アイトワラス

@kanasait

化け物の住処

館の化け物

 大きさ形が不規則な石をびっしりとパズルのように合わせて敷き詰められた道がグラゾール帝国の城まで真っ直ぐに続いていた。

 城下町の商業地区では毎日毎日飽きもせずに商品の売り文句が飛び交う。

 東の森で新鮮なイノシシが取れたよ、エルフの霊薬があるよ、今なら金貨1枚だ、奴隷はどうだい。王国生まれの奴隷は働き者だよ。など様々だ。


 この商業地区は早朝にも関わらず混雑し、人混みが出来ている。そこに生気の無い男が城直近にある貴族の館に向かって帰っていた。


 男の名前はソニーと言い、ボロボロで灰色の奴隷服を着ている、胸の辺りに大きく紋章が縫い付けられていて、どの貴族の奴隷かわかるようになっていた。ズボンも同様に両足ももに紋章が縫い付けられている。

 痩せ型で小柄、無精髭が生えた掘りの深い顔で、皺の深さから実年齢18歳には見えなかった。手には商店で盗んだロープを手にしている。


 ソニーは立派な洋館の入口で止まってノックした。数秒と待たずに館の執事が頭を出し周囲を確認して、人がいない事を確かめると、執事は引き入れた。執事が扉を閉めるとソニーは腹を蹴りあげられた。

「薄汚い化け物め、二度と館から出るな!」

 それから何度か殴打されて、ソニーは地下室に連れていかれた。


 部屋にはロウソクが一本だけ灯っている。

 ソニーは持ち物全てを置いて、全裸になった。


 ロウソクの前にある姿鏡に映るやつれた顔を見つめると両手を顔に付け、もみくちゃにして両手を下ろす。すると無精髭が無くなりふっくらとした顔の50代の男性になっていた。


 少し間を置くと体の内側から無数の虫が這いずり、体を食い破って外にに出るかのように波打った。

 波が治る頃には顔に合わせて肥満体型の男に変化した。

「これでいいでしょうか」

 ソニーは声も変化していることを確認と準備が整ったことの合図のため、扉の外にいる執事に向かって声を出した。


 執事は扉からこちらを覗いて姿を確認すると「ゲラム様、奴隷の準備が整いました。」と言い扉を開けてこの館の主人を招き入れ、自身もそれに続いた。ゲラムはソニーが変化した肥満の男そっくりの姿をしている。

「今度逃げたら爪を剥がしてやる」

 主人はそう言うと皺一つない立派な服を無造作に、放り投げ、およそ貴族とは思えないいかにも安物の綿の服を着た。ゲラムを地下室を出ると同時に「爺や、今日は夕方まで帰らないから、じゃあ行ってくるよ」と言い。

 執事が行ってらっしゃいませと主人の背中を見送った。


 ソニーはこの館の主人ゲラムの分身となり、執事の言う通りに行動して真面目なゲラムを演じる。そのような仕事をしていた。

 仕事と言っても報酬は無く、地下室で最低限の衣食住を約束されただけであった。


 ソニーはうんざりしていた。生活に、仕事に、遊びに、食事に、住居に、睡眠に、そして人間関係に。

 執事は俺を化け物扱いし、ゲラムとして人前で演じるとき以外は話そうとせず、何かあれば折檻する。


 主人は何をするかと言うと舞踏会に行ったり、娼館に通い、薬物にも手を出していると言っていた。民衆の税を使い。俺を影武者に立て、表向きは真面目な貴族として振る舞いながら。


 ソニーは望んでいた。誰とも話さず、誰とも会わず、誰にも指示されず、誰にも文句を言われない世界を。

 俺を理解し、咎めず、肯定してくれる。そんな世界が欲しいと思っていた。

 ソニーは世界にうんざりしていた。


 今日までは


 ゲラムが変装を終えて館から出てから少し経ったころ、綺麗な服に着替えたソニーが笑いを隠しきれずに不気味な笑みを浮かべながら執事に言った。

「天井から雨漏れしています。あそこです。」

 執事はため息し、天井を見上げた。


 ギリッ


 次の瞬間執事の首をロープが締め付けていた

  執事はこの殺意は背後にいるソニーのもので、冗談の類いではない事を理解し、両手でロープを解こうと試みる。

  ロープはみっちりと首に食い込み、爪すらも首とロープの間に入り込めず、自らの首の皮膚を削り取るのが精一杯だった。

 執事は心底恐ろしかった。

 死が迫って来る。

 視界の端から中央に向かって徐々に見えなくなる。

 闇の大きさと比例するように恐怖も迫ってきた。ついには視界全てが闇に染まる。そのとき耳元で化け物の声が聞こえた。

「大丈夫、食べてあげるから」

 化け物め!この化け物はやはり化け物だった!

 姿を変えるこの孤児を奴隷にするべきじゃなかった!

 あのとき主人が私の忠告を聞いていれば!

 後悔してももう遅かった。

  執事は意識を失う直前に恐怖の頂点を迎え、失禁し、脱糞し、心臓は鼓動を止めた。


  執事が死んだ後もソニーは首を絞め続けた。息を切らし、手に力が入らなくなろうとも、手の感覚が無くなろうとも力を緩めずに絞め続け10分が経過した。


 ソニーは執事を仰向けに寝かせて、息を整えてキッチンへ向かい、肉切り包丁を手にした。

 この時間にはまだ他の使用人はいないし、他の奴隷達も他の部屋に閉じ込められているのだから急ぐ必要は全くない。

 しかし、ソニーは胸の高鳴りに合わせて自然と早足で死体へと戻る。


 肉切り包丁の刃を執事の死体の首に当て、体重をかけながら上下左右に動かし、ゴリゴリと音を立てながら無理矢理切り落とした。

 豪快に振り切りたかったが、まだ握力か戻ってないので、力が入らず、包丁がすっぽ抜ける事が予想出来たので仕方がなかった。


  ソニーは切り落とした執事の頭部を持ち上げ目玉にかぶりついて食べた。

 目玉はお世辞にも美味しいとは言えなかったが何とも言えない達成感に、生きてる実感が湧き、極上の気分だった。


「もっとこの肉を食べなければ」


 ソニーは執事の頭部を片手に館を出て、城の東にある森に向かった。

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