第2話 愛を結ぶ子

 大川結愛おおかわゆあは、ちらほらと雪が舞い落ちる公園で、沈んだ気持ちでベンチに座っていた。

「ハァ」

 我知らずため息が出る。

 それも仕方のないことだ。

 今朝、両親から告げられたあまりにも辛い現実。

『パパとママはお別れすることになったの。結愛はママと暮らしましょう。いいわね?』

『いいかい? 結愛?』

 真っ赤な目でたんたんと話す母と、申し訳なさそうに聞いてくる父の顔を思い出す。

「よくないって言ったって、変わんないじゃん」

 思わずポツリとつぶやく。

 スマートフォンには、幼い自分と両親が、雪がつもったこの公園で遊んでいる画像が表示されていた。

 満面の笑みで不格好な小さな雪だるまを持つ自分と、それを嬉しそうに見つめる両親。


 もう戻れない、あたたかい時間。


「結愛なんて名前、つけなきゃよかったじゃん」


 愛が結ばれた証。

 それが自分の名前の由来。

 全然だ。

 真逆だ。


 結愛には両親の離婚の原因の検討がついていた。

 結愛のピアノだ。

 結愛は幼い頃からピアノを習い始め、高校二年生になった今、音楽大学合格を目指してレッスンを始めたところだ。

 ピアノは大好きだし、何より「上手だ」と喜んでくれる両親の顔が好きだった。


 そんな日々が少しずつ変わりだしたのは、結愛がコンクールで優秀賞をとった日からだった。

 周囲が「才能がある」ともてはやし、両親が喜び、結愛も嬉しくて「将来はピアニストなりたい」と言ってしまった。

 そこから、母は結愛の夢を応援するため、結愛のピアノに全力をそそぐようになった。

 はじめは父も一緒に応援してくれていたが、コンクールのスケジュールやレッスンが厳しいものになっていくにつれ、父はいい顔をしないようになっていった。

 だんだん両親は、結愛のピアノについて意見が合わなくなり、ケンカが増えていった。

 家の空気は冷たくなっていった。


 先日のコンクールで、結愛はいい結果を残せなかった。

 母は、こんなところでつまづいていては、音大には入れないと厳しく追求した。

 父はそんな母を見て、怒鳴り声を上げた。

 そしてそれから一ヶ月。

 今朝ついに、結愛にとって一番聞きたくなかった言葉を告げられた。

「全然、結んでない。壊すだけの存在じゃん」

 目の前にふわりと雪が舞った。

 つめたい空気が、鼻の奥にツンとささり、気付けば視界がにじんでいた。


 ふと視線を感じて顔を上げると、にじんだ視界に映った少年の銅像の台座に、真っ白な少女が座っていた。

 自分と同じ年齢くらいだろうか。

 あたたかそうな真っ白なニットのワンピースに、銀色の髪がキラキラ光っている。首の黒いチョーカーが目を引いた。

 すごくキレイな女の子だった。


 ――なんてキレイな子だろう。


 結愛がみとれたそのとき――


 ガッシャーン!

 ものすごい音が響いて、結愛は驚いて音の方を見た。

 公園のすぐ隣にある高齢者施設の庭で、大きなイルミネーションの飾りつけをしていた青年が、足元に倒れた脚立を立て直しながら、通行人たちにペコペコと頭を下げていた。作業の途中で脚立を倒してしまったらしい。

 結愛はほうっとため息をついて視線を戻した。


 ――あれっ。


 先ほどの真っ白な少女がいなくなっていた。

 代わりに、小さなスズメがチュンチュン鳴いてピョンピョン跳ねている。

 ――どこ行っちゃったんだろう。

 結愛はもう一度ため息をついて、立ち上がって帰ることにした。

 結愛の家は、公園のすぐ近くのマンションの三階だ。レッスンの後、何となく帰る気がしなくて、ここに座っていたのだ。

 両親は共働きなので、帰っても誰もいないのだけれど、それでも帰りたくなかった。

「あーあ」

 結愛は足元の石ころをけってから公園の出口へ向かった。

 家は、もうきっと、昨日までとは違ってしまっているんだ。

 憂鬱ゆううつでしかなかった。

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