第23話 葛藤

≪鮫島さんがリノセウスで先行してるから合流頼むぞ。あの人も前の戦闘で消耗しているはずだ≫


 ミハイルがレグルスに搭乗し出撃準備を完了したとき、滝沢からの通信が入る。モニター越しに見える彼の顔はいくらか疲れが見て取れるが、彼の指示はいつも通りだ。


≪ミハイル機、常盤機で鮫島機と合流、戦闘になるようなら前線として戦ってくれ。ライサ機、セレン機は援護を。状況報告はライサ機が行うように≫


 近接戦闘が得意なミハイル、大体そつなくこなす常盤を前に、射撃の腕の良いライサと精神面でいつも通りとはいかないであろうセレンは後方で援護射撃を行う。さらに光学センサー、通信機能が最も優れているライサ機が随時ブリッジまで報告をする。特別な作戦ではないが、それぞれの長所や状態を把握しているからこそできる指示だ。彼がただ椅子に座っているだけの人物でないことの証明でもある。

 続々と僚機が発進していく中、ライサは自機の長距離用ライフルに妙なアタッチメントがセットされているのを見つけた。フォアエンドの少し先に何らかの射出機能を有したものと、それにセットされた槍の穂先のようなものがあり、ボウガンのように撃ち込むのだろうと予想される。

 

「ドクター?私の機体に変な物つけないでくれない?」


「使い勝手は悪くないから、文句は使ってみてからでよろしく」


 ライサの文句を聞いているのかいないのか、ついでに予備弾を持たせるとさっさと行けと合図するクレスト。何を言っても無駄だと悟ったライサはため息をつくと発進準備に入った。


「この手の人間は言っても無駄ね。ライサ機、発進します」


 レグルスの脚部を固定したカタパルトが外へ向けて動き始める。加速し、Gが体に負荷をかける。いつもなら大したことはないが、体が少し重く感じる。まだ全快には程遠いということの現れなのだろう。


≪もうすぐ鮫島機が不明機と接触する。"炉"の影響で近距離しか通信ができなくなってるから、中継頼むぞ≫


 滝沢からライサに指示が飛ぶ。ここに来るまでに数度の戦闘を経て五菱の人間は、多かれ少なかれライサを信用するようになっていた。滝沢も彼女の仕事ぶりに関しては信用している。射撃の腕は五菱の人間以上だし、口は悪いが仕事はしっかりこなす。


「了解。はあ、私っていっつも世話係って感じね」


≪まあ、そう言うな。病み上がりの君の状態と能力を考えたうえでの判断だ。悪く思わんでくれよ≫


「分かってる。この前みたいな失態はしないわ」

 

 発進した後にブリッジの方をちらりと見てツインアイを一回点滅させる。任せろ、という意味を込めて。


≪よし、各員気を引き締めていけよ!≫


 滝沢が各員を激励し、状況は開始された。



***


「レナート!」


「何?」


「そろそろ持たない!」


「見ればわかるよ。はいそこ!あの機体に寄せて鍔迫り合い!」


「簡単に言ってくれるな……!」


 時間稼ぎに苦心しているマルクはレナートに文句を言いつつも指示通りに動いていた。何とか1機をくぎ付けにしているが、機体の性能差は明らかであり、さらに敵パイロットの技量も高いため何かのきっかけがあれば押し切られてしまう可能性も十分にある。

 強引に相手に迫ると、サーベルの出力を上げて横に薙ぐ。相手はそれを中世のカイトシールドのような形状の盾で受け止めた。ニカーヤとセカンド・アリアの性能差をビームサーベルの出力を上げることで対応するが、長くはもたないだろう。


「コックピット開けて!」


「え!?あ、ああ」


 マルクがコックピットを困惑しつつも開ける。通常は戦闘中にコックピットを開けるなどありえないが、レナートに全幅の信頼を置いているからこそマルクは一瞬の躊躇のみでコックピットを開く判断をした。


「すぐ閉めなよ!」


 緊張感のない声で注意をしつつコックピットを飛び出していったレナートは、まずマルクがコックピットハッチを閉めたことを確認する。そして猫のように軽やかな動きでセカンド・アリアへと飛び移ると、そのコックピット付近へとよじ登った。


「外部からの開放はっと」


 腰から拳銃を取り出し、外部からハッチを開けるための認証パネルを開く。セカンド・アリアはもととなったアーリアと同じ位置にハッチを強制開放するための認証パネルが設置されている。

 拳銃の銃口で認証用のキーを入力すると、ハッチのロックが解除されコックピットが露わになった。


「やあ!追い回してくれた礼をしに来たよ」


 セカンド・アリアに搭乗していたのは中肉中背の一般的な体系の男のように見えた。がそれ以上は思考をやめる。これから殺す人間のことを考えてもしょうがない。

 パイロットに有無を言わさず拳銃の弾丸を叩き込むと、腕を引っ張って機体の外に出す。


「足りない分は君の仲間に返すとするよ」


 レナートは死体となったパイロットに手を振ると、セカンド・アリアのコックピットに乗り込んだ。

 第3世代のロードであるセカンド・アリアのコックピットはレグルス同様の新型のつくりになっている。そのためそれ以前の機体に乗りなれているレナートにはいくらか不安に感じるだろう。少し落ち着かない様子だ。


「マルク、機体をいただいた。急ごう」


 持ち前の要領の良さを生かして操作方法を習得しつつあるレナートはまずマルクの乗るニカーヤに通信をする。成功した、と。


≪まったく無茶をする。……ん、来たか≫


 マルクのニカーヤの視線の先にはロードより小さな機体が敵と部下たちの間を縫ってこちらに来る姿があった。



***



「どうなっている?」


 リノセウスに乗り、雪原を走る鮫島。いや、正確には飛んでいると言った方が正確だろう。ナイトワーカーは小型であるが故に長時間の飛行は不可能だ。そのため素早く長距離を移動する場合はセプト反応炉を利用した反重力を生かしてジャンプを繰り返す。

 鮫島のリノセウスは先日のニカーヤに倣い雪原に溶け込む白い布を纏っている。そして右腕にはナイトワーカーには大型の近接武器。それも一般的に出回っていないもの。火薬式の射出機構を備えた”リボルビングランス”だ。射出すると火薬を利用した勢いでランスが相手に射出される。ランスには芯があり、射出後にはそれを軸にもとの位置に戻る仕組みになっている。クレストの試作品の内の一つだ。


「あのエンブレムは、ディフィオンか……。なるほど」


 片腕を失い、苦戦を強いられているニカーヤと畳みかけんとするセカンド・アリアの間に割って入り、セカンド・アリアのコックピットにリボルビングランスを突き付けた。そしてトリガーを引く。ランスの穂先が勢いよく射出され、敵機の胴を貫いた。いや、押しつぶしたと言った方が正しいだろう。ランスの穂先はある程度機体に食い込んだのちに、鮫島の操作で強引に押し込まれたのだ。


「威力は足らんが、なかなか面白い」


 動かなくなったセカンド・アリアからランスを引き抜く。そして次へ。この戦闘のいきさつを知ると思われるディフィオンのリーダー機らしき存在へと近づく。


≪スケアクロウ、やっと来てくれたか≫


 自身をあと一歩のところまで追い詰めたニカーヤの片割れから通信が来る。その声は先日のものより疲れや焦りを感じさせる声色で、多少の安堵の念も伝わって来た。五菱側として面倒この上ないだろうが。


「面倒だが、要件を聞こうか」


 意を決したように鮫島は口を開いた。



***



「セレン機、あまり無茶をしないで。常盤機、セレン機をカバーして。ミハイルは敵を引き付けて。鮫島機、状況は?」


 強襲揚陸艦ファランクスからある程度前方で片膝をついて長距離ライフルを構えるライサ機が指示を飛ばす。彼女の機体は長距離射撃をする関係上通信、レーダー関係が優れている。そのため、この20機ほどの機体が戦う戦場の通信障害程度ならば問題としない。もちろん使用されるのはレーザー通信だが。


≪話はついた。不服だが、彼らの申し出は受けねばなるまい。詳細を話そう。ブリッジにもつないでくれ≫


「了解。ブリッジ、鮫島機につなぎます」


≪ブリッジ了解。続けてくれ≫


 通信用のパネルを操作し、リノセウスとファランクスのブリッジをつなぐ。もうこういった雑用はライサにはお手の物だ。不本意だが。

 

≪どうやら彼らは雇い主に襲われているようだ≫


 鮫島の話す内容を、ライサはついでに僚機にも流す。彼の話の内容を要約するとこうだ。

 仕事を終えたディフィオンは依頼主の元へ報告へむかったが、自身らの抹殺をしようとしていることを悟った。隙をついて脱出したものの追撃は激しく、やむなく近くのPMSCを、つまりは五菱を頼ってここまで逃げてきたという。


≪私たちは彼らの元雇い主とやらと敵対している。どちらにしろ戦いはもう避けられない。そこで、ディフィオンは提案をしてきた。自分たちを雇わないか、とな≫


≪なるほど。雇わなければ追手を五菱に擦り付けて撤退し、雇うとなればそれなりの値段を要求する。強かな連中だ≫

 

 苦境に立たされてなお生き残った後のことを考えることができるのは、常に状況が変化し続けるPMSC業界で成功する一つの要因足りえる。ディフィオンが実力をつけてきたのは決してまぐれではないということだ。


≪ああいう連中私は気に入っているが、社長としての判断は?≫


≪あなたと同じ考えですよ。やつらを雇う。ついでに"敵"について聞き出せれば僥倖といったところでしょうかね≫


≪決まり、だな。滝沢君、すぐに指示を。ディフィオン側には私が話す≫


≪わかりました。気軽に通信できない状況ですから無理はしないよう――≫


「あー。それじゃあ私中継切りますよ、おじさんたち」


 妙に長くなりそうな年長者たちの会話に割って入るライサ。彼女にとっては年寄りの話は眠たくなって仕方がないものでしかない。まだミハイルと話していた方がマシというものだ。


≪これは失礼した。仕事に戻るとしよう、滝沢君≫


≪年頃の女性の機嫌を取るのは色々と難しいもんだ≫



***



 ロングソードをふるう。しかし空振る。ならばライフルを。今度は盾で防がれる。ならば味方と連携を。いや、姉がいなければ完璧な動きはできない。


「私は……弱い」


 自身の力の無さを痛感する。今までは仲間、姉のおかげでやってこれたのだと再認識する。


≪おいセレン!集中できないなら前に出るなよバカ!≫


 常盤のヴォイジャーがセレンをかばうように前へ出る。肩のシールドで敵機の剣を弾き、ライフルで反撃。距離が近いにもかかわらず射撃武器での反撃を選択するのは常盤の慎重さのあらわれだろう。思い切りのないとも言えるが。


「すみません」


≪いいか?テミスがいなくても俺とお前の連携は揺るがない。3人とは少し勝手が違うかもしれないけど、やらなきゃ死ぬぞ≫


「でも!……でも、姉さんの足を奪った奴らと一緒に戦わなきゃいけないなんて、頭ではわかっても納得できない!」


 大振りな一撃ではあったが、セレンの放った一撃はセカンド・アリアを捉える。常盤がライフルで動きを止める援護のおかげではあるが、機体の重量を乗せた一撃を受けたセカンド・アリアは雪で動きが鈍るのを嫌って低空飛行していたせいで、勢いよく地面に叩きつけられる。それに伴い、周辺は雪煙に包まれた。


≪おい、無理すんな!≫


 言葉では忠告しつつも彼女でも仕留められると踏んだ常盤は近くで別のセカンド・アリアと戦闘しているニカーヤの援護に入る。それなりの腕の持ち主なのだろうパイロットが乗るニカーヤは左腕を失い、頭部の菱形の光学センサーも4つの内1つを残して破壊されていた。


≪五菱の、助かる≫


 常盤機、ヴォイジャーは肩のシールドに内蔵されたミサイルを発射し、ニカーヤとセカンド・アリアの間に雪煙の壁を作ってやった。時間稼ぎにしかならないだろうが、ニカーヤが仲間の元へ合流するには十分だろう。

 ふとセレンの方を確認すると先ほどの雪煙が晴れかけており、セレン機と思しきカッシーニのシルエットが見えてきていた。とりあえずはセレン機の無事を確認して安堵する。


「なんで私が……!なんで姉さんが……!」


 煙の中から、彼女のすすり泣くような声が通信越しに常盤へ届いた。

 

 カッシーニが両手に持ったロングソードで敵を貫く。ただ貫いたのではない。空中から地に叩き落としたセカンド・アリアに馬乗りになり、コックピットを貫いたのだ。もう姉と共に戦えないという悲しみや怒りをロングソードに込めて何度も、何度も貫く。もうパイロットは原形をとどめてはいないだろう。もうまともに狙っていないのか、ロングソードは胴をバラツキをもって刺し貫いており、もはやパーツとしても再利用できない程に破損していた。


≪やめろ!そんなことしても……≫


「じゃあ私はどうしろと!?姉さんの仇も取れないし目の前の敵も満足に倒せない私はどうしたらいいんですか……?私にはわからないんですよ、常盤さん……」


 消え入るような声で常盤に問うセレン。しかしその答えを常盤は言うことはない。いや、できないのだ。傭兵稼業をやっていれば多くの人間がぶつかる問題だ。そこにパイロットとしての強さは関係ない。

 カッシーニは動きを止めた。


≪お前、もうライフルの弾ないだろ。一回戻って頭冷やしてこい≫


「はい。ご迷惑をおかけします」


 感情の波が治まったのか、セレン機は立ち上がると後退を始める。常盤から見て今回のセレンは無駄撃ちが多い。もともと射撃は姉であるテミスに任せることが多かったこともあるが、それにしても今回はひどい。まるで新人が操縦しているかのような射撃だった。


≪これを機に姉離れしないとやっていけないぞ。いつまでも気心知れた仲間が隣にいてくれるわけじゃあないんだ≫


 常盤が呟くように言った忠告は、炉の通信障害によって離脱しつつあるセレンに届くことはなかった。





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