27:尋問

「起きろ、フォーサイス」

 声と、同時に側頭部に走る痛みに、否応無く覚醒を促される。

 意識は覚醒するものの、妙に朦朧としている。いつもの頭痛や倦怠感とは違う、思考をまとめようにもまとまらない、不自然にふわふわとした感覚。これはどうも、薬か術で意識レベルを制限されている気がする。

 自覚したところで何が変わるわけでもなし、とにかく目を開けて、置かれた状況を認識するところからはじめる。

 まず視界に入った三方の壁の位置から、ここは小部屋であるらしい。壁は丈夫かつ防音加工が施されている。今まで見たことない部屋だが、普段は使われていないのだろう。それこそ、こんな物々しい状況にならない限り、使う必要の無い部屋。

 物々しい、といえば俺の状況も相当物々しい。

 寝てる間にパイロットスーツは脱がされていて、ジェムに撃たれた傷に包帯が巻かれて固定され、肌には散々小突かれた結果である青黒い痣が点々としている。全身だるくて痛いのはこれのせいか。完全に自業自得だ。

 その上で、椅子に括りつけられるように体と腕を縛られている。どれだけ警戒されてんだ、俺がとことん無力だってのは、ロイドが一番よくわかっているはずだが。

 そのロイドは、俺の正面に位置取り、俺を真っ直ぐに見ている――と思う。相変わらず、ミラーシェードの下の目がどこを見ているのかは定かじゃない。

 そして、その横でロイドを守るように、ジェムが背筋を伸ばして立っている。相変わらず憎悪にぎらついた目をしているが、頬は俺が殴ったからだろう、赤く腫れている。だからなのか何なのか、いつ腰の銃を再び向けられてもおかしくない雰囲気だ。

 いやだな、こんな雁字搦めの状態からできることなんてないのに。仮に自由であろうと、俺がロイドやジェムを害する理由なんてどこにもない。

 ……いや、さっきジェムを殴ったのは、俺も冷静じゃなかった。それだけだ。

 あともう一人、誰かが後ろに立っている気配がする。推定ブルース。基地の偉い人そろい踏みとは、俺も偉くなったもんだ。全く嬉しくないが。

 ロイドは、ご丁寧にも俺が状況を把握するのを待っていてくれたようだ。俺が改めて目の前のミラーシェードに視線を戻すと、ロイドが重々しく口を開いた。

「先ほど言ったとおりだ。詳しい話を聞かせてもらう」

 もはや俺も黙っている理由はない。重たい頭を揺らして、浅く頷く。

「もう一度だけ確認する。お前は、オズワルド・フォーサイスで間違いないな」

「はい。自分は、元女王国海軍中尉、霧航士ミストノートオズワルド・フォーサイスであります」

 ほとんど無意識に「霧航士ミストノート」と名乗っていたことに、自分で驚く。こんな無様を晒しながら、なお霧航士ミストノートを気取ろうっていうのか、俺は。

 当然ながら、ジェムは汚物を見るような目で俺を睨んだ。だが、ロイドは表情一つ浮かべることもなく、基地司令としての言葉を並べ立てる。

「では、フォーサイス。質問に答えろ。黙秘は認めない」

「はい」

「お前が寝ている間に魂魄紋を精査した。――お前の魂魄紋は、軍に残されたゲイル・ウインドワードの登録情報と一致している。だが、私の記憶とは相違している。軍の登録情報を弄ったな?」

「はい。自分は、軍の保有するゲイルの魂魄紋と自分の魂魄紋の登録情報をすり替え、ゲイル・ウインドワードに『成り代わり』ました」

 登録情報のすり替えは俺がやったわけじゃないが、その辺りは調べればすぐにわかることだ、あえて言うまでもない。

「その外見は、イワミネ医師の施術らしいな。軍最高峰の再生記術士の手を借りれば、いくらでも見かけは似せられるだろうな」

 そう、今の俺の外見はサヨが手を加えた結果だ。元々背格好はゲイルと近かったし、お互いに魄霧はくむ汚染の特徴を持っていたから、誤魔化しようのない顔や髪、あと少し骨格をいじった程度。今までバレなかったところを見るに、そう似てないわけでもなかったはずだ。

「サヨ――イワミネ医師が、供述しましたか」

「ああ。己が、オズワルド・フォーサイスをゲイル・ウインドワードに『仕立てた』のだと。それ以上のことは、意識が朦朧としていることもあって聞けなかったが」

 それはそうだ。サヨは俺たち霧航士ミストノートと違って、痛覚制御の訓練を受けたわけでもない。撃たれりゃ痛いし、そもそも「撃たれる」なんてことに慣れているはずもない。

 無意識に唇を噛み締めていたことに気づいて、口元を緩めるついでに痛む唇を動かす。

「イワミネ医師の容態は?」

「質問を許可した覚えはないが、命に別状は無い、とだけは言っておく」

「……よかった」

 つい、安堵の息が漏れる。サヨが、俺なんかのために命を捨てるようなことは、あってはならない。絶対に、あってはならないのだ。

 ロイドは全く表情を変えないが、横のジェムは俺の反応に苦々しい顔を浮かべる。わかってはいたが、表情豊かな奴だ。軍人としてはどうかと思うが。

 一拍を置いて、ロイドが次の言葉を投げかけてくる。

「お前は、七年前に軍から逃亡して『原書教団オリジナル・スクリプチャ』を立ち上げ、四年前には全世界規模の要人殺害を主導した。そして、三年前、女王国霧航士ミストノート隊により殺されたことになっていた」

 それはあくまで質問ではなく、単なる事実の確認だ。だが、ロイドの言葉は俺の認識では正しくない。

 それでも俺は、誤りを証明することができないし、自分に罪がないと言い切ることもできない。俺が教団の主として祭り上げられ、その結果として世界に混乱をもたらしたという事実だけは、否定しようがないのだから。

 ロイドは一度言葉を切り、こちらを探るような表情をする。いつもはどこを見ているのかもわからないミラーシェードの下の目が、今だけは真っ直ぐ俺を見ているのだと、わかる。

「いつから、ウインドワードに成り代わった」

「三年前から。しばらくは軍病院の集中治療病棟で、イワミネ医師の援助を受け正体の隠蔽と成り代わりの手続きを行い、その後本格的に『ゲイル・ウインドワード』として活動を開始しています」

「三年前、つまり、お前が死んだことになった時期から、か」

 ロイドは一段声のトーンを下げて、決定的な問いを、放つ。

「本物のゲイル・ウインドワードはどこにやった?」

 頭の片隅に、あの日あいつと肩を並べて眺めた青空の絵が浮かんで、泡のように消える。俺があいつの名を名乗るようになってから、この手で焼き尽くし、描くことをやめた、俺たち二人の夢。

 ――だって、もう、あいつは。

「……亡くなっています。三年前に」

 ぽつり、考えるよりも先に零れ落ちた言葉は、軋むような響きを帯びていた。

 そして、俺の言葉を聞いたジェムは、顔色を真っ青にして、震える唇で言う。

「嘘、だ」

 嘘じゃないんだ、ジェム。

 ゲイルは死んだ。俺のせいで、霧の海の藻屑と消えた。

 うろたえるジェムを一瞥したロイドは、すぐに俺に視線を戻す。こちらには動揺は見えないところを見るに、想定はしてたんだろう。俺が「ゲイル」を演じていた時点で、ゲイルが生きている可能性は限りなく低いと。

「我々の認識とは逆に、ウインドワードは死に、お前が生き残っていた、ということか」

 はい、と。答えたつもりの声は、掠れていた。

 俺が感傷を抱いてはならないことは、誰よりも俺が一番よくわかっている。責が俺にある以上、俺があいつの死を悲しむのは筋違いだ。

 それでも、苦しくて仕方ないのだ。今もなお、忘れられない記憶が蘇っては、あいつの不在を自覚させられる。俺自身があいつの姿をしているだけに、ことあるごとに今はもういないあいつと向き合う羽目になる。

 ただ、そんな日々も、もう終わりだ。終われば楽になれるかと思っていたけれど、胸の空虚は結局、何一つ変わらなかった。あいつが死んだ事実が覆るわけでもないのだから当たり前だ。

 ロイドは、しばし、口を引き結んで俺を観察していたが、やがて重々しく口を開く。

「何故ウインドワードに成り代わった。お前は、我々を欺き、何を企んでいる」

 ……何故?

「何故、でしょう?」

 その時、初めてロイドが眉間に力を篭めた。こんな回答に意味がないことは、俺にだってわかる。ただ、そうとしか言えないのだ。

「ふざけているのか?」

「ふざけてなんて、いません。自分は、どうしてここにいるのか、わからない」

 トレヴァーの問いに答えられなかったように、俺は、オズワルド・フォーサイスは、その問いに明確な答えを持たない。

 俺の態度を見かねたのだろう、ジェムが拳を握り締めて一歩前に出るが、ロイドに「待て」と制される。そして、いやに静かな声で、問いかけられる。

「ふざけていないのだとすれば、お前は、特に明確な目的もなく、教団とも無関係に、漫然とウインドワードに成り代わっていたということか」

 ああ――、本当に、ロイドには敵わないな。

 ロイドは、いついかなる時も俺のことをよく見ている。そうでなきゃ、俺が、目的もなく、意味もなく、ただ「日々を過ごす」ためだけにゲイルを演じていたなんて真相に、届くはずもない。

 力の入っていた口元を緩めて、小さく息をついて答える。

「……はい、ご想像の通りです」

「っ、そんな言葉、信じられません!」

 ジェムが噛み付くように声を上げる。言葉はロイドに向けたものだったが、視線はあくまで俺を捉えて離さない。その瞳が映すのは、疑念と不信か。こればかりはジェムが正しいと、俺ですら思う。

 俺の言っていることはめちゃくちゃだ。周囲をゲイルの仮面で欺き通しながら、目的はないと言う。『原書教団オリジナル・スクリプチャ』の教主でありながら、教団とは無関係だと言う。

「この男は、間違いなく何かを隠しています! そうでなければ、おかしいですよ!」

 ああ、おかしいよな、ジェム。でも、俺は本当にわからないんだ。どうして、こんなことになってしまったのか。

「ここは、多少強硬な手段を使ってでも、真相を吐かせるべきでは――」

「やめろ、ケネット少尉」

「し、しかし」

「これ以上、このやり方で聞いても、有効な情報は得られそうにない。教団と無関係である、という供述が真にしろ偽にしろ、この男はそれ以上のことを答えないだろう」

 ロイドは、ジェムの口を塞ぐかのように、淡々と、しかし有無を言わせぬ口調で畳み掛ける。

「今は、ここまでだ。我々には、他にも考えなければならないことが、あまりにも多すぎる。この男にばかりかかずらうわけにもいかない」

 ロイドの言うとおりだ。俺なんかに構ってる暇があれば、近いうちに再び攻めてくるであろう、教団の連中とトレヴァーに対抗する術を考えた方がずっと建設的だ。

 ロイドは、車椅子を動かして背を向ける直前、椅子にくくりつけられたままの俺を一瞥して言う。

「フォーサイスは、独房に入れておけ」

 はっ、というジェムと、今まで押し黙っていたブルースの返事を受け、ロイドは車椅子を廻らせて部屋を去ろうとする。

 本当は、そのまま見送るべきなのはわかっている。

 わかってはいたけれど、つい、言葉が口をついて出ていた。

「ロイド、先生」

「……何だ」

「セレスは、無事ですか」

 どうしても、これだけは確かめておきたかった。俺のミスで蒸発したにもかかわらず、セレスは最後の最後まで、俺に語りかけていた。大丈夫だと言いながら、その声は酷く苦しげだった――。

 ロイドは、少しだけこちらを振り向いて、冷え切った声で言う。

「無事だ。だが、お前にはもはや関係のない話だろう」

 関係のない、話。

 そうだった。俺はもうゲイル・ウインドワードではないし、『エアリエル』の霧航士ミストノート士でもない。

「……そう、ですね」

 一体、俺は何を期待していたのだろう。セレスが無事である、それだけで十分なはずなのに、何かが手の中から滑り落ちてしまったような、錯覚。

 その正体を掴む前に、体に衝撃が走る。ジェムに殴り飛ばされたのだ、と一拍遅れて気づいたときには、俺の体は椅子ごと床に倒れていた。

 遅れて来る全身の痛みをやり過ごしながら目だけをそちらに向ければ、ジェムは上げた足で俺の肩を蹴り飛ばす。おいやめろ、傷口蹴るのは反則だろ。意識が朦朧としているせいで、痛覚の遮断もできずに悶えていると、ジェムの激しい声が降ってくる。

「この……、裏切り者! 霧航士ミストノートの恥が!」

「やめろ、ジェム。大佐からの命令は『独房に入れる』ことだ、暴行を加えることじゃない」

 俺との間にブルースが割って入り、ジェムは露骨な舌打ちをして俺に背を向ける。助かった、と思えばいいのか。痛みでそれどころじゃないんだが。

「悪いな、ゲイル……、じゃないんだっけか。ややこしいな」

 ブルースが溜息混じりに俺の縄を解く。朦朧とする意識で、それでも無理やりに肩の痛みを押さえ込んでそちらを見ると、ブルースは俺の顔をまじまじと覗き込んで、問うてくる。

「で、何て呼べばいい?」

 なるほど、そんなことを言われるとは、思ってもみなかった。確かに俺はゲイルじゃないが、だからと言って今まで「ゲイル」と呼んでいた奴が別の人間だったと言われても、ぴんと来ないのだろう。

 とはいえ。

「お好きに。どうせ」

 ――近いうちに、俺の首は胴体を離れる。

 それが、世界の敵になった馬鹿野郎の、正しい末路だろうから。

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