」

 宗崎はフライドエッグの電話番号を調べる。

「ポケベルで呼んだ方が早くない?」

「そうだね。あの人なかなか捕まらないし」


「お姉ちゃん、昨日美島さんに会ったよ」

 倉敷家は横浜桜木町のマンションにあった。

 まどかはまだここから仕事に通っている。

 もっと忙しくなったら都内に引っ越さないといけないとも考えているが、父親がそれを許さないのだ。

「あら、どこで?」

 まどかは飯塚から借りたシンセサイザーの取扱説明書を読む手を止めて尋ねる。

 沢登に頼んで車で運んで貰ったのだ。

「5th STREETよ。モルちゃんたちのライブだったの」

「リオの大好きなガレットちゃんのいるバンドだっけ?」

「うん、昨日もカッコ良かった!」

 リオは両手を胸の前で組んで幸せそうな顔をする。

「でも美島さんも綺麗な顔してたなあ」

「リオは面食いよねえ」

 まどかが笑いながら言う。

「お姉ちゃんとは違ってね。ま、お姉ちゃんの場合、目が悪くてよく見えないってのもあるんだろうけど」

「そうねえ。どの人もボーって感じにしか認識出来ないのよね」

 その焦点が少しズレている感じも魅力になっているのだろう。

「リオは、自分の周りは綺麗なものやカワイイもので満たしたいの!」

 美少女は高らかに宣言した。

 まどかは自分とは全く性格の違う妹を溺愛していた。

 父親もそうなので、リオは甘やかされて育った。

 もちろん、礼儀作法は厳しく躾けられたが、基本的には自由奔放な性格になってしまった。

「美島さんもそばに置いておきたいのね?」

「うん、今度お姉ちゃんと一緒に話そうね、って」

「そんな事言ったの?」

「その時になんでバンドやめたかも教えてくれるって!」

 美島としては、はぐらかす為に言った事だったが、リオは追い詰める気のようだ。

「この話、お母さんも興味あると思うんだ」

「どんな一家なんだって思われるわよ」

 まどかはヘッドフォンを装着してシンセの音色を楽しみだした。

 リオは悪戯っ子の笑みを浮かべて自分の部屋に戻って行った。


「てな訳で、バンドをもう4つ集めて欲しいんですよ」

 中華街の萬福楼で麻婆豆腐を食べながら美島が西に依頼した。

 山椒の香りが口腔と鼻腔に一気に広がったようで、慌てて水を飲む。

「わかりました。なるべくモルちゃんたちに合うようなバンドで見繕っておきますね」

 西は黒づくめにサングラスと、見た目は怪しさ満点だが、仕事は丁寧で確実だ。

「良かったね、佳太。後は西さんに任せれば大丈夫だね」

 宗崎もエビチリを頬張りながら呑気に言う。

「制作の方からは、なるべくバンドは公平に、って言われてますので、そこら辺は気をつけてください」

 美島は後藤からの注意事項を伝える。

「そうですね。彼ら、横の繋がりもあるんで、悪い噂は広がるの早いですしね」

「とりあえず、参加する上での条件書いた契約書のフォーマットを作りますんで、それでバンドにあたってください。バンドのセレクションが揃った時点で制作に引き継ぎますね」

「美島さん、忙しそうですね」

 仕事の話が一段落したので、みんな紹興酒を頼んだ。

「いやまあ、これからですよ。そろそろコッカトリスもアルバムの音が上がって来る頃だし」

「シングルとどっちが早いんですか?」

「今のところ、同時発売予定ですね。まあ、タイアップとかが決まればシングル先行になるかもしれませんけど」

「シングル曲もアルバムに入るんですか?」

「シングルの別ヴァージョン入れて、カップリングは入れない予定です」

 西もコッカトリスがインディーズの頃に主催イベントに良く出て貰ってたので気になるのだろう。

「楽しみですねえ」

「でもなんか、悠が戦ってるみたいですよ」

「誰とですか?」

「プロデューサーの坂田さん」

 美島が回鍋肉を取り分けながら答える。


「坂田師匠! ちょっと教えて欲しいところがあるんですが」

「その呼び方は悪意を感じるな」

 コッカトリスのリーダーでベーシストである悠は、今日も坂田の所有する武蔵小杉のフォアヘッドスタジオで坂田を質問攻めにしていた。

 スタジオ名の由来は「猫の額くらいの大きさのスタジオ」だが、坂田の御用達のドラマーのセットがギリギリ入るくらいの大きさはあった。

 既にシングル用の曲は録り終えている。

 坂田によってギリギリまで削られて、非常にシャープ且つソリッドに、ポップになった。

 それに比べるとアルバムはまだ自由にやらせて貰えるが、要求レベルが高いのは変わらずだ。

 ギタリストの秀平は同じフレーズを200回以上弾かされた。

「君がハマってる間に、ギター一本組み上がっちゃったよ」

 坂田はスタジオの上の階でギタークラフトもやっていて、手作りで上質なギターとベースを作っている。

 ここでレコーディングをした「坂田塾卒業生」のミュージシャンたちがこぞって予約をしているが、生産が追い付かないほどだ。


 坂田はなんだかんだ言ってもコッカトリスを買っていた。

 最低限度のテクニックは持っているし、みんな素直だ。

 努力を怠らないミュージシャンは伸びるという事を坂田は経験で知っている。

 悠は勉強熱心だし、将来はプロデュースも出来るようになるかもしれない。

 多分本人もそこまで見据えて坂田に喰らいついて行ってるのだろう。

 そしてなによりアヲヰの声は、常人には無いものだった。

 ヴォーカルだけは、どんなに努力をしても限度がある。

 生まれつきの才能が多くの部分を占めるのは仕方ない。

 ただ、坂田の仕事は素材をそのまま提供する事ではない。

 坂田は自分の事を寿司職人みたいなものだと思っていた。

 どんなに新鮮で美味しい食材でも、調理法を間違えば美味しくなくなる。

一品料理として、万人が食べて美味しいと思うものを作らないといけない。

その為には食材が素晴らしいのは当然として、それを引き立てる為には、包丁の切り方、塩加減、隠し包丁、醤油やわさびの選択等、いろいろな知識と経験に裏打ちされた技法を使う必要があるのだ。

 この魚は醤油よりも塩で食べた方が美味しいな、レモンを少し絞っても良いな。いや、レモンよりもスダチの方が鮮烈で良いかも。

 常にいろいろな事を考えながら音を作っている。

 重ねるだけでなく、引く事もある。

 あえていじらないという選択も含めての料理なのだ。

(ただ、本当の食材は文句言わねえけどな)

 坂田もまた「人間が商品」の呪縛を纏っていた。


「ま、奴らも坂田塾を出たら化けますよ」

油淋鶏にかぶりつきながら美島が西に言う。

「レコーディングすると、曲を一旦バラしてから構築する作業をやる所為か、ライブも良くなりますからね」

「それは言えるね」宗崎も玉子スープをすすりながら言う。

「ウチの10周年記念ライブの時には、一皮剥けたコッカトリスが観られるかもね」

「それがプロになるって事なんでしょうね」

 西は既にデザートの杏仁豆腐に手を出していた。


 まどかは自室にこもってシンセサイザーに夢中だった。

 触れば触るほど面白い。

 しかも分からないところは飯塚に訊けばなんでも答えてくれる。

 機材も音源もいっぱい揃っている。

(これは、夢のような環境だ!)

 小さな子どもがお菓子の家に住む事を夢見るように、リオが周りを綺麗なもの、可愛いもので囲まれていたいように、まどかは音楽に囲まれるのを夢見ていた。

 アメイジングにスカウトされた時も、初めてカメラの前に立った時にも感じなかった幸福感を、まどかは満喫していた。

(出来ればあのスタジオに住みたいくらい)

 そこでまどかは気が付いた。

(あのスタジオ、名前は無いのかな?)


「名前…」

 3日後、飯塚はスタジオに表れたまどかから「このスタジオって名前ないんですか?」と訊かれた。

 正直、何も考えて無かった。

 今までほとんど身内にしか貸してなかったので、みんな「飯塚んところ」と言っていたのだ。

「あんまりこだわりないんで、まどかさん付けてください」

「良いんですか?」

「はい、まどかさんが有名になったら『ここのスタジオの名付け親は倉敷まどかなんだよ』って自慢出来ますから」

 これは本音だ。

「じゃあ、ちょっと考えてみますね」

 まどかにまた一つ新しい楽しみが増えた。


 翌月。

 とうとうコッカトリスのアルバム、シングルの音源が完成した。

 坂田のスケジュールの都合で、発売日から逆算すると、通常よりもかなり早い時期に出来上がった。

 美島もマスタリングに立ち会い、その場でカセットとオープンリール、DATに落として貰った。

(あとで飯塚さんにCDに焼いて貰おう)

 予想通り、シングルは今までのコッカトリスからは考えられないくらいメジャー感のあるもので、インディーズ時代からのファンは最初戸惑うかもしれないが、美島は多分それ以上に多くの新しいファンを獲得出来るような気がしていた。

(明日からテレビ局系出版社周るかな。深夜の若者向け情報番組とか、トンガってるお笑いとかドラマも面白いな)

 美島はこれからフル回転で忙しくなる事を予想していた。


「飯塚さーん!」

 美島は飯塚にコッカトリスの音源が入ったDATをCDに焼いて貰おうとスタジオを訪れた。

 スタジオにはまどかと、見知らぬ男性がいた。

「あ、美島さん、紹介しますね」まどかが立ち上がる。

「私の女優デビューになるドラマの監督さんなんですよ」

「大野と申します」

 大野富之は名刺を差し出した。

「いつもまどかがお世話になっております。私、ビュースターでまどかの担当をやっております美島です」

 大野は筋肉質のワイルドな風貌で、野性的な魅力があった。

美島は(こりゃあモテそうだな)と値踏みした。

「今日は、ドラマでスタジオのシーンもあるんでロケハンも兼ねてまどかに連れて来て貰いました」

 声も低音で深い。「モテる声」だ。

「こちらこそ、車で送って戴いてありがとうございます」

 まどかが笑いながら頭を下げる。

「で、飯塚さんの作ったトラックも聴かせて

頂いてたんですが、その中に結構ドラマの世界観とシンクロするものがありまして」

「え?」

 思いもよらない展開だ。

「主題歌はロックと決めてるんですが、BGMで何か面白いものはないかと思ってたんですよ。で、飯塚さんの作ったの、疾走感もあって低音もちゃんと効いてるテクノだったんで。あんなの初めてですよ」

「大野さんは音楽も詳しいんですね」

「昔、バンドやってましてね。ドラム叩いてました」想像通りのパートだ。

「ですから、打ち込みって抵抗あったんですけど、これは新しいジャンルじゃないかと思いまして」

 飯塚は照れている。

 人に褒められる事に慣れていない上に、まどかの前だからだろう。

「今、第3話まで撮ってまして、編集もこれからなんですよ。なんで、BGMをこれに決めちゃうと編集にも疾走感が出てイメージ固まるかな、と」

「大絶賛じゃないですか! 良かったですねえ飯塚さん」

「あと、不安な心理描写の場面の音と、コミカルなの1曲ずつをお願いしたところだったんですよ」

「あ、飯塚さん得意だと思います」

 まどかは「ちりめんず」の事を知らないのでキョトンとしている。

「まどかちゃん、撮影はどうなの?」

「楽しいですよ。それに脚本が凄く面白いです!」

「脚本家、塚田光一って言うんですが、小劇場の座付き作家やってた奴で、カルト的な人気があるんですよ。イイ脚本書きますよ」

「ホント凄いです。よくあんな設定思いつくなって」

「多分奴はこれからの日本のドラマ界を引っ張って行く脚本家になるでしょうね。ウチ以外でも映画も決まってるみたいですしね」

「いろいろ楽しみですねえ」

「美島さんに脚本見せても良いですか?」

 まどかが大野に許可を求める。

「もちろん! でも美島さん、何か用事があって来たんじゃないんですか?」

「あっ! そうだ。飯塚さん、DATからCDに焼いて欲しいんですよ」

「良いですよ。例のバンド、音源が出来たんですね」

「シングルは思った以上にポップに仕上がってました」


 美島は音源をCDに焼いてる間、まどかの主演ドラマ「紅い月」の脚本を読んでいた。

 まどか扮する女探偵が、様々な事件をコミカルに解決していく一話完結ものだ。

 全体的に笑えるのに、骨組みはしっかりしていてミステリの要素もあり、どうやら全話を通しての謎もあるようだ。

(面白い! こりゃあヒットするかもな。深夜なんで視聴率は見込めないけど、最近は面白いドラマはレンタルビデオで火が着くからなあ)

「美島さん、これなんてバンドなんです?」

 大野が尋ねる。

「今度デビューするコッカトリスって言います」

 大野はしばらく思案していた。

「まだタイアップとか決まってませんよね?」

「え?」もしかするともしかするのか?

「主題歌、どうです?」

(話がうますぎる! これは何か反動で良くない事が起きるんじゃないか?)

 美島は不安になった。

 後にこの不安は現実のものとなるのだが。

「もちろん、出版権はテレビ局の出版社に預けて戴く事になりますけどね」

「それはもう、明日から出版社巡りをしようと思っていたところです」ホント、渡りに船の話だ。

「でも、良いんですか? アメイジングのアーティストとか使わなくても」

 まどかが主演だと、同じ事務所のアーティストを主題歌に起用するよう言われる事がある。

「纐纈さんには私から言っておきます。これでも結構私、可愛がられてるんですよ」

 大野が胸を張る。そういえば纐纈からもそんな話が出ていた事を美島は思い出した。

「念の為、アメイジングにも出版権分けた方が良いかもしれませんね」美島が提案する。

「可能ですか?」

「そこら辺は、私も結構可愛がられてるんで」

「ま、私が一番ですけどね」まどかが参戦してきた。

 天然からのものなのかどうか、いまいち判断に苦しむ発言だった。


「とにかく、声が良いですね」

大野はアヲヰの声を気に入ったようだ。

「私、ジャンルを問わず、世に出ていない新人を発掘するのが好きなんですよ」

 気持ちはよく分かる。美島にもそういうところがあるからだ。

「まだ世に知られていないからこそ、自分の作品に参加して貰った時に、何色にも染まってないからやりやすいですしね」

「自分色に染める訳ですね」

「そういうと、なんかやらしいなあ」

 大野は豪快に笑った。


「私、桜木町なんで、ここから電車一本ですから大丈夫ですよ」

「主演女優をこんな夜中に一人で帰したら、俺が纐纈さんに怒られるよ!」

 結局、大野のランドクルーザーでまどかを家まで送る事になったようだ。

 見送り終わってスタジオに戻ると、飯塚がポツリと言った。

「お似合いの2人ですね…」

 美島はなんと言って良いやら分からなかった。

 まどかはどうか分からないが、大野の方はまどかに気があるようだった。

「飯塚さん、大丈夫ですよ。大野さんだって大事なこれからの女優さんに手を出すなんてリスクのある事はやりませんから。纐纈さんが怖いだろうし」

「頭では分かっているんですけどね…」

 そう。飯塚は頭の中では分かっているのだろう。

 それでもどうにもならないのがこういう気持ちなのだ。

「飯塚さん、呑みましょう! 明日出版社周りの必要がなくなったから楽になったし!」

 美島は今夜はとことんまで付き合う決心をした。 


 翌日。

 美島は酷い二日酔いのまま、多岐川と後藤に昨日の件を報告した。

 結局、2人でワイン3本開けて、朝まで呑んでいたのだ。

「よくやった、美島!」

 後藤が美島の肩を掴み、頭をグワングワン揺らす。

もちろん、分かっててやっている。

「あ、あ、あ、あ、あ~」

「あとはアメイジング対策だな。まあ、チェッカーフラッグとしても出版権をアメイジングに分けるくらいは大丈夫だろう。それ以上にメリットのあるタイアップだしな」

 多岐川もこれからの調整を考えているようだ。

 まずはチェッカーフラッグに出版権分割の了承を取ってから、アメイジングへ説明、出版社との交渉だ。

 アメイジングと出版社には大野から一本連絡を入れて貰ってからの方が良さそうだ。

「飯塚さんもようやく世に出る仕事になりそうだな」

 後藤も安心したようだ。

「今は人生の悲哀を味わってますけどね」

「ま、男たるもの、そういう時は仕事にぶつけるしかないな!」

「思ったんですけど、『紅い月』のサントラ、ウチで出しても面白いんじゃないですか?」

「お、そうだな。飯塚さんのスタジオで作ってるから制作費もほとんどかからないしな」

「寧ろ、飯塚さんが原盤権持つって事で良いんじゃないですか?」

 スタジオ代を負担して原盤権を持つと、出版権の10倍以上のリターンがある。

「そうだな。で、その出版権もアメイジングに分けるか」

「そうするとアメイジングが宣伝も手伝ってくれますしね。みんな幸せになれますね」

「なんか、うまく行き過ぎてるなあ」後藤が悩ましげな顔になる。

「『好事魔多し』って言うからなあ。何か悪い事が起きなきゃ良いけど」

「俺もそこが心配で」

「お前が心配する事があるのが驚きだよ!」


「未散ちゃん、お水頂戴!」

「ニコチン水で良いか?」

 お約束のやり取りの後、美島は事務所に入って行った。

 既にライブは終わっている。

 もちろん美島はその時間を見計らって来たのだ。

 もしライブ中だったら頭痛で倒れていたかもしれない。

「とにかくトントン拍子過ぎて怖くてさあ」

ミネラルウォーターをがぶ飲みしながらつぶやく。

「佳太、不安になるのはダメだよ」

 宗崎は普段見せないような厳しい顔で言う。

「お前が不安になるような要素はどこにもないんだよ」

 やさしく語りかける。

「ありがとう達ちゃん。お蔭で落ち着いたよ」

 誰かがこの光景を観ていたら、不思議に思っただろう。

 それくらい、2人の雰囲気はいつもと違っていた。

 ある意味、JUNEの読者とかには堪らないものがあったのかもしれない。


「うん、最初聴いた時はびっくりしたけど、なかなか新しくて良いね!」

 宗崎はコッカトリスのシングル曲「解放への扉」を聴き終えると美島に親指を突き出した。

「なんつーか、抜けたよね」美島も同調する。

「だねえ。タイトルからして鬱屈が溜まってたのが良く分かるし」

「しかもこれさ、ドラマの主題歌としてもピッタリなんだよね。歌詞なんかこの為に書き下ろしたんじゃないかってくらい!」

「面白そうなドラマなの?」

「脚本は凄く面白かった! あとは大野監督の腕次第かなあ」

「でもその人も実力派の人なんでしょ?」

「うん、自主制作映画の世界では有名だったらしいね。今回、満を持してのメジャーに殴り込みみたいで」

「まどかちゃんの周りには才能が集まるねえ」

「それを呼び寄せるのも才能だからね」


 美島のガラにもない不安から3ヶ月経った。

 もうすぐまどかのドラマも放映が始まる。

 ほころびは、まず西からもたらされた。

「美島さん、大変な事になりました!」

「どうしたの、西さん? ケータイに電話するなんてよっぽどの事?」

「すみません。本当は制作の人に言うべきなんですが、とにかく美島さんに最初に相談しなきゃと思って」

「何があったの?」

 美島もだんだん心配になってくる。

「モルモッツなんですけど、彼らに予めスタジオ代渡して、それで自分たちでスタジオ入って音源仕上げて来るような段取りだったんですけど」

「そうだね。そうしようって言ってたよね」

「で、2曲分で15万円渡したんですが、さっきその博多のスタジオから電話掛かって来まして」

「なんて?」

「スタジオ代が50万円超えてるらしいんです」

「えっ!」

「で、それを支払わないと音源は渡せない、と」

「急いでマーガレットと連絡取って! 達ちゃんにも!」


「まったく、なんでアイツは、あーなんだろう!」

 宗崎が珍しく感情を露わにして怒っている。

 せっかくこれだけの大人が動いて段取り組んだものを、自分でブチ壊してしまうのだ。

 宗崎の感覚で言えば、裏切られてメンツを潰された訳だ。

「今更制作費は増やせないよね?」

「西さんにバジェット(予算)として前もって全額渡してるからね。インディーズバンドのオムニバスなんてそんな売れるもんでもないから追加予算は出せないだろうね」

「そうなると、この場合…」

「西さんが全額かぶる事になっちゃうね」

 宗崎が頭を抱える。

 紹介したのは宗崎と美島なのだ。

 このままでは、西はタダ働きどころか、赤字になってしまう。

「とりあえず、後藤さんに相談してくるよ」


「まったく、しょうがねえ奴らだなあ」

 後藤もため息をつく。

「どうしましょう? 西さんに負担を強いる訳にもいかないと思うんですよ」

「うーん、じゃあこうしよう。制作費は今更追加出来ないから、ジャケット制作費を少し多めにする。こっちはまだ発注してないからな。それも西さんに依頼する形にして、そこで儲けて貰う。あと、発売記念ライブやって貰って、そこにライブ協賛金って形で支払おう!」

「後藤さん! ありがとうございます!」

「まだ誤魔化せる金額で良かったな」

「ホントですね」

「ただな、美島」後藤が真面目な顔になる。

「モルモッツと今回のオムニバス、お前はもう関わるな。トラブル起こすバンド抱えてると、お前がパンクするぞ」

 美島は頷くしかなかった。

 駄洒落かな? とも思ったが、さすがに言えるような雰囲気ではなかった。

「たまに、トラブルメイカーのミュージシャンっているんだよ。約束を守れないのがな。練習とかならともかく、ライブにすら現れなかったり。そうすると、マネージャーとか関係者はみんな心を病んじゃうんだ。そういうの、俺はいっぱい観て来たからな」後藤は顔を歪めて美島を見据えた。

「お前にはそうなって欲しくないんだ」


「ま、それは仕方ないね。今回はとにかく西さんに迷惑掛からないようにするのが最優先だし」宗崎も深いため息をついた。

「彼らは自分でチャンスの芽を摘んだんだし、自業自得だね」

「考えが甘かったんだろうね。誰かが助けてくれるって信じてたんだろうけど」

「信頼関係を壊されても助けるほどのお人よしはいないよね」


「佳太、落ちこんだらダメだよ。佳太はやるべき事はやって、被害を最小限に食い止めたんだから。少なくとも何も悪くない西さんが被害に合う事は阻止したんだから、そこは胸を張って良いんだからね」

「わかってるよ、達ちゃん」


 だが、トラブルはこれだけでは済まなかった。


「美島さん、すぐ弊社に来てください! まどかが撮られました!」

 沢登からの突然の電話だった。


 アメイジングの社長室に行くと、すでにまどかも来ていた。

 応接セットの上には数枚の写真が置かれていた。

「さっき、『真相究明』から送られた来た」

 纐纈が吐き捨てるように言う。

「他の大手出版社から出てる芸能誌なんかだと、これくらいだったらカレンダーや写真集を出させる条件で揉み消したりは出来るんだけど、ここだけは一切話し合いに応じないからな」

「真相究明」の編集長は全共闘時代の闘士で、脅しすかし、懐柔が全く出来ないので有名だ。

「拝見させて頂きます」美島は写真を手に取った。

 相手は大野だった。

(やっぱりな)

 だが、写真は一緒にレストランで食事してるだけのものだった。

「これだけですか?」美島は拍子抜けしていた。

「一緒にご飯食べてるだけですし、そんな怪しい場面はないですよね?」

 美島はまどかの前なので言葉を選びながら言った。

「そもそも私、大野監督とはそういった関係はありません」まどかが憮然とした表情で言う。

「何もやましい事もありません」

「大野にも連絡したんだが、笑い飛ばしてたよ」纐纈も困り顔だ。

「『むしろ、番組の宣伝になるじゃないですか!』だとさ」

「大野さんらしいですね」

「だが、こちらとしては、どういった形であれスキャンダルが出るのは困るんだ」

「CMもいくつも決まってますから、スポンサーや代理店に説明に出向かないといけないですしね」沢登も眉根に皺を寄せている。

 確かにこれから売り出そうとしてるタレントにとって、スキャンダルは命とりにもなりかねない。

 事務所としてはなんとか対策を練らなければならないのは当然だろう。

「美島君、なにかアイデアはあるかい?」

 纐纈が尋ねる。

「まどかちゃん、本当に何もないんだよね?」

「神に誓ってありません。無神論者ですけど」

「まあ、それは信用するよ」纐纈の方に向きなおる。

「じゃあ、もうどこかで『事実無根です』ってのを表明する機会を作るのが一番でしょうね」

「それはもちろん、記者会見はやる予定です」

 沢登が答える。

「いえ、それだと支持層である若者たちには『いつもの茶番』にしか見えない可能性もあります。何か別の方法でファン層に訴えるべきだと思います」

「何か具体的な策はあるのかい?」

「ちょっと根回しが必要ですね。ドラマを放送するヤマトテレビも巻き込みましょう。彼らもせっかくのドラマがケチついたら嫌でしょうから」

「どうする気だ?」

「とりあえず、大野監督に会って、脚本家の塚田さんに協力して戴けるように持って行きます」


 夜、美島は三宿の「業界ファミレス」と呼ばれている深夜営業レストラン「ZEST」で大野を待っていた。

「お疲れ様です。今回はお騒がせしてしまって申し訳ありません」

 大野が全く申し訳なく思ってなさそうな顔で現れた。

「災難でしたね」

 美島も、大野は被害者だと認識している。

「撮影終わりでご飯食べてただけなんですけどね。二人で行ったのはマズかったですね」

「大野監督、モテそうだから」

「いや、私は自分の作品に出てる女優さんには手を出しませんよ。少なくとも作品作ってる間は」

 大野も美島と同じく「女性を口説く時の自分ルール」があるようだ。

 美島の中で大野の好感度が上がった。

「実はちょっとしたアイデアがあるんで、塚田さんを紹介して戴けないかと思ってまして」

「今、呼びましょうか?」

「へ?」

「彼、三茶の駅前のマンションに住んでるんで。多分家にいると思いますよ」

 三軒茶屋駅からならここまで歩いてこれる距離だ。

「あ、じゃあ俺のケータイ使ってください」


 塚田は妙にとぼけた顔をした、愛嬌のある男だった。

「いやー、丁度なにか食べなきゃと思ってたところだったんで、お誘い戴いてありがとうございます。僕、書き始めると時間忘れちゃうんですよね」

「脚本、3話まで読ませて頂きました。面白いですねえ!」

「ありがとうございます。多分、最終回はびっくりすると思います」

「もう最終回まで書きあがってるんですか?」

 大野が豪快に笑う。

「美島さん、塚っちゃんは業界でも有名な遅筆野郎ですよ」

「最終回の設定だけは決めてるんですが、後はようやく毎週絞り出してる状態です」

 塚田は頭を掻きながら答える。

「彼が座付きでやってる劇団のファンの間では『初日はみんな台詞が入ってない』って有名なんですよ。彼の脚本がギリギリにならないと上がらないから、みんな台詞覚える暇が無いんです」

「初日前日の朝に上がったってのもありましたね」

「それはひどい!」

「座付き作家の何がたいへんかって、劇団員全員になんらかの役を割り振らなきゃいけないんですよね。その点、ドラマは楽ですね。場面変更でもセットの予算とか考えないで書けますし」

「『紅い月』みたいなコミカルなミステリーって新しいですね」

「僕、笑いが入ってないと不安なんですよ。舞台ってお客さんの笑い声がダイレクトに反映されるんで、静かだと『ウケてないんじゃないか?』って心配になっちゃうんですよね」

 いろんな事情があるものだ。

「実は前もテレビドラマの脚本のお話戴いてたんですけど、笑いの部分が全部削られちゃった事があったんで、もうテレビはイイや!

って思ってたんですよ。そしたら大野監督に口説かれちゃって」

「だって、塚っちゃんのホン、面白いもん」

「僕も大野監督の作品は前から好きだったんで、これは新しいもの作れるんじゃないかって思って」

 新しい才能が二つ揃った訳だ。

 これに倉敷まどかというもう一つの才能が加わったら、もっと面白くなるだろう。


「そこでお二人にご相談があるんですよ。まずは大野監督に、ドラマのプロデューサーを説得して頂きたいんですが」


 話を聞いた大野は不敵に笑った。

「面白い! 是非実現させましょう!」

「僕、こういった手法を前からどこかでやれないかなあって思ってたんですよ」

 塚田も面白がってるようだ。

「局側のP(プロデューサー)もD(ディレクター)も、こういうの面白がる人ですからね。ノッて来ると思いますよ。しかもアメイジングのお墨付きでやれるんでしょ?」

「はい、纐纈さんの許可は貰っています」

「じゃあ、明日早速話してみますよ」

 美島は安心して、シーザーサラダにチーズを振りかけているウェイターに「山盛りで」とお願いした。


 翌日、美島は会社で昼食にカツサンドを食べてる時に大野から電話を貰った。

「ヤマトテレビ側、オールクリアです! 放送の前の週の土曜日の夕方の枠も押さえました!」

「ありがとうございます! 後は塚田さんですね」

「塚っちゃんもノッて書いてるみたいですよ。おかげで本チャンの方が遅れてます」

「その分、ドラマは話題になりますよ」

「ですね。私としても、奴らには一泡吹かせたいですし」

「じゃあ、俺からアメイジングの方には報告しておきます」

「よろしくお願いしますね。私は塚っちゃんの尻を叩きにでも行きますかね」


「そうか。全ては美島君のシナリオ通りに進んでるじゃないか」

 纐纈は上機嫌だ。

「まだまだ油断出来ませんけどね」

「いや、私も『真相究明』には今まで何度も苦い思いをさせられて来たからな。ここいらでなにかやっとかないと」纐纈は怖い顔になった。

「示しがつかんからな」

 テレビ局への纐纈の威光は絶大なるものがあるので、今回は放送枠があっけないほど簡単に取れた。

 ヤマトテレビとしても「これは話題になる」という計算も働いたのだろう。

「これが上手く行ったら美島君にも何かお礼しないとな。恵比寿でフカヒレでも食べるか?」

「いやあ、そもそもウチの子の話でもありますし」

「ビュースターで出世街道から外れたら、いつでもウチにおいで」

(そしたらさっきみたいな纐纈さんの怖い面も見ないといけなくなるんだろうなあ)

 美島はそれだけは避けたいと思った。


 まどかは新宿御苑の雑居ビルの前にいた。

「いいか、まどか。ここから逆襲が始まるからな」

 ハンディカメラを構えた大野が声を掛ける。

 照明も音声もいない。

 二人だけだ。

「わかりました。いつでも大丈夫です」

「じゃあ行くか!」


「うまく行ったね、佳太」

「達ちゃん、観てくれたんだ?」

 宗崎は今日は仕事は休みで、5th STREETの事務所で美島と待ち合わせて、これから一緒にエアポケットに行く予定だ。

「そりゃあ気になるからね」

「お蔭で、一昨日の夜中放送された第一話、深夜にしたら異例なくらい視聴率良かったみたい」

「しかし、うまくハマったね」


「紅い月」の放送前の特別番宣番組「紅い月?」は土曜日の15時から放送された。


 ファーストシーンは、「紅い月」の主人公であるまどか演じる女探偵の叶かなえが「真相究明」の編集部が入っている新宿御苑の雑居ビル前で「今からここで、ある謀議が行われようとしているという情報を掴んだ私は、潜入調査を開始する事になりました」とカメラに向かって話しかけるシーンから始まった。

 家庭用のビデオカメラで、照明もないので薄暗い。

 それがまたリアルだった。

「真相の噂」と書かれた扉が映し出され、中では編集長と編集部員らしき人たちの会話が、隠しカメラで撮られたようなアングルの定点カメラで撮られていた。

 もちろん、これらはみんな役者だ。

 モキュメンタリーとか、後にフェイクドキュメンタリーと呼ばれるようになる手法で、あたかも実際にあった事をドキュメンタリーとして記録しているような感じで作った作品だ。


「なんか最近、この倉敷まどかって子が人気あるらしいな」

 編集長役の悪人面の役者がぶっきらぼうに言う。

「そうみたいですね。今度ドラマの主役もやるらしいです」

 編集部員も分かりやすく悪い顔をしている。

「気に入らねえな」

「何かデッチ上げますか?」

「この監督も、最近持ち上げられてて調子乗

ってるそうだな。自分がモテるんだと勘違いしてんじゃねえか?」

 ここら辺、塚田もノッて書いてたような感じだ。

「ようし、じゃあ2ショットの写真撮って来い! もし撮れなかったら、2人きりじゃなくても、写真トリミングして2ショットに見せかけろ!」

「いつもの手ですね。わかりました」


 再びまどかはカメラに話しかける。

「なんと恐ろしい話でしょう! 芸能界って怖い! こんないたいけな美少女が、怪しくて不細工な悪いおじさんたちのたくらみによって葬り去られようとしています!」

 まどかはコメディの才能もあるようで、喋りの間も良い。

「でも大丈夫! この叶かなえが、醜悪でセコい組織を壊滅させてみせましょう!」

 

 番組は最後まで虚実ないまぜで進み、コメディなのを逆手に取って、編集部を徹底的な悪の組織としてオーバーに表現した。

ラストシーンは「なんで世界征服を企んでる悪の組織がタレントのデッチ上げ記事なんか書いてんだよ!」とツッコまれた叶かなえが「幼稚園のバスを乗っ取る悪の組織もあるんだから、そういうのは言いっこなし!」とカメラにウィンクして終わった。

「可愛いは正義」なので、ちゃんとオチた。


番組の反響は凄まじく、芸能ゴシップ好きの世論は「結局、記事自体がこの番組に繋がる宣伝だったんじゃないか?」という雰囲気になっていた。

「真相究明」の編集部も、そもそも記事の内容が憶測だけのものだったので、深く追究されるのは得策ではないと判断したらしく、沈黙を守った。

 案外、本当に編集部のやりとりはあんな感じだったのかもしれない。


「美島さん、今回はなんてお礼を言っていいのかわかりませんが、本当にありがとうございます!」

 エアポケットにはまどかが待っていた。

 広く顔を知られるようになったまどかと会うには、一番安全な場所かもしれない。

「いやいや、自社のアーティストを守るのも仕事なんでね」

「レコード会社の宣伝の人ってそんな事までするんですか?」

「いや、普通はしないよ!」

「まどかちゃん久しぶりだね。ドラマデビューおめでとう!」

「宗崎さん、お久しぶりです。今日はお二人に私の手料理をご馳走したいと思いまして。ここならキッチンもあるし、ある程度は家で作って持って来たんですよ」

 まどかがキッチンに消えると、宗崎が話しかけた。

「やっぱり、あんな事の合った後じゃ、2人でご飯食べるのはマズいよね」

「達ちゃんも久しぶりに会いたいだろうなって思ったしね」

「うん、やっぱり綺麗になったね。芸能人!って感じ」


「さ、いっぱい食べてくださいね。飲み物はワインで良いですか?」

「じゃあ、とりあえず乾杯しようか?」

「私はまだ未成年なんでペリエで」3人はグラスを合わせる。

「そっかー、まだ18歳なんだっけ?」

「この前19歳になりましたよ」

「え? あ、そうだ! プロフィール読んでたのに!」

「アー担がそんな事に気付かないのは問題だなあ」宗崎がからかう。

「いえいえ、ゴタゴタしてましたしね、美島さんには感謝しています」

「とはいえ、これはマズいな。実はウチの会社、所属アーティストの誕生日には何かプレゼントする決まりがあるんだよ。まどかちゃんはまだ本契約になってないから油断してたなあ」

「なんか催促しちゃったみたいな感じになっちゃってすみません」

「いろんな人からプレゼント貰ったんだろうね」宗崎が生ハムを食べながら言う。

「うーん、その日は撮影だったんで大野組の人たちに祝って貰いましたね。花束とかケーキも用意して戴いて」

「あー、なんかそういうの芸能ニュースでよく見るよね」

 美島が白身魚のカルパッチョを取りながら言う。何の魚なのかは分からない。

「で、次の日の夜に飯塚さんのスタジオに行ったんですよ」

 まどかがサラダをサーブしながら言う。

「飯塚さんも凄く心配してくれてたみたいで、最初はよそよそしかったんですけどね」

 美島も宗崎も、その光景が目に浮かぶようだった。

「大野監督の件は誤解だってのはちゃんと言わなきゃいけないと思って、凄く時間を掛けて話したんですよ。『だからスタジオに連れて来たのか』って思われるのも嫌なんで」

 確かに、まどかとしてもそこはハッキリさせておきたいところだろう。

 飯塚としても、一番気になっていたところのはずだ。

「で、私、飯塚さんのスタジオに名前つける約束してて、何日か前に『サイレントスタジオってのはどうですか?』って言ってたんですよ」

「サイレントスタジオ? 矛盾してるなあ」宗崎が笑う。

「そうなんですよね。それも面白いかなってのもあるんですけど、飯塚さんの作ったアンビエントってジャンルの曲の、音が鳴ってない部分の静寂さが好きだったんで」

「なるほどね」

「あと、飯塚さんっていつもヘッドフォンして作業してる時間も長いんで。スタジオなのに外から観察すると音が鳴ってる時間が圧倒的に少ないですし」

 確かに飯塚はいつもヘッドフォンをしている。

 使わなくても首から下げてる時が多い。

「なかなかネーミングセンスあるなあ」

 美島はワインが回って来たようだ。

「でね。その誕生日の次の日にスタジオ行った日に、飯塚さんがプレゼントを用意してくださってて」

「何貰ったの?でっかいダイヤの指輪とか?」

 美島が能天気に尋ねる。

「そんなのだったら心が動きませんよ。DX7っていうシンセサイザーを戴きました」

(値段的には安いダイヤの指輪より高いよ!)

 美島も宗崎も心の中でツッコんだ。

 プレゼントの値段を明かすのはマナー違反だと思ったからだ。

「それと、CDを」

「誰の?」

「いえ、スタジオで作ったものみたいですけどね。盤面何も書いてなかったんで」

 そこまで言って、まどかはとろけるような顔になった。 

 心なしか赤らんでいるようにも見える。

「まどかちゃん、いつの間にかワイン呑んだ?」

 美島がピザを咥えながら尋ねる。

「あ、いえ、実はそのCDに仕掛けがしてあって、凄くロマンティックだったんで」

 まどかはますます赤らむ。


「飯塚さんって素敵だなって思って」


 美島が盛大にピザを吹き出した。

「まどかちゃん、今なんて?」

 宗崎も呆けながらも、美島の吹き出したピザの付いたテーブルをティッシュで拭いている。

「いや、いやいやいやいや、え、えええええーーーーーーーー!」

 美島は完全に混乱している。

「そんなに驚かないでくださいよ。恥ずかしいです」

 まどかは横を向いた。

「飯塚さんは知ってるの?」宗崎が確認する。

「いえ、まだ何も言ってません。だって恥ずかしくてスタジオに行けなくなっちゃうじゃないですか」

「そうだね、飯塚さんも仕事にならなくなっちゃうしね」

「つーか、これが纐纈さんにバレたら…」

 飯塚は、美島が後藤に紹介してまどかと接点が生まれたのだ。

「もちろん、社長や沢登さんには死んでも言えませんから美島さんもお願いしますね」

「君よりも言えないよ! 下手したら業界から抹殺される!」

「でも人の心に鍵は掛けられないからねえ」

「達ちゃん! 他人事だと思って綺麗な言葉で飾るんじゃないよ!」


「しかし、気になるのはまどかちゃんを射止めたCDの仕掛けって奴だなあ」

 エアポケットからの帰り道、宗崎と美島は歩きながら話していた。

「まどかちゃん、結局どんなのか教えてくれなかったし」

「達ちゃん! これからサイレントスタジオに行こう! 気になってしょうがない!」

「そうだね。このままじゃ眠れなくなりそうだし。一度スタジオ見ておきたいしね」

「あれ? 行った事なかったんだっけ?」

「最近、電車すら乗ってないよ」

 自宅と職場が近いのも考え物だ。

 二人は京浜東北線に乗り込んだ。


「お二人とも呑んでたんですね。まだ呑みます?」

 飯塚がいつものように迎えてくれる。

「いや、コーヒーで」

 美島も宗崎も頭をスッキリとさせておきたいようだ。

「この前の番宣番組、なにかいろいろ音で細工してたでしょ?」

「あ、美島さん気付きました? 本放送とは別のを急遽作ったんですよ。僕も何か役に立ちたくて」

「ドキュメンタリー部分にBGMがあったらおかしいと思ったけど、すごくさりげなく雑踏の中のノイズとして溶け込ませていましたね」

「僕、なんでもわざとらしいの嫌いなんですよ。曲でも、変拍子や転調使ってる曲って、それを感じさせないのがカッコ良いなって思っちゃうんで」

「でも本放送のBGMも評判良いみたいですよ。早速局の方に問い合わせがあったそうです」

「ホントですか? それは嬉しいなあ」

 飯塚は満面に笑みを浮かべた。

「後藤から聴いてるとは思いますが、サントラ、良いのを作りましょうね!」

「なんかもう、夢見たいです!」

(もっと夢みたいな事が起こってるけどな!)

 美島も宗崎も思わず顔が険しくなった。

 全面的に祝福するには障害が多過ぎるのがその原因だ。


「飯塚さん、まどかちゃんにDX7あげたんですって?」

 そろそろ頃合いかと思い、美島が仕掛ける。

 宗崎が美島を見る。

(まどかちゃんの気持ちは喋るなよ!)

(分かってる。うまくやるよ!)

 同じバンドやってただけあって、2人はアイコンタクトである程度会話出来るのだ。

「そうなんですよ、重過ぎましたかねえ」

「どっちの意味で?」宗崎が訊く。

「訊くまでもなく、重量的にも気持ち的にもヘヴィだよ!」美島がツッコむ。

「そうですよねえ。僕、女性にプレゼントなんかした事なかったんで、相場ってものがわからなくて、とにかくまどかさんが一番欲しがってるものって考えたらあれしか思い浮かばなくて」

 飯塚は純粋なのだ。

 美島は酔いが醒めてなければ飯塚を抱きしめてあげたいと一瞬思ったが、まどかの事を思い出してすぐに思い直した。

「なんか、ロマンティックなCDもあげたらしいじゃないですか?」

 とうとう美島が確信を突く。

「あ、まどかさん気付いたんですね!」

「へ?」

「いやあ、気付くかどうかは賭けだったんですけどね」

「どういう事ですか?」

 美島の頭の中は疑問符だらけだ。

「なるほど」宗崎が頷いてる。

「なんで達ちゃんは分かるんだよ!」

「いや、なんとなく。合ってるかどうかはわからないけど」

 宗崎は飯塚に言った。


「隠しトラック作ったんですね?」


「どーゆー事?」

 美島の頭の中はますます混乱している。

「わかっちゃいましたか。そうなんですよ」

「隠しトラックって何?」

「ウチのカッティングマシーンでCD作る時、いくつかの方法で隠しトラック作れるんですよ」

「そもそも隠しトラックってなんなの?」

「佳太、一応レコード会社の人間だろ?」

「だって制作じゃないし」

「いろんなアーティストがメジャーで発売してる中にも隠しトラック入れてるアルバムがあるんだよ」何故か宗崎がレコード会社勤務である美島に説明をする。

「隠しトラックってのは、その名の通り、隠れてるトラックですね」

「どうやって隠すの?」

「一番一般的なのは、通常の再生が終わった後にしばらく無音を入れておいて、CDの最後に1曲収録するってやり方ですね」

「具体的にはどうやるの?」

「CDって最大74分録音出来るんですよ。ま、厳密に言うともっと長く出来るんですが、デッキの互換性の問題とかがあるんで、一応74分が基準になっています」

「うん、それは知ってる」

「で、曲と曲の間にポイント打つじゃないですか? 頭出し出来るように」

「うん、デジタルならではの便利な機能だよね」

「あのポイントっていくらでも打って良いんですよ」

「え? どういう事?」

「1秒ごとにポイント打つ事も出来るし、無音でも打てるんで、100曲入りだろうが1000曲入りだろうが作れるんです。ま、面倒臭いから普通はしませんけど。まあ、難点としてはCDデッキに入れた時に不自然に曲数が多く表示されちゃうんですけど、これも表示が2桁のものならプラス100曲にしてればバレません」

「下2桁が一緒ならそうなりますね」


「で、僕が作ったのは、110トラックにして、10曲目まではBGMでピアノ曲入れて、

11曲から18曲までは無音にして、19曲目に隠しトラック入れたんです」

「まどかちゃんの歳ですね」宗崎がすぐに気付く。

「え? あ! そういう事ね」

「何を入れたんですか?」

 宗崎も細かいところまでは読めていなかったようで興味深々だ。

「以前、ビートルズが好きだって聴いてたもんで、All You Need Is Loveを僕なりにアレンジしてアンビエントに仕上げました」

 飯塚ならではのプレゼントだ。

 確かにこれは効果的だろう。

「我ながらよく出来たんですよ。あの曲って変拍子だけど、それを意識させないようなアレンジにするのに苦労しました」

「あの曲、ジョン・レノンが『30分で作ったけど、歌いこなすのに1週間かかった』って言ってたらしいですからね」宗崎はビートルマニアでもある。

「しかし、直球な歌詞ですよねえ」

 美島が言うと、飯塚は顔が真っ赤になった。

「やっぱりそうですかね?ベタ過ぎますかね?」

「恋愛の王道はベタですよ!」これは美島の持論だ。

 なんだかんだ言って、女性はベタが大好きなのだ。


「実は隠しトラックはもう一つ作ったんです」

 唐突に飯塚が言った。

「え?他に方法があるんですか?」

「はい、あまり知られてませんが」

「俺も知らない」宗崎が答える。

「ただ、普通の隠しトラックならCD掛けてればいつかは曲が流れるんですが、この方法だとある特殊な操作をしないと聴けません」

「ファミコンの隠しコマンドみたいなもん?」

「それが一番わかりやすいかもしれませんね」

「それ、どうやるの? 知りたい! 教えて!」

 美島が「小学生モード」に突入したようだ。


「通称『マイナストラック』って言うんですけどね。実はCDって1曲目の前に『マイナス1曲目』を収録出来るんです」

「初めて聴いた!」美島は心底驚いた。

「俺もだよ。でもそれってどうやったら再生出来るんですか?」

「これもファミコンのコマンドみたいな感じなんですが、当然普通に再生ボタン押しても出て来ません」

 飯塚は一拍置いて深呼吸する。

「マイナストラックは、1曲目を再生してすぐに『巻き戻しボタン』を押すと聴けるんです」


「そんな仕掛けがあったなんて!」美島は心底驚いていた。

「そりゃあ普通知らないし、気付かないよなあ」

「ま、一部再生出来ないプレイヤーもあるんで、そこは賭けですね」

「で、飯塚さんはそのマイナストラックに何を入れたの?」美島が尋ねた。


「内緒です」

 飯塚は弥勒菩薩のようなアルカイックスマイルで答えた。

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