第3話 愛の死
その電話がかかってきたのは、その夜の8時17分だった。
僕の人生を左右した重大な電話だ。これぐらいは分単位で覚えている。
ぶるぶると震えるスマートフォン。それが何か恐れに震えているように見えた私は、言い知れぬ不安に駆られながら、画面を見た。
それは、見知らぬ番号からだった。
無視しようか迷ったが、言いようのない衝動が、私に受信ボタンを押させる。
「もしもし」
「もしもし、想君?」
それは、愛のお母さんの声だった。心持ち震えている。
「はい」
「想君なのね。落ち着いて聞いて欲しいの。愛が、愛が…」
電話先から、泣き声が響く。
「愛に、何かあったのですか?」
「愛が…事故に巻き込まれて…」
僕は、その先が、どっちの結果でも、すぐその場に行かなくてはと思った。
こういう場合は、けがをしたか、死んでしまったかのどちらかだが、まずは場所を聞かなくては。
「あの、それで、愛はどこに?」
「緑ヶ丘警察署よ」
ああ、最悪の結果になってしまったようだ。
「すぐ行きます」
「大丈夫?無理はしないでね」
「平気です」
頭が、無駄に冷静で冴えている。為すべきことがはっきりとしている緊張状態だからだろうか。
「分かった。待ってるわ…」
一時持ち直していたお母さんの声が、再び涙を含む。
私は、そっと電話を切って、素早く着替えると、うちにいる母さんに言った。
「ちょっと、急用があって出かけてくる」
「どうしたの?こんな時間に?」
「愛のことなんだ」
「愛ちゃん?彼女がどうかしたの?」
「ごめん、今はすぐに出たいんだ。一刻も早く。説明は後でちゃんとするから」
「…分かったわ。行ってらっしゃい。気を付けてね」
「ああ」
僕は、とにかく急ぎたかったので、自転車に乗って家を出た。
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緑ヶ丘高校がある丘のふもとにある、緑ヶ丘警察署は、この一帯を管轄にしている警察署である。
署に出向いた僕は、警官によって、その一室に案内された。
警官が布を取る。
そこには、安らかな顔だが、青ざめた顔で、冷え固まった愛の姿があった。
傍らでは、愛のお母さんのすすり泣く声が聞こえる。
「目撃者の話によると、愛さんは、トラックに轢かれそうになった幼児を助けようとして、ご自身が轢かれたようです。まだ少し意識があり、子供が無事助かったと聞くと、最後まで『想、ごめんね』と繰り返していたということです」
警官が淡々と語る。
「おい、最後まで…。そんな、僕を…」
僕が死の際に立たされたら、同じことができる自信はない。
痛かっただろうに。僕だったら、その痛みに耐えるのに精いっぱいだったろうに。
それでも、愛は僕の名前を口にしたのだ。
「ごめんな、愛。守れなくて…」
気付くと、口から漏れたこの言葉。
それを皮切りに、今まで不思議なほど忘れていたものが、一気に堰を切る。
「ううっ…。愛、ごめんな…」
だが、泣いているだけではらちが明かない。
死者をよみがえらせることはできないが、それでも、愛を取り戻すためにできることをしなくては。
僕の中に、その考えが浮かぶ。
そして、僕は、フランケンシュタインから鉄腕アトムに連なる、一つの発想に至る。
よみがえらせることができないのなら、もう一度、人工的に再現するしかない。
人前でこの考えを口にしたら、狂っているといわれるだろう。
しかし、それでも僕は、その考えにすがるしかなかった。
だから、僕は、それができるだけの知識をまずは集めなくてはならない。
現存技術では、僕が知る限り、個人の人格を再現することは、不可能だ。
ならば、良質な研究機関で、自ら研究してその道を作らなければならないだろう。
そのために入るべきは、とりあえずは国内最高峰の研究機関である、帝都大学。
僕らの志望していた私立よりもワンランク上だから、この私立ですらE判定しか取れない私にとっては、無謀もいいところだろう。
だが、やって見せる。もう一度彼女に会うために。
皮肉にも、愛の死によって、今まで以上に受験勉強に対する火が点いたのだった。
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