“魔王”と恐れられているパパができました。


 あぁ、私、死んじゃったんだろうな。

 まぁ、つまらない人生だったし、死ぬ前に猫が逃げていくの見えたし……。

 後悔はない。未練も。


 それにしても、ここはどこなんだろう……。

 深海みたい。息を吐いたら泡が出てくる。

 なんか、居心地いい。

 長い間ここにいたような気もするし、違う気もする。

 変な気分だ。

 微かに誰かの声が聞こえる。温もりも感じる。


 ──すると、そこで誰かが私を呼んでいることに気づいた。


 私は気になって、そちらの方へ泳いでいく。

 徐々に進行方向に光が見えて──私は、思わずソレに、手を伸ばした──。




***




「──流石魔王様! 死にかけの赤ん坊が……!!」


 私は、気付けば、全力で泣き散らしていた。

 どこ!? ここはどこ!?

 声を出すにも、泣き声しか出ずにもどかしい。

 目があまり見えない。視界ぼんやりと霞んで見えるのだ。

 私は完全にパニック状態。


「……泣いているぞ。誰か泣き止ませよ。アムドゥキアス、貴様がやれ」

「あ!? わ、私ですか!? わ、私は人間の子供が苦手でして……」

「いいからやれ」


 地を這うような声と男の人の声が聞こえる。

 

「よ、よーしよし、こわくないでちゅよ~!」

「…………」

「よくやったぞアムドゥキアス。泣き止んだ」

「いや、赤ん坊に憐れんだ目で見られている気がするのですが……」


 今私を抱いているのは男の人?

 うっすら輪郭が見え始めてきた。


「私の娘だ。アムドゥキアス、私に抱かせよ」

「はいはい」


 私の身体は誰かから誰かへ手渡されたようだ。

 誰? 誰なの?

 ようやく目が見えるようになって──。

 


 私の目の前にいたのは、骸骨頭の怪物だった。


 黒いマントに身を包み、顔は骸骨、目玉の代わりに深い闇が宿っている。

 頭から生えている禍々しい二本の角も不気味だった。


 私はびっくりして、思い切り泣きわめく。


「あぁ、せっかく泣き止ませたのに……」

「魔王様の顔が怖いからじゃない?」

「なんと──」


 地を這うような声はこの骸骨の声だったらしい。

 骸骨は私をじっと見つめると、少しだけ──悲しそうだった。


「私は、やはり誰からも愛されないのか。誰かの“父”になれば、愛してもらえると思ったのだが──私のこの醜い姿は娘にも、嫌われる運命か」


 私にしか分からないような声で骸骨はそう言った。

 私はそれを聞いて、やっと泣き止んだ。


 ──あれ? もしかしてこの人……。


「あ、また泣き止みましたね!」

「っ!」

「あうー」

「魔王様、この子、魔王様と手を繋ぎたいのでは?」

「う、うむ!? し、しかし、私の鋭い爪では……誰か! 切るものを持ってこい! 爪を切る!!」

「は、はいぃ!!」


 しばらくすると、骸骨さんはすっかり短くなった丸い指を恐る恐る私に向けた。

 よくわからないけど、この人、多分いい人だ。

 だって、「誰かに愛されたい」っていう気持ちを持つ時点で、悪い人なんていないもん。

 それに「誰かに愛されたい」っていう気持ち、私にも分かるから。


 ──泣いてごめんね。仲直り。


 そんな気持ちを込めて、骸骨さんの指を握った。

 

 ポタリ。


 何かが私の頬に落ちてきた。

 骸骨さんの両目の闇から、ポロポロと雫が垂れてきたのだ。


 ──え? まさか泣いてるの!?


「ま、魔王様……!!」

「すまない、魔王として、泣くのはどれだけ情けない事かは知っているが……この時だけは、どうか泣かせてくれ、アムドゥキアス、アスモデウス……」

「…………」

「──私が、初めて温もりというものを知った瞬間だ。本当にすまない」

「あーう?」

「ははは、そうだな。お前に名前をつけなければ。……実はお前の顔を見た時から決めてある」



「──お前の名前はエレナだ。エレナ。……私の光になる──我が最愛の娘」



 エレナ。

 私はなんだかその名前を気に入ってしまって、「あう!」と返事をした。

 骸骨さんの顔は相変わらず変わらないけれど、凄く嬉しそうに笑っているような、そんな気がした。

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