第4話 ラ・シャットさんの手巻き

 ラ・チャットさんは、手巻きにマッチで火を点け、一口吸ってから、話し始めた。


「わたくしが手巻きタバコと出会ったのは、確かフランスに旅行に行った時だったわ」

「フランス?」

「そう。欧米を含む、世界の国々では、紙巻タバコ一箱が1000円近かったり、あるいはもっと高い値段のところさえあるの。フランスも、そんな国の一つだった。

 私が、タバコ屋に並ぶタバコの値段の高さに驚いているときに目についたのが、手巻き用の葉の入ったパックだったのよ。

 今や世界では、禁煙ファシズムが力を付けているせいで、タバコの値段がどんどん上がっている。日本もこの頃はそうなってきているけど、これでもまだマシな方で、価格の高い国では、たった一箱を買うことですら、ちょっとした贅沢になってしまっている。

 そこで各国でこの頃流行っているのが、紙巻銘柄のばら売りと、手巻きへの乗り換えの二つなの」

「なるほど」


 彼女は、アラウンド・ザ・ワールドに一口つけてから、続ける。


「手巻き葉には、ティーフレーバーやアップルフレーバーなどのナチュラルフレーバーが付けられたものもあって、それらの香りとタバコ葉自体の香りとの相性を楽しむことができるし、異なるフレーバーの刃を絶妙にブレンドすれば、また新しい味も作り出せる。

 だから、わたくしは、手巻き葉に乗り換えることにしたの。

 手巻き葉も巻紙やフィルターなどのコストもかかるにはかかるけど、それでも格安なうえに、わたくし自身の手で、わたくし自身のための、世界でたった一本の煙草を毎回毎回作り出せるのだから、わたくしは、この吸い方が気に入っているわ」


 そして、彼女は、手に持っていた手巻きタバコをもう一口吸う。


 猫系美人の彼女が吐き出す煙には、どこかエレガントさが漂っている。


「もっとも、手巻きは、自分でタバコを巻く作業しなきゃいけないから、巻き器を使わない場合は特に、慣れるまでが大変だけどね。

 慣れてからの世界は、確実に既製品の紙巻よりも広いから、オススメよ。バットも、いつ・どこまで値が上がるか分からないし、オサムも考えてみたらいいんじゃないかしら?」

「考えてみます」


 実際、私は、手巻きに少し興味を持った。手巻きであれば、ショートピースやゴロワーズ、あるいはかつてのバットのように、フィルター無しで巻いて両切りにすることもできるかもしれない。


 そうすれば、更にコストを削ることもできるだろう。

 そんなことを考えながらスコッチを啜ると、グラスが空になった。


 散々な目に遭ったことの愚痴を言いたくてこのお店に入ったのに、そのことを愚痴るまでもなく、どこか気分が軽くなっている自分がいることに気付く。


 不思議な場所だ。また来たいものだ、と思いつつ、手に持ったバットの残りを吸い切り、私は立ち上がる。


「今日は、お二人とも、ためになる話をありがとうございました。是非また来たいと思います」

 妖精さんが、穏やかな微笑みを浮かべたまま、言う。


「お、いいねえ。待ってますわ」


 また一本手巻きタバコを作っていたラ・シャットさんは、それを私に差し出す。


「一本あげるから、試してみるといいよ。これは、ティーフレーバーの葉に、ほんの少しだけアップルフレーバーの葉をブレンドしたもの。

 普通の紙巻にはない味を楽しめるはずだわ。

 それにしても、まだ夜はこれからだというのに、もう帰ってしまうのかい?」


 私は、差し出された手巻きを、バットのソフトケースに、多少斜め掛けながらも何とかうまく入れると、ラ・シャットさんに言った。


「あすは、朝早くから受け持ちの作家さんの原稿提出を催促しなければいけないので、今日はこれでも遅すぎるぐらいなんですよ。

 まあ、催促と言っても、今どきは大抵はメールで済むのですが、中にはどうしても手書きにこだわる人もいて、これがまた大変なんです」

「そっか。まあ、それなら仕方ないわね。

 これからの時間帯の方が、もっと様々な煙草を愛する面白い人たちが来るから、今度来られるときは、あなたがもう少しゆっくりできることを願っているわ」


 そう言って、笑ってくれたラ・シャットさんは、エレガントな猫を思わせた。やはり猫系美人という言葉は、伊達じゃないようだ。


「では、今度は、そうできる日を作るとしましょう」


 そう挨拶して、私は、Moon Riverが変わらず流れているそのお店、Smokin' fairyを出た。


 外を見ると、この時期にしては珍しいほどに空気が透き通っていたらしく、いつもより多くの星々が美しく光る星空が見える。


 また、来よう。

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