第7話 風呂は僕が最初に入れるらしい。

 入寮式が終わり、4人で101号室に戻る。


 あとは風呂に入って寝るだけなのだが、共同生活にはルールというものがある。僕を含めた新入り3人は、天ノ川さんから浴室の使い方の説明を受けている。


「シャンプーやボディソープは先輩が残しておいてくれたものもありますけど、自分で使いたいものがある場合は各自で用意してください」


 キッチンの裏手にある浴室は3~4人なら一緒に入れるくらいの広さだ。湯船も大きめで、追い炊きもできるようになっている。


「水を張ってから沸かすよりも、最初からお湯を入れたほうが早いですし、コストもかかりませんので、ここで温度を調節してお湯を入れます」


 天ノ川さんは、説明しながら実際に湯船にお湯を入れ、そのまま浴室から出る。


 洗面所を兼ねた脱衣所には洗濯機が設置されており、頭上には部屋干し用のロープが張られている。脱衣かごやタオル掛けなど必要なものは一通りあるようだ。


「脱いだ服はこちらの脱衣籠に入れておいてください。タオルはタオル掛けに掛けたままで結構です。時間があるときに私たちでまとめて洗濯しますので、お風呂から上がったときに着る服や、すぐに洗濯しなくてもいい服は、別の場所に置いてください」


 僕の服もここで一緒に洗濯してくれるらしい。天ノ川さんの言う「私たち」には僕は含まれていないみたいだ。申し訳ない気もするが、さすがに僕が女の子の下着を洗うわけにはいかない。お互い気まずいだろう。


「歯ブラシはこちらに立ててください。まだ用意していない人は、来客用の予備もありますから、そちらを使ってください」


 洗面台には蛇口が2つと大きな鏡が付いていて、2人並んで同時に使えるように設計されていた。歯ブラシ用のスタンドと、うがい用のコップもある。


「ハミガキも先輩方の残りでよければここにありますけど、自分で使いたいものがある場合は各自で用意してください。ドライヤーや整髪料を使うときは、こちらに置いてください」


 天ノ川さんから一通り使用方法の説明を受けた。次は入浴時のルール確認だ。


「入浴順は特に用事がないときは、甘井さんが最初で、甘井さんが上がったのを確認してから次の人が入るってことで、よろしいですか?」


「いいんですか、僕が先で?」


 1年生の2人は遠慮しているのか、特に反対はされなかった。


「そのほうが間違いも起きないでしょうし、それに多分女子のほうが長風呂だと思いますから」


 そうか、僕が先なら、うっかり誰かが入っているところをのぞいてしまう事もないわけか。そのほうが僕も安心だ。


「ありがとう。みんながそれでよければ、そうさせてもらいます」


「1番がミチノリ先輩で、2番目がミユキお姉さま。その後の3番目はロリ? それともボク?」


「そうねえ……甘井さん以外の順番は特に決めておかなくてもいいんじゃない? この寮には共同の大浴場もあるし、ここのお風呂だって3人くらいなら一緒に入れますから」


「あとで一緒に入ろうね! ネコちゃん!」

「そんなのロリの好きにすればいいじゃん……」

「うんっ! よろしくね! ネコちゃん!」




 その後すぐに準備ができたので、一番風呂に入らせてもらった。


 3人を待たせているので、できるだけ早く頭と体を洗った後、きれいに流してから湯船に入る。1人で使うには広く、贅沢ぜいたくな気分だ。


 ある程度体が温まったところで風呂から上がり、よく体をいて部屋着兼寝間着のスウェットに着替える。


 天ノ川さんに教わった通りに、脱いだ下着とワイシャツは脱衣籠に入れっぱなしにして、タオルはタオル掛けに干す。制服は上下セットでハンガーに掛けたまま部屋に持ち帰る。


「お先に。いいお湯でした」

「はい。次は私が入らせてもらいます」


 部屋に戻って挨拶あいさつすると、天ノ川さんがベッドの下の引き出しから着替えを取り出す。そして、着替えの用意が済むと、ポロリちゃんに向かって「それじゃ、しっかり見張っておいてね」と言いながら、脱衣所に入っていった。


「はい! ポロリがしっかり見張っています!」


 ポロリちゃんは敬礼のポーズで天ノ川さんを見送る。


 みんなで同時に入ると僕を見張る人がいなくなるから、天ノ川さんは1人で入ったのだろうか。たしかに男の僕が部屋にいる状態で、女の子が3人同時に風呂に入るというのは不用心な気がする。しかも4人とも今日会ったばかりなのだ。まだ信頼関係が築かれていない状況ならば、この措置は理にかなっていると思う。


「え~っ、ボク、せっかくお姉さまと一緒に入れると思ったのに」


 ネネコさんは非常にがっかりしているように見える。僕のせいで申し訳ない。


「だめだよぉ! ネコちゃんは、ポロリと一緒に入るんだから」


「それなら3人で一緒に入ればいいじゃん」


「そうしたらお兄ちゃんだけ仲間外れになっちゃうからだめなの。ミユキ先輩もそう言ってたでしょう?」


 ――仲間外れ?


 僕は、天ノ川さんが先に1人で入った理由が意外だったので驚いた。


 僕を気遣って、理屈ではなく感情を優先して判断してくれたのだ。この2人の話を聞く限りでは、ポロリちゃんの監視対象も僕ではなくネネコさんのようだった。


 そこまで気を遣ってくれるのなら僕もお返ししないといけない。


「僕はそんなの全然気にしないからいいよ。2人とも一緒に入っちゃえば?」


「いいの?」


 僕の提案にネネコさんが即座に反応する。


「室長に許可をもらったって言えば、多分入れてくれるよ。そのかわり天ノ川さんの言うことはちゃんと聞くんだよ。僕も絶対に覗いたりしないから」


「そんなこと分かってるよ。ボクがお姉さまに逆らうわけないし、ミチノリ先輩にボクたちのお風呂をのぞく度胸なんて、あるわけないじゃん。それじゃ、行ってきま~す!」


 ネネコさんは僕の話に返事をしながら、自分用の引き出しからタオルとパジャマを素早く取り出すと、最後にパンツを広げて確認してから脱衣所に入っていった。


「お兄ちゃんありがとう、ポロリも行ってきます。それとね、冷蔵庫の中に麦茶を用意しておいたから、お兄ちゃんもどうぞ。――ネコちゃん待ってよう!」


 ポロリちゃんは、そう言い残すと慌ててタオルと着替えを準備し、ネネコさんの後を追って脱衣所に入っていった。

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