第13話 海戦

 自衛軍の士官、四宮響しのみやひびきはコックピットで一人今の状況を嘆いた。世界中で騒がれている謎の部隊。それと思しき機体がこちらに向かっている。


「1,2……、5機か。対してこちらは」


 自身の機体と付近を航行している艦の動向を探る。彼の乗る機体はマヒトツ。他数名の部下とともに交代で、ある海域を渡るファランクスの監視が命令されていた。しかしそこで所属不明機を発見、警告するも攻撃され片腕を損傷した。部下に救援を頼むよう指示をしたが、到着まで時間がかかるだろう。


「これが効いてくれればありがたいが……!」


 ライフルで迫りくる騎士風のロードを迎え撃つが、弾丸ははじかれ意味をなさない。マヒトツは偵察としての性能に特化しており戦闘能力は高くない。弾丸もアーリアやカッシーニの携行するものより威力が劣っている。唯一同性能なのはビームサーベルぐらいだ。

 意を決した四宮はライフルを捨て、サーベルを抜く。瞬時にエネルギーが供給され、青い刀身が形成された。それを手に騎士風のロードに肉薄する。

 防御を誘うために横に薙いだそれは、敵が構えた盾に防がれる軌道にある。しかし、四宮はベテランのロードパイロット。日本でもトップレベルの実力をもつ鮫島とともに任務をこなしたこともある実力者だ。

 接触寸前にエネルギー供給を最低限にし、刀身を極限まで短くする。そして盾を通過したところで再供給した。セカンド・アリアは尋常ではない反応速度で躱そうと身を動き始めるが、再び刃を形成したビームは敵機の胴体中ほどから斬り裂き機能を停止させた。動力が停止したそれは重力に身を任せて海へと落ちていく。


「何とか1機……ッ!」


 撃破したものの敵パイロットの力量はおそらく四宮よりも上だ。しかし経験が足りていなかった。それと判断力もだ。

 不格好ながらも航空機形態へ変形したマヒトツは一旦距離をとろうとする。が、そこにもう1機の敵機、黒いセカンド・アリアが迫っていた。

 回避行動をとろうとするが間に合わない。セカンド・アリアの振るうロングソードの刃が機体に触れた。


≪退け!あとは我々が受け持つ。我々の艦へ行け≫


 マヒトツを切り裂かんとするセカンド・アリアは突如横へ吹っ飛び、代わりにそこに珀雷がいた。おそらく蹴りを入れたのだろう。珀雷の右脚の先にはセカンド・アリアの黒い塗料がこびりついていた。


「なっ、鮫島か!恩に着る!」


 かつて四宮とともに戦ったことのある戦友の年老いた声に驚く。傭兵稼業をやめることはないだろうとは思っていたが、反応速度がものをいう近接戦闘を苦なくこなしていることに驚いたのだ。


「あなたには追い付けない……。いつになっても、な」


 不意の再開であったが、2人はそれなりの経験を積んできた兵士だ。感傷に浸ることはない。短い会話を終えるとそれぞれ目的の場所へと向かった。



***



≪チィッ……!これまでの奴らとは違うぞ!≫


≪分かっています。セレン、あまり離れないで≫


≪でも私達、かなり艦から引き離されてますよ?≫


 ライサが出撃したころ、先発組は鮫島を除いてファランクスからかなり引き離されていた。敵は3機であるにもかかわらず、攻めきれない。連携ではこちらが勝っているが個としての戦力はあちらが上だ。


≪1機でも落とせれば状況が変わってくるはずなんだが……≫


 常盤がライフルを撃つが常人離れした反応速度で躱されてしまう。射撃は避けられ近接戦闘は盾でいなされる。先ほどからこれの繰り返しだ。何とかヴォイジャーとカッシーニでの連携でしのいで入るが、一瞬たりとも気は抜けない状況だ。


「これで状況は変わったかしら?」


 その声とともに常盤達にまとわりついていた3機の内の1機の頭部が吹き飛んだ。

 吹き飛んだ頭部と反対側に視線を向けると、そこにはライフルを構えたレグルスが浮かんでいた。

 ライサの搭乗するレグルス2号機は手動で薬きょうを排出した。彼女の機体の持つ大型ライフルは手動での排莢やリロードなどを行わないといけないのが欠点だが、それを補って余りある火力を有している。通常の弾薬も使用可能だが、ここぞというときにはこれを使うのだ。

 実際、カッシーニよりも防御性能の勝っているセカンド・アリアの頭部を一撃で破壊した。メインカメラを失ってはいくら性能がよかろうとまともには戦えないだろう。


≪気に食わん物言いだが、感謝はしよう≫


≪素直じゃありませんね≫


≪全くです≫

 

 嫌悪感丸出しの常盤をからかうようにセレンとテミスの姉妹は横やりを入れた。3人は先ほどよりも余裕が生まれたと見える。軽口を叩きつつも隙のない連携で動き出す。

 頭部を失って脅威が減ったセカンド・アリアに3機は狙いを定め、戦闘を再開した。


「それじゃ、私は……」


 敵は確認できているだけで先ほどの3機のほかには2機。しかも驚くべきことにそのうちの1機はあのマヒトツとかいう奇妙な機体が撃破した。とすれば――


「援護すべきはあのご老人ね」


 3機のセカンド・アリアの相手は常盤達で十分だろう。しかしあの黒いセカンド・アリアからは強者の気配を感じる。優先すべき敵はこちらのほうだろう。いくら傭兵の中でも最強クラスの鮫島といえど万が一ということは考えられる。

 照準を黒いセカンド・アリアのコックピットへと向ける。目標は珀雷と交戦中だがその中でも確実に狙った部位を撃ち抜くだけの技量はある。


≪下だ!≫


 引き金を引くか否かといったところで突如通信が入る。声の主はミハイルだ。彼の乗る機体、ヴォイジャーが海面とレグルスとの間に割って入り、幅広のビームソードを振った。

 海面に大きな影ができ、その中で赤い光が光った。



***



≪お前がキールが逃がした小僧か!≫


「何!?」


 海面が突如盛り上がり、そこから鋭利な金属製の爪が飛び出す。寸でのところでビームソードで受け止めることができたミハイルだったが、爪はビームで切断されることなく、その次の瞬間には攻撃の主の姿はなかった。

 

「とりあえずライサさんが無傷でよかったけど……、今の通信はなんだ?」


≪気を抜かない!海面から離れなさい!≫


 レグルスが海面スレスレを浮いているヴォイジャーを掴み、高度を取る。相手が海中から攻撃してくるなら、これで下手なダメージは負わないはずだ。しかし同時にこちらから有効打を与えることも難しい。


「けど近づかないと攻撃できないぞ!?」


≪分かっている。私の武器じゃあ海から出てこない限りまともな攻撃はできないわ≫


「ならやることは決まっている!俺が前衛、ライサさんが後衛だ!」


 ヴォイジャーの両肩にあるシールドをパージすると、ビームソードと鞘に収まっているロングソードを持ち替え、ミハイルは海へと突入した。水しぶきをあげながら海中へと突入したヴォイジャーはそこそこの水深まで降下すると、敵機を待ち構える。


≪もう!なんであなたはいつも無茶を!≫


 幸いセンサー類が使用不可になるほどのひどい障害は起こっていない。姿がなんとなくでも見えればあとはセンサーを見つつ射撃が可能だ。それが常人に成せる技なのかどうかは別だが。

 ライサは文句を言いつつも海面に銃口を向け、少しでも敵機が見えれば射撃できるよう構えた。



***


≪思い切りのいいヤツだな。いい兵士になる≫


「何をッ!」


 水中で構えた瞬間、先ほどのツメが襲ってきた。今度はロングソードでそれを受け止める。が、パワーで負けているのか、徐々に機体が海底を背にするような姿勢に、たいして敵機は水面を背にする形になった。

 そして、敵機から通信が入る。声の感じからして東条より年上で、鮫島よりは下といった年齢の男だろう。妙に頭に残る声で敵は続ける。


≪そんな機体でよくついてこれる。さすが”被検体”だ≫


 ヴォイジャーは世間的には新型の部類だ。しかし、それを”そんな機体”と言うということは少なくとも第三世代の部類に入るということ。しかも攻撃パターンを見る限り相手は水陸両用型の機体だ。総合スペックも環境も敵に分がある。

 こちらの唯一の武器は数だ。水中では有効打を与えることは難しいが、何とか海面付近に誘導してライサに狙撃してもらえれば勝機はあるはずだ。


「被検体?さっきもキールがどうとか言っていたけど、あんたは俺の何を知っている!?」


≪聞かれて正直に答えると思っているのか?≫


 敵機が下から迫る。先ほどと同じようにロングソードを構え、衝撃に備える。数瞬後、予想された衝撃が機体を襲った。爪を突き上げてきた敵機に対し、ロングソードで受け流す。が、それだけで攻撃は終わらず続けて体当たりの衝撃がヴォイジャーを襲う。


「何度も同じ手が通じるとは思ってないッ!」


 機体がバランスを崩しながらも敵機を蹴り上げる。機体がすれ違った瞬間、一つ目がギョロリとこちらを向いた。


≪データ以上に強くなっているな!これでこそ面白い!≫


 海面付近に浮上しながらも体勢を立て直した敵機は急な方向転換を交えた機動をしながら再びヴォイジャーに迫る。そして数発の弾丸が敵機のいた場所を通り過ぎていく。


≪こっちを見てもいないのに避けた!?≫


「気を付けろ!コイツは俺たちを知っている!」


 驚くライサに注意をしつつ、次の攻撃に備えるミハイル。

 再度爪をヴォイジャーに向けた敵機はその円錐型の手の先端からエネルギーのオレンジ色の光を発射した。予想外の攻撃にヴォイジャーは対処が間に合わず、身を捩らせて左足を犠牲に事なきを得る。


「水中でビームかよ!」


 通常ビームというのは高熱だ。そのため射撃武器として使用される場合に最も威力を発揮するのはほぼ真空である宇宙空間だ。次いで大気による減衰のある大気圏内、そして最も威力が弱くなるのはエネルギーがあっという間に減衰してしまう水中だ。そんな環境である程度の射程、火力を維持できるビーム射撃ができるというのはそれだけ高性能な炉を搭載しているということの表れだ。と言っても数百メートル程度しか射程がないが。


≪これも避けるか!楽しませてくれる!それでこそアルヴァーリのデータもよいものが取れるってものだ≫


「戦闘狂が!」


 再度ヴォイジャーに向けて迫ったアルヴァーリは、ツメによる接近戦を再度試みる。


≪やってくれるッ!≫


 ツメが当たるか当たらないか、といった瞬間にミハイルは咄嗟にレバー横にあるあまり使われないスイッチを押した。ヴォイジャーに不完全ながらも実装されている防御システムを使用したのだ。それとともにうっすらと緑色づいている粒子がツメを防ぐようにバリアを形成する。

 もともとは短時間ではあるが、機体を完全に攻撃から保護するために実装された炉から供給されるエネルギーをバリアシールドとして利用するものだった。しかし量産化の過程でセプト反応炉の性能を下げざるを得なくなり(といっても量産機としてはトップレベルの炉であるが)、機体を覆うための十分なエネルギーが供給できなくなってしまった。さらに想定されていた時間よりもさらに短い時間しか稼働できず、エネルギーを消費する武装が一定時間使用不可能になることから”使えないシステム”としてほとんど使われることのないシステムだ。

 しかし、この瞬間だけはミハイルの機転が利いたこともありうまく機能した。数瞬ではあるが、ツメがバリアに阻まれている間にロングソードを右斜め上に振りかぶり、そして思い切りアルヴァーリにたたきつけた。出力が限界を超えたのか、アルヴァーリが頑丈だったのか機体の前面と背面が表示されているサブモニターには両腕のいくつかの部分に異常が発生しているのを知らせる赤い文字が表示されている。

 しかし、アルヴァーリは大きく吹き飛ばされ海面近くまで浮上した。


≪ナイス!次は外さない!≫


 間髪入れずにレグルスが弾丸を叩きこむ。浮上してきたアルヴァーリを正確に捉えたそれは、バックパックを撃ち抜いた。

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