空白の英雄の影

雨宮羽依

グリムノーツ

シャドウ・エクスと新生レイナ

第1話

―――混沌を撒き散らし続けた魂はやがて迎えるべき結末を失い、世界もろとも消滅する運命にある。しかし魂の怨念は消えることなく、災禍の影となって霧の中をさまよう。世界に襲来する災禍を鎮める方法はただひとつ。彼の魂と縁がある英雄の力を以って、影に「救済の結末」を与えることのみ…―――


 深い霧を抜けて辿り着いた場所は、見覚えのある空間だった。

 いつもならば沈黙の霧を抜ければ想区の風景が広がっているはずだが、今回は狭いようなのに一行が全員入ってもまだ余裕がある、そんな不思議な空間にいた。淡い光がレヴォルたちの姿を照らす。


「ここは……‘‘泉の祠”か。つまりまた――」

「ご名答です、レヴォルさん。エレナさんたちもようこそいらっしゃいませ」


 鈴を鳴らすような声が聞こえ振り返ると、そこには美しい女神のような――いや、女神キュベリエが立っていた。キュベリエはにこにこと笑い、レヴォルたちの来訪を歓迎する。


「あー……ポンコツ女神さん、悪いんだけどそういうのいらねえ。俺たちがここに導かれたってことは、何か用があるんだろ?」

「ティム、何事もどっしりと構えなくてはなりません。例えそれがどんな面倒ごとだとしても……。急いては事を仕損じる、急がば回れ、というやつですよ」

「あーはいはい。ったく、無駄に長生きしてる年寄りはのんきだな」

「まあまあ。ティムくん、その辺にしときなさい」


 ティムとシェイン、仲の良い義姉弟をアリシアがなだめる。ティムはまだ何か言いたそうだったが、しぶしぶ頷いてキュベリエに向き直った。


「それで、女神さま。今回は一体どんな用件なのですか?」


 一行を代表してパーンが問う。キュベリエは笑顔を絶やさず、しかし緊張感を持った声で答える。


「いいですか? 今からある方を紹介しますが、驚かないでくださいね?」


 一行に緊張が走り、全員が口をつぐむ。今までキュベリエからこんな紹介の仕方をされたことはなかった。

 が。さすが年の功とでも言うべきか。シェインが沈黙を破りキュベリエに返答する。


「今まで割といろいろな新生ヒーローの方と出会ってますから、今更驚きませんよ。ええ、昔旅をしていた頃から合わせれば、それはもういろいろな方と出会ってますからね……」


 言ったシェインの瞳が一瞬だけ潤む。きっと昔のことを思い出しているのだろう。一行は何も言わず、ただその一言で心は落ち着いたようだった。

 その様子を見たキュベリエが一つ深呼吸をしてから一行に告げる。


「それでは、こちらの方を紹介させてください」


 そう言ってキュベリエが連れてきたのは一人の少女だった。

 淡い金色の髪、青く澄んだ瞳、纏う雰囲気は気品に溢れ、どこかの想区の姫を連想させた。

 その姿を見たシェインの瞳が揺らぐ。目に一杯の涙が溜まり、今にも溢れ出しそうだ。


「……久しぶりね、シェイン」


 その声の凛とした響きがシェインの名を呼ぶ。それだけでシェインが自分の知っている彼女だと認識するには十分すぎて。

 今まで我慢していた涙が堰を切ったように零れ落ちる。胸の奥からどんどん溢れ出て自分ではどうすることもできない。


「……姐さ――」

「姉御……っ!」


 ティムがシェインに声をかけようとした瞬間、シェインが叫ぶように少女を呼び、その腕の中に滑り込んだ。


「姉御……、姉御……っ!」

「もう、シェインったら。そんなに泣かないでよ……」


 しかしなだめようとする彼女の瞳も涙で潤んでいる。必死に泣かないよう我慢をしているみたいだが、何かの拍子に止まらなくなりそうだ。

 一連のシェインと謎の少女との様子に疑問を隠し切れない一行はただ呆気にとられている。見かねたキュベリエが少女に頼んだ。


「あの~、レイナさん。感動の再会のところ恐縮ですが、そろそろ自己紹介を……」

「あら、そうだったわね。ごめんなさい」


 少女は瞳に浮かぶ涙を拭うと一行に向き直った。


「……私はレイナ。‘‘調律の巫女”よ」

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