パパと風邪


「くちゅんっ」


 アムドゥキアスとの魔法の勉強中、彼のくしゃみに私は笑みがこぼれる。


「ふふ、アムのくしゃみ可愛い~」

「か、からかうんじゃありません! この時期になるとどうも寒気が……」

「今って時期的に……」


 私は私のベッドの脇に飾ってある花を見つめる。

 その花の色は──赤から白へ移り変わっている途中といったところか。

 このテネブリスには暦はないが、このシーズンフラワーという花の色によって季節を決める。

 私の前世の世界の四季でいうと、花が白ならば冬。

 緑ならば夏。赤ならば秋。ピンクならば春。


「季節の変わり目だもん。そりゃあ風邪もひくよ」

「カゼ?」


 アムが首を傾げる。

 どうやらこのテネブリスには風邪の概念がないらしい。

 確かに魔族の皆は身体が丈夫だから、「ちょっと寒気がする」くらいにしか思わないのかも。

 

「うん。風邪は皆に移るから、くしゃみする時はなるべく布で抑えたりしないと。マスクがあればいいんだけどな……」

「さ、流石エレナ様。博識でいらっしゃる! 早速予防対策を考え城内に喚起しなければ。この時期になるとこの城内で働いている者ほぼ全員が寝込んでしまうのです! 風邪のせいだと今分かりました!」


 アムが慌てて部屋を出ていく。

 すると廊下中にパパの軍隊の兵士達が倒れているではないか。

 あちこちから咳やらくしゃみやら聞こえてきて、唖然とする。


「くっ、遅かったか! 風邪、恐るべし!」

「い、いやいやいや昨日まで皆元気だったよね!? こんな急に感染するなんておかしいよ!」

「──どうしたの? エレナちゃん」


 この声は……。

 見れば案の定、この城のお医者さん──ドクター・レディこと、リリスさんがいた。

 リリスさんは真っ赤な唇をペロリと舐めて、私を見下ろす。

 私はリリスさんに風邪の事を話した。


「あら、確かに風邪は知ってるわよ。人間達の病気でしょう? 私も今そこらに倒れている殿方達の治療に回ってるとこなの」

「でも、風邪がこんなに急に流行するはずないんだけど。異世界の風邪だからかなぁ」


 私は廊下で苦しそうに唸っている兵士達をまじまじと観察する。

 すると、ある事に気づいた。


 ──兵士達の唇に、赤い口紅がついているのだ。


「リリスさん」

「なぁに?」

「もしかして治療って、キス?」


 私が尋ねるとリリスさんはウインクをする。


「勿論。 あともっと凄い事もするわよっ! だって私はですもの♡」

「それだーっっ!!!!」


 私は頭を抱える。


「風邪ってキスとかでも移るって聞いたことあるよ?」


 リリスとアムが顔を見合わせた。

 アムが青筋を立て、拳を握る。


「毎回毎回この大流行はお前か! 治療するといいながら流行の手助けをしていたのか!」

「だ、だってキスで移るなんて知らなかったんだもん!」

「うるさい! お前はしばらく接吻及びその他の兵士達との接触を禁ずる!!!」

「いやーーーーーーっ」


 するとその時だ。


「──くぴょんっ」


 可愛らしい小動物の鳴き声が聞こえる。

 私が周りを見ても、そんな動物は見当たらない。

 声の主を探していると誰かに優しく抱き上げられた。


「何をしている」

「あ、パパ!」

「この兵士達はどうしたのだ」

「は、魔王様。実はただいま、この城では風邪というものが流行しておりまして──」

「くぴょんっ」


 私と、アムと、リリスさんがキョトンとする。

 小動物の鳴き声は私のすぐ傍から聞こえた。


「む、今日はやけにくしゃみが……くぴょんっ」

「……くしゃみ?」


 小動物の鳴き声は、パパのくしゃみだったようだ。

 私はそれを聞いた瞬間、思わず笑ってしまいそうになった。


「エレナ? どうした?」

「う、うううん? なんでもないよ? と、とりあえずパパも風邪ひいてるかもしれないから今日は安静にしようか。アム、毛布を用意して! 兵士達は皆裸同然の恰好だから、身体を温めないと!」

「わ、わかりました!」


 結局、その日パパは私が看病した。

 魔王も風邪は移るようだ。

 「あーん」とパパが大好きなデビルトマトのリゾットを食べさせてあげる。

 口を開けながらスプーンを待つパパはとっても可愛かった。


 ──そしてその数日後、ワイバーンの飛膜で出来た風邪予防のマスクが開発され、テネブリスで爆発的に売れた。

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