第5話

 シャドウの記憶の中の森ではなく、元居た霧の中に戻ってきた一行はため息を吐く。


「今のはエクスさんの……姉御と初めて出会ったときの記憶、ですか……?」

「ええ。私と初めて会ったとき……エクスが初めて、ヒーローとコネクトしたときの記憶みたいね」

「伝説の『調律の巫女一行』のメンバーの初コネクトシーン⁉ なんて貴重な体験なの! ああもう、ビデオカメラ持ってくるんだったぁー!」

「落ち着けお嬢サマ。持ってきてたところであれは俺らの脳裏に直接映された映像なんだから、撮影はできねえ」


 エクスの初めてのコネクトシーンを前に興奮が抑えられないアリシアに、彼女のストッパー役のティムがツッコミを入れる。アリシアは我に返ると、レイナとシェインに向かってばつが悪そうに頭を下げる。


「いつものパターンと、さっき誰かの声も聞こえたことだし、そろそろシャドウが出てくる頃だな」

「そうだね。気を引き締めなきゃ!」


 レヴォルとエレナが言うとほぼ同時に霧がさあっと晴れていく。霧が完全に晴れて、一行の前に広がったのは先ほどシャドウの記憶の中で見た森のような場所だった。


「ここは……さっきの森?」

「やあ、いらっしゃい。僕のすべての始まりの場所へようこそ」


 一行が辺りを見回していると後ろから声が聞こえた。

 急いで振り返るとそこにはシャドウの記憶の中にいた少年――つまりエクスが立っていた。しかしシャドウの記憶から読み取れる温和な彼の雰囲気とは似ても似つかない異様な敵意がむき出しになっていた。


「エクスさん……。いえ、今は‘‘シャドウ・エクス’’さんですか……」

「やだなあ、シェイン。そんな怖い顔しないでよ。久々の再開なんだ、もっと楽しもうよ?」

「何だアレ……言ってることと醸し出してる雰囲気が真逆だぞ……!」


 クスクスと笑いながらも全く隙を見せないシャドウ・エクスにティムは身震いする。正直に言って、あんなシャドウと戦って勝てる気がしない。


「……エクス、もうこんなこと止めましょう」

「……レイナ。いくら君のお願いでも、それは聞けないな。僕はもう後戻りはできないんだ」

「そんなこと……っ」

「ほら、『おふざけは禁止』だよ? 新生ヒーローになった君の力、僕にも見せてよ……っ!」


 一瞬哀しそうに顔を歪めてシャドウ・エクスはまた笑う。そして自分の持つ真っ黒な魔術書を構えた。深い藍色のマントが翻る。

――戦闘開始だ。

 仕方なくレイナも剣を、シェインたちも空白の書と導きの栞を構えて戦闘態勢に移った。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ」


 シャドウ・エクスと再編の魔女一行の第一ラウンド。結果は形的には再編の魔女一行の勝利だった。シャドウ・エクスを撤退させることができたのだから。しかしシャドウ・エクスは余裕の表情は崩れず、息を上げている一行に冷ややかな視線を送っていた。


「はは、強い強い。でも今度はもっと手応えのある戦いになることを願ってるよ」


 シャドウ・エクスが楽しそうに笑いながら言う。心にも思っていないことを、とティムは悪態を吐こうとするが、もうそんな力は残っていない。

 シャドウ・エクスが想区を去ろうとしたとき、レイナが立ち上がって叫んだ。きっと彼女にももうそんな力は残っていないだろうに、レイナは、『調律の巫女』はシャドウ・エクスに向かって魂を込めて叫ぶ。


「もう止めて、エクス……っ! お願いだから、私たちのところに……私のところに、戻ってきて……っ!」


 その声は震えていて、今にも泣き出すんじゃないかと心配になってしまう。

 だがそんな彼女の叫びも、シャドウとなってしまったエクスには届かない。


「……さっきも言ったように、いくら君のお願いでもそれは聞けないんだ。どうしてもって言うなら、もっとかわいくお願いしてよ」

「かわいく……って……?」

「うーん、そうだね……。たとえば、レイナが僕にキスしてくれるとか?」

「キ――っ⁉」


 ふざけたように言うとシャドウ・エクスは振り返って、いつの間にか現れた霧の中に消えていった。

 振り返るときの表情がひどく痛そうで、泣きそうに歪んでいたことを、まだレイナ以外は誰も知れない――。

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