【女騎士の華麗なる暗躍劇】

 本日の戦利品を見つめながら、思わず口元が緩んだ。


 指でつまんだ小瓶には、一見したところ何の変哲もない無色透明な液体がたゆたっている。


「…………やっと、手に入った」


 休暇を返上し、王都に存するありとあらゆる薬屋を半日も駆けずり回って、やっとのことで手にした貴重な品だ。なんでも、樹海の奥深くにのみひっそりと咲く花をすり潰して作る為、希少な代物らしい。樹海は非常に危険度の高い魔物が蔓延っている場所なので、素材となる花を入手するのは相当に困難なのだろう。


 ほとんどの店に置いていなかったので、細い裏通りに位置する小さな女店主の薬屋で発見した際には、感動でため息が漏れた。


「噂には聞いたことがあったけど、まさか本当に実在していただなんて」


 非常に高価だったが、躊躇せず購入した。


 これさえあれば、お嬢様とルドヴィーク様は無事に結ばれることができるからだ。


 なんて、完璧な作戦なのだろうか。

 この品の存在に思い至った時は、武者震いまでしたものだ。


 本来であれば、道具類に頼ることなく、時間をかけてでも自力で進展していただくのが理想なのだろうが、強敵ライバルが現れた今や、そのような悠長なことを言っていられる猶予は一刻もない。このまま亀のように遅々として進みそうでやっぱり進まない関係を保ち続けていたら、あの少女にあっという間に出し抜かれてしまう可能性だって大いにありうる。


 それに、あの二人は出会ってから、もう一年以上も経っているのだ。そればかりか、互いに想いあっていることまで確実なのだから、多少強引に事を進めたところで、今更『進展が性急すぎる!』と責められる謂れは全くもってない。


 はぁ。私は、なんて主想いなのだろう。


「ただいま、帰りましたわ」


 噂をすれば、うちのお嬢様が帰ってきたようだ。


 急いで玄関ホールに駆けつけると、彼女はそこに設置されているベルベット地のソファに腰かけられていた。心なしかぼうっとされている気がするけれど、お疲れなのだろうか。

  

「お帰りなさいませ、マノンお嬢様。お気に召した水着はございましたでしょうか?」

「な、なにを言っているのですか。あれは、お友達の話だと言ったでしょう!」


 顔を真っ赤に染めて、ぱたぱたと手を振り始めた。うん、いつも通りのマノンお嬢様だ。この期に及んで完璧に誤魔化せていると思い込んでいるのが愛おしい。


 面白そうなので、一応、このまま話を合わせておく。


「それでは、本日は何をしてきたのです?」

「学生時代の後輩と久しぶりにお会いして、お茶をしてきたんですのよ」

「へえ、そうですか。ちなみに、どのようなお話をされたのですか?」


 お嬢様は、本物にも全く劣らないエメラルドグリーンの瞳をぱっと輝かせて、白い頬を薔薇色に紅潮させながら生き生きと答えた。


「それが、聞いてください! なんと、恋愛相談を受けちゃいました!」


 つつましい胸をはりながら、えっへんとドヤ顔までされてしまった。


 なるほど? このお嬢様に恋愛相談を持ち掛けるとは、後輩さんとやらは、中々、肝が据わっているお方のようだ。もしくは、可憐な見かけに惑わされて、てっきり恋愛も上手くこなしているのではないかと思い込んでしまったのかもしれない。まぁ、どう考えても、後者だろう。


「ふむ。ちなみに、どんな相談を受けたんですか?」

「実は、その後輩には、最近彼氏ができたらしいのですが……」

「現時点で既に、誰ともお付き合いをされた経験のないマノンお嬢様にアドバイスできることは一つもないように聞こえるのですが」

「なっっ!? そんなことは、ありませんわ!!」

「そうなんですか?」

「はぁ、ルチアは視野が狭いですわねぇ。良いですか。愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言うように、私程の賢い女ともなれば、実体験を伴わずとも書物などから得た膨大な知識によって、正しい結論を導き出せるものなのです。経験したことのないことは分からないだなんて、愚か者の言い分ですわ」

「へえ、そうなんですね」


 もっともらしい言い分を並べ立てているけれど、どうせ、ろくでもないアドバイスをしたに違いない。


 マノンお嬢様は、私が早くも棒読みになっていることも厭わず、早口になってまくしたててきた。


「それにっ、たしかに私は今まで誰かとお付き合いした経験はありませんが、それは私自身が望んでそうした結果に過ぎませんのよ! 学生時代なんて何人からも告白されていましたし、うちの剣士様だって、意地を張っているけれども本当は私のことが好きで好きで仕方なくてっ」

「と言い続けて、早一年が経ちましたね?」

「うっ」


 怯んで言葉をつまらせた彼女の瞳をじっと見据えながら、静かな声で、威圧するように追い打ちをかける。


「ルドヴィーク様と一向に結ばれる気配がないのですが、これはどうしたことでしょうか」

「っっ!!」


 マノン様は唇をぎゅっと噛み締めて俯いたかと思えば、次の瞬間には、その大きな瞳でキッと私を睨み返してきた。


 失礼ながら、どうせまた言い訳を並べ立てるのだろう、と予想していたのだが、


「……そ、んなの。私だって、教えてほしいですよ」


 その口から漏れ出たのは、予想に反して、弱々しくて頼りない声だった。伏せられた瞳は、迷子になってしまった子供のように不安そうだ。


 いつも強気なお嬢様が、何故だか分からないけれども、自信をなくしていらっしゃる。


 ルドヴィーク様と結ばれる方法。それは、正直、驚く程に簡単なことだ。


 そんな簡単なことが本気で分からなくて、挙句の果てには弱ったようなお顔までされているだなんて、困った人にも程がある。


 そして、


「お嬢様。私が、解決してさしあげましょう」


 そんな人を、こんなにも愛おしく感じて胸を締め付けられてしまった私もまた、もしかすると困った人間なのかもしれない。


 びっくりするあまり、瞳をこぼれ落としてしまいそうなほどに大きく見開いて固まってしまったマノン様の前に、本日、苦心して手に入れた小瓶を差し出す。


「明日、昼の十二時より少し前に、王都メインストリート沿いの噴水広場に赴いてください。その場所にたどり着いたら、この小瓶に入っている液体を飲み干すのです」

「……どうゆう、ことですか?」


 私から小瓶を受け取るその白い手は、得体のしれないものに対する恐怖からか、小さく震えていた。


「明日のその時間に、ルドヴィーク様がお一人で現れることになっています」

「なっっ!?」


 先程、ギーク様への根回しも完璧に済ませておいた。


 ちなみに、『うちのお嬢様とルドヴィーク様を進展させる妙案を思いつきましたので、どうか、協力してくださいませんか? 協力と言っても、ルドヴィーク様を指定の日時に決められた場所に呼び出すだけです』と連絡を入れたら、『そんなことであの頑固者二人が結ばれるんなら、お安い御用だ。むしろ、ありがてえ』と二つ返事で了承してくださった。


 動転するあまり再びかちこちに固まってしまったお嬢様をじっと見つめながら、念を押す。


「絶対に、言われた通りのことを実行してくださいね」

「ちょっ、と。ま、ままま、待ってください! 大体、この不気味な液体は何ですの!?」

「それは、ルドヴィーク様と結ばれるための魔法の薬です」


 雷に撃たれたかのような衝撃を受けて再び完全停止してしまった彼女が、立ち直って根掘り葉掘りうるさく問いただしてくる前に急いでこの場を立ち去る。


 詳細に関しては、お嬢様にどんなに泣きわめかれようと、怒られようと、お答えいたしかねるのだ。彼女があの液体の真実を知ってしまったら、否が応でも、飲みたがらないに決まっている。それでこの計画が台無しになってしまっては、元も子もない。


 先ほど、私が、マノンお嬢様に手渡した品は他でもない。


 あの液体には、嘘を吐けなくなる効能があるのだ。

 要するに、あれを口にしたものは、半日の間、本音しか言えなくなるのである。


【女騎士の華麗なる暗躍劇 完】

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