第4話 従姉弟

「ちょっと、優ちゃん? どういう事なん!?」

「優斗。説明してくれるかしら? どうして、優斗の家から半裸の女性が出てくるのかを」


 リナさんと明日香が二人同時にキッと僕を振り返る。

 だけど、これはむしろ僕の方が教えて欲しい。


「ちょっと、琴姉ちゃん! どうして、そんな格好なんだよっ!」

「優君、おかえり。今晩はお魚が食べたい気分……」


 いや、夕食の献立なんて話は今必要無いよねっ!? もっと気にしないといけない事があるでしょ!?


「琴姉ちゃん? 優斗にお姉さんなんて居たっけ? 妹が居るのは知っているけど」

「あれ? 明日香は会った事がなかったっけ? 大友琴音、僕の従姉弟なんだけど……琴姉ちゃん。とりあえず着替えてきてよっ!」

「服は邪魔……これでも優君に気を遣っている。本当は何も身に着けたくない……」


 琴姉ちゃんは女性にしては背が高く、僕より一つしか歳が変わらないのに、大人っぽい雰囲気を醸し出す、インテリ美人といった感じだ。

 リナさん程ではないにせよ、出る所はしっかり出ていて、上下黒の下着から細い手足がスラっと伸びている。

 そんな琴姉ちゃんが普段は全裸で過ごしているだなんて、何てありがた……いや、いろんな意味で困るので勘弁していただきたい。


「とにかく、何でも良いから羽織ってきて! これじゃあ、紹介も出来ないよっ!」

「紹介? ……分かった。二分待って……」


 そう言うと、ようやく琴姉ちゃんが廊下の奥へと姿を消した。


「なるほど。日本では血縁者の前だと、夫婦でなくても異性間で肌を露出してえぇんや。うん、覚えた」

「いえ、違いますから。あれは琴姉ちゃんが特殊なだけですからっ!」

「あ、言われてみれば、前に来た時に優ちゃんのご両親は服をちゃんと着ていた気がするわ。せっかく日本の文化を新たに一つ覚えたと思ったのに」


 危ない所だった。リナさんがどこの国の人かは知らないけれど、誤った日本のイメージを与えてしまう所だった。

 本来、日本人は奥ゆかしいんだからね?


「ところで、リナさん。前に来たって、いつ来たんですか?」

「えっと、優ちゃんとの結婚直前やから、二年前かな。だから、ミウは今日初めて日本に来てん」


 しまった。またこの話に戻ってしまった。

 明日香がジト目になっているし、リナさんが妙に熱っぽい視線を向けてくる。

 一先ず、「玄関に立たせっ放しという訳にもいかないので」と、話を逸らすために無理矢理玄関を上がってすぐ横にある畳の部屋へ入ってもらうと、奥の襖が音も無く開き、


「お待たせしました。優君の、いえ優斗の従姉弟であり、妻となる大友琴音と申します。以後、よろしくお願いいたします」


 何故か真っ白なドレスに身を包んだ琴姉ちゃんが現れた。


「ちょっと待ったぁっ! 琴姉ちゃんっ! それは一体何の真似だよっ!」

「え? 違うの……? 優君が紹介するって言ったから、プロポーズかなって……」

「どうして紹介するっていう言葉がプロポーズになるのさっ! そうじゃなくて、お客さんが来てるでしょ? そのお客さんたちに琴姉ちゃんを紹介するって事だよっ!」

「うん。だから、妻として紹介するんじゃないの……?」


 そんな訳は無い。

 だけど、琴姉ちゃんは昔からこんな感じだ。一を聞いて十を理解するというか、一を聞いて勝手に百くらいまで飛躍させてしまうんだ。

 しかし、普段ならいつもの事だと流してしまっても良いのだけれど、今は非常に不味い。


「琴音さん。初めまして。優ちゃんの妻、リナと娘のミウです。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 案の定、先程の琴姉ちゃんに対抗するかのように、リナさんがミウちゃんを連れて深々と頭を下げる。


「優君、結婚してたんだ……。まさか私がアメリカに行っている間に、そんな事になっているなんてね……。おめでとう」

「ちょっと待ってよ、琴姉ちゃん。僕は結婚なんてしてないってば」

「そ、そうですよ。あ、初めまして。私は、優斗の友人で戸川明日香と言います。琴音さん、このリナさんが何か勘違いしているんですよ」

「ちょっと待ちーや。勘違いって、優ちゃんの事を間違う訳なんかあらへんやんっ!」


 再び口論になりかけてしまったので、二人の視線を遮るように、間に身体を滑り込ませた。

 左右それぞれから熱い視線が飛び交っているので、どちらを向く事も出来ず、ただひたすらに正面の琴姉ちゃんを見つめていると、


「なぁ、優ちゃん。アメリカって?」


 僕の視線を追って琴姉ちゃんに目を向けたリナさんが、不思議そうな顔で口を開く。


「えっと、琴姉ちゃんは小学一年生まで近所に住んでいて、毎日一緒に遊んで貰っていたんだけど、そこから家族でアメリカに引越しちゃって」

「小学生からアメリカ留学だなんて凄いですね。日本の大学へ進学するために戻ってきたんですか?」

「あ、いや。琴姉ちゃんはもうアメリカの大学で薬学分野の博士号を取得したんだ」

「……え? 博士号? わ、私たちと同い年くらいよね?」

「うん。僕たちの一つ上だよ。でも、飛び級っていうか、向こうは学力が認められれば、子供でも大学に入れるらしいから」


 僕の説明で明日香が絶句しているけれど、これは仕方がないだろう。

 琴姉ちゃんは所謂天才で、秋からアメリカの大学で教授をする事が決まっているらしい。

 本格的に忙しくなる前にと、ゴールデンウィークに合わせて日本へ、というか昨日この家に帰ってきたばかりだった。


「まぁタイミング悪く、僕の両親もゴールデンウィークで海外旅行に行っちゃっているんだけどね」


 ちなみに、新婚旅行の思い出をもう一度と、二人でヨーロッパに行っている。

 旅立つ前に、ヨーロッパは良いぞ……と、当時の写真を見せてくれたのだが、若かりし頃の父さんが僕に似過ぎている事が気になって、二人の後ろに映る風景が少しも頭に入らなかったよ。


「大丈夫。私の事は優君が面倒見てくれれば良い……」

「いやでも、せめて服くらいは着てよね」

「優君が着替えさせてくれたら着る……」


 いや、琴姉ちゃん。さっき自分でドレス着てきたよね? というか、そのドレスはどこから持って来たのさっ!


「そういえば、帰ってきてからずっと家に居るけど、琴姉ちゃんは何をしているの?」

「私? ごろごろ……」

「そ、そうなんだ。でも、退屈じゃないの?」

「心配無用。ゴールデンウィークが終わるまで、借りてきた神社に纏わる書物読んでる……。何でも、千本鳥居や谺ヶ池が異世界に繋がっているという伝承があるみたい……」


 いや、琴姉ちゃん。流石に異世界はないよ。

 頭が良いのは知っているけれど、時々大丈夫かと不安にさせられる。悪い人とかに騙されなければ良いのだけれど。

 秘かに琴姉ちゃんの身を案じていると、


「パパー! だっこー!」


 唐突にミウちゃんが僕に向かって両手を広げる。

 そうだ。琴姉ちゃんの事ですっかり忘れていたけれど、リナさんの事が何一つ進展していない。


「ん……? 今の幼い声は?」

「ウチと優ちゃんの娘、ミウよ」

「娘……」


 琴姉ちゃんがどこからともなく取り出した眼鏡を掛けると、


「か、可愛いっ! 一歳? ううん、二歳くらいね。可愛過ぎるっ!」


 何事にも反応の薄かった琴姉ちゃんが、突然ミウちゃんを抱きしめた。

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