ロード・オブ・ロード 天壌の支配者

九崎 要

第1話予兆

 ロード。正式にはLORDと表記されるそれは従来の兵器の常識を覆すことを目的として造られた10~15mほどの人型機動兵器のことを指す。実際十数年前に第1世代の「ロード・ランナー」が製造されて以来、「実戦で人型は戦車に勝てない」という常識を真っ先に覆した。戦車を軽々と上回る機動力、反重力を発生させる「炉」、加えて様々な地形への適正によってこの兵器は文字通り地上の支配者ロードとなったのだ。

 ロードが投入された当初はテロが頻発化しており、警察機構だけでは対処しきれないそれに伴う各国での民間軍事会社(PMSC)の容認が進んでいた。十数年もすれば、そこそこ名のあるPMSCではロードを1機は所有しているのは当たり前であり、またそれは日本とて例外ではなかった。憲法などの壁によって自衛隊が自衛軍となり、PMSCの認可が下りたのは諸外国よりも後になってしまっていたが、現在では兵器を扱う大企業には必ずPMSC部門が存在するほど身近な存在となりつつあるのだ。

 加えて、数年前にアメリカを中心としていた先進国で調査が進めていた資源衛星が地球への直撃コースであることが発覚。各PMSCおよび軍が協力して破砕作業を行い、被害を抑えるも地表には数多の隕石が降り注ぐという自然災害が起こった。

 通称"星降り"と呼ばれたこの一件以来被災地ではロードの炉に使用する貴重な物質が産出されるようになり、ロードの生産は加速した。また、その一方で1つの災害を団結して乗り越えた人類は現在、比較的争いの少ない平和な時代を謳歌しているのだ。

 

"星降り"以降、地球の軌道上に放置された資源衛星の破片や投棄されたシャトルの部品などの回収が一部の国の軍とPMSCに認められ、そういったものからの資源回収の仕事を請け負うPMSCがちらほらと出始めていた。

 そんなPMSCの1つに五菱軍事という会社がある。決して大きい会社ではないが大企業との提携をしており、また"星降り"の際に住民の避難誘導や資源衛星の破砕作業で業績を上げた会社だ。

 所有する兵器はアメリカ製のカッシーニと呼ばれる第2世代汎用型ロードが4機、提携先の企業からデータ収集のために貸与されている試作可変機が1機、カッシーニをベースにある人物専用の改修をした機体が1機、新型のヴォイジャーと呼ばれる第2.5世代汎用型ロードが2機と決して大きくない会社にしては十分すぎるほどの数だ。

その他にもロードの半分ほどの大きさのナイトワーカーと呼ばれる作業用機械をいくつか所有している。

 そしてそのうちの数機は今、地球の軌道上でのデブリ回収作業を日本の自衛軍からの払い下げの試作強襲揚陸艦を伴って行っていた。


≪おい新入り!そっちにでかいのが1つ行ったぞ!≫


 狭いコックピットに声が響く。新入り、と呼ばれた少年は自らが操縦するナイトワーカー、リノセウスのスラスターを吹かせてバランスを取るとゆっくりとこちらに向かってくる隕石の破片にネットを絡ませて母艦へと牽引していく。

 リノセウスはワーカーの中でもパワーのある機体で、胴体に設置されたレールの上をギョロリと動くモノアイと、頭部があるべき部分にあるツノのような大きな通信アンテナ、背中の昆虫のようなバインダーからカブトムシと揶揄されることもある機体だ。


「これで今日の分は終わりですか?」


 開きっぱなしのハッチに大きな石ころをネットごと放り込むと、彼もそのまま着艦した。ハッチの奥にいるもう1機のリノセウスが隕石をキャッチすると、回収したガラクタの山のふもとに置いた。

 機体がある程度艦へ近づくと、両脚にある磁力発生装置が作動してぴったりと艦へ脚がくっつく。回収した資源の置き場となっている格納庫の一つを見ると、ロードを6機は格納できようかというサイズにも関わらず中はもうほとんど埋まっていてこれ以上は積めないという状態になっていた。様々なものが積み重なっているため、地上へと戻る際には強化ネットで固定作業をする必要がある。もししなければ格納庫はボロボロになってしまうだろう。


≪お疲れさん。これで今回の仕事は終わりだってよ≫


 少年の後に着艦したロードに乗る男が通信越しにそう伝えてきた。男の名は東条という。若いながらも五菱の古株の1人で、繊細な操縦が得意だということから企業からのテストパイロットの依頼はほとんど彼に回されている。実際、今彼が搭乗している機体は提携先の企業が開発中の試作機の1つで、航空機形態へ変形することで長距離移動を可能とするものらしい。最も変形機構はまだ発展途上なので防御面が疎かになってしまっているが。

 東条の乗る機体は全体的に細い印象を受けるシルエットで、胸部は戦闘機の機首のような形状で前へせり出しており、両肩にはバインダー、脚には大きめのスラスターがいくつか設置されていて、「機動力命」という第一印象を誰もが受けるだろう。


≪とりあえず、回収したガラクタの固定作業は常盤君と鮫島さんでやるらしいから俺たちは先に休ませてもらおうぜ≫


 物置と化した格納庫付近に着艦した2機のカッシーニを見て東条はもう片方の、整備班が待機する格納庫へと機体を進める。そのあとにリノセウスも続いた。



***



 少年が自らの機体から降りようとハッチを開けた時、それは起こった。


≪何?……分かった。新入り君をヴォイジャーに乗せるけど構わないよな≫


 少年はリノセウスの開きっぱなしだった通信回線から聞こえてきた東条の声に反応し、彼の機体の方を見る。するとパイロットスーツを着たままの東条が身振り手振りをしながら回線越しに話始めた。


≪戦闘の光だ。所属不明機同士が戦いながらこっちに流れて来てる。ナイトワーカーじゃあどうにもならん。リノセウスは整備班に任せてヴォイジャーに乗り換えろ。この艦を撃ってくるようなら守らなきゃならんからな≫


 彼の声色からはほんの少しの焦りが感じ取れた。

 予定では数時間後に大気圏へ突入し、元々設定していたポイントに着陸するはずだったが、もし戦闘に巻き込まれるようなら突入を早めるしかない。もしそうなった場合はいきなりパスポートもなしで海外の土地に輸送艦と兵器が降りなければならないわけで、現地の治安当局にさせられる手続きやら検査やらの手間が山のように増える。そうなれば結果的に会社として赤字になることもある。そしてもちろん突入の角度を間違えれば死もあり得る。東条はそれを危惧しているのだろう。


「分かりました。武装は?」

 

 リノセウスの胴を蹴り、その慣性で隣のハンガーにある機体、ヴォイジャーまで飛んでいく。スタンダードなシルエットをしているが頭部の正方形のバイザーと、両肩に接続された大型シールドが特徴の機体へと徐々に近づいていく。

コックピットへたどり着くと、すでに機体のシステムは立ち上がっていて、東条の乗る試作機との通信回線が開かれていた。


≪ライフルとサーベルだ。シールドミサイルはあんまり使うなよ?ミサイルは高いんだからよ≫


「分かりました。善処します」


≪よし。じゃ、東条機発進するぞ!≫


 軽口を叩く東条の機体がカタパルトから発進していくのをモニター越しに見送ると、機体の横に懸架されていたライフルを手に取る。 

 ライフルは機体と接続してエネルギーを充填しビームを撃ちだす、いわゆるビームライフルだ。ヴォイジャーに採用されたセプト反応炉は、理論上では炉が稼働する際に発生する粒子を加速してライフルの弾として撃ちだしたり、逆に粒子を機体周辺に圧縮展開させて攻撃を防ぐバリアとしたりと様々な用途に使える。まだまだ発展途上ではあるが、将来性のある技術だ。


「ライフル、接続。よし、使える」


 手に取った銃が火器管制システムに認証され、ヴォイジャーの炉からエネルギーが供給されるのを確認すると、少年はカタパルトへと機体を進めた。ロードの操縦経験はあるが、宇宙での経験はない。いや、正確には覚えがないというべきか。

 ナイトワーカーでのデブリ回収の時もそうだが、彼にとって"足元に地球がある"という状態はかなり気分の悪くなるものだった。気を抜いてしまえば重力に引っ張られてしまうというような不安が心の中で渦巻くのだ。

 少年は自身の内に発生した不安を、深呼吸とともに払拭するとハッチの向こうを見据えた。


「ヴォイジャー2番機、ミハイルで行きます!」

 

 

 

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