第45話 決着 6

「いいのか?」


 サイラスが聞く。行かせていいのか。彼女らに戦わせていいのか。そしてこのままでいいのか。様々な意味が込められた一言だった。


「いいわけない。でも私にはどうしようもないんだよ」


「お前がどうしようと勝手だが、お前は自分のやることに後悔するきらいがあるからな。その点はあの小僧たちを見習った方がいい」


 様々な計器類がアラートを発しているブリッジの中、サイラスはそう言い残すとブリッジを後にする。


「どこへ?」


「仕事。腕、換装させてあるんだろ?運が良ければまだ動かせるはずだ。でなくともあの娘が戻ってくるまでに逃げなきゃ殺されちまう」


 サイラスは運がいい。それは自他ともに認める強運だ。それは北の基地の時にも証明されている。運がよくなければ機体を両断されながらも生き延びるなどできるはずがない。


「友人としてのアドバイスをしてやる。ここぞという時は自分を信じ抜け。疑うな。お前みたいな奴は"もしも"のことばかり考えるやつが多い」


 サイラスは今度こそキールに背を向けてブリッジを去る。


「自分を信じる、か。私には縁のない言葉だ。でも……」


 キールがモニターを見ると、戦闘の光は少なくなっているもののまだ戦いは続いているようだった。


「信じてみようか。私の……いや、私自身を」



***




「なんで……」


 ミハイルの目が見開かれている。その視線の先にはパイロットが座る位置をわずかに逸れて突き立てられたショートソード。そしてそれによって開けられたいびつな穴の中にあるもの。


「人間の……人間の……」


≪ミハ……イル≫


「ッ!まさかお前……!」


 目の前のコックピットに収められているもの、そして自身に語り掛けてくる声。それは紛れもなくノア。月で同じ被検体の身でありながら世話を焼いてくれた兄貴分。彼のものだった。

 生きていたのか。いや、そもそもこの状態は生きていると言えるのか。なぜ敵として戦っているのか。様々な感情や思考が浮かんでは消えていく。


≪ミハイル、応答なさい。遅くなったけど援護します≫


「ライサさん。座標送る。こっちは今のところ大丈夫」


≪大丈夫なわけ……。まあいいわ。とにかく無理はしないこと!いい?≫


「なんだよ。わかってるよ」


 目の前の機体のことは気になるが、今は生き残ることが優先だ。幸いアウストリウスという名の機体は動く気配がない。一度状況を把握した方がいいだろう。

 胴から引き抜いたショートソードを構えつつ、機体を密着させる。これならばライフルもムーンレットも簡単には使えないはずだ。 


「主戦場にかなり近づいてる。機体状況は……。左腕とメインカメラがやられてる。なのに出力は上がっている?さっき出てたフェイズ2とかいうやつか?」


≪離――。僕か――れろ≫


 先ほどより鮮明な声でアウストリウスから声が聞こえる。やはり聞き覚えのある懐かしい声だ。


「ライサさんこいつから……!」


≪ええ、分かってます。目を離さないで。どんな動きするかわからないでしょ≫


 機体を飛ばしてきたライサがファルケに急制動をかけ、トリニティの銃口をアウストリウスへ向ける。


≪僕から……離れろ!≫


 アウストリウスから再度通信が送られる。今度は怒鳴るような声だ。それでいて何かを恐れているような。それが聞こえたと同時に突如、アウストリウスがベルセに体当たりをし、突き飛ばした。


≪僕に命令するな!入ってくるな!≫


 それはいままで押さえつけられていたものが爆発したかのような印象を受ける叫びだった。アウストリウスは痙攣するかのように機体のあちこちを動かしながら何かにあらがうかのように機体の頭部を押さえる。その動きはまるで人間そのもの。人間離れした動きをしていたアウストリウスが見せる人が苦痛にあらがうような挙動は不気味だ。


≪ミハイル!≫


「分かってる!サブカメラ再起動、方向指示頼む!」


 体勢を立て直したベルセとファルケがすぐさまフォーメーションを組み直す。しかし、頭部を破壊されまともに視界が確保できないベルセの戦力は期待できない。そのためファルケが攻撃する方向、距離を指示することでそれを補う。


≪あ――――!――――上僕――ま――――ぁぁぁ!≫

 

 何かをさけびながらライフルを構えたアウストリウス。その周りを停止していたムーンレットが再び動き始める。


≪来るわ!12時の方向、射撃しながら突撃!≫


「方向さえわかれば!」


 アウストリウスの動きより数瞬早く行動を開始した2機のレグルスに、精彩を欠いた攻撃は当たらない。いや、相手も当てる気はないのか。


「どこ狙ってんだあいつ」


≪主戦場に向かっている?とにかく追うわよ。移動に問題は?≫


「バランサーの再調整してるから問題ないよ。先行する」


 破壊された右腕を根元からパージすると、そのままファルケを追い越して仲間の戦う場所へと向かい始める。武装はショートソードのみ。だが射撃はファルケに任せればいい。出力が上がっている分余計な武装は不要だ。



***



 アーリアタイプのカスタマイズ機であるディフィオンが迫るワーカーに弾丸を叩き込む。光学センサーを破壊されたワーカーは一時的に機能を停止する。そのまま無防備に漂ってくるワーカーを足蹴にしつつ次のワーカーへ銃口を向ける。


≪マルク!≫


「ようやく来たな、レナート!」


≪目標は達成!でもしつこいのに追われてる!30秒後にこの座標に穴を開けて!≫


 サブモニターに小惑星のある地点を指すデータが送られてくる。唐突だがいつものことだ。マルクは何の疑いも持たずにその地点へと急行する。


「随分時間がかかったな。おかげでライフルの弾が切れかかってるぞ」


≪それは君が近接戦闘へたくそだからだよ≫


「言ってくれる」


 小惑星の表面に脚をつけ、滑るようにして目標地点付近へとたどり着くディフィオン。武器腕に内蔵されている武装の中で最も威力のある武器を選択する。様々な武装を内蔵している関係上1発しか弾丸が用意できなかったが、ここが使いどころであろう。

 発射されたのはグレネード。一般的なものではあるが地表をいくらか削るには十分な火力だ。着弾を確認したのと同時に武装の一部をパージする。それとコックピットハッチを開放もする。


≪いつもながら時間ぴったりだね≫


 爆発の巻き起こした土煙の中から小さな人影が飛び出してくる。ディフィオンを駆るマルクはそれを見るや否や軌道を修正して、コックピットにそれを収める。

 

「弾薬は?」


「あと18%」


「じゃあ近接武器は?」


「損耗ほぼなし」


「んじゃ、火器管制は僕が」


 即座に空いていた座席に座ったレナートが両腕の操作を担当する。火器管制をレナートに渡したマルクは機動に専念し、すぐさま地表から離れた。


「急速離脱!文句は?」


「ないよ。追っかけてこない程度に弾ばらまくからね」


 もとはセカンド・アリアであるディフィオンの性能は高い。それに加えニカーヤのパーツを幾つか取り付けているため機動性能も上がっている。両腕に多数の武器を積んでいたとしても連射性能の乏しいワーカーの射撃武器を回避することは可能だ。


「そういえば、さっき言ってたしつこいやつって?」


「子供だよ。僕が確認した限りではあの基地にいた人間はほぼ子供のみだった。多分五菱のあの2人と同じ感じのやつ」


 レナート曰く、年齢に幅はあれどほとんどが子供であったとのことだ。それに妙に武器の扱い、包囲等の戦術行動に長けていたらしい。


「ま、もう関係ないけどね」


 両足を投げ出すようにしてマルクの座る前部座席の方へ投げ出したレナートは満足げな表情を浮かべる。背後のモニターにはいくつもの小爆発を起こしながら亀裂が入り、崩壊していく小惑星が映っている。レナートが時間をかけていた理由はこれだ。完全な破壊とはいかないが、基地機能を完全に停止させただろう。


「騙して悪いが、ってやつか」


「あの基地が残ってたら僕たちが持って帰る情報価値が下がっちゃうからね」


 ディフィオンが請け負った仕事は情報収集。しかし、クライアント《自衛軍》は後々この基地を制圧するつもりなのだろう。衛星に配備されていたロードの数からレナートはそう考えていた。だからより情報を高く買ってもらうために破壊工作をしたのだ。


「ほんと、お前は強かだよ」


 相変わらずの手並みに舌を巻きつつも、どこか振り切れているレナートにマルクは少し恐怖を感じた。

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