第3話 胸の大きな先輩は4年生らしい。

 トン、トン、トン――と部屋のドアをノックする音が聞こえる。

 ようやく3人目が来たようだ。


「ど~ぞ~! 開いてるよ~」


 ネネコさんは大きな声で返事をしながら、素早くリビングまで出迎える。

 僕もネネコさんの後に続く。


「おじゃましま~す……」


 消え入りそうな挨拶あいさつとともに、丸くて大きな蜜柑みかん色のリュックが、ふらつきながら入ってきた。


 リュックの下で真っ青な顔をしている女の子は、とっても小柄なネネコさんよりさらに小さく、小さな女の子によく似合う可愛らしい髪型と服装をしている。


「大丈夫? 顔色悪いよ? ドーテークン、ちょっと手伝って!」


 ネネコさんはてきぱきとリュックを外し、続いて上着を脱がすと、女の子をベッドまで運ぶよう僕に指示する。


「わかった。こうかな?」


 僕は女の子に肩を貸し、そのままひざと背中の後ろに手を伸ばす。女の子は嫌がったりせず、僕の首にしがみつくように体を預けてくれたので、そのまま両手で抱え上げると、さほど腕力のない僕でも軽々と持ち上げることができた。


「あ~っ! お姫様抱っこ⁉ ドーテークン、なかなかやるじゃん!」


 ネネコさんにからかわれながらも、女の子を奥の2段ベッドの下段に寝かせる。

 続いて、どの程度具合が悪いのかを確認する為、本人に聞いてみる事にした。


「大丈夫ですか? 誰か呼んで来たほうがいいですか?」


 僕が声を掛けると、女の子は仰向けに寝たままで、人を呼ぶ事に対しては首と手を振って否定している。


「……だいじ」


 だいじ? 何かが大事……というわけではなさそうだ。

 大丈夫の省略形だろうか。「マジですか?」が「マ?」みたいな。


「だいじ……とうとバスのってたっけ、よったんさ……ちっとやすむなぁ」


 どうやら省略形ではなくて方言らしい。東京で生まれ育った僕は、方言というものは関西の芸人か、地方の年輩の人しか話さないと思っていたので、少し驚いた。


 寄ったんさ? ……いや、バスに乗って、だから「寄った」じゃなくて、きっと「酔った」だ。つまり、ただバスで酔っただけだから大丈夫という事なのだろう。


 言葉に多少の違いがあったとしても、この程度なら会話に支障もないだろうし、もし分からなければ僕が教わればいい。案外楽しいかもしれない。


「この子が天ノ川あまのがわミユキちゃんかな? 多分そうだよね」


 判明したのは「この子が巨乳ではない」という事実だけだが、ネネコさんは「巨乳でないなら名前もポロリではない」と決めつけてしまっているようだった。


「そうなのかな? バスに酔ったみたいだけど、早くよくなるといいね」


「あのバスの揺れじゃしょうがないよ。実はオレもちょっと気持ち悪くなって、ここで寝てたんだけど、ドーテークンは大丈夫だった?」


「僕はバスの中で寝ちゃって、着いたときに起きたから何ともなかったよ」


 バスは1時間に1本しかないみたいだったから、おそらくネネコさんは僕より1本早いバスで、今来た子は僕より1本遅いバスだったのだろう。最後の1人が次のバスだと約1時間後だが、それだと入寮式に間に合わないから、今着いたのがきっと最終のバスだ。


「あとは巨乳のポロリちゃんだけかあ。早くこないかなあ。楽しみだなあ」


 ネネコさんは最後の1人が巨乳であることを信じて疑わない。その自信はいったいどこからいてくるのだろう。僕にはとうてい真似まねできない。


 トントントン――ノックの音――今度は手慣れた感じだ。ネネコさんと僕はすぐにリビングまで出迎えた。


「ごめんなさい、遅くなってしまって。みんな揃っていますか……って、あら?」


「おお~っ、これはすげーな。予想通り……っていうか、オレこんな大きなおっぱい初めて見たよ。予想以上だな?」


 部屋に入ってきたセーラー服姿の女の子を見たネネコさんが、大喜びしながら僕に同意を求めてくる。


 まるで制服の中にスイカを2つ隠しているような巨乳の前に、僕は言葉を失い、ただ無言で頷くほかなかった。


 ――これが本物の巨乳というものか。


 漫画やアニメでは胸の部分だけ袋状に服が伸びているように描かれている事が多いが、普通のセーラー服はそんなふうに伸びたりはしない。


 巨乳に押し出された制服は、あたかも下にプロテクターを装着しているかのように胸の先からほぼ垂直に下に落ちる。その結果、おなかのあたりでは服が体から大きく離れてしまうのである。


 人の体は肩幅のほうが体の縦の幅より長いのが普通だけれど、この人の場合は縦と横の幅が同じか、ひょっとしたら縦の幅のほうが長いかもしれない。


 着替えが大変そうだし、服のサイズも合わないだろうし、足元は見えないだろうし、肩も凝るだろうし、いろいろと心配になってしまうほどの大きさだった。


「もう! ルームメイトとはいえ、そんなにジロジロ見るのは失礼ですよ!」

「あっ! すみません、ごめんなさい、つい……」


 僕は完全に見蕩みとれてしまっていたので、すぐに謝った。


「いや、普通おどろくよ。これ、オレのママのおっぱいよりずっとデカいし!」


 ネネコさんは同性だからか、謝らずに開き直っている。


「そんなことよりもう1人の子は? 大丈夫なの?」


 当人は既に僕らのような反応には慣れているのか、何事も無かったように、あと1人のルームメイトを気遣っている。


「……すみませーん……もうだいじ、大丈夫です」


 先ほど僕がベッドに運んだ女の子がゆっくりと戻ってきた。バス酔い状態から回復したらしい。少しなまりはあるが普通に共通語を話している。


「これで4人揃いましたね。それでは、こちらでミーティングを始めましょうか」


 最後に来た巨乳の子が場を取り仕切り、僕を含めて胸の薄い3人がそれに従う。

 リビングで小さなテーブルを囲んでの室内ミーティングだ。


 こたつサイズのほぼ正方形のテーブルに向かって、座布団代わりのクッションの上に腰を下ろす。僕の正面には巨乳の子、右手にネネコさん、左手にはバス酔いの子が座っている。


「まずは自己紹介から。私は4年生の天ノ川あまのがわミユキです」


 巨乳の子は、どうやら先輩らしい……って4年生? もしかして、3年で卒業できなかったのだろうか。


「ええっ? 4年生ってオレより年下? この学園って初等部もあるの? 小学生でそのおっぱい⁉ ポロリなのにポロリじゃないし!」


 ネネコさんは大混乱している。僕も混乱してはいるが、ネネコさんとは考え方が逆だ。この巨乳で小学4年生という事は、さすがにないだろう。背の高さは僕と同じくらいだし。


「説明不足でしたね。この学園で4年生っていうのは、高等部の1年生の事です。

この学園は中高一貫なので、中学の卒業式も高校の入学式もありませんし、制服も全く同じです。ですから、高校1年生というよりは中学4年生みたいな感覚です。

あとは……初等部は、この学園にはありません」


 ……ってことは天ノ川さんと僕は同学年。つまり、僕も4年生なわけか。


 僕は前の学校で卒業式があったから、4年生と言われて、てっきり高校4年生かと思ってしまった。


 天ノ川さんには同学年とは思えない貫禄があったのだ。言うまでもなく、その要因は主に胸だが。


「それでですね、この寮の部屋は基本4人部屋で、上級生と下級生が2人ずつです。この部屋だと甘井さんと私が4年生で、あとの2人は1年生でしょう?」


 そうか。同学年にしては2人とも非常に小柄で、あどけないと感じたのはそのせいだったか。3つ年下と言われれば、たしかに納得がいく。中等部があることは聞いていたけれど、寮が一緒どころか部屋まで一緒だとは僕も思ってなかったから。


「……どう? 納得した?」


 しかし、いくらダチとはいえ、高校生の僕が、中学1年生の女の子にイジメから守ってもらうというのは、さすがに無理があるような――どうしますネネコさん?


 そう思いながらネネコさんを見ると、ネネコさんと丁度目が合った。


「え~っ⁉ ドーテークンはオレより3つも上なの? マジで?」


 やっぱり、そうなりますよね。僕は中学1年生だと思われていたわけですよね。


「もう! いくらなんでも失礼ですよ! 年上の男性に……童貞だなんて……」


 失礼なのは、そっちじゃないんですけど……まあいいか。ネネコさんに悪気はないだろうし、小柄な僕が高校生に見えないのも事実だ。


「まあまあ、ふたりとも落ち着いてください。僕は全然気にしてないですし、童貞なのは本当ですから」


「あの~、すみません……どうてい……ってなんですか?」


 僕が2人をなだめると、今度は黙って話を聞いていたバス酔いの子が天ノ川さんに質問をしている。


「それを今、私に聞かれましても……」


 天ノ川さんが申し訳なさそうな表情でこちらを見る。

 質問には僕が答えるしかなさそうだ。


「処女って言葉は知っていますか? 女の子だと処女。それが男なら童貞です」


「あっ、それなら分かります! 処女って『清らかな女の子』のことですよね。

 ……ということは、どうていのセンパイは『清らかなセンパイ』なんですね?」


「そうです。とっても清らかです。……ですから、僕は失礼な言葉ではないと思いますけど」


 僕は天ノ川さんのほうを向いて確認をとった。


「ふふふ……そうですね。甘井さんがお嫌でなければ、何も問題ありませんね」


 まあ、嫌じゃないというか、僕は単に慣れたというだけなのですけどね……。

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