第32話 時間稼ぎ 1

 凄まじい音とともに発射台の1つから物資を積んだシャトルが飛び立っていく。自衛軍の物資を積んだ補給艦だ。地球の衛星軌道上にある比較的新しい日本政府所有の衛星へ届ける重要な役目を担っている。


「お、飛んだか。自衛軍のシャトルが先に発射って感じだな。ウチは最後か」


 手のひらで太陽の光を遮りながら打ちあがっていく艦を見守るのは滝沢だ。五菱の艦、ファランクスは発射のために鉛筆を机の上に立てるかの如く艦首を天へむけているので、艦橋の席に座っている滝沢達クルーには太陽の光がもろにあたるのだ。


≪こちら管制室。ファランクスへ。発射まで5分を切った。申請のあった2機以外の搬入は完了しているか≫


「こちらファランクス。すべて順調。予定通りです」


 管制室からの最終確認の通信が飛んでくる。滝沢が答えた通り、五菱の準備は万全だ。万一に備えて防衛のため、制空権を取るためのヴィルヘルムと地上戦で右に出る者はいないと滝沢が認めるパイロットの乗るスケアクロウを配置はしているが、ファランクス以外の艦が問題なく離陸しているところを見るに、杞憂だったようだ。


≪まて、基地付近で熱源を確認。何か飛んでくるぞ!≫


 管制官の大きな声の後に基地にけたたましい警報が鳴り響き始めた。それに反応した雇われの防衛部隊は、各機迎撃しやすい位置に位置取り、周囲を警戒する。


≪自衛軍所属各艦、未確認の熱源を確認した!注意されたし!≫


≪南、6時の方向より高熱源体接近!8秒でこちらに来ます!≫


≪防衛部隊、南を警戒しろ!撃ち落とせ!≫


 宇宙センターが用意している情報共有用の回線で命令や情報が飛び交う。それを聞きつつ滝沢が社内の回線を開き、瞬時に命令を下す。


「鮫島さん、東条。周囲警戒。東条はまだ空飛ぶなよ。撃ち落とされるかもしれん。他の機体は待機しろ。各砲門いつでも撃てるようにしておけ」


≪スケアクロウ、了解≫


≪こっちも了解≫


 それぞれ武装を構えた彼らの視線の先には、急接近してくる何かがあった。



***



 順調に上昇しつつある自衛軍所属艦の一つに、約1カ月前にマヒトツという機体を操り五菱と共闘した男、四宮が乗っていた。先日の一件以来世界中の注目の的である"敵"の調査部隊へ部下ごと引き入れられた彼らは、五菱が宇宙へ上がるタイミングに合わせて、人工衛星警備の名目で宇宙へ行くこととなった。彼らにしてみればいい迷惑だが、元同僚の鮫島に恩を売っておくのも悪くないと思い直し、愚痴一つ言わずに命令に従っている。

 そんな折、管制官や防衛の任にあたっている傭兵たちの焦りと緊張の混じった通信が艦橋に響く。


≪自衛軍所属各艦、未確認の熱源を確認した!注意されたし!≫


≪南、6時の方向より高熱源体接近!8秒でこちらに来ます!≫


≪防衛部隊、南を警戒しろ!撃ち落とせ!≫


≪無理だ!高度がありすぎる!今の装備じゃ当てる前に弾が落ちるぞ!≫


 自衛軍所属艦を狙っているであろう攻撃、または攻撃をしようとしている未確認機は気づけば索敵レーダーの範囲内へ入ってきており、次の瞬間にはさらに距離を詰めてきていた。


「各艦、迎撃急げ!」


 焦りを隠せない声色で四宮の隣に座るこの艦の艦長が指示を飛ばす。その指示から数秒後に、艦各所に配置されている機関砲が向かってくる何かへと射撃を始めた。だが、迎撃するには少々遅すぎた。

 確かに機関砲による迎撃は成功した。"何か"の装甲には弾丸が次々と着弾し、爆発が起こる。しかし、次の瞬間煙幕の中から"何か"の中身が現れ艦の一つに取りついた。

 人型をしていたがロードの2倍から3倍ほどの大きさのそれは、人間で言うところの肘から先がガトリング砲になっている右腕を取りついた艦の離陸用ブースターへ向け、射撃を開始した。


「艦長!」


「分かっている!残念だがカロネードには囮になってもらうしかない。彼らも分かっているはずだ」


 非情な決断かもしれないが、離陸用ブースターが破壊されれば大気圏突破は無理だ。せめてクルーが無事なことを祈ることしかできない。


≪こちらカロネード。本艦が足止めを行う。速やかに離脱を≫


 取り付かれた艦、カロネードの艦長も大気圏突破は不可能と判断したのだろう。カロネードは離陸用ブースターを切り離して徐々にスピードを落としていき、さらに格納庫へつながっているハッチからは搭載されていた珀雷が出撃し、巨大な"何か"の迎撃にあたっていた。同じ部隊ながら、冷静で的確な判断に四宮は敬意の念を抱く。


「こちらフリントロック。各艦を代表して感謝する。幸運を」


 四宮の乗る艦、フリントロックは旗艦だ。その艦長が犠牲になったカロネードへ感謝を伝えるとモニター越しにカロネードの艦長は敬礼をし、通信は切断された。



***



 宇宙センターを騒がせた謎の飛翔体は打ち上がっている自衛軍所属艦、カロネードに取りつくと、それの破壊を試みた。また、カロネードからはそれを阻止するべく3機の珀雷が出撃したのだが、地上にいる五菱の面々や防衛部隊には状況が伝わってこない。皆一様に空を見上げ、何か変化が起こるのを見逃すまいとしていた。


「何か来る」


 "何か"が接触した数十秒後、4つの影が地上へ落下してくるのが確認できた。それは徐々に大きくなっていき、そして目視でその正体が何かを確認するに至る。


≪全員避けろ!≫


 誰が言ったのか、その声に反応して全機落下地点から離れる。まず落ちて来たのは珀雷だった。右腕を失い飛行のためのバックパックも破壊されたそれは背中から地面に激突し、その衝撃で消耗していた四肢が砕ける。続いて落ちて来た2機の珀雷も損傷箇所こそ違うものの、同じようにして活動を停止した。中のパイロットも無事ではないだろう。

 続けて、大きな物体が落下してきた。それは珀雷とは異なり、地に着く瞬間にそのスピードを緩め、両足で着地した。


≪でけぇ……≫


 東条が思わず、といった感じで漏らす。その物体は2本の脚で大地を踏みしめ、鮫島たちの方に光学センサーを、頭部を向ける。珀雷に酷似した頭部にアーリアタイプのパーツ。大きさは一般的なロードの2,3倍。構成部品のほとんどは現行のロードのものだ。やたら大きい盾を各所に装備しているのが目につく。まるで合金のマントを纏っているようにすら見える。

 右腕に装備されたガトリング砲は損傷しており、もはや使用するのは不可能のように見える。


「さすがにタダではやられないということか」


 おそらく撃破された珀雷たちによるものだろう。しかし、それは損傷を気にも留めないようなそぶりでガシャリ、と音を立ててその右腕を半ばからパージした。その後、腕自体がグルリと付け根から回転し、散弾砲を装備した"別の腕"が現れる。


≪とんでもねえロードがいたもんだな、こりゃ≫


「いや、この規格外さ加減……。"オーバード"か」


≪オーバードって昔拠点攻略とか防衛に使われてたデカブツの?≫


 かつてロード《王》を超える兵器として開発が進められていたオーバード《超越者》。それは圧倒的な性能と引き換えに運用コストが跳ね上がった代物だ。大規模戦闘ではその性能を遺憾なく発揮したが、使い方によっては一度の戦闘で炉が使用不可になるほどの消耗をすることから大きな戦闘が少なくなった現在ではほとんど姿を見なくなった。

 しかし、目の前のそれはおおよそロードと同じ外見だ。部品もまるで規格など無視しているがロード用のパーツを使用している。違いと言えば先ほどの"替えの腕"くらいだろう。左腕は大きなヒートブレードを装備した武器腕で、どことなくかつての"スケアクロウ"を彷彿とさせる。


≪別の敵機も複数感知。各機、デカブツばかりに気を取られぬよう。――、敵機の対―――よ。繰り――――≫


 管制塔から別の敵機を確認したことを知らせる通信が入るが、途中からノイズでほとんど聞き取れない。それほどの大部隊が接近しているのか、またはいつかの時と同じようにジャミング装置があるのか。


「東条、私とお前でこいつを食い止める。行けるな?」


≪あ、ああ。ここまでデカい相手は初めてだけど、心配ない。やって見せるさ≫


 傍らにいるヴィルヘルムはシールドライフルをオーバードへ向けた。胸部のビーム砲もオーバードの胴を狙っている。


「よし、行くぞ!」


 鮫島の合図で2機は左右に分かれつつ射撃を開始した。ヴィルヘルムは左へ、スケアクロウは右へそれぞれホバー移動、または両脚を動かして回り込みつつビームと実弾を叩き込む。ヴィルヘルムの放った6発のビームはシールドに防がれ、ただ焼け焦げた跡を残すだけだった。対してスケアクロウはライフルの下部に装備された撃ち切りのグレネードランチャーを撃ち尽くす。こちらもシールドで防御されるものの、その衝撃力は無視できないものであったらしく、わずかにシールドに隠された本体が見えた。

 

「行けるか!?」


 ランチャーの反動を殺しつつライフルの銃口を敵の本体に向け、撃つ。放たれた弾丸は、数発ではあるが隙間から本体へ直撃し、少なからずダメージを与えた。はずだ。


≪鮫島さ――。こい――ームが効いてな――≫


 ジャミングのおかげで聞き取りづらいが、東条からの通信の意図を解した鮫島は反撃とばかりに撃って来た散弾を紙一重で避けつつ返す。


「君は上から牽制とかく乱を。隙が見えれば近接戦闘で仕留めるしかない!」


≪――解。何――やって――≫


「ノイズがひどいが、分かってくれたか」


 ヴィルヘルムは常に上を取る形で位置取り、上空からビームの雨を降らせ始める。聞きづらい通信で意図を理解してくれた東条に感謝しつつ、撃ち切ったグレネードランチャーをパージする。続けて腰からロングソードを引き抜き、青い光を纏わせる。赤い粒子と違いエネルギー量は高くはないが、収束させやすくビームサーベルや貫通性能を高めるために使われる。シールドの隙間からロングソードを刺し通すのを狙っているのだ。

 煩わしくなったのか、敵オーバードは背部のコンテナを開放し、中に格納されていたミサイルをヴィルヘルムを狙って発射した。


≪面――事――!≫


 何か文句を言いつつヴィルヘルムは回避行動をとる。スピードを上げてミサイルとの距離を保ちつつ、全砲門にエネルギーをチャージ。機体を振り向かせつつ人型形態へ変形して、ミサイルを迎撃する。シールドライフルは断続的に射撃をしつつ、胸部のビーム砲はめまぐるしく動きながらビームの線でミサイルを焼く。それでも処理しきれなかったミサイルが数発、ヴィルヘルムを襲った。


「東条!」


 ミサイルの着弾と同時に、ヴィルヘルムは爆炎に包まれた。

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