イセカイカクメイ

凪と玄

第一章 異世界 1 『異世界転移は突然に』


 少年はとある田舎高校に通っている。


  加陽 夷月 高校3年 17歳


 ―――突然だが、正直、俺は運命だとか奇跡だとか一切信じていない。

 この高校生活で漫画のような運命的な出会いや、部活動最後の大会での奇跡的な展開からの逆転勝利など起きることは無いだろう。そんなものはアニメや漫画の世界の話。ちなみにアニメは好きだ。

 俺はサッカー部だったのだが、最後の試合は怪我のため補欠、対戦相手は強豪チーム、結果は大敗、奇跡は起きず。

 相手チームにとって勝利は当然だったようでその試合は見せしめ同然。

 最悪のテンションで会場を後にする俺は密かに決意した。奇跡なんて信じない。


 そして運命や奇跡といえば・・・明日、いよいよ学園祭だ。

 俺のクラスの出し物の準備は完了に近づいている。このままいけば学園祭はきっと成功するだろう。

 だが問題はそこではない。そこではないのだ。

 この学園祭は青春ラブコメでは運命的な出会いが起きる高校生活最大の機会だ。

 青春ラブコメでは。そう、先ほど言ったように俺はそんなものは信じていない。あってほしいと思わないでもないが、無いと思っている。

 そもそもこんな田舎の高校で起こってもあまりいいお話になるとは思わない。

 例えば、公開告白だとか、起きたとしよう。

 もし、相手が当人を恋愛対象として見ていない場合どうなるだろうか。

 相手は大衆の前で当人の申し出を断った時、当人に恥をかかせ、どことなく罪悪感を得るだろう。

 だと言って、思ってもない人と付き合うのは嫌ではないかもしれないがそこまで嬉しくないだろう。

 そしてそれからの生活で冷やかしを受けることになる。

 自分に置きはしないと思うが、困るのだ。

 じゃあもう一つ、相手が当人と両想いの場合だ。この場合、能受ともに嫌な思いはしない。

 だが田舎はここが怖い。

 田舎であることで人口が少ない。人口が少なければ容姿端麗な人の人数は少なくなる。少なくなれば彼、彼女らを狙う人の競争率は高くなる。

 つまり、その場でめでたくカップルとなった人に目標を奪われ、陰で憎んでいる人の存在が怖いのだ。憎しみを持った人は何をするかわからない。

 いじめとか、マジ怖い。

 これらの理由から特に田舎の学園祭では公開告白など望み薄なのだ。怖いから。

 俺は運命だとか奇跡だとかは信じない―――はずなんだが・・・



「―――イツキ君」


 目の前の少女がてれてれと恥ずかしそうにイツキの名前を呼ぶ。


「私、イツキ君がね・・・」


 ―――ん、あーれぇ? これは?


 イツキは信じていない運命に不覚にも期待を膨らませ、覚悟を決めたようにごくりと唾を飲み込む。


 時を遡ること五分前。


 イツキは学園祭のクラスの出し物、演劇の小道具を舞台へ運ぶためトラックに積み終わったところだ。


「―――はぁ。やっと終わった・・・片付けがめんどいな」


 一息ついて疲れを忘れようとする。

 イツキは物事に対するこだわりが強く、今回の学園祭も今までと同じように『目立たず楽』に、をモットーに取り組んできた。結果、クラスでの役割は小道具の準備なのだ。

 怪我で休んでいたとは言え、部活動にはまじめに取り組んでいたイツキは、力仕事が嫌いではない。

 ただイツキは他の人の下について働くというのはどうも気に入らない、就職で苦戦するタイプ。

 だが、目立ちたくないという気持ちが強すぎて仕方なくこの仕事を引き受けたのだ。


「もう四時か。あと二十分で帰れるな」


 掛け時計で時間を確認し、クラスメイトが演劇の最後の通しをしているだろう体育館に向かってみた。

 体育館までは割と長い道のりで、普段の学校生活でもそこそこの数の生徒が見られる。

 さらに、この学園祭準備の大詰めといった時間帯は普段の二倍近くの数になる。まるで迷子続出当然のお祭りのようだ。

 こんなところで人を探すのはかなり難しい。しかし、そんな中でも、行き交うステューデンツをかき分け、こちらへ向かう少女が一人いた。


「イツキ君!」


「あれは・・・ヒナタ?」


 やってきた少女はイツキと同じクラスの望月陽向。

 焦げ茶色の瞳と肩下まで伸ばした髪を持ち、若干タレ目で優しそうな顔立ちを持ちながらもどこか子供っぽい雰囲気を出している少女だ。

 イツキとは小学生の時に初めて出会い、それ以来、中学校、高校と一緒で、クラスもずっと一緒だった。

 イツキにとって数少ない女友達である。


「そんな焦ってどしたの?」


 もう秋なのに無駄に汗をかいて、息を切らして、顔を赤くしたヒナタに、イツキが疑問符を浮かばせる。


「あの、イツキ君。ちょっといいかな」


 彼女は上目遣いで申し訳なさそうに聞く。

 イツキは一般女子のこういう仕草は嫌いなのだが、彼女は普段から正直で下心などまったく持っていないため、面倒くさい女だ、とか感じさせない。


「いいけど、どうした?」


「こっち来て」


 そう言ってイツキの腕を掴み、人影のないところへ連れて行こうとする。

 中学のころのある事件から友達が男子のみで女子免疫がほぼゼロのイツキは、割と仲の良い彼女であっても恥ずかしく、周囲の目が気になって仕方ない。

 ヒナタに引かれるまま連れてこられたのは、体育館の横にある用具倉庫前だった。

 ここまで来ると今から起きることを少しだけ予測することができた。

 そして―――


「イツキ君がね、えと・・・その、す、す・・・」


 目をきょろきょろ動かしながら照れくさそうに話し出す。


 ―――まさか、ヒナタさん?


「ずっと前から、イツキ君が、す、すきっ―――」


 少女が決心して思いを伝えようとした瞬間、それは起こった。

 イツキとヒナタの周囲が歪み、二人を取り巻く空間がこの世界から消え、浮遊感と墜落感が襲う。

 

 落ちる、落ちる、落ちる、おちる、おちるおちるおちるおちて―――――――――濡れた。


「―――つっっがごぼぼっ!?」


 突然のズブ濡れ状態と溺死の危機に混乱し、手足をめちゃくちゃに動かして暴れる。

 暴れて暴れて気付く。

 手が固い何かに触れる。足が冷たい風に晒されている。深呼吸はできないが心を落ち着かせ、考える。

 わかっていることは水の中にいること。気付いたことは今のイツキは逆様状態にあるということ。

 ここまでわかればすべきことは簡単だ。

 イツキは体を縮めて足を地面につけ、手を離して体を伸ばす。見事反転。


「―――ぷはっはぁっはぁっあ? あれ?」


 頭が水面から出たとき、足は地面についたままだった。思ったより水深が浅いことに気付いた。大体イツキの腰の高さといったところか。

 とそれより、


「どこだここ?」


 どうやらイツキの落ちた場所は小さいため池のようなところで、それは巨大な噴水から出る水によって完成されていた。

 噴水は大きな壁に付いており人の顔の形を模している。

 無心で吐水し続けるその顔に深く刻まれた皺と荒々しく生やした髭が彫刻のモデルとなった人物の威厳を示す。

 様式はシンガポールのマーライオンのよう。ただライオンがいかつい老顔であるところだけ違う。マーおじさん?


「なんだこりゃ・・・」


 異様な雰囲気を放つマーおじさんにご挨拶。

 水から上がり、髪をかき上げて周囲を見渡す。

 石のブロックで舗装された地面、同じく石のブロックでできた壁、その壁には水を吐き出すマーおじさんの巨大な顔が―――


「―――ヒナタ!」


 そこへ視線を移すと、老顔から水とともに先ほどまで一緒にいた少女、ヒナタが吐き出された。

 イツキは急いで彼女を水から引き上げ、意識と呼吸の有無を確認する。


「呼吸も意識もあるか・・・。まずは濡れた服をどうにかしないとだよな。―――ヒナタ立てるか?」


「・・・イツキ君。ここは?」


 目を開き、イツキと同じように咳き込んだヒナタが一気に不安の色に埋めつくされたのを感じる。


「わからない。けどとにかく上着だけでも脱いで乾かさないと風邪を引いちまう。わかってることは後で伝えるから」


「うん・・・」


「・・・あ」


 とあることを思い出す。

 混乱で忘れていたが、たったさっき、ヒナタはイツキへ想いを伝えようとしていたのだった。

 イツキはヒナタの想いを大体理解していた。その上で彼女に服を脱ぐように指示をしてしまい、恥ずかしくなって固まる。そもそもセクハラ行為同然だ。


「あ、えーと、服だよね」


「いや、無理しなくても、女子だし、嫌なら別に」


「上着だけなら大丈夫だけど・・・」


 沈黙の後、思い出したかのようにヒナタが話し出し、焦りを隠しながらイツキもそれに応じる。

 まだ子供であるから、とお互いに思ったことだろう。

 服を乾かしている間にイツキの知り得る情報を教える。と言っても、イツキも先ほどこの場所に飛ばされてきたのだから特別なことは知らない。

 教えられることは、


「どうやら俺達はあの怖い顔の形をした噴水から吐き出されたっぽい。―――それとここなんだが・・・日本じゃないことは確かだな」


 イツキは噴水のある壁とは逆の方向を指し示す。

 そこには大きな港があり、繁華街がある。繁華街の建物はすべて石材でできており、どれも古びて赤く染まっている。

 通路は出店と人ごみで埋めつくされ賑わいを見せていた。

 まるで中世ヨーロッパの街並みのようだ。

 イツキとヒナタのいる場所はこの港町の上に位置する崩れた建物の一部。


「町に下りて情報収集しときたい、って思うけど、離れると何があるかわからないから一緒に」


「・・・うん、そうだね、このままここにいてもどうもなりそうにないもんね。宿とか見つけておいたほうがいいもんね」


 現状打破の提案を出したイツキに対し、ちょっと間を置き決心したように前向きな返事をしたヒナタ。

 それを見て安心したように息を漏らして船の行き交う海を見つめる。

 時間は経ち、まだ明るい光が沈みかかっている。

 ここはどこなのか。日本に帰るにはどうすべきか。何が起こっているのか。

 考えることは多く、不安もある。しかし、このままでいても状況を変えることはできない。


「よし、行こうか」


 イツキは「ふぅ」と深呼吸をしてヒナタに出発の言葉を言う。

 鳥の鳴き声、噴水から落水音が聞こえ、緩やかに冷たい風が吹く中、町へ向かう二人の靴が音を奏で始めた。



 ここから始まる二人を取り巻く物語は、いずれこの世界のすべての人に語り継がれることになる―――のだろうか。


 イツキはもう一度この場所から―――――――――


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