第29話 幕間 インターミッション 1

 巨大な機体が一歩踏み出す。その機体は全長が20mはあろうかという巨大な体をものともしない動きで動いた。しかし、ぎこちなさが残る。


≪ちょっとセレン?しっかり動かしなさいよ?≫


≪やってますよ。この機体、カッシーニとは勝手が違うんですもの。すこしは大目に見てください≫


 その機体の名はカストル。先日の基地での戦闘後に回収できた数少ない戦利品だ。二人乗りを前提とした複座型で、操縦及び近接戦闘を担当するパイロット、索敵と射撃を担当するパイロットの2名で操縦を行うよう出来ており、その慣熟訓練を五菱の敷地内でベンディクス姉妹は行っている。第三世代のロードと目されるカストルは複座式でありながらコックピットは窮屈ではなく、またパイロットが2人という利点を生かすために炉が2機搭載されている。腕も通常時は2本だが、一部が分離して射撃武器を保持するためのサブアームとなる。スペックが十全に発揮できればまさに一騎当千の機体と言えるだろう。

 とはいえ、それを実戦で操縦できるほどの技量には達していない。先の戦闘で両足を失ったテミスは簡易的なものではあるが義足を代わりに使用することで日常生活を送れる程度には回復していた。しかしパイロットとしてはまだまだ復帰するには程遠い。

"いつかはまた姉とともに仕事ができる"とセレンに思わせるために、テミスは無理を押してセレンとカストルに乗っているのだ。


「全く。セレンも姉離れの時期だとか言っていた癖に、テミスも妹離れできてないじゃないか」


 格納庫の入り口付近でテーブル代わりの木箱の上に食器やランタンなどを広げキャンプのまねごとをしている常盤が、機体の外部スピーカーから聞こえてくるやり取りに向かって文句を言う。

 五菱のパイロットたちは次の仕事まである程度時間が空くため、皆思い思いの休日を過ごしている。常盤は特にやることもないので、愛機の調整がてら息抜きをしているのだ。部屋にいてもいいのだが息が詰まってしまうし、外の方が彼が今やっていることに向いている。


「あまり意地悪をいってやるな。二人とも少しずつ慣れていけばいいだけだ」


 隣で腕を組んで常盤の手際を見ていた鮫島が、彼を諫める。


「そりゃあそうですけど、鮫島さんはあの姉妹に甘すぎますよ。おっと、出来上がりだ」


 タイマーが鳴り、木箱の上にある段ボールを開封する。中には何段かに分けて金網が設置されており、その上にはベーコンなどの肉類やチーズが置かれていた。煙によって燻されたそれの表面は、もとの色よりも濃くなっている。いわゆる燻製である。


「うまいもんじゃないか」


「見た目もそうですけど、味も中々ですよ」


手際よく燻製肉を切り分けていく常盤。味見とばかりに一枚口に入れると、彼の自信を裏切らない味がした。


「君がそこまで言うのは珍しいな。仕事ではほとんど聞かないぞ?」


「仕事では慎重なんですよ。100%って言いきれるのはこの手のことだけです」


 彼らの後ろでカストルが大きく動く。腕が分離し、4つ腕の内サブアームの方が背部に懸架していたライフルを2丁取り出すと、いくらか離れた場所に設置された鋼鉄製の板への射撃を開始した。


≪セレン、しっかり踏ん張りなさい。実戦じゃあ射撃しながら近接戦もするのよ?≫


≪分かってますって。慣れるまで待ってください。この機体の重力制御が結構難しいんです≫


 カストルの背部にある大きな2本の柱、粒子制御機関から粒子が漏れる。カストルは炉を2機搭載しているため通常の機体よりも大きく、パワーもありできることが多い。代わりに2機の炉を同調させ、常に同じ出力を保たなければならない。それは並大抵の技量ではできないことだ。

 

「セレン君、左側に力が入りすぎだ。出力は常に均等に」


≪ご助言ありがとう。でも実際にできるかどうかは別問題ですよ≫


 鮫島の助言に、少々棘のある言い方で返すセレン。彼女の心境を表すかのようなするどい目つきで、カストルのモノアイの1つが鮫島らの方を向いた。




***




 意識が戻ってまず初めに感じたのは柔らかいベッドと温かい布団の感触だ。

 

 ――――もう少しこのままでいたい。


 不覚にもまず思ったことはそれだった。今までこのような、まさに夢のような状態で寝たことなどあっただろうか。いつも動けなくなるまで任務、または訓練にあたり、簡素な、決して良いとは言えないベッドで眠りにつく。そんな生活が物心ついたときからの習慣だった。


「……。あっちぃ!」


 左側から男の声が聞こえる。聞き覚えのない声だ。何かを飲んでいるのか、液体をすする音も聞こえる。目を開けて辺りを確認すると、そこはごく一般的な家の一室であった。ベッドのほかには机やパソコン、時計に本棚など、特異なものは確認できない。目を引くものがあるとすれば本棚に本とともに飾られた何らかの模型だ。よく見ればロードなどの兵器の模型だ。中でも戦闘機が多い。

 もぞもぞと体を動かして声のした方を向くと、男性にしては長い髪を後ろでまとめた若い男がコーヒーをすすっていた。長らく長い髪は意図的にそうしたというよりは散髪していないために長くなった、といったほうがいい微妙な長さで、男の顔にもいくらか疲れが見え隠れしていた。


「よっ!気が付いたみたいだな」

 

 男は机に飲みかけのコーヒーを置くと顔色をのぞき込もうとベッドへ近づく。


「私は……っ!」


 瞬間、記憶が鮮明によみがえる。自分がなぜここにいるのかを、12番機のパイロットは思い出した。



***



 あの敵機、レグルスの炉へまさにロングソードを突き立てんとしたその時、激しい衝撃とともにセカンド・アリアは吹き飛ばされた。否、突進されたのだ。コックピットのモニターには前面をバイザーで覆っているヴィルヘルムの頭部と、胸部にある目玉のような4門のビーム砲が間近に映っている。


「ええい!」


まだロングソードが保持されている右腕をどうにか振るおうと動かすが、それはヴィルヘルムによって押さえつけられてしまう。

 胸部のビーム砲にわずかに光が灯り、その次の瞬間、ビームが放たれた。


≪クソ!機体制御が!≫


 ビームはおそらくコックピットを狙ったのだろうが、何らかの原因で叶わなかったのだろう。セカンド・アリアの四肢を焼き切った。そしてそれが終わらぬうちに、電池切れを起こしかけた電球のように幾度か点滅をし、そしてビームは途切れた。

 炉が強制冷却に入ったのだろうヴィルヘルムは制御を失い、押さえつけているセカンド・アリアごと地表へ落下していく。

 それに対してセカンド・アリアには成す術はなく、ほどなくして2機は基地から離れた雪原へと不時着した。

 不時着の衝撃で2機はやや離れた位置で、その動きを止めた。ほどなくするとヴィルヘルムのコックピットが開き、パイロットが拳銃を片手に現れる。それに対してセカンド・アリアは沈黙を保ったままだ。


「炉が動かなくなっちまうとは、あの武装も使いようってことか」


 セーフティを外し、いつでも撃てる状態になった拳銃を構えつつセカンド・アリアのコックピットに近づくヴィルヘルムのパイロット、東条。彼はコックピットまでたどり着くと、やや慣れない手つきでコックピットハッチの解除を試みる。


「基本はアーリアタイプだって話だから、この辺をいじればいけるか……?ちがうな、こっちか」


 苦労しながらロックを解除するとガシャリ、という音と共にハッチは開かれ、パイロットの姿が露になった。


「……っ。うぁ……」


 パイロットはひどく消耗しており、どこかにぶつけたか、何かで切ったのか、パイロットスーツのあちこちは破れ、ヘルメットのバイザーは割れていた。あれだけ激しい衝撃を食らったのだ。死んでいないだけマシといえるだろう。そしてその奥には、ライサより少し年下だろうか。ほんの少しあどけなさの残るものの、それなりに整った女性の顔がのぞいていた。

 まだ意識はあるようで、うっすらとではあるが目を開け、東条の方へ視線を向けている。


「……」


 無言で銃口を彼女に向ける東条。ゆっくりと引き金に指をかける。

 そして数秒の沈黙。おそらく数秒だ。東条にとっては数分にすら思えたその時間で、彼の脳内では傭兵としての彼と東条一個人としての考えがせめぎあっていた。

 そして────


「あー!これだから俺は二流なんだよなぁ!」


 彼は銃口をおろし、セーフティをかけてホルダーにしまうと、瀕死の彼女へ手を差し伸べた。


「脱出するぞ。暴れるなよ」




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