第48話 介入者 2

 炎上し、航行能力を失った輸送船の中で、被害を免れたワーカーが1機起動した。その機体は、先に脱出をしたバランのつくった穴を通り抜け、船外へと飛び出す。


「起動に時間がかかってしまったけど、機体に大きなダメージはなさそうだ」


 各種計器類や機体の状態を確認しつつ、コックピットでつぶやいたのはミハイル達が慕う人間、キール・エメリヤノフだった。航行不能に陥った輸送船からどうにか脱出した彼は、戦闘の光に誘われるようにしていまだ戦闘が続いている宙域へと進んでいく。


「さすがにワーカーは操作が簡単だ。ロードよりも機能が簡略化されてる分経験のない私でも動かせる」


 数分も進めばデブリ帯を抜けるところまで進むことができた。意を決して戦闘宙域へと進む。


≪待てよ≫


 ワーカーの肩が何かに掴まれる。キールはぎょっとして"武器腕"の銃口をその何かに向ける。


≪おいおい、随分な挨拶じゃねえかよ≫


 両手を上げて降参のポーズで姿を現したのはサイラスの乗るバランだった。機体に目立った損傷がないことから、彼が輸送船を離脱してから戦闘をしていないことが推察できた。


「その様子だと大方撤退か」


≪ご明察。お前を回収しに来たらいないから探し回ったんだよ≫


 バランに乗るサイラスの声色はどこか不機嫌で不服そうであった。しかし、今はそれについて言及している暇はない。しかし、バランはワーカーの武器腕を再び掴む。


「私はあの子らを止めるんだ。邪魔をしないでくれ」


≪おいおい、話を聞けって。"アイツ"が来てるんだよ。有望株ワタリも撤退させた。今お前が行ったらアウストリウスごと処理されちまうだろうよ。今回ばかりはかばい切れんぞ?≫


「君が言ったんだよ。自分を信じ抜けって。私は自分があの子らの争いを止められると信じている」


 キールは本気だ。サイラスは直感的にそう感じた。そしてそれは他人にどうこうできるものではないということも。ならばそれ以上は言わない。


≪骨くらいは拾ってやるよ≫


「拾った骨は"あの場所"に埋めてくれると助かるよ」


 ワーカーがバランの手を振り払い戦場へと向かう。バランはそれを追うことはしなかった。この歳まで生きてきて唯一と言っていい友人があそこまで言うのならば止めることなどできるはずがない。それにそもそも焚きつけたのはサイラスだ。


≪あいつも、変わったってことか。それとも一時の感情か≫


 結果がどうなることになろうともあそこまで強い意志をサイラスに見せたキールを止める気など起きなかった。



***



 引き金を引く。すると3つある銃口の内の1つから光の弾が発射される。あっという間に狙っていた標的の付近まで到達する弾丸ではあったが、それは分かっていたかのように避けられてしまう。しかもその動きは標的の行動に全くと言っていいほど支障をきたしていないようであった。

 予想はしていたが、牽制にもならない事実にライサは毒づく。


「ビームだと弾道が読まれやすいとは言うけど!」


 粒子ビームは発射後の弾速が実弾と比べ遥かに早いという利点がある一方、発射の直前に銃口に光と熱が集まることから、"分かっていれば避けられる"攻撃と言われることもある。最も、様々なことに注意を払わなければならない戦闘中にそれをするのは至難の業なのだが。

 文句を言いながらも、弾道の読まれやすいビーム、有効だが残弾が心許なくなってきたペネトレイターではなく通常の長距離用ライフル弾を選択し、再度狙いを定める。

 と、そのとき不意に計器の1つが友軍ではない反応を拾い、警戒を促すアラームを鳴らした。


「こんなときに増援?いえ、違う。あれは……」


≪―答願う。こちらキール。レグルス、応答願う!≫


 モニターに映し出されたのは1機のワーカー。そこから発信されている声の主は間違いなくキールのものだった。

 月で何度か見たことのあるその機体は両腕を上げ戦闘の意思がないことを示しながら接近してくる。


「何を……!」


≪ノアを止める。でも取り付く必要があるから手伝ってほしい≫


「動きを止めるのすら苦労してるの、見ても分からない?」


 素人はでしゃばるなと言わんばかりの口調でキールを下がらせようとするが、彼も引き下がらない。


≪私がミハイルの機体に乗り移る。彼は近接戦闘が得意だったから一番近づける可能性が高い。取り付けば後は私が何とかする≫


「言うのは簡単だけどさ」


 ミハイルが一度下がり、キールを乗せるまでライサと常盤で持たせなければならない。そうなれば大ダメージ狙いの狙撃などではなく中近距離での射撃戦、最悪は近接戦闘も考慮しなければならない。


「分かったわ。私も覚悟を決める。その代わり、絶対に助けなさいよ」


 ライサは無用の長物となるであろうトリニティを手放し、背部にマウントしていた汎用ライフルを手に取る。ミハイルへ通信回線をつなげつつ距離を縮め始めたファルケに、キールの乗るワーカーが続いた。



***


≪ミハイル、一度下がりなさい!キールが来てるわ。私とヴォイジャーで持たせるからさっさと済ませなさいよ≫


「そんなこと言ってもライサさん接近戦下手くそじゃんか」


 ライサが接近とともにアウストリウスへ牽制射撃を仕掛け、ミハイルに一時離脱を指示する。その後ろにはキールの乗るワーカー。余裕を見せるためにライサを真似て少し意地悪い言い方で心配してみせるが、ライサは突っかかることはなく返す。


≪だから"持たせる"って言ってんの。無駄口言ってないで行動!≫


 ライサの動きに呼応するようにベルセの前へ陣取り、下がらせる。とはいえ2.5世代機と3世代機の性能差は歴然。ヴォイジャーだけでは長く持たない。


≪俺をあてにしてるなら無視するなよ、まったく≫


 それにもかかわらず常盤は前衛を引き受けた。


≪面倒をかけるわね≫


≪そう思うなら少しは態度を改めてほしいもんだが≫


≪考えておく≫


 ヴォイジャーが壁となり、ライサがまずはムーンレットの数を減らそうと射撃を開始する。


「よくわからないけど、すぐ戻る。常盤さん、頼みます」


 ベルセが距離を取り始めると、それに追いすがろうとするムーンレットをファルケとヴォイジャーが阻む。彼らもムーンレットの動きに多少は慣れてきているようだ。

 とはいえ対応しきれるわけではない。


≪ミハイル!≫


 後方に待機していたワーカーのハッチが開き、中のパイロットが飛びだしてきた。それは一直線にベルセをめがけていく。ミハイルは慌てて機体を反転してそれを受け止める。


「どうしてこんなところに?」


「君らをこれ以上戦わせないため。これ以上話している余裕はない。すぐに戻ろう」


「わ、わかった」


 キールの表情はミハイルが今まで見たことがないほどに真剣な表情だった。彼はシートのの背後へ回ると、すぐにミハイルへ指示を出す。


「ムーンレットはいくつか残しておくんだ。ノアはアレを操作するとき動きが雑になる。それから攻撃するときは右半身を狙え。その方が若干だけど反応が鈍い」


 ベルセが再び前線へと向かう。


「でもこっちは何とか戦うのでやっとだよ。その程度の指示じゃ勝てっこない」


「だから、今言ったのは基本事項だよ。どう動くかは戦い始めてから。射撃による援護と盾となる僚機もいる。あとはこの機体で攻めるのみ。ミハイル、さっきまでのがむしゃらで無謀な戦いじゃだめだ。いくら彼が強いとはいえ君たちが"殺す気で戦う"ことはやってほしくない。ノアを止めることだけを考えて。大丈夫、勝機はある」


「わかった。二人とも、待たせました。いまから最終ラウンドだ」


 機体の各所にリアクターからの粒子がほとばしる。それはいままでのどす黒い赤色ではなく深く澄んだ青色だ。それはキールの指示で出力を変更したためか、それとも彼らの意思に呼応してか。粒子の性質を知っていれば前者であることは明白ではあるが、その色の変わり方から後者であるようにも見えた。

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