第16話 プラモデル手術



 ロプトは再びベッド眠るソーラの姉マーニを見た。

 今にも目を覚ましそうな穏やかな表情で眠っている。

 仰向けに寝ていても、つんを上を向く大きく形の良い胸には丸い葉を持つ小さな木が寄生し生えていて、小さい白い実をいくつかつけている。

 セイヨウヤドリギに良く似ている。

 胸に寄生している根の部分は、薬湯を飲んだことで浮き上がり、今にも抜けそうだ。


 そしてそうしたマーニの身体は半透明に透けており、その向こう側には同じ状態で横たわるマーニのプラモデルが見えていた。

 プラモデルのマーニに寄生しているヤドリギの根は、パーツとランナーを繋ぐゲートよりも細く、切除するのは簡単そうに見える。


「お願い、ロプト。お姉ちゃんを治して」

「いや、でも本当に取り除けるか分からないんだぞ? 後でどんな影響が出るかも、分からないし」


 ロプトは言い訳するようにそう言った。

 実際言い訳だ、マーニのプラモデルからヤドリギの部分を取り除く、というだけの話なら難しいことではない。

 胸から生えているので跡を残さないようにするのが手間だが、やってやれない事はない。

 しかし、それが命に直結すると考えるととてもではないが出来る気がしない。

 どうやって断ろうかとソーラに視線を向けると、予想以上に強い視線を受けて怯んでしまう。

 その視線は、ただロプトが問題を解決出来そうだから頼ろう、という簡単なものではなく、ロプト以外には頼れる人がいない、そう感じさせる縋るような視線だ。


「……お姉ちゃんは、病に倒れる前に一人の旅人に求婚されたの」


 ソーラはその視線をロプトに向けたまま、訥々と話はじめた。

 それはマーニが倒れる前の話だ。

 

 ある日、村に隻眼の旅人が訪れた。

 旅人はロプトと同じようにレギンに歓迎され、しばらくレギンの家に滞在した。

 その時にマーニと出会い、一目惚れして求婚したのだという。

 息子のいないレギンは、マーニを自分の後継者となる人物と結婚させるつもりで居たので断った。

 マーニも幼い頃から村の誰かと結婚するものだと思っていたので、旅人の求婚に戸惑い乗り気ではなかった。

 しかし旅人は諦めず、滞在している間、レギンに掛け合い、マーニを口説き落とした。ソーラはその様子を近くで見ていたが普通ではない、と警戒していた。

 まるで二人が洗脳されるように、日毎に旅人の言葉に同意していったからだ。

 怖くなったソーラは家に伝わる古い呪具の鏡で旅人を見てみた。

 そこに写したモノは偽りの姿を剥がされて真実を晒す、と言われていた。

 ソーラがその鏡で旅人を写すと、旅人はまばゆい光を放つ一人の青年の姿に変わった。同時にレギンとマーニにかけられていた魔法も解除された。

 二人は旅人に魔法の力で意思を捻じ曲げられていたのだ。

 正体が暴かれた旅人は自らの事をアース神族のバルドルと名乗った。

 そしてその上で、マーニは自分の妻だったナンナの生まれ変わりなので再び自分の妻になるのが運命だとのたまった。

 その言葉に激昂したのはレギンだ。

 元々アース神族とはレギンたち巨人の神ユミルを殺した神オーディンに連なる神々だ。レギンにとっては敵に等しい。

 激しく拒絶するレギンを無視してバルドルという神は、必ずマーニを手に入れると言い残して消え、同時にマーニは倒れた。

 それ以降、バルドルが姿を現すことはなかったが、マーニもまた目を覚ますことがなかった。


「私も父さんも夢を見るの。あの隻眼の男バルドルが立っていて、そっちにお姉ちゃんが歩いていく夢を」

「………………」

「今までは、お姉ちゃんがバルドルのところに辿り着く前に夢が終わった。でも最近は、バルドルの前まで行って嬉しそうに話している所まで見えてた。そのお姉ちゃんの表情は今まで見たことない、別人みたいな表情だったわ」


 そのことを訥々と語るソーラの表情は無表情で、怒りも悲しみも嘆きもないように見える。だがそれゆえにロプトはソーラの深い悲しみと絶望を感じ取ってしまった。

 昨日今日に突然訪れた悲劇ではなく、長い時間をかけてすべてを諦めさせる日常となる悲劇。

 おそらく薬だっていくつも試したのだろう。

 魔法がある世界だ、何人もの賢者を訪ねたのかもしれない。

 それでも効果がなく、それでも諦めずに。

 そんな事があったのにレギンが旅人であるロプトを追い返さなかったのは、少しでもマーニを助ける情報が手に入るかもしれない、と思っての事かもしれない。


 ロプトは自分が思っている以上に、ソーラやレギンに感情移入し、なんとかマーニを助けたい、と考えていることに驚いた。

 自分はそんなに情に厚い人間だっただろうか。

 断片化した記憶では、特別薄情ではなかったが、だからと言って誰彼かまわず助けるような人情味溢れる人物ではなかったはずだ。

 思い悩むロプトにソーラが近寄り、その手を取った。

 最初ひやりとした手の感触は、包み込むようにもたれたときにじんわりと熱くなってきた。


「お願い、プラモデルの事は良く分からないけど、ロプトならその原因らしきモノを取り除けるんでしょ? あなたの力を貸して、結果がどうなっても恨まないから」

「……でも、本当に取り除いていいかどうか……」

「あの夢はただの夢じゃない。もうお姉ちゃんには時間がないの。まだ試せることがあるのなら、試しておきたい。後悔はしたくない!」


 ソーラの言葉にロプトは黙り込む。

 他人の命がかかっているプラモデル作り、考えただけで震えが起きる。

 明らかに荷が勝ちすぎている。

 だがその一方で、ここまでプラモデルを作ることを必要とされたこともない。

 自分のためではなく、誰かのためのプラモデル作り。

 

「ソーラ、その薬湯はどれくらいまで飲ませていいんだ?」

「えっ? 一日三杯までなら……」

「ならお姉さんに飲ませて、限界まで根を離してから切除してみる」

「――ありがとう!」


 ソーラが薬湯を飲ませているのを横目で見ながら、ロプトは虚空から道具を出してテーブルに並べた。

 薄刃ニッパー、デザインナイフ、極細のダイヤモンドヤスリ、紙ヤスリ。

 この辺りはヤドリギを切除して胸にその跡を残さないための道具だ。

 次にウォーターポット、キッチンペーパー、各種筆、肌色の水性アクリル塗料をいくつか取り出す。

 マーニのプラモデルはまだ生きているせいか完成済みの状態だ。

 当然、塗装も施してある。

 その胸をヤスリで削るので塗りなおし用の塗装が必要だ。


 道具を持つ手が震える。

 恐れが吹っ切れたわけではない、使命感に突き動かされたわけでもない。

 ここで断る勇気がなかった、それだけの情けない理由だ。

 それでも、やるからにはベストを尽くす。

 これからやるのは外科手術ではない、プラモデル作りなのだ。

 それならば、ロプトに出来るはず。

 難しく考える必要はない、いつも通りにプラモデルを作るだけ。


 ロプトが振り返るとソーラが薬湯を飲ませ終わっていた。

 マーニの身体に寄生しているヤドリギはその根を大分浮かせている。

 ロプトはそれを見て、頭の中で手順を確認する。

 いつも通りにやれば問題ない、そう思っても緊張で手が震える。

 震える両手に視線を落とすと、その手にソーラの手が重ねられた。


「私が、ロプトに頼んだ。すべての責任は私にある」

「ソーラ、……分かった、全力を尽くすよ」


 正直、まだ手は震える。しかしその手を握って押さえ込み、ベッドに横たわるマーニのプラモデルを手に取った。

 同時にベッドに寝ているマーニの身体が消えた。

 ロプトは大きく息を吸い、薄刃ニッパーを持って、その刃をヤドリギの根に入れた。

 

 緊張はするものの、やること自体は単純だ。

 まずはさっさとヤドリギを切除する。

 これは薬湯によって根が離れているのでニッパーとデザインナイフを使えば簡単に除去できた。

 問題なのは残った根だ。

 ヤスリで削るにしても胸という凹凸の激しいパーツなので下手に削ると形が崩れてしまう。ここは慎重に削り過ぎないように目の細かい紙ヤスリやヤスリがスポンジについているスポンジヤスリなどでちょっとづつ削るしかない。

 静かな室内にヤスリを擦る音だけが響く。

 すると徐々に跡が薄くなっていき、胸の肌色の塗料がはがれてくる。

 これは根の跡が胸と同じ高さまで削れたことを意味する。

 急く気持ちを抑えて、更に慎重に削り、遂に跡は完全に消えた。


 これでヤドリギは完全に除去できた。

 あとはヤスリがけで塗装が剥がれてしまった肌色を塗りなおすだけだ。

 実はここもちょっとやっかいな部分だ。

 元々ロプトが塗ったプラモデルなら何色と何色を使ったのか覚えているので同じように塗るのは容易だ。

 しかしマーニの塗装は最初からされており、何色を使ったのか想像するしかない。

 ロプトは迷った末に一番白に近い肌色を取り出してベース塗装した。

 濃いのを塗って塗りなおすよりも薄い色に塗っておいて違ったら徐々に濃くすればいいだろう、と安直な考えだ。

 しかし案外その考えは正解だったようで、赤味の強い肌色用のシェイド塗料を塗ると残っている元々の肌色とほとんど同じ色になった。

 胸の谷間にシェイド塗料を残して膨らんだ双丘にはベースに塗った肌色よりも更に白さのました肌色のレイヤーカラーでより凹凸を強調する。

 濃く塗ってしまうと陰影がはっきりしすぎてしまうので、今回は水で薄めてから何度も塗り重ねてグラデーションさせるように塗る。

 グラデーションと言っても塗料の種類は変えず、塗料の濃度も変えず、薄めた塗料を塗った回数で徐々に色を変えていく。

 広い範囲を数回、徐々に狭くしながら何度も塗ることでグラデーションがかかる。

 

 ほぼ完成したのだが、ロプトの悪い癖が出てもう少し改造したくなってしまう。

 と言ってもさすがに人間相手に変な改造をするつもりはない。

 せっかくキレイな肌をしているのに、塗料がツヤ消しのせいで張りがないように見えてしまうのがもったいないと思ったのだ。

 そこでツヤ出し用の無色の塗料を取り出す。

 ロプトが普段使っている塗料はすべてツヤ消し塗料で、塗っても表面に光沢が出ることはない。しかしこのツヤ出し用の塗料は塗った箇所に光沢がつくという特殊な塗料だ。色はなく無色透明なので何の色の上にでも自由に塗れる。

 これを胸や腕など肌が露出した部分に薄く塗る。

 しっかり塗るとボディビルダーのようにテカテカになるので、充分に薄めて、ほんの少しだけ塗る。

 それでもそのほんの少しの事で、マーニの肌は殻を剥いたゆで卵のようなつるんとした肌に見えるようになった。

 中でもちょっとはだけた状態の胸の谷間などは大変艶かしい、素晴らしい出来になった。ロプトは満足気に頷く。

 こうしたちょっとしたこだわりポイントを作るのもまた、プラモデル作りの醍醐味のひとつだ。

 

「完成だ」


 ロプトは区切るようにそう言って、マーニのプラモデルをベッドにそっと置いた。

 するとナルヴィの時のように、プラモデルがまばゆい光を放ちマーニが実体化する。

 やれることはすべてやった。

 祈るような気持ちで、横たわるマーニを見つめた。

 ソーラもまた固唾を飲んで見守っている。

 二人が見守る中、マーニはゆっくりと目を覚ました。


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