第一章 龍舞の少年と、獣の少女

第2話 龍舞の少年と、獣の少女①

「……ふわあァ」


 時節は二月上旬。

 まだ少し寒いが、よく晴れた金曜日。関東方面の都市の一つ――藤間市にある綾藤高校の一年一組の教室にて、玖珂山慎也は大きな欠伸をした。

 身長はおよそ百七十五センチ。

 少しボサボサな髪に精悍な顔つきをした少年だ。すでに授業も終わった放課後なので、今は制服の上にフードにファーが付いた紺色のコートを着ている。

 慎也は肩をはぐすように軽く回すと、自席の横に置いてある手下げ鞄とバッドケースを手に取り、帰宅または部活に向かう生徒達に混じって教室を出ようとした。

 と、その時、


「お~い、玖珂山!」


 不意に後ろから声をかけられる。


「ん?」


 慎也が振り向くと、そこにはクラスメートの男子が一人いた。

 羽崎という名前の中学時代からの友人だ。


「何だよ羽崎。何か用か?」


 慎也がそう尋ねると、羽崎は苦笑を浮かべて、


「いや、お前、今日暇か?」と、前置きしてから「これからカラオケいかね?」


 どうやら遊びのお誘いらしい。


「う~ん、カラオケかぁ……」


 慎也は考え込むように少し眉根を寄せるが、


「悪りい。今日は用事があんだわ」


 と、答える。羽崎は露骨にがっかりした顔を浮かべた。


「そっかあ、用事があんなら仕方がねえよな」


「マジで悪りいな、羽崎。けど、随分といきなりだったな。お前ってそういうの前もって言っとくタイプだろ?」


「いやあ、実はさぁ」


 慎也の問いに、羽崎は気まずげに頭をかいて答えた。


「元々一緒に行く奴が一人ドタキャンしたんだよ。それで委員長に声をかけてみたんだけどそれも断られてさ。そん時、たまたま、お前の姿を見かけたんだ」


「……俺は補欠の補欠かよ」


 慎也は半眼で友人を睨みつけた。

 すると、羽崎はさらに気まずげに頬を引きつらせて、


「い、いや、でもよ。お前って、昔から放課後はいつも忙しそうじゃねえか。ほとんど捕まんねえし、なんか声をかけんのが悪い気がしてよ」


 言葉尻だけだと、付き合いの悪い友人に対する嫌みか皮肉のようにも聞こえるが、羽崎の声は相手を気遣うものだった。


「……そっか」


 そんな友人の言葉に、慎也の表情は少しだけ沈んだ。

 言われてみれば確かにそうだ。ここ数年、放課後に友人と遊んだ記憶が無い。

 むしろこんな付き合いの悪い自分を気遣ってくれるだけでもありがたい話だった。


「羽崎。気を遣わせて悪いな。今度、時間を空けとくよ」


「おう。楽しみにしてんぜ」


 そう答えて、気の良い友人はにこやかに笑った。

 が、すぐに不思議そうに首を傾げて。


「けどよ、お前ってなんでそんなに忙しそうなんだ? 中学の頃から帰宅部だろ?」


 それは羽崎にとって、ずっと疑問だった。

 一時期はバイトでもしているのだと思い込んでいたが、そうでもないようだ。


「部活でもなくバイトでもない。かと言って彼女なんて絶対にあり得ねえ」


 指を折り、可能性の高い項目から順に潰していく羽崎。

 その傍らで慎也が「おいてめえ。なんで彼女があり得ないんだよ」と青筋を立てるが、羽崎は気にもかけなかった。羽崎は慎也を見据えた。


「なあ、玖珂山」


 率直に尋ねる。


「お前って放課後何してんの?」


 その問いかけに、慎也は少し言葉を詰まらせた。

 それは実に答えにくい――いや、答えられない質問だった。

 何故なら、慎也の放課後の用事とは、あまりにも特殊すぎることだったからだ。

 この地において、玖珂山家が代々担ってきたとても重要な役割。

 たとえ気を許せる友達でも簡単に話せることではない。


(本当に悪いな、羽崎)


 慎也は友人に心の中で謝罪する。

 そして少し考えた後、当たり障りのない一部の事実のみ伝えた。


「まあ、家業の手伝いみたいなもんかな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る