病んだあの狐が愛してる。

RONME

Chapter Ⅰ それは、束の間の凪のような一時。

Ⅰ-100 プロローグなんて始まらない

(ChapterⅠは前作からいるキャラの紹介を兼ねたパートです。本格的に物語が始まるのはChapterⅡからですので、ChapterⅠは飛ばしていただいても構いません)





―――――――――


 ――外側。

 

 僕は静かな海の上に立って、前を向いていた。

 向こうには島が見えて、山頂から虹が架かっていた。


 ふと気になって振り返り、僕はを向いた。


 そこには何もなかった。

 手を伸ばせば果てに達する、ただの無だった。

 虚しかった。


 …世界が揺れる。


 そこで僕の頭に疑問が浮かんだ。

 前との間には、何があるのだろう?


 九十度僕は振り返って、また『前』を向いた。


 そこにはいた。彼女がいた。

 

 …世界が揺れる。


 手を伸ばすと、彼女と僕は重なり合った。

 彼女が見えなくなってしまったことを、僕はとても悲しんだ。


 世界が揺れる。

 揺れる。

 揺れる。




―――――――――

 



 目を覚ますと、見慣れた赤いラッキービーストが布団の上で跳んでいた。




―――――――――




 研究所にカタカタとキーボードを叩く音が響き渡る。

 僕はエンターキーを押して、最後の操作を完了した。


 というのも赤ボスの定期更新の時期がやってきたから。

 何やらデータベースをアップデートするらしく、今日は起き抜けに雪山を飛び立ってここまで来ている。


「そして、書き込みが終わるまでは1時間…と」


 ラッキービーストは先進的な機械だと思っていたが、それでも時間が掛かるみたいだ。


 ただ待つのも暇だし、何か読みながら待っていよう。

 資料室から適当な研究資料を引っ張り出して流し読みをする。


 早速手にしたのはセルリアンの研究資料。


 あれ…これ読むの初めてだっけ?


 正直覚えてない、眠くて思い出せない。

 眠くてこれ以上読めない、無くならないように仕舞っておこう。



「でも、なんでこんな時間に…?」


 更新中の赤ボスは何も答えない。


 最近、赤ボスの色は”赤”というより”ピンク”じゃないかと思うようになってきた。

 …まあ、どうでもいいか。


 今更”赤ボス”という名前を”ピンクボス”には変えられないのだし、そんな名前は格好悪すぎる。


 外はまだ太陽が昇って間もなく、木の間から薄っすらと木漏れ日が差し込んでいる。

 でも、まだ夜と言った方がいいのかもしれない。

 そんなくらいにこの部屋は暗い。


「あーあ、お腹すいたなぁ…」


 いくらイヅナから貰い受けた力があるとはいえ、空を飛ぶのは結構疲れる。

 それに、何を食べる間もなく引っ張り出されちゃったし。


 研究所にジャパリまんってあったっけ?

 確かこの辺りに置いてあるはずだけど……


『ピピ…アップデートを完了しました』


 あまりにも早い完了の音。

 1時間と言っていたはずなのに。


「赤ボス…?」

「ゴメン、予想時間ハ”計算ミス”ダッタミタイ」

「…はぁ」


 なんだろう、この脱力感。



 肩を落とした僕に、容赦なくデータのチェックを要求してくる赤ボス。


「一応、ノリアキモ確認シテネ」

「はいはい…」


 コンピュータがアップデートの何を間違えると言うのか。

 

 …そっか、ついさっき計算を間違えていたね。

 妙に納得してしまうのが恨めしい。


「何を更新したの?」

「主ニ”人物”ニ関スル情報ダヨ」

「僕とか、神依君とかか…」


 対して必要な情報とも思えないけど、赤ボスからしたらそうでもないのかな。

 まあいいや、やるだけやってしまおう。


 コンピュータ経由で赤ボスのデータを呼び出す。

 僕のプロフィールらしき文章がモニターに表示された。



狐神 祝明コカムイ ノリアキ


 人間だったけど色々あってキツネのフレンズになった。

 空を飛べて、狐火も出せる。

 かっこいい刀を2本も持っている。


 イヅナとだけ、テレパシーが使える。

 昔はそれを悪用されて心を読まれていたらしいけど、もうそんな事は無くなったみたい。


 最近、キタキツネにもらったマフラーを所構わず着けていたためイヅナに怒られたことがある。

 マフラーの下にはちゃんとイヅナにもらった勾玉が輝いている。



「えっと……何これ?」


 一応、プロフィールって体だよね。

 それにしては、やたらとフランクな文体だ。


「各地ノラッキービーストガ協力シテ、皆ノ情報ヲ少シズツ集メテイルンダ」

「なるほど、そういう…」


 赤ボスにしか話していないこともちゃっかり載っている。

 機械にプライバシーの観念は無いのかな。


 ともあれ、これは無闇に見せられない。


「ジャア、次ニイクヨ」

「は、早いね…」



天都 神依アマツ カムイ


 人間…だったけど1度死んでイヅナにセルリアンとして蘇らされた。

 セルリアンの体にはまだ慣れていないみたい。


 珍しい体をしているけど、詳しいことはよく分かっていない。


 助手(ワシミミズク)は解剖をして内部を確かめる実験を提案した。

 博士(アフリカオオコノハズク)は激しく反対した。


 探偵小説が好き。



「まあ、こっちは…いいか」


 恐ろしいことが書いてあったけどまあ博士は味方みたいだし、神依君が長生きできることを祈ろう。


 …1回死んでるけど。


「頑張ッテ集メタヨ」


 赤ボスが無い胸を張っている。

 どうしよう…なんて言えばいいのかな。


「…次、行こっか」



【イヅナ】


 白いキツネのフレンズ。

 元々は妖怪(幽霊?)だったみたいで不思議な力を使える。

 

 ヒトやフレンズの記憶もなんか色々できるらしい。


 身長は―――、体重は―――スリーサイズは――――――――(検閲済み)。


 あまりにも過激なアプローチがフレンズたちの間でも話題になっている。

 おかげで雪山に近づくフレンズは大幅に減った。


 夜のアプローチも非常に過激で――――



「わわわわぁッ!?」


 再生を止めた。

 咄嗟に手が動いた。

 仕方なかった。


 恐ろしい文章が表示されるところだった。

 スリーサイズの検閲とか軽く吹き飛ぶくらいの衝撃だ。


 何をまとめてくれているんだこの島のラッキービーストは。


「ドウシタノ?」

「どうしたとか、こうしたとかじゃなくて…何、あの先の文章?」

「…『夜のアプローチも――』」

「読めって言ってないよ!?」


 ああ…もういいや。

 どうせ全て完璧にできていることでしょう。

 そうであって欲しい、でもアレは修正してもらいたい。

 

 …今のうちに、許可なく公開できないよう設定しておこう。


 いや、むしろ永遠に封じておくべきだろうそうに違いないはい封印。


「…訳分かんないよ」



 はぁ…早く帰って二度寝しよう。

 眠いし、何より疲れた。疲れたんだ――!


「他ニモ、運動量トカ食事量トカモ調ベラレルヨ」

「…そう」


 この際だ、赤ボスが満足するまで聞いてあげよう。


「――ノリアキ、最近運動量ガ食事量ト比ベテ多イネ」

「そ、そう…?」


 意外だ、そんなに運動している気はしなかったから。

 結構食べてるはずだけど、どこで沢山運動したんだろう。


「特ニ短時間ノウチニ激シイ運動ヲスルコトガ多イカラ―――」

「……そう」


 その後も赤ボスはもっとゆったりした運動とか何とか云々。

 よくもまああんなに話せるものだ。


 それに僕にそんなことを言ったってもう…仕方ないんじゃないかな。


「まあ、善処はするよ?」


 出来る限り…だけどね。



「赤ボス、もう帰ろっか」


 早く眠ろう、そうしよう。

 早起きさせてまでこんなものを見せる赤ボスはきっと意地悪に違いない。


 ふらつく足を抑え、最後の余力を振り絞って僕は空へ飛び立った。


 ああ、空は寒い。


 帰ったら暖かい布団に潜りたい。

 暖かい、尻尾の中に…



 帰ると、待っていたかのようにキタキツネが出迎えてくれた。


「おかえり、ノリアキ」

「キタキツネ…起きてたの?」


 えへへと意味深な笑みを浮かべた後、キタキツネは赤ボスを退けて僕に抱きつく。


「まだ2人とも寝てるよ。だから…?」

「でも、昨日…」

「昨日はイヅナちゃんとだったじゃん…」


 あれ、そうだったっけ。

 ダメだ、何も思い出せない。


「じゃあ、2度寝してからね…?」

「えぇー?」


 起きた時から荒れたままの布団を整え、ぐったりと横になる。


「じゃあボクも一緒に寝る」

「あぁ…そう…」


 もはや返事も億劫になって、適当な声が口から漏れる。

 次の1文字が零れる前に、口が重なって塞がれる。


「ん…」

 

 あったかい、キタキツネも、お布団も。

 もう何もかもどうでもいいや…



 そして、ギンギツネに叩き起こされるその時まで、僕たちは暖かい布団の中でぐっすりと眠っていた。


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