繋がりの部屋 2

「研究施設の地下の奥でノアの遺品である木彫り人形に触れたとき、ノアの悲しみの感情が流れ込んできた。長年に渡るイーステンド王国中の邪念を受け止めたわたしの心を押しつぶすほどの負の念だったが、なんとかそれに耐えることができた。ここまではすでに話しているが、ひとつ話しをていないことがある」


「それはなんなんだ。教えてくれ」


 はやる俺は焦らされているように感じ、少し話しづらそうにするアムに問いただした。


「このことはあとでリンカーに聞いたのだが、わたしの心を押しつぶすノアの悲しみを押しのけたとき、わたしの容姿は大きく変貌したというんだ。爆発的に荒れ狂った陰力によってか一瞬自我を失ってしまい、わたし自身はそのことは覚えていない」


「そ、それで?」


「確かにノアの悲しみの念は人の心を崩壊させるほどのものだった。結果的に跳ねのけはしたものの、よくよく考えてみればイーステンド王国中の邪念を受け入れたわたしが心を潰されそうになるほど苦しむとは思えないんだ」


「う、うん」


「施設探索中の心の不安定さ、自我を失ったこと、爆発的に荒れ狂った陰力、変貌したというわたしの姿、これらの点から推察すると……」


「推察すると……?」


「どういうことなのだろうか?」


 アムにも答えは出ていなかった。


「わかってないのかよ!」


「それを一緒に話し合おうということじゃないか!」


「それって俺と離れることをアムは……その、あれだっていう話で……、つまり」


 勢いよく話し出したはいいものの、話の着地点までその勢いは保てなかった。


「わたしの見解だが。ひとつになったと思われたわたしだが、ある意味共存しているといった感じなのではないかと考えてみた。パズルのようにぴったりとハマっているイメージだ。つまり、本当の意味でひとつになってはいないのかもしれない。それゆえにわたしだけがここに居ると考えられる」


 アムの言っていることはイメージできる。


「なるほどね」


 なにか予想していたことと大分違う話だったことで、気の抜けた空返事となってしまった。そんな空返事をしたあとでこのアムの予想が正しかったのなら、それはとても悲しいことなのだと気が付いた。


「う~ん」


 顎に指を当てて思案するアムにそういった悲しさは感じない。それでもやはり気になってアムになにか言おうとしたが、これといった言葉が思い浮かばず己の無力さを痛感する。


「ラグナはわたしと離れたときになにも感じないか?」


 不意にそう問われアムと離れていたときのことを思い起こす。


「アムと隠れ里で離れたときも、施設でノアの遺品探索していたときも、俺は切迫した状況でそれを感じる余裕がなかった、かなぁ」


「そうか」


「だけど、アムのことを心配はしていたぞ」


 フォローめいた言葉を発してみたがアムはそんなことは気にも留めてないようだった。考え込んでいるアムを見て唐突に思う。


「さっきパズルのようにハマっているって言ったけど、それは輝力と陰力という性質上ありえないんじゃないか? 相反するふたつの力がひと所でひとつになるなんて」


 落ち着いて考えれば当然のことだ。輝力と陰力が寄り添っていられるわけがないことなど、小さな子どもでも知っている。


「あぁ、そのことについてなんだが、わたしも今まで深く考えたことはなかったし、ラグナを含め世界のすべての者はそんなこと確認しようもなかっただろうけど」


 アムがそこまで言ったところで突然めまいのように頭がくらっとした。そして視界がゆっくりと歪み始め、あたりが少しずつ暗くなっていく。


「どうやら時間切れのようだな。この話の続きは次回に持ち越しだ」


「待てよ、こんな中途半端なところでそりゃないぜ」


「仕方ないだろ。目が覚めても忘れていなければ言ってくれ。わたしも思い出すかもしれないからな」


 視界は急速にうねり、目の前のアムが遠ざかっていく。


「おい、待てってば!」


「待ちようがないだろ、毎度のことさ」


 視界は黒く染まり落ちるような飛ぶような不思議な感覚で闇に飲まれていった。


「またな」


 最後に小さな声でそう聞こえた。

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