【SSその②例のチャームの効果の程】

 例のスライム討伐依頼クエストから、二週間が経った。


 あの日からも、僕は毎日のように良い仕事はないものかと冒険者ギルドに通い詰めていたのだが、中々熟練者パーティ向けの仕事に巡り合えず、肩をがっくりと落とす日々が続いていた。かといって、ギークに『また、クソしょうもねえ内容だったら、今度は本気でブチ切れるからな』と脅されていた為、うかつに初心者向けの仕事を引き受けることもできずにいたのだ。


 どうせ、今日もダメだろうな……と半ば諦め気味に、本日引き受けられる依頼一覧に目を通していたところで、高難易度のレッドドラゴン討伐を目の当たりにした時、僕がどれ程嬉しかったことか! 鬼気迫る表情で即座に引き受けてしまったので、受付のお姉さんが若干引いていた。補足するまでもないことだが、嬉しかったというのはあくまでも鈍りつつある身体を久々に動かせるという意味であって他意はない。


 そういうわけで、今は、レッドドラゴンが出現したという湿原に向かう道中である。僕の隣を歩くギークはすこぶる機嫌がよさそうだ。


「お前も、たまには良い仕事を引き受けてくんじゃねーか。よくやった」

「当然だろう。僕が、まともじゃない仕事を持ってきたことなんてあったか?」

「なるほど、前回のあれもお前の中ではまともな依頼クエストに分類されていたんだな。よし、今からパーティ移籍してくるわ。ルド、今までありがとな」

「すまん僕が悪かったこの通りだゆるしてくれ……!!」

「……ヘイヘイ」


 ギークが抜けたら、辛うじて保たれているパーティの秩序が崩壊の一途をたどることだろう。最悪、パーティ解散につながりかねない。そうなると、あの女と一生会えないという可能性が出てくる。あの女ほど、聖女ヒーラーとして文句のつけようのない仕事を完遂する人間は他にいないからな。あいつは、絶対に失ってはならない稀有な人材なのである。


 そうだ。

 あの女のことといえば、先程から、妙に気になっていることが一つある。


「レッドドラゴンなんて久しぶりだね~~! わっくわくだなぁ!」

「はいはい。いくらわくわくしているからといって、ドラゴンと一緒に私たちまで吹き飛ばそうとしないでくださいね」

「そんなことしないもん~! でも、マノちゃんたちなら、万が一のことがあってもかわせるよね?」

「私たちの守備力を過信して、適当に魔法をぶっ放すのはやめろと何度も言っているでしょう! 私達が、毎回、どれだけ冷や冷やさせられていることか……!」


 僕とギークの後ろをついてくる聖女とアリスがじゃれあっているのは、いつもの見慣れた光景だ。問題はそこではない。


 注目すべきは、魔法衣を身に着けた彼女の慎ましい胸元で、見慣れない星型のチャームが揺れていることである。


 一見したところ、ただの装飾品アクセサリーに見えないこともない。しかし、ああ見えてあの女は誰よりも仕事熱心なので、依頼クエストを引き受ける際にはそういった類のものを全て外してくる生真面目な性格だ。思い返してみれば何度か身に着けてきたことはあったが、彼女が癒術魔法を唱える際に反応していたので、恐らく魔法の効果を高めるための特殊な魔道具の類だったのだろう。つまるところ、アイツは仕事に関係のないものを、無意味に身に着けてくる奴ではないということだ。


 でも、そうだとするならばあの星型のチャームの正体は、一体なんなのだろう。


 最初の内は、どうせあのチャームも魔道具の類だろうと決めてかかっていたが、先程、あの女が癒術魔法を唱えた際に、あれが何らかの反応を示している形跡は少しもなかった。ただ横目に見えてしまったというだけで、決して観察するつもりは毛頭なかったのだけれども。


 不審な点は、それだけにとどまらなかった。


 なんと、時々、ちらちらと周りの目を伺ってはあのチャームをそっとつまみあげてみたり、じっと見つめて小さくため息を漏らしていたりするのだ。一体、その何の変哲もないチャームのどこがそんなに気になるというのだろう。たまたま視界に入ってしまった僕の方まで気になってくるではないか。


 あいつが仕事に関係ないものを仕事場にまで持ち込むだなんて、そんなにもあの品に思い入れがあるのだろうか。それも、一刻も手放したくないと願う程にまで。


 例えば、誰かからもらった品だとか?


 まさかとは思うが…………それはもしや、男だろうか。


 ダメだ。このままでは真相が気になりすぎて、ドラゴン討伐どころではない。目的地に辿り着く前に、一刻も早く、あのチャームの正体を確かめねば……!


 ちらりと後方の様子を伺う。女共が未だに楽しそうにじゃれあっているのを確認しつつ、ひっそりと隣のギークに耳打ちする。


「なぁ、ギーク。これは、パーティリーダー命令なんだが」

「断る」

「……本当に良いのか? 職務放棄にあたるぞ」

「お前こそ、いいのか? くだらん内容だったら、クソリーダーのパワハラとして即訴えるぞ」

「…………」


 うん。これに関しては、素直に僕が悪かったと認めよう。


「さっきのは、言い間違えだ。これは、一友人として君を信頼しているからこその頼みなんだが」

「断る」

「……君は、僕に喧嘩を売りたいのか?」

「お前がまたろくでもないことを考えている脳波を感じてな」

「くだらなくなんてない! もしかすると、パーティー全体を揺るがす一大事だぞ!」

「ほお、それは大きく出たなぁ。とりあえず、話は聞いてやろう」


 よし。やっと、ギークが聞く耳を持ってくれたぞ!


 僕の完璧な推論に拠れば、あの星型のチャームは、男からもらった品で間違いない。そう考えると、聖女の不審な態度に納得がつく。


 はあ、なんという嘆かわしい事態だろうか。ギークに真相を聞き出してもらい、即刻、あの女に手を出そうとしている輩を闇討ちしに行く他ないな。


 何故、僕がそのような面倒なことをしなければならないのかといえば、簡単なことだ。リーダーとして、パーティーから背信者が出ようとしているところをみすみす見逃すわけにはいかないだろう?


「……あの女が、不純異性交遊をしているかもしれん」

「オーケイ、断るわ」

「うちは恋愛禁止なんだ! あの女は、パーティの信条に反することをしでかそうとしているんだぞ!! 止めなくて良いのか!?」

「俺らはどこぞのアイドルだよ馬鹿野郎。今の今まで、そんなファッキンルールがあったなんて知らなかったわ」

「今、僕が作った。色恋にうつつを抜かし始めたら仕事が滞るかもしれんからな」

「間違っても、平日の昼間から堂々と酒を飲んでるやつの言う台詞じゃねえ。日々懸命に働いてる皆様に全力で土下座してこい」

「それは単にワークスタイルの問題だろう。日々コツコツと働くか、一回の難事業で荒稼ぎをしているかの違いに過ぎない。専門職の特権だ」


 この減らず口が、とでも言いたげに刃物みたいな瞳で睨まれた。僕はなにひとつ間違ったことは言っていないというのに。


 ギークは、はぁと重々しくため息を吐いた。


「お前の理屈で言うと、仕事も恋もちゃんと両立してれば何の問題もないということになるがな。見たところ、マノンの仕事はいつも通りの完璧ぶりだ。あいつが誰と恋をしていようが、パーティーリーダーとしてのお前に文句を言う資格はないんじゃねーか?」

「…………」

「つーか、なんで不順異性交遊どうこうの発想に至ったんだよ。見たところ、至っていつも通りだろ。いつも思うことだけど、お前の思考回路って一体どうなってんの?」

「…………」

「分が悪くなったら、急に黙秘権行使しはじめんのもやめろ。てめーは子供か?」

「…………あの星型のチャーム」 

「はあ?」

「…………あれは、魔道具ではなさそうだ。大事そうに身に着けているが、誰かからもらった品なのだろうか」


 ギークはちらりと振り返ってあの女の様子を伺うと、「あー、なるほどな。言われてみるまで、全く気づかなかったわ」と心底呆れているような顔をして、再び、ため息を吐いた。


「……ったく。そんなに気になるなら、自分で聞いてくりゃいいのに」  


 面倒くせえとぼやきながらも、ギークは女二人の方へ振り返ると、ずかずかと大股で向かっていった。二人とも、突然ギークだけが自分たちの方へ向かってきたことにきょとんと目をしばたいている。


「あー……突然、割って入って悪いな。なぁ、マノン。今日は、見慣れない装飾品アクセサリーを身に着けているな」

「えっ? こ、これですか?」

「そう、星型のそれだ。なんでも、うちのリーダーが気になって仕方ないんだと「あーあーあー! 聞こえないなぁ」」


 あんのクソ盗賊シーフが! 途中まで良い感じだったのに、余計なことを言いやがって!

 馬鹿男の大失言のせいで、途端に耳が熱くなっていくのを感じた瞬間。

  

「…………嘘? まさか、もう効果が出始めるだなんて」

「は? どういうことだ?」

「べ、別に。こちらの話ですわ」

「おお、そうか。あー、えーと……それは、誰かからもらったりした物なのか? それとも、どこかで買ったとか?」 


 ギークが問いを重ねていくにつれて、あの女は、見る見るうちに顔を真っ赤にさせていった。


 そして、このまま干上がるのではなかろうかと端目に見ているこっちまで心配になってきた頃、ついに、唇を震わせながら叫ぶように言ったのだ。


「それだけは、死んでも言えませんわ……っ!」


 はああああああああ!?


 僕、ギーク、アリスの三人が唖然とした表情で、涙目気味になっているあの女を一斉に見つめることとなった瞬間だった。 


 クソ。何なんだよ、あの意味深すぎる反応は!


 折角この僕が気にかけてギークに聞かせてやったのに、これじゃ、余計に気になって仕方ないじゃないか!


 全く。

 これだから、あの女のことなんて大っ嫌いなんだよ……!


【SSその②例のチャームの効果の程 完】

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