第10話 ロプトの過去



 ロプトは夢を見ていた。

 古い映画館でスライドショーを見ているような、断片的な夢だ。

 三人の神が旅をしている。

 一人は真面目で、一人は理屈屋で、一人はいい加減だった。

 三人は互いを尊重し、旅路は苦しいが順調であった。

 そして遂に三人は旅路の果てに神を殺し力を手に入れる。

 一人は言葉を司る力を、一人は魂を司る力を、一人は器を司る力を。

 三人はそれぞれの力を持って別れていった。

 

 ロプトは顔にかかる湿っぽい吐息と頬を撫でるざらざらした感触に目を覚ました。

 顔は唾液でべとべとして、なんだか生臭い。

 目の前にはナルヴィの大きな鼻面があった。


「……おはよう、ナルヴィ」


 嬉しそうに、わふ、と吠えるナルヴィを見て、苦笑して撫でまわす。

 撫でているうちにぼんやりしていた意識が次第にはっきりしてくる。

 さっきまで森林限界の森の端にいたはずだが、ここは薄暗い洞窟の中だ。


「あ、目が覚めたのね。はい、コレ。顔、凄いことになってるよ?」


 言葉と共に手ぬぐいが飛んできた。

 ロプトはそれをキャッチして、そちらを見る。

 ソーラが手に光る石と水を入れる皮袋を持って立っていた。

 

 渡された手ぬぐいはほどよく水で濡らされていた。

 顔を拭くとナルヴィにべたべたに舐められた顔がさっぱりする。

 改めて周りを見ると、洞窟は中々の大きさのある鍾乳洞だった。

 でこぼこした壁には水が滴り、表面がつるつるに削れている。その水気のせいか洞窟全体がひんやりとした空気に包まれている。

 天井を見ると水滴が垂れるような形で岩のつららがあった。

 

「ここは嘆きの山のどこかにある洞窟よ、その子がここに連れてきてくれたの」


 ロプトが口を開くより前にソーラが言う。

 ナルヴィが誇らしげにロプトを見る。


「あの、蛇の子は?」

「分からない、まだ捜してると思うけど」


 ソーラが洞窟の入り口の方を見るので、つられてそちらを見ると草や木で入り口を隠し、木の板には直線で作られた文字が一文字刻まれていた。


「人避けのルーン魔術、あの化け物に効くといいんだけど」

「ルーン魔術?」

「私はアルヴの血を引いているから、少しだけ魔術が使えるの」


 そういってソーラは手に持っている石を投げてよこしてきた。

 それはさっきからソーラが持っていた光る石で、良く見てみると普通の石に木の板にかかれたのと同じ種類の別の文字が刻んである。ロプトにはそれが『太陽』という意味を持つ文字だと分かった。村の壁に賢者が刻んだというモノや、ロプトの磔台に刻まれていたものと同じものだ。

 どういう仕組みなのか、それだけなのに石自体が光を放って辺りを明るく照らしていた。

 いまさらながら不思議な世界だ。

 そして思い出される下半身が大蛇になっていた少女の姿。


「あの子、一体何なんだ」

「……それは私が聞きたいくらいだわ。あなたの関係者じゃないの? 旅人さん」


 ソーラはジトっとした目でロプトを見る。

 あの蛇少女は明らかにロプトを知っている様子だった。

 彼女の狙いは常にロプトを連れ去ることだったように思う。

 アレもまたロプトの知らない、自らの過去から生じる因果なのだろう。

 ソーラは説明を求めるような視線をロプトに向けているが、ロプトにも説明は不能だ。あの蛇少女に見覚えもなければ、狙われる理由も思い出せない。

 ロプトはがりがりと頭をかいた。

 変に隠してもしょうがないと腹をくくる。


「いや、実は……」


 ロプトはソーラに包み隠さずすべてを語った。

 自分が山頂の神殿で目覚めた事、過去の一切を思い出せない事、プラモデルを作ると実体化する事、プラモデルに関する記憶だけはある事。

 理解されるとも思わなかったが、隠しているのも面倒になったのだ。

 だから信じる、信じないの判断はソーラに丸投げすることにした。

 信じてもらえず狂人扱いされたとしても仕方がない、と思う。

 実際、狂人のようなものだろう。

 この世界の事を何一つ知らず、分かることと言えばプラモデルの事だけ。

 ロプト自身も実は自分が狂人で、おかしな妄想に取り憑かれているのでは、という疑いを持っているのだ。

 

 ソーラは長い時間黙り込み、考え込むように目を瞑った。

 その表情は困惑しているようにも見えるし、呆れているようにも見える。

 ソーラの前には若草色のルーネ草がある。その葉の一枚は鮮やかな赤色になっていた。

 ロプトが証拠の為に目の前で再塗装して見せたものだ。

 記憶うんぬんはともかく、不思議な力がある事自体は証明できたと思う。

 ソーラはため息をつきながら目を開け、ルーネ草を見る。


「これを見たら、嘘だ、なんて言えないんだけど。信じ難い話よね」

「まぁ、そうだよな。俺もそう思う」

「なんでそんな他人事なのよ」

「いや、実際記憶がないから実感がないんだよ」

「はぁ、まったく緊張感ないわね」


 ソーラはそういって力が抜けたように笑う。

 つられるようにロプトも笑った。


「しょうがないから信じてあげるわ。あなた嘘が下手そうだし」

「そんな理由で?」

「何よ、文句あるの?」

「いや、ありがとう、でいいのかな?」

「そうよ、しっかり感謝しないさい」


 おどけて胸を張るソーラ。

 その様子に思わず笑みがこぼれる。随分と心が軽くなった。

 ソーラは幾分柔らかくなった視線をロプトに向ける。


「ともあれ、あの化け物が何なのかは分からない、か」

「外に出たら、すぐに見つかるよな?」

「そうね、使い魔っぽい蛇がうじゃうじゃいるから」


 蛇だけならナルヴィが蹴散らしてくれるだろう。

 だがその結果、こちらの位置はあの蛇少女にバレて、すぐに追いつかれる。

 そこで戦闘になれば、先ほどの二の舞だろう。

 ロプトは右腕につけた籠手に視線を落とす。

 雷光を放った際には異様なほどの熱さを感じていたのだが、今は冷たい金属の感触のみを伝えてくる。

 ロプトは籠手の灰色を見ながら、蛇少女が言っていた『力を失っているの?』という言葉を思い出していた。

 蛇少女はナルヴィを見て、そういっていた。

 ナルヴィと蛇少女が知り合いっぽいのは詮索のしようがないので放っておくとして、あの言葉が真実であるなら、ナルヴィにはもっと強い力があるはずだ。

 そしてロプトには力を失っているワケにも心当たりがあった。


「ナルヴィを塗装すれば、力を取り戻す、のか?」

「塗装? 色を塗るの? この狼に?」

「ナルヴィを組み立てた時は、まさか実体化するなんて思わなかったから塗装をしてないんだ。だから今ナルヴィは色が塗られてない状態、うまくすれば本来の力が戻る、かもしれない」

「なんだか曖昧な話ね」

「しょうがないだろ、俺にだってどんな能力なのか分かってないんだ」


 他に手もなく、とりあえずは塗装をしてみることにする。

 ロプトは塗装できる場所を探して洞窟内をうろうろと歩き回る。

 道具は黒い渦から出てくるから大層な場所は必要ない。

 少し広さがあって平らな台のようなモノがあれば申し分ない。

 ちょうど段になって机のような平らな岩を見つけた。しかし暗い。


「これでいい?」


 ソーラがすっと岩の上に光る石をいくつか置いてくれた。

 蛍光灯にも似た光は岩の机を白く照らしてくれる。


「ありがとう、助かるよ」

「いいわよ、今はロプトに頼るしかなさそうだし」


 ソーラは悔しそうに自分の弓に目を落とす。

 弓の腕前に自信があったのだろう。自分の力が役に立たないことに苛立ちがあるようだ。

 実際大した腕だ、とロプトは思っている。

 あの蛇少女に文字通り一矢報いたのだ。しかしそれで満足できるわけではないらしい。


 ロプトは何か言葉をかけようとしたが、結局何も思いつかずにがりがりと頭を掻いた。

 そんなロプトの元へナルヴィが近寄ってくる。

 塗装をするのが分かっているのか、大人しくロプトの前で座り込んだ。


「よしよし、綺麗に塗ってやるからな」


 ナルヴィを撫でながら、プラモデルになれ、と念じる。

 やり方はいつも通り適当だ、ロプトの能力は本人にも使い方が判然としないのだ。

 やり方があっていたかはともかく、ナルヴィの身体は徐々に透けていき、その身体の中心にプラモデルが浮いているのが見えた。

 ロプトはそれをゆっくりと取り出す。

 プラモデルを抜き取ると、半透明になっていたナルヴィの身体は霧が晴れるように消えた。なんとも不思議な光景だった。


 ロプトはナルヴィのプラモデルをじっと見つめる。

 そしてどの色を塗るのか、脳内で再現し、それを目の前のプラモデルに投影してみる。

 毛皮の色、目の色、鎖の色、様々なカラーパターンを想像してみる。

 今回はルーネ草の時と違って、大事な相棒の塗装だ。失敗は出来ない。

 脳内で塗装プランを固めると、よし、と小さく呟いた。


 塗装、開始だ。

 

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