第一話 1-14


    1




 この春に俺──さわむらよしが入学したはくじよう学園は、都内にある私立高校だ。


 生徒数は三学年合わせて四百人ほどで、位置づけとしては上の中くらいの進学校。昔はそこまででもなかったらしいけれど、ここ数年で飛躍的に成果を伸ばしてきたのだという。


 といっても、勉強勉強と堅苦しいわけじゃない。


 校風自体はどちらかと言えばのんびりとしている。校外活動や部活動もそれなりに盛んで、どちらも自由参加ではあるけれど、中には全国レベルに達しているものもいくつかあるのだという話だ。


 実際、同じ中学で野球をやっていた友だちは、野球部に入って甲子園を目指すんだ! と血走った目で通学路で金属バットを思い切り振り回しながら息巻いていたし、吹奏楽部だったクラスメイトは絶対に普門館に行ってみせるんだからと朝の全校集会でトランペットを大音量で吹きながら張り切っていた。うーん、青春だなあ。どっちも停学になったけど。


 だけど俺が入ったのは……そんな志を共にする熱い仲間たちと青春をおうして、ともすれば涙の抱擁を交わしたりする部活ではなかった。


 俺が入った、いや正確に言えば入らされることになった部活という名のたまり場は──


よしー、部活行こうよー!」


 と、そこで背中をドンとたたかれた。


 振り返るとそこにいたのは、にこにこと虫も殺さないような笑みを浮かべた一人の女子の姿。


ふゆ


「ほらほら、楽しい部活の時間だよー! やっと授業が終わったんだから、張り切っていこー!」


 どこかアニメがかったソプラノの声が教室にだまする。


 この女子の名前はあさくらふゆ


 近所に住んでいる幼稚園からいっしょの十年来のおさなみだった。


 このふゆが、俺をくだんの部活に引きずりこんだ張本人だったりするのである。


 黙っていれば顔立ちの整った、普通にかわいいと言っていいレベルの元気系女子だ。


 ただそれは、あくまで口を開かなければの話であるわけで……


「ところでよしー、昨日の『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』は見たー? 私はタイムシフトで録画しつつブルーレイにも焼いて、さらにネットで実況しながら正座して見てたよー。昨日の回はよかったなー、やっぱり今期の覇権はあれで決まりだよねー! 初回から神作画でどこもかしこもぬるっぬるでさー」


「……」


「ねえねえよしはどう思うー? まだ新シーズンが始まったばっかりなんだけど熱いよねー。原作はライトノベルで、コミカライズも始まったみたいだから全部買わないと。あ、マホちゃんのフィギュアの予約もはじまってたんだったー! よしももちろん買うよね? 買っちゃうよね? 今回のはまた一段と出来がいいみたいで……」


「……うん、分かった、分かったから一瞬黙って。な?」


 これだよ。


 一度しやべり出すと壊れたマシンガンのごとく止まらない。しかもその内容は九十九パーセントがアニメや漫画、ゲームや小説などの、いわゆる〝アキバ系〟関係なのである。あさくら家において〝アキバ系〟は家族ぐるみで物心ついた時から公認されてきた趣味だということもあり、以来十年以上にわたってそういった環境に囲まれて育ってきていることから、立派な血統書付きだ。犬で言えば毛並みのいいサモエドといったところか。


 そう、このふゆに付き合わされるカタチで、俺が入ることにはなったのが……『AMW研究会』だった。


 A(アニメ)M(マンガ)W(ウオッチング)の略で、名前の通り、漫画やアニメ、ゲームなどの〝アキバ系〟を趣味とする者たちの部活である。ちなみに決してどこぞの巨大出版社の某事業局の略ではない。


 特に入りたい部活があったわけでもないので構わないといえば構わなかったわけだけれど、まさか自分がこういった部活に入るとは思わなかった。


 正直俺はそこまでディープに〝アキバ系〟方面にはまっているわけじゃない。


 ふゆの影響もあってか、面白そうなものがあれば深夜アニメを見たりもするし、漫画だってどちらかといえば一般受けはしなさそうなマニアックなものを読んだりする。好きなゲームは睡眠時間を削ってやったりするし、ライトノベルも含めて小説も普通に読む。


 でも別に、ふゆほど熱心に追いかけているわけじゃない。


 アニメは録画まではしていないし寝ていて見逃すこともある。漫画も発売日に手に入らなくてもそんなに気にならないし、ゲームはムキになって課金をするほどじゃない。


 いわゆるそう、ライト層だ。


 ちょっと悪意を込めて言えば、にわか、とも言う。


 何でもこういった〝アキバ系〟の趣味は、かつては周囲から白い目で見られたり、陰で色々と言われたりしたことがあったらしい。隠さないと、それこそクラスで孤立してしまうくらいに。


 だけどそれも今ははるか大昔のこと。このふゆみたいな隠そうともしない勢がたくさんいるし、クラスの中で最も大きいグループの一つであると言ってもいいくらいだ。見るからにリアじゆうなイケメンでも〝アキバ系〟をかじっていたりするし、女王様みたいな女子が普通にボカロ曲を聴いていたりする。むしろ〝アキバ系〟についてまったく知識がないと逆に周りとめないことがあるくらいだとか。特に東京の進学校ではそれが顕著であるとのことだけれど、それは何となく分かる気もする。


 と、そんなことを考えていると、ふゆが言った。


「んー、何難しい顔してるのかな? あ、分かった、『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』のブルーレイボックスを、どこの店舗特典で買おうか悩んでたんでしょー? 分かる分かる。ふっふっふ、よしのことなら何でもお見通しだぜー」


「ぜんぜん違います」


「えー、そうなのー?」


 何もお見通せていない。


「そうです」


「ちぇー、残念。よしはなかなかこっちの世界に来てくれないなー。昔っからこんなに色々と布教してるのに。まあいいや。それじゃ部活行こー!」


 そう言って背中をぐいぐい押してくる。


「わ、分かったから、そんなにかすなって」


「それでねー、さっき言ってた『魔法少女ドジっ娘マホちゃん』のフィギュアなんだけど、造型師さんがすっごい有名な人でー」


「はいはい」


 歩きながらもまたマシンガントークを繰り広げてくるふゆに適当に答えつつ、俺たちは一年一組の教室を出たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る