第一話 5-14

「……確認するけど、つまりざかさんは〝?」


「……うう……」


 俺の問いに、ざかさんは死にそうな顔でこっくりとうなずいた。


「イラストなんてまったくこれっぽっちも描けなくて、それどころか『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』もまともに見たことすらない、と……?」


「……」


 さらにこくり。もうその目にはほとんどハイライトが入っていない。完全に死んだ目だ。目の端には再び涙が浮かんでいる。


 うーん、まいった。


 これはどうしたものか。


 意外すぎる事情は分かったものの、それを聞いたところでどういうリアクションをしたらいいのか分からない。〝アキバ系〟であることを隠そうとするのなら見たことがなくもないけれど、〝アキバ系〟でないことを隠そうとするなんて、遭遇したことのないケースだ。


「何だって、そんなことに……」


 そのことを尋ねると、ざかさんはこう答えた。


「……勘違い、されて……」


「勘違い?」


「……うん。わたしのお姉ちゃん……らいお姉ちゃんっていうんだけど、去年まではおんなじはくじよう学園の生徒で『AMW研究会』に入ってたの。お姉ちゃんは、すごかったんだ……才色兼備で、優しくて、だれからも好かれてて、『白銀の星屑ニユイ・エトワーレ』の二つ名で呼ばれてて……文字通り何でもできた。イラストを描いても、小説を書いても、何をしても全部あっという間にくなった。だから、わたしもきっと同じだって、そう思われたみたいで……」


 ああ、そういえばざかさんのお姉さんは『AMW研究会』のかつての部長で、色々と伝説級のエピソードを残しているって話は聞いた気がする。


 ──伝説の『白銀の星屑ニユイ・エトワーレざからいさん。


 いわくイラストの腕はプロ級で在学中から仕事の依頼があった、いわく小説では投稿していたサイトで常にランキング上位だった、いわくアニメに出て声優をやったことがある、etcetc。どれも実際に見てない立場からすれば眉唾ものなところもあるけど、妹であるざかさんのスペックの高さから想像すれば決してあり得ない話じゃないとも思える。


 で、部長たちはざかさんがそのらいさんの妹であることから、同じようにアキバ系知識に精通していてイラストもプロ並みの腕前だと勝手に思い込んで、そしてざかさんはその誤解を否定しきることができなかったってことか。


 聞いてしまえば単純な話だ。


 まあ部長や三Kたちは思い込みが強い方だし、それ自体は分からなくもないといえば分からなくもないんだけれど……


「うーん、でも、だったら正直にそう言うしかないんじゃないか? 部長たちは勘違いしてて、ざかさんは別に〝アキバ系〟でも何でもないんだって」


 自分でも至極まっとうだと思われる意見に、しかしざかさんは激しく首を横に振った。


「そ、それはだめなの!」


「? どうして?」


「そ、それは……」


 俺の問いにざかさんはきゅっと唇を結んだ。


 何かをしゆんじゆんするように、しばらくの間うつむいて言葉を発さない。


 だけどやがて何か覚悟を決めたかのように小さく顔を上げて、こう口にした。




……




「お姉さんに……?」


「……うん」


 ざかさんは小さくうなずいた。


らいお姉ちゃんはおしとやかで上品で優しくて女の子らしくて……それだけじゃなくて勉強もスポーツも習い事も趣味の〝アキバ系〟も全部笑ってこなしてて……何もかも、完璧だった。わたしはそんなお姉ちゃんにずっと憧れてきた。完璧なお姉ちゃんみたいになりたいと思い続けてきたの」


「? ざかさんだって十分に完璧じゃ……」


「……わたしは、違うよ」


 その言葉に、ざかさんは静かに首を横に振った。


「わたしは……ぜんぜん完璧なんかじゃない。うまく誤魔化して、そう見せてるだけ。今のこの周りからのイメージだって、必死に努力してがんばって、やっとそれっぽいものを作り上げてるだけなんだよ。勉強も、運動も、性格も、趣味も、全部。お姉ちゃんが笑いながら当たり前みたいにこなしてきたことを、その何十倍の時間をかけて、ようやく背中が見えるところまできたってだけ」


「……」


「ほんとのわたしは、お姉ちゃんみたいにおしとやかで上品でもなければ、大人っぽくもない。しやべり方も素だとこんなだし……性格だってほんとはすごく子どもっぽい。勉強も中学の頃はガリ勉してやっとはくじよう学園に入れたくらいだし、習い事だってこなしていくだけで精一杯だった。寝たりご飯を食べたりおに入ったりしている以外の時間は全部自分を磨くことにあててた。それでもお姉ちゃんには追いつけない。お姉ちゃんにはなれてない。ざかの家では……わたしは、劣等生なんだよ」


 劣等生。


 うーん、一般人から見れば優等生で完璧超人始祖の見本みたいなざかさんからそんな言葉が出てくると、何だか少しばかり違和感を覚えてしまう。というかざかさんが劣等生だったら俺は何なんだろうね? プランクトン?


「……だからわたしにはお姉ちゃんみたいに趣味を、〝アキバ系〟を楽しむ余裕なんて、今までこれっぽっちもなかった。お姉ちゃんが大好きだっていう『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』にも、〝アキバ系〟にもずっとずっと興味はあった。だけど……そっちに目を向けている時間なんてなかった。その時を生きるだけで必死だった。でも高校に入学して……やっと少しだけ余裕ができたの。勉強や習い事以外にも使える時間ができたんだよ。だから『AMW研究会』に勧誘された時は、うれしかった。勉強や習い事以外にもお姉ちゃんが好きだったものを辿たどってみろって、神様に言われてるんだと思った。だから……」


 そこでざかさんは一度言葉を切った。


 瞳の奥に強い光を宿して俺の方を見ると、




「だからわたしは……お姉ちゃんが辿たどってきた道は全部辿たどって、やってきたことは何であってもできるようにするって決めたの。──




 きっぱりと、そう言い切った。


「……」


 お姉ちゃんになる、か……


 そんなのはきっと、いいことばかりではないだろうに。


 だけどその言葉からは、並々ならぬ決意のようなものがうかがえた。きっとざかさんにも、彼女なりに何か胸に秘めるものがあるんだろう。


 そしてその目的のためには、こんな高校生活の初っぱなでお姉ちゃんルートから大幅に外れるわけにはいかないってわけか……


 うん、それは分かった。


 そのこと自体は彼女の意思であり覚悟であるわけだから、外野が余計な口出しをすることじゃないと思う。


 だけど。


「だからって、俺に助けてくれって言われても……」


 俺はイラストを描けないし、自分で描こうと思ったことすらない。アキバ系知識もしょせんは人並みでしかない。ゆえにざかさんのためにできることなんて、ハチドリの涙ほどの助けでしかないはずだ。


 それなのにざかさんは諦めない。


「それは分かってる、分かってるの……でも、お願い、助けて……!」


「だけど……」


「こ、このことを……わたしの〝秘密〟を知ってるのは、さわむらくんしかいないんだよ! さわむらくんだけなの……! ……だからもう、わたしには他に頼れる人がいないの。だから、だから……」


 ぎゅっと胸にすがりついて、泣きそうな顔でそう懇願してくる。


「…………」


 正直、何とかできるとはぜんぜん思えない。


 言ってしまえばそもそもそんな義務も責任もないわけだし、関わったところで面倒なことになるのは、ニトログリセリンに着火すれば大爆発が起こるくらいに目に見えている。


 だけど。


 だけどさ。


 こんな風に女の子から泣きそうな顔で必死に頼まれて、さらにはその相手はあのざかさんで、それを断ったりしたら……もうそんなのは男じゃないっていうか、おとこじゃないんじゃないかな?


 だから俺は、こう答えた。


「……分かった」


「え……?」


「協力、する。だけど俺にできることだけだからな」


「あ……」


 それを聞いたざかさんは、目をぱちぱちとしばたたかせていた。


 だけどすぐにその表情をぱあっと輝かせると、


「う……うんっ! よろしくお願いします……っ……!」


 深々と頭を下げて、そう言ったのだった。






 ──こうして、〝秘密〟を打ち明けられた俺は、ざかさんといっしょに行動をすることとなったのだった。


 だけどこれは。


 実のところ彼女の……ざかさんの抱える数多あまたある〝秘密〟の内の、ほんの一つに過ぎなかったってことを、遠くない将来に身をもって知ることになったりするのである。






 ・ざかの秘密①(秘密レベルSS)


 実は〝アキバ系〟じゃない。


 ・ざかの秘密②(秘密レベルA)


 イラストが描けない。


 ・ざかの秘密③(秘密レベルS)


 素のキャラは意外と親しみやすい。

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