第11話 二人の首席
入学試験の採点を担当した二人の教授は、帝都大学の本郷・弥生両キャンパスを隔てる言問通りを、根津へと下っていく坂道にあるバーの一つで、今年の入試についてそれぞれ語り合っていた。
「いやあ、今年の受験生は、恐ろしいものですなあ、教授」
「ですね。二人の首席合格者が、例年の首席を出す理三ではなく、理科一類から排出されたのみならず、センター試験最後の年に、センターと二次両方の歴代最高点を塗り替えたわけですから」
「しかも、噂では、二人とも二次試験で唯一減点を食らった問題が、同じだったというじゃないですか」
「ええ。国語担当の教授から聞いて、驚きましたよ。全てが練られた解答である中、ただ一問だけ、二人がそれぞれの仕方で迷いを表明した問題があって、それが、人工知能と人間の区別を問うものだったのだとか」
「一人は、人間と人工知能の本質的な区別の存在を疑問視し、もう一人は、人間と人工知能の違いを定義そのものに求める筆者のアプローチを疑問視し、何かもっと本質的な差異を探ろうとしたんでしたっけ」
「どちらも理一である以上、気になるのは後期でどっちに入って来るかだな。理学部か、工学部か…」
「進振りで、思いもよらぬところに行ってしまう可能性もなくはないですけどね。いずれにせよ、末恐ろしい二人ですよ」
「ハハハ、そうだな」
笑いながら、二人はそれぞれにボトルキープしていたウィスキーのロックを、ゆっくりと飲んでいく。
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結局都内に残って様々な図書館をめぐりながら、結果発表の日を迎えた。
発表までの間に図書館で仕入れた知識は、様々な分野の非常に興味深いもので、きっと今後の大学での学習や、愛の再現にも役立ってくれること、間違いなしであり、有意義であったと思う。
一時期取りやめて話題になっていた合格通り、漱石の小説で有名な心字池と大学中央図書館を挟むキャンパス内の通りでの掲示も、ここ数年は再開しており、僕はその通りに貼りだされた受験番号を探しに行く。
実は学内掲示よりも早く情報が出回る公式ホームページでの発表を既に見ていて、結果は知っているのだが、これは、人生に一度の入試だ。
それに、帝都大学の学園らしい空気は、ともかく落ち着く。
合格発表という口実で足を運ぶのは、悪くはないものだ。
悲喜こもごもの反応を示す他の受験生を眺めながら、のんびり掲示板を見回す。
当然のように、番号はある。
確実に落としたと言えそうなのは一問だけだから、当たり前か。
「愛、とりあえず第一関門は突破したぞ…」
帝都大学は、この後の一連の入学手続きがなかなかあわただしいスケジュールなので、合格の感慨を噛み締めつつも、その場を立ち去ることとする。
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帝都大学の受験者の中には、受かって当たり前の実力の持ち主も中に入る。
一学年で3000人も受け入れる以上、その中のトップ100に食い込めるぐらいの実力があれば、余程大失敗しない限り、当たり前のように関門を超えることとなる。
そんな人たちは、ボーダーラインギリギリで争う何千人もの受験者とは異なり、余裕がある。
昨年はインフルエンザにかかってしまったために一浪したが、元からその「余裕がある方」に分類されるだけの実力の持ち主である
今年は、去年よりも更に実力に磨きがかかり、気晴らしに二、三回、参加した帝大模試で、予備校に在籍しない浪人生ながら全国一位を攫って、模試参加者が多い高校の生徒の間では秘かに「幻の女帝」という仇名がついたという噂も、後輩から聞いている。
センター試験は、余興も兼ねて5教科8科目を受けてみて、秘かに自己採点したところ満点であった。
二次でも、一問だけ釈然としない現代文の問題があった以外は、全てことなく解けた。
そんな自分だから、受かって当然であろう。そう思って、掲示板を見たとき、彼女は、不思議な男子受験生を目にした。
余裕で受かる実力がある者の物腰でありながら、ボーダーラインで通った受験生も顔負けの深い感慨を感じているように見える、その男子受験生。
浪人生特有のむさ苦しさは感じられず、特に普段からファッションにこだわっているようにも見えなかったので、恐らくは現役だろう。
「不思議な子ね…」
受かって当然であれば、そのことに感慨を感じることはない。にもかかわらず、感慨深げなその男子受験生のまとう、不思議と寂しい空気が、結の心に妙に残ったのであった。
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