ギブミー・ザ・キー

城野亜須香

A面

Track-01 : Monochrome 『モノローグ』

Monochrome 『モノローグ』①



  * * * * *


「……ごめん。わたし……」

「ばかやろうっ!!!ビビるなっ!!!」


 ステージの中心で俯く五峰茉莉ごほうまつりに、容赦ない喝を入れる薄葉千籠うすばちかご。顔を上げ、驚いた表情でそれを見返す茉莉まつり。突然の出来事ではあったが、音響P Aスタッフの判断により2人のマイクはそのボリュームを下限ミニマムに絞られ、後輩たち3人の奏でるバックトラックに、ノリのいい観客たちの手拍子も手伝って、二人の会話がほかに聞こえることは一切なかった。千籠ちかごは持てる限り全力の声量をもって、茉莉まつりを激励する。


「みんなお前の同類だ!!!みんなお前の友達だ!!!ビビってんじゃねえっ!!!それでもお前には絶対に敵わない!!!俺たちには絶対に敵わない!!!」


「……でも、だって!」

「『だって』じゃねえよ!!!だってそうだろっ!!?俺たちは無敵の『仲良し5人組ファイブカード』だ!!!絶対に負けたりしないっ!!!」


「……千籠ちかご。」


「失敗したって俺が守るっ!!!いいからさっさとっ!!!五峰ごほうっ!!!」


 そこまで叫んで、足早にステージ前方へと戻る千籠ちかご茉莉まつりと話す間も頭をフル回転させた結果、この状況から場を冷やすことなく(さらに盛り上げて)歌へと繋げることが可能で、かつも省略できるという、起死回生の演出をなんとか思いついた。これは偶然か、あるいは「ぜんくんに感謝だな」と、幸運を噛みしめる。


『 お待たせいたしましたーーーっ!!! 』


 後輩たち3人に右手と表情で「オッケー」のサインを出して演奏を中断させると、相変わらず手拍子を続ける温かな観客にはさらなる熱量を要求する千籠ちかご。彼は、この窮地に発揮された自分の機転を、自分で褒めてやりたい気分になった。どこかで聞いた話によれば、他人を察することが大好きな日本人は、この手のがえらく得意なのだという。まして陽気な連中ならば全世界人類共通で大好きなアクションであるからこそ、このパフォーマンスの成功はすでに約束されたのだ。


『 それではひとつ「カウントダウン」など!!!お願いしてみようかなって思いますよ!!!さあ、10っ!!!9っ!!! 』


 大宮司だいぐうじさや・屋代やしろあみな・桐ヶ谷蝉きりがやぜん。3人の後輩たちが茉莉の元へそれぞれ駆け寄って、それぞれに一声掛けては、走り去っていく。


「さあさっ!はやく歌いましょっ!!茉莉まつり先輩!!」


――8!!!7!!!


「えへへっ!早くしないと歌詞まで忘れちゃうよっ!!茉莉まつりちゃん!!」


――6!!!5!!!


「ワクワクしますね!はいれますか、五峰ごほう先輩!!」


――4!!!3!!!


 茉莉まつりのことを誰より心配しながらも、それでも今はこの役目を成功させる責任があるから、何より彼女を信じているからこそ、それだけで充分だった。


「……ありがと。」


 茉莉まつりがその手にマイクを持ったまま、両の頬をパチンと叩く。ボゴッと鈍い音響事故の音を立てて、ようやっといつも通りの彼女が


「……そうだよね!ごめんっ!!ありがとう、千籠!!みんなっ!!!」


 足元に投げ出された年季の入った薄金色の音叉おんさを素早く拾うと、それを、(長らく彼女の密かなコンプレックスでもあった、やや広い)おでこの上部に躊躇なく叩きつける茉莉まつり。なぜなら、そこならば万が一にもがないからだ。


――2!!!


 割れんばかりの、3千人の手拍子と熱気を帯びたカウントの大合唱の中、茉莉まつりのマイク越しの音取りロングトーンに、ほかの4人が耳を澄ます。そして等間隔に、ステージ上にワンラインで拡がる。ついに来たか、待ってましたと手拍子に混ざって観客から拍手と歓声が飛ぶ。

 本来の開演時間にはまだ少し早いはずなのにこれは一体どうしたことかと、通路を歩いていた観客たちも慌てて自分の席へと急ぐが、とうとうそれらの着席を待たずして、楽しい楽しい『ポピュラー・コーラス』の時間はついに始まるようだった。


「「「「「 いちっ!!!!! 」」」」」





  * * * * *





 さて御立合い。ここで「カウントダウン」を幾らか巻き戻すことにしよう。


 どれくらいかと言えば、ざっと2年くらいだろうか。



 今やステージの上で奮闘していた薄葉千籠うすばちかごが、高校3年生の春に何やら校則違反をやらかして、鬼の体育教師からお叱りを受けていた辺りまで、物語を振り返ってみようと思う。桜の花もすっかり散った、四月の半ば。それぞれの担当指導に教師たちが出払って人も疎らな職員室に、えらく背筋を正した姿勢で薄葉千籠うすばちかごは座っていた。


 彼が初めて五峰茉莉ごほうまつりと出会う、ほんの1時間ほど前のことだった。



――ギミダキ!(Give Me The Key)―― はじまり

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