その⑤聖女、恋愛相談に挑みます

聖女「実際に付き合っているか否かは、誤差の範囲といえるでしょう」

「むうう……」


 ひとえに水着といっても、その種類は多岐にわたるものです。


 セパレート型のビキニタイプの水着に、ワンピース型の上下一体型の水着。まずは、このどちらを選択するのかという非常に悩ましい問題に衝突します。


 両者の決定的な違いは、肌をどの程度まで露出するのかということでしょう。

 言うなれば、攻めのビキニと守りのワンピース。


 ずっと眺めつづけているだけでは埒があかないので、ためしに、目の前に陳列されている黒いビキニを手に取ってみました。


 これは、トップスが三角形の形になっていて、紐を首で結ぶタイプのものですね。ううむ、なるほど……これはまた、なんと破廉恥な水着なのでしょうか。こんなに布の面積が小さかったら、お胸の谷間まで丸見えではないですか……! これでは、谷間なんてほとんどないということがハッキリと剣士様にバレてしまう……。


 あのデリカシーのない男のことです、私とアリスの水着姿を見比べつつ『君は、なんというかその……随分と可愛い胸をしているな』などと煽ってきかねません! いや、でも、それって彼にとってはむしろ褒め言葉だったりするのでしょうか……? だって、剣士様は方が好みだとはっきり仰っていましたし……うわああああダメですダメですダメです!! あの日のことは思い出してはダメなのです、動悸がとまらなくなってしまいますから。


 大人な水着をそっと元の場所に戻しつつ、ため息を吐きました。これは、手に持っているだけで心臓に悪い代物です。


 そうはいっても、無難にワンピースタイプの水着を選択してしまって、良いものなのでしょうか。


 恐らく、アリスは無意識の内にビキニタイプの水着を選択するに違いありません。それでもって、あの完璧なプロポーションで、多くの男性の視線を釘付けにし、呑気そうな笑顔で悩殺するのです。別にどうでもいい男達の視線を総ざらいにする分には一向にかまわないのですが、剣士様も生物として大別すると男性にあたるわけで、彼がいくら貧乳好きだといっても実際にあの大きなお胸を目の前にしたら種としての本能には逆らえないのではないかという不安があるわけで……。

 

「ねえねえ、さっきからあのお店でずーっと水着を眺めてる女の子、めちゃめちゃ美人じゃない?」

「ね! モデルさんかなぁ? 数時間前に通りかかった時も、あの辺にいた気がするけど、すんごい悩んでるよねぇ」


 ううう……考えれば考えるほど、皆ではなく、二人で行くべきだったのではないでしょうか? というか、その返事は一体どうなってしまったのでしょう……? そもそも例のあの言葉が彼に届いていたのかどうかがとっても気になるけれど、今更蒸し返すだなんてことは到底できそうにないし、もう、どうしたらいいものか……! 


 知恵熱が出そうなほどに脳みそが熱くなってきた、その時。


 突然、後ろから肩を遠慮気味に叩かれて、飛び上がりそうなほどびっくりしました。


「わっ!?」

 

 振り返れば、アーモンド色のセミロングの髪と垂れ目気味の瞳が印象的な女の子がおずおずと私を見つめていました。あれ。この子、どこかで見覚えが……?


「マノン先輩、ですよね?」


 瞳をきらきらと輝かせながら私のことを覗き込んできたその顔が、数年前までは眼鏡に三つ編みお下げ姿だった彼女とぴたりと重なって、「あっ!」と声をあげました。


「ミナ! 久しぶりですわね……!」

「お久しぶりです! まさか、マノン先輩とこんなこところで再会できるなんて、思ってもみませんでした!!」


 学生だった当時、同じ聖職科で私が特に可愛がっていた後輩のミナでした。無邪気に嬉しそうにしているその姿は、学生だった当時と全く変わりありません。眼鏡を外し、髪を下ろしたことでがらりと雰囲気が変わっていたので、すぐには分かりませんでしたけれども。


 ミナは、じっと私を見つめながら、にこやかに首を傾げました。


「マノン先輩も、水着を購入しにきたんですか?」

「えっ! あっ……ま、まぁ、そうですわね」

「もしかして、ルドヴィーク様とのデートのためとか?」

「ふえっっ!? にゃ、にゃんで!?」


 何故、二年前に学校を卒業して以来一度もお会いしていなかったミナから、即座にあの男の名前が出てくるの!? し、しかも、デ、デデデ、デートって……! 一体、なにがどうなっているのですか!? 


「ふふ、お顔真っ赤ですよ。そんなに照れなくってもいいじゃないですか~!」

「ち、ちがっ……! わ、私は、あの男とそういう関係ではっ」

「隠さなくってもいいんですよ? お二人の噂は、よく耳にしてますからねっ!」

「エッ……噂?」


 首を傾げると、ミナは「ええ!」と力強く頷きながら、眩しい笑顔を浮かべて言いました。


「ほら、ルドヴィーク様とマノン先輩って、美男美女な上に、冒険者としての腕も他の追随をゆるさないって感じで超飛びぬけてるじゃないですか?」

「まぁ……! えへへ、それほどでも」

「いやいや、謙遜なさらなくてもいいんですよ? 今や、冒険者界隈に身を置いていたら、お二人のことを知らない方が非常識なぐらいですしね~。お二人とも学生時代からかなりの有名人でしたが、卒業後の活躍もこれまた本当に華々しいですよね……! 本当に尊敬しちゃいます!」

「も、もお、ミナったら……。褒めてもなんにも出ませんよ?」


 学生時代から常々思っていましたが、今、あらためて確信しました。ミナは天使に違いありません。だって、ほんっとうに良い子ですもの。やはり、持つべきは可愛い後輩ですわね!


 良い気分に浸っていたら、「褒めるもなにも、事実ですから!」とこれまた嬉しいことを言ってくれました。最近は褒められることが中々ないばかりか、どこかの誰かさんに散々な言われようでしたが、本来の私はこう扱われてしかるべきなのです。


「そんな最高に素敵なお二人が同じパーティに属しているだなんて、これが噂にならないわけがないでしょう? ギルドの休憩所でも、よく噂されてますよ。きっとお二人は付き合われていて、さぞかしラブラブに違いないって!」

「ラ、ラブ……ッッ!? ごほっごほっ」

「先輩、大丈夫ですか!?」

「な、なんでもないですわ……。ちょっと、驚いただけで」

「それにしても、あんなに素敵な彼氏がいるだなんて羨ましいです~~!」

「そ、そうかしら……?」

「だって、普通に格好良いし、何よりもあのお若さで剣聖になられたんですよ!? 今や、冒険者を志す全女子の憧れの的だといっても過言ではないと思います!」

「えええっ!? そ、それは、実際に誰かが彼を狙っているということですか!?」

「浮気を心配してるんですか? 先輩ったら乙女ですね~、かわいいー! でも、心配ご無用ですよ! 美人で可愛いマノン先輩をさしおいて浮気できる男なんて、いるわけがないじゃないですか!」

「……あ、あはは」

 

 ドウシマショウ。今更、『実は、付き合ってません』だなんて、到底言い出せる空気ではなくなってしまいました。


 ま、まぁ、あの男が私のことを好きで仕方がないのは事実ですしね。実際に付き合っているか否かは、誤差の範囲といえるでしょう。おお。そう考えれば、わざわざ、彼女の誤解を訂正するまでもないじゃないですか。


 ミナは急におしゃべりな口をとじて私をじーっと見つめたかと思えば、小さく頭を下げてきました。


「マノン先輩! あの、久しぶりの再会で急に申し訳ないんですけど……よろしければ、お買いもの後に相談させていただきたいことがあるんです」

「あら。かしこまってどうしたのです?」


 おずおずと遠慮気味に尋ねられた時、なんだか、懐かしい気分になりました。


 学生だった当時から、ミナにはよく相談を持ち掛けられていたのです。最近流行の杖や魔法衣のことから、お勧めの瞑想方法に至るまで、色々なアドバイスを施した覚えがあります。当時から真面目でしたが、冒険者になった今でも努力家なようですわね。


「実は、その……恋愛相談、なんですけど」


 ……………………おや?

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