40:対決、要塞母艦

 向こうからはきっと『エアリエル』が豆粒みたいに見えているに違いない。いくら一騎当千と謳われる翅翼艇エリトラでも、流石にたった一隻で母艦に挑んだことはない。特に『エアリエル』は戦闘艇との撃ち合いに特化した船で、デカブツの相手は専門外だ。

 とはいえ。

『「ロビン・グッドフェロー」は何をしている! 足止めもできないのか!?』

 母艦から響く声には、つい、笑ってしまう。

「あいつが『足止め』なんて、本気でするわけねーだろ」

 トレヴァーが本気で俺たちを追ってはこないということは、わかりきっていた。時々思い出したように針を投げてくるが、残弾を考えて意図的に手を抜いている。

 もちろん奴の言いたいことも、はっきりわかる。『ボクらの逢瀬の邪魔をする無粋な連中を片付けろ』、だ。トレヴァーの望みは俺たちとの全力の戦いであって、結局のところ教団の連中はお互いにとっての邪魔者でしかないのだ。

 本当に勝手な奴だよな。とはいえ、とっとと片付けなきゃ、仮に要塞母艦が何もしなくても、業を煮やしたトレヴァーに俺たちが撃ち落とされるのがオチなんだ、やるしかない。

 要塞母艦は「要塞」の呼び名に恥じない堅牢さで、俺たちの前に立ちはだかる。その防壁の隙間に設置された砲塔から、少しでも掠めようものならこっちの肉体含めてごっそり持っていける質量の、物理砲弾が放たれる。

 とはいえ、それだけ馬鹿でかいってことは、軌道演算もしやすいってことだ。戦闘機の間を抜ける際の、空中に散らばる機銃の弾の軌道を読むよりはずっと楽だ。

 ごう、と。すぐ側を行き過ぎる砲弾の気配を感じながら、そっと、セレスに呼びかける。

「セレス、怖くないか」

 はい、と。翅翼を閃かせるセレスの魂魄が、青く揺れて。一つ、二つ、それこそ踊るように砲弾をかわしながら、セレスは凛と背筋を伸ばす。

「怖くありません。嬉しいんです、ゲイルと一緒に飛べるのが」

「……そっか」

 俺も嬉しいよ。俺はろくでもない奴だけど、そんな俺を信じてくれるセレスのために、この力を振るえることが。

 回避はセレスに任せて、俺は、ただ真っ直ぐに弓を引く。

 圧倒的火力を広範囲に撒き散らす『オベロン』の翅翼とは比べようもない射程も威力も貧弱な光弾砲『ゼファー』。普通に撃てば、まず要塞母艦の分厚い装甲に無力化される。

 だから、俺は『虚空書庫ノーウェア・アーカイブ』に、更なる要求を叩き込む。

「演算完了」

 翅翼艇エリトラの兵装は、翅翼艇エリトラのコンセプトと、乗り手の希望に基づく。『エアリエル』はゲイルのわがままで「飛ぶ」ことに特化したせいで、やたら装甲は薄いしこんな軽い武器しか載せられないわけだが。

 その際、俺が唯一望んだことがある。

「軌道設定。発射」

 ――弾道を手動入力する機能を搭載しろ、と。

 敵船を自動的に追尾する兵装は、他の翅翼艇エリトラに搭載されている。一般的な魄霧はくむ機関の熱源を追尾する兵装もあるし、翅翼艇エリトラの優秀な演算機関を利用して、照準を合わせた敵船を捕捉した上で追尾する兵装もある。後者は開発当時は七割以上の命中率を誇り、現行兵装の中でも優秀と言われている。

 その中で、俺の希望は霧航士ミストノート全員に笑われるものだった。

『手動で弾道を設定したところで、当たるわけがないだろう』

 確かに、人の頭で、お互いの船の動きを読みきって――しかも着弾する瞬間までの「未来の」動きだ――手動で弾道を指定するなんて、狂気の沙汰だ。

 だが、俺にとって、この機能はどう考えたって必要だった。その時、唯一俺の言葉を笑わなかったゲイルが言った言葉は、今もはっきりと思い出せる。

『そりゃあ、オズは、完璧主義者だもんな』

 そう、七割などと言わず、狙った相手を確実に撃ち落とすために。

 俺は、俺自身に備わった機能――『虚空書庫ノーウェア・アーカイブ』を利用して『ゼファー』を操る。

 翅翼から連射された光の矢は、ただ撃った時とは異なる複雑な曲線軌道を描いて、最も近い砲塔に襲い掛かる。正確には、弾を放った直後の砲塔の「内側」に。光の矢がぽっかりと開いた穴の中に吸い込まれていき、次の瞬間、砲塔が、根元から盛大に爆発する。

「ふおぉ」

 セレスが思わず、といった様子で声を上げる。

「なるほど、何故手動設定が用意されているのか不思議でしたが、これも、ゲイルのための武器なのですね」

「そういうことだ。……っと、来るな」

 もう一方から飛来する砲弾の一つを『ゼファー』の連射で撃ち落としつつ、セレスに指示を飛ばす。流石に次々に飛び交う弾を全部撃ち落とせるほど『ゼファー』の連射性能はよくない。だが、ほんの少しの隙間でも作ってやれれば、セレスが抜けるには十分だ。

 船体を思い切り傾け、伏せた青い翅翼が砲弾の隙間をすり抜ける。青い軌跡が、金の鱗粉舞う霧の中に煌くのを、視覚の片隅で判断しながら、次々に弓を引いて、放つ。一つ、また一つと砲塔を片付けていく。目に見える以上、こちらに向けられる砲塔の数は有限で、それならば一つずつ潰していけばいい。

 そのダメージは、着実に、本体にも積み重なるものだから。

 徐々に、徐々に、要塞母艦からこちらへの照準が鈍りはじめる。あのサイズの船だから、内側から操るには相当の人数が必要だろう。そいつらの統制が乱れているのが、分厚い装甲越しにもわかる。

『狂ってる……、こんな、こんなこと、ありえん……!』

 要塞母艦から漏れ出るノイズは、未だ現実を直視できていないようだったけれど。

「セレス」

 セレスはその声だけで、俺の意図を汲んだ。二対の翅翼を打ち鳴らし、母艦の船底近くまで潜りこむ。俺は既に一度は打ち抜いた砲塔に向けて、もう一度照準を合わせる。

 要求に対する書庫の応答を信じて、弓を引き、放つ。

 青く輝く光の矢は、既に崩れつつあるその場所に真っ直ぐ突き刺さる。一発では何も変化はなかったが、二発、三発と撃ちこんでいくうちに、船底の一箇所――船の心臓である機関部が轟音を立てて弾け飛ぶ。

 かくして、分厚い装甲には一つたりとも傷がついていないにも拘わらず、巨大な鯨はずぶずぶと霧の海に沈み始める。

『くそっ、くそ……っ、何故だ、教主オズワルド! 何故、我々が女神に見放される……!?』

「んなもん、俺が知らねーんだから世話ねーよ」

 そもそも、教団の教えなんて、教団幹部がでっち上げた「建前」に過ぎない。連中は手中に収めた俺――『虚空書庫ノーウェア・アーカイブ』の利権を維持するために、人を集め、金を集め、そして狂騒に駆り立てただけだ。

 そんな本質すら理解してない奴に、何を言ったって無駄だろうけれど。

「海の底で待ってろ。教主様直々に会いに行くから、文句はその時言え」

 どうせ、俺も長生きはできない身だ。ゲイルに会いに行く日だって遠くはない。

 ゆっくりと沈み行く要塞母艦を見送ったところで、虚空からトレヴァーの口笛の音が響いた。

『いつ見てもその精密射撃はぞくぞくするよ。今は味方じゃない分、尚更ね』

『お褒めに預かりどーも』

 俺だって腐っても霧航士ミストノート、『エアリエル』の副操縦士セカンダリだ。言葉通り「飛ぶこと」しか考えない相方を生かすには、このくらいの曲芸はできなきゃ話にならなかった。俺はゲイルやトレヴァーのようには飛べない。その分、連中が疎かになる部分を徹底的に補う。そういう風に鍛えてきたのだ。

 戦って、戦って、戦い抜いて。

 全ての戦いを終わらせた向こう側に待っている、夢のために。

 とはいえ、今の俺が、再びあの日の夢を見据えるには、もう一つ、どうしたって排除しなきゃならない壁がある。

『さてと、ご期待通り邪魔者は排除したぜ、トレヴァー』

 まだ海に残されているだろう戦闘艇には、もはや意識を割くことをやめる。その辺りは、ジェムを信じていればいい。

 だから、俺はセレスの手を握り直し、冷たい風を全身に受けながら、全感覚を研ぎ澄ませて、どこからか聞こえてくるトレヴァーの言葉に耳を済ませる。

『正直驚いたよ。オズ、君は、海の上では何一つとして面白くない男だと思ってた。ゲイルとボクが気持ちよく飛ぶための露払い役。ただそれだけだって、思ってた』

 でも、と。実際に見えているわけでもないが、奴の薄い唇の端が、引き上げられたのが目に浮かぶ。

『ああ、不思議だね、ボクは今、ゲイルよりも誰よりも「君たち」に興奮してる!』

 次の瞬間、船尾に衝撃が走る。やられた。セレスの動きを抑えていた分、想定以上にトレヴァーの接近を許していた。ほぼゼロ距離で針を撃たれては、読めたところで避けようがない。

 セレスは速度を上げ、船体を捻るようにして旋回する。折れかけた長い船尾が虚空に煙の尾を引き、前後のバランスが崩れる。何とかトレヴァーを振り払おうとしているのだろうが、その程度の機動でトレヴァーが惑わされるとも思えない。

 既に、トレヴァーの笑い声は聞こえなかった。声も笑いも抑えこみ、完全に俺たちを「狙う」体勢に入ったことを察して、俺も『エアリエル』と『虚空書庫ノーウェア・アーカイブ』の狭間に、更に深く潜りこむ。俺という存在が限界まで希釈され、仕組みの一部として組み込まれる、そんな感覚と共に。

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