聖女「なんであなたが、こんなところにいるんですの!?」

「なんでなんでなんで!? どうしてそんなことを言うんですの!? 絶対絶対に何かの間違いですわ! こんな占い結果は断じて認められませんっ、もう一回ちゃんとやり直してくださいまし! さもなければ、あなたに、一生癒術魔法を受け付けられない呪いをかけますわよ!?」

「!? お、落ち着いてくだされ! まだ、必ずそうなると決まったわけではないのだから!!」

「あら、そうなんですのね。ふう……あんまり人を驚かせないでくれますこと?」

「…………それは、こっちの台詞なんだがな」

「なにやら不満げな顔つきですわね?」

「いや? 気のせいではないかな」


 ああ、もう。本当にびっくりしたじゃないですか。驚きすぎて、心臓を吐き出してしまうかと思いましたわ。


 占い師は安堵したようにため息を吐くと、聞き捨てならない発言を漏らしました。

 

「それにしても……そなたは、彼のことが本当に本当に大好きなのだな。そんなにも想われている彼が羨ましい」

「えええ!? ち、ちちちがいますわ! だ、誰が、あんな男のことなんてっ」

「あの取り乱しようで、何故いまさら取り繕えると思えるのだろうか……」

「本当に違うんですのに! さっき驚いたのは、ええとその、そうっ! 私と彼が永久に結ばれないだなんてことになったら、私に想いを寄せてやまないあのお方があまりにも報われなさすぎて可哀そうだからですわ!」

「ほお、そうかそうか。……もう、なにもつっこむまいよ」

「ええ。分かればいいんですのよ」 

「しかし、さっきも言ったように、このままではそなたらが結ばれる確率は限りなく低いぞ。私には視えるのだが、そなたは縁結びの神から絶望的に見放されているのでな」


 うっ! いま、なにか胸に短剣を突き刺されたかのような鋭い痛みが……。


 でも……そう言われてみれば、たしかに心当たりはありました。だって、剣士様と出逢ってからもうかれこれ一年近くも経っていますのに、一向にさっぱり何の進展もないんですもの。それもこれも全ては素直に自分のお気持ちを認めることのできない彼のせいだと憤ってきましたが、なるほど、私の方にもいささか非があったというわけですわね。これは、思いもよらなかった盲点でした。


 しかし、これって考えようによっては、かなり深刻な事態なのではないでしょうか? だって、神から見放されていると分かったところで、私には何にも手の施しようがないじゃないですか! 


 となると、いくら彼が私のことを想ってくださっていたところで、やっぱり私と剣士様は永久に結ばれないのでは…………。


「そ、そんな、いまにも泣きそうな顔をしないでおくれ。私の言に従って行動してくれさえすれば、大丈夫だから」

「えっ? 一体、何をすれば良いんですの……?」


 恐る恐る尋ねると、彼女は重々しく頷き、机の下から取り出した星型のチャームを私の目の前に差し出しました。


「このチャームには、縁結びの神を引き寄せるまじないをかけてある。これを肌身離さず持ち歩けば、神は必ずやそなたに微笑んでくれるだろう。気になる彼が振り向いてくれる日もそう遠くあるまい」


 えええええ!?

 なんということでしょう、たったそれだけのことで良いのですか!?


 すごい! これを身に着けているだけで剣士様が告白してくださるなんて、夢みたいなお話ですわ! なんて画期的な代物なのかしら! 流石は王都で話題を集めている人気の占い師様! 


「買う!! 買いますわ……!!」


 顔を覆っている薄紫のベール越しに、彼女がにやりと口元の端を吊り上げたのが透けて見えた気がしました。


「お買い上げありがとうございます、本日の占い料と合計して五千ルピーになりますぞ。本日は、遠路はるばるここまでお越しくださってありがとうございました。愛しの彼とお幸せにしてくだされ」


 愛しの彼だなんて。も、もお……気が早いですわねぇ、ふふふ。



 部屋を出て、お土産コーナーを一通り眺めてから、化粧室に向かいました。


 手を洗いながら、鏡に映るいつもとは全く違った装いの自分の姿と胸元で慎ましく光る星型のチャームをぼうっと見つめていたその時――


「もしかしてだけど、マノちゃん!? いつもと全然違う格好だけど、そうだよね!?」


 ――事件とは、気が抜けてゆるみきっている時にこそ起こるもの。


 鏡越しに私のことをばしっと指差したその人物は、嬉しそうに私の下へ駆け寄ってきました。どうしましょう、冷や汗が止まりません。


 どうして……? なんでアリスが、こんなところにいるんですの!? 

 混乱するあまり、咄嗟に顔をそむけてしまいました。


「人違いではないかしら」

「やっぱりマノちゃんじゃん! なんで嘘つくの!? ひどいーっ!!」


 くうう……こんなに完璧な変装を施してきたにも関わらず、コンマ一秒もかけずに、一瞬で私だと見抜くだなんて……! アリスは人をびっくりさせる天才ですから、魔導士マジシャンのくせをして、実は盗賊シーフのスキルまで隠し持っていただなんてことも充分にありうりますわ。


 本日のアリスは、ゆったりめのティーシャツにホットパンツというオフモード時の装いのようです。服装自体にはゆとりがあるはずなのに、お胸のあたりだけやけに苦しそうなのは一体どういった了見でしょう。べ、別に羨ましくなんてないですけどね。


 アリスは、私のあまりにそっけない対応にむうと頬を膨らませていたかと思えば、「それにしても、まさかこんなところで会えるなんて思わなかったよ~! ふふふ、休日にマノちゃんと会えてすごく嬉しいなぁ」とふわふわ微笑みました。うう、この子といると、なんだか調子が狂ってくるんですのよ。


「ここにいるってことは、やっぱりマノちゃんも占ってもらいにきたんだよね? やっぱり、相性占い!?」


 ぎくり。

 ギギギ、と油をさし忘れたロボットのように身を強張らせながら、どうにか舌を動かして声を発しました。


「チガイマスワ。ワタクシガソンナモノにキョウミガアルワケガナイデショウ?」

「えーーっ! でもでも、ここで一番人気なのって、相性占いだよね?」

「ふん。色事だけが、人生における悩みだと思ったら大間違いですわっ」

「ってことは、恋愛事以外で、なにか悩んでいることがあったってこと?」


 悩み……? 


 誰もが振り返る類稀なる美貌、聖女ヒーラーとしての凡人とは一線を画す才能、悠々自適で快適な暮らし。これだけのものを手にしていて、一体、何に対して悩むというのでしょう。私、マノン=ルーセンハート程、悩みから縁遠い人間はいないといっても過言ではありません。


 強いて言うならば、あのいけ好かない男が、どうやったら素直になってくれるのかが分からないことぐらいです。しかし、それだって、先程購入したこのチャームの力で解決したも同然。


 どうしましょう。今日この日まで、悩みがないことに悩む日がこようとは思いもしませんでした。


「えっ……? マノちゃん、自分がさっき何を占ってもらったのかもう忘れちゃったの?」

「ば、馬鹿なことをおっしゃらにゃいで!!」


 失敗した上に、盛大に噛んだ……! ううう、アリスに馬鹿にされるなんて一生どころか百生の恥。顔が熱くて仕方ないです。ああ、なんだかどうやっても、この話をうまく乗り切れる気がしなくなってきました。ええい、こうなったら、とっとと話をすり替えてしまいましょう。


「そういうあなたは、本日、何を占いにきたんですの?」


 私はただ、これ以上の失態を冒す前に、なんとか話題を転換させてしまいたかっただけだったのですが。


 アリスが動揺したように大きな瞳を見開いて、白い頬にうっすらと朱色を差しながら恥じらうように微笑んだ時、ものすごく嫌な予感が背筋を這い昇って――


「えへへ。ここにいるってことは、決まってるでしょ? もちろん、相性占いをしにきたんだよ」


 ――まるで、冷や水を浴びせかけられたかのように、頭が真っ白になりました。


 な、なんですって…………!?


 アリスって、好きな殿方がいたんですの!? あんなに、なんっにも考えていなさそうで、人畜無害っぽい笑顔を撒き散らしておいて!?


 相手は一体誰!? ま、ままままままま、まさか、剣士様!?

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