第二章 玖珂山家の事情

第5話 玖珂山家の事情①

 玖珂山家は、藤真市の住宅街にある。

 田園調布――のような豪勢な住宅街ではない。それこそ、どこにでもあるような一戸建てやマンションが多く並ぶ住宅街だ。

 慎也と優月は陽が沈んだそんな住宅街を二人並んで歩いていた。

 そうして特に問題もなく玖珂山家に到着する。


「ほら。着いたよ」


「……ここが……慎也さまの?」


 優月が少し驚いたような口調で呟く。

 今、彼女の目の前にある家は、とても平凡な家だった。

 二階建ての一軒家。小さな庭と一台だけ車が止められる屋根なしガレージ。

 ――サラリーマンの夢の城。

 そんな呼称がよく似合いそうな、ごく普通の家だ。


「あの、もしかしてこの地下に本宅があるとか?」


 とてもじゃないが数百年の歴史を持つ由緒正しい家系の住まいには見えない。

 小首を傾げてそう尋ねる優月に対し、慎也は苦笑を浮かべた。


「いやいや、そんなのねえって。これが実家だよ。つうか


「……え? そ、そうなんですか?」


 慎也の言葉にキョトンとした表情を見せる優月。

 これには、慎也の方が不思議に思った。


「俺の知る封魔家ってどの家もこんな感じなんだが、優月の家は違うのか?」


「え? わ、私の家ですか? えっと、私の家はいわゆる武家屋敷で……」


 と、呟く優月に、今度は慎也が目を丸くした。


「へえ~。雪塚家って金持ちなのか~」


 ……まあ、躊躇いもなく『さま』付けされた事といい、うすうす「多分この子、お嬢さまなんだろうな~」と察していたが、何とも羨ましい限りだ。

 しかし、他家よそ他家よそ。うちはうちだ。その事実は変わらない。


「まぁいっか。それより入りなよ。歓迎するよ」


 慎也がそう勧めると優月はペコリと頭を下げ、「失礼します」と応えた。

 そして二人はガチャリと小さな門を開け、庭に入る。

 門から玄関までは数歩で辿り着く距離だ。慎也は鍵を取り出し玄関のドアを開けた。

「ただいま~」玄関で帰宅を告げる慎也。

 現在の時刻は七時半頃。父はまだ帰宅していないだろうが、母はいるはずだ。


「あら。おかえりなさい慎也。遅かったじゃない」


 すると、パタパタと足音を立て母が玄関にやって来た。

 歳は今年で三十九歳。ご近所の奥さま方からは、いつまでも若くて美人ともてはやされる慎也の母親――玖珂山さくらだ。


「どうしたのよ。連絡もしないで」


「悪りい、母さん。ちょっと《繭》の処理をしてたんだ」


 頭をかいてそう報告する息子に、さくらは眉を寄せる。


「《繭》を? 予定より早いんじゃ――」


 と、そこで言葉が止まった。

 さくらは何故か驚愕の表情で慎也を見つめていた。


「……? 母さん? どうしたんだよ?」


 慎也が首を傾げてそう問うと、さくらはふらふらと後ずさりして――。


「し、慎也……。あなた……」


 そして、ドスンと尻もちをついた。

 母のオーバーリアクションに、慎也は眉をひそめた。

 何となくだが、この先が読めたのだ。


「ははン……。母さん。さては『慎也が生まれて初めて彼女を連れて来た――ッ!』みたいなリアクションをとる気なんだろ? ベッタベタだな」


 と、呆れたように笑う慎也には一切構わず、さくらは愕然としていた。


「な、何てことなの。あなた、いつから……」


 そして震える手で慎也の後ろに佇む少女――優月を指差して絶叫した。


「いつから龍だけじゃなく脳内彼女まで具現化できるようになったの!?」


「俺にそんな応用力ねえよ!?」


 母の発想は息子の想像を超えていた。


「何だよその発想……。もし可能だとしても途方もなく哀しくなるぞ。つうか、この子はちゃんと実在しているし、俺の彼女でもねえよ」


 と、疲れ果てた口調で告げる慎也。すると、優月も微かに頬を染めて声を上げた。


「そ、そうです、お母さま! わ、私と慎也さまは……」


「し、慎也『さま』!? 『さま』付け!? なんてマニアックなプレイを――」


「プレイじゃねえよ! 話を聞けよ母さん!」


 慎也の絶叫が玄関に響く。

 ちなみに玄関のドアはまだ開きっぱなしである。随分と近所迷惑な絶叫だった。

 そんな状況の中、少しばかり落ち着きを取り戻したのか、さくらが廊下の壁に寄りかかりつつもゆっくりと立ち上がった。そして神妙な声で息子に告げる。


「……慎也。いくらなんでも初めての彼女に、自分を『さま』付けで呼ばせるのはマニアック過ぎると思うの。そっちのあなたも嫌なら嫌と……」


「俺が強要させてる訳じゃねえよ! いや、そりゃあ止めもしなかったけどさ!」


 と、全力でツッコみを入れた後、慎也は脱力した。

 これ以上は時間の無駄にしかならない気がする。とりあえず慎也は要点を告げた。


「この子はお客さんだよ。


「え? 同業者って……じゃあ、この子は……」


 軽く口元を押さえて目を見開くさくら。

 対し、慎也はこくんと頷く。


「ああ、親父に用があるんだってよ。それで母さん。親父ってもう帰って来てる?」

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