40頁:ダンスは正直苦手なんだ

 アシェンプテル。

 むかしむかしあるところに、妻に先立たれた男と一人の娘がいた。

 二人で身を寄せあって暮らしていたが男は別の女と結婚をし、連れ子となる二人の姉が娘の前に現れる。

 女とその連れ子となる二人の義理の姉から妬まれた娘は、召使同然の生活を強いられていた。

 やがて娘は寝床も奪われ、女と姉達から「灰かぶり」と呼ばれるようになった。


 とある日に男が出かける事になり、娘達に土産は何がいいかと尋ねてきた。

 二人の姉が真珠や洋服をねだる中、娘はただ一人「お父様の帽子に最初に当たった小枝」をねだる。

 そして父はその通り最初に当たったハシバミの木の枝を与え、娘はそのハシバミを死んだ母の墓の上に立て大切に育てた。

 やがてその木は大きく育ち、娘は木の前で毎日のように神様へ向けてお祈りをするようになった。そして神様がそれに答えるように、いつしか一羽の小鳥が現れ娘が望んだものを与えるようになった。


 またある日、城に住む王子様が花嫁を探すため三日間舞踏会を開くとの事で、二人の義理の姉は着飾って出かける準備をしている。もちろん、王子様に見初められたくてだ。

 娘も行きたいと申し出たが連れて行ってもらえず、女は「暖炉にばらまかれた豆を集められたら許す」と到底無理な事を言い出した。

 母の眠る木の下で泣き続けていると、沢山の小鳥がどことなく現れ豆を集めるのを手伝ってくれる。

 あっという間に終わった娘だがそれでも女は許しを与えず、結局娘を置いて三人で舞踏会へ行ってしまう。

 また娘が木の下で泣いていると、今度は小鳥達が綺麗な靴と豪華なドレスを与えてくれた。まるで、このドレスを着て行きなと言っているように。


 さて、小鳥からもらったドレスを身にまとい舞踏会に着いた美しい娘、シンデレラはたちまちみんなの注目を集める。

 王子様も例外ではなく、踊りに誘い彼女の虜になっていった。そうして夢のような時間を過ごしているうちに、シンデレラは時の経つのも忘れてしまっていた。

 やがてダンスが終わるとシンデレラは逃げるように王子様から離れ、王子様はもちろん女や姉達見つからないように家へと帰った。   

 そして次の日も同じように、与えてもらったドレスを身にまとい会場中をとりこにした。

 彼女とお近づきになりたい王子様はダンスが終わるとすぐに追いかけたが、今度は木の上に登り隠れ、そのままこっそりと家に帰ってしまう。

 最終日である三日目は、小鳥達がドレスに合わせ純金の靴を用意してくれた。

 それらを身につけ前の日と同じように舞踏会へ踊りに行ったシンデレラだったが、同じように帰ろうとすると階段でうっかり純金の靴を片方落としてしまう。

 それが、王子様が塗ったタールのせいだなんて気づかず。


 どうにかして彼女を探し出したい王子様はその靴を手に街へ行き、こうおふれを出したのだ。純金の靴がぴったり合う女性を自分の妻にする、というとびっきりのおふれを。

 それに便乗した身分の高い女性達は、王子様のいる街の広場で次々にガラスの靴を試してみたが純金の靴がぴったり合う女性はいるわけもなく。

 娘の姉二人も試したが、一番上は親指が入らなかった。

 すると女は姉の耳元で、意地悪にささやく。


「どうせ妃になれば歩かないのだ、その指はいらないだろ?」


 言われるままに指を切りシンデレラだと名乗った姉だったが、城への道中木の前を通るとそこに止まっていた白い鳩が二羽、彼女はシンデレラではないと叫んだ。


「シンデレラならぴったりのはずだ、なのに血が出ているぞ」


 次に履いたのは下の姉だが、今度はかかとが入らなかった。上の姉と同じように言われるままかかとを切り落とした姉はシンデレラだと名乗るが、また同じ場所で二羽の鳩がこう叫ぶ。


「そいつも違う、だって血だらけじゃないか!」


 本物のシンデレラがわからず王子様が途方に暮れていると、王子様の元へ娘が現れ私にも試させていただけませんか、と申し出た。

 姉達は召使風情が何を言うか、と大笑いをしたが王子様は藁にもすがる思いで娘にも履かせる事にした。

 すると、どうだろうか。純金の靴はまるであつらえたようにぴったりだったのだ。 

 娘――シンデレラはおずおずともう片一方をポケットから取り出し、そっと足を入れる。

 王子様は、顔を見てこの方こそ探していた女性だ、と確信し女や姉達をよそにシンデレラをお城へ連れ行く。


 王子様はたいそう喜び、数日後にシンデレラと結婚式をあげる事になった。

 女と姉達もその幸せにあやかろうとし二人の両脇に寄り添ったが、そこに鳩が二羽やってきて三人の目玉をつつき出してしまう。


「嘘つき目ん玉、嘘つきにはいらない」


 こうして娘はシンデレラとして幸せに暮らし、女と姉達は一生目が見えなくなってしまったとさ。


 ***


 きっと最初から、わかっていたんだ。

 記憶が曖昧な理由はもちろん、この〈トラウマ〉も力も。

 俺は、怖かったんだ。

 この力で世界から嫌われるのが、周りの読み手や仲間が離れるのがたまらなく怖かった。

「けど、みんないないから……ノーカンだよな!」

 握った拳に力を込めて、心の底から咆哮する。放った言葉は暴力的に飛び出すと、俺自身の記憶達が束になり三人に向かっていくのが見えた。

 流れる、流れる記憶は濁流のように押し寄せ溢れ出す。

 溢れ出して、貫いていく。

「あぁ、想像以上の力だね灰村……僕はこれが見たかった、時間を止めるだけの〈トラウマ〉ではない、本気の君が!」

「ただの精神干渉だ、どうしてこんな〈トラウマ〉がほしいんだ……」 

「君はわからないんだ……その〈トラウマ〉は、世界を書き換えれる。あった事がなかった事に、なかった事があった事になる……あぁ、やはり君は最高だ、僕は君がほしいだけなんだ!」

「それでも、人を傷つけるのは間違っている!」

 押し返すように、俺の心だけで押し潰してしまうように力を込める。

 俺から溢れたそれらは目の前の三人めがけて流れ、巻きつくようにぐるりと勢いがついていく。人間の恐怖を引き出し止まる事なく流し続け、干渉する。確かに、こいつは悪夢だ。

「俺にとってあの世界はすべてが地獄だった……姉さんやお母様からのいじめも、俺なんかより姉さん達を可愛がったお父様も、あの時俺を逃がさないために靴が脱げるよう細工した王子も……自分の身体を傷つけてまでして花嫁になろうとした、人間の醜さも」

 けど、本当は違う。

 確かに怖かったし悲しかった。すべて〈トラウマ〉ではあるが、俺が何よりも恐ろしかったのは――


「あの綺麗な鳩達が、赤く染まった瞬間」


 誰よりも美しかった白い鳩が、生々しい血の色になる。何よりも汚らわしかった、あの姉達の血で。

「綺麗だと思っていた世界が、別のものに支配される。その苦しみが、お使いにわかってたまるか……『白い鳩は、赤く飛べ!』」

「おまけにこっちはタイムラグがないか……平和ボケした〈キャスト〉を絶望に叩きつけるにはいいけど、相手にすると分が悪い……いけるかな、ハーメルン」

「お任せを」

 何を目の前の奴らが企んでいるかわからなかったが、俺には関係ない。

 力を込めて逃げられないように狙いを定めた――が。

 

『白い鳩は赤く飛べ!』

『嘘つきは絶望の始まり!』


 突然、耳に民族的な笛の音が響き俺の〈トラウマ〉達がかき消されていく。

「なっ……!?」

 その音は、明らかにハツカネズミ研究会の前で襲われた時に聴いたものと同じで。

「それが、お前の〈トラウマ〉か!」

「ご明察、これがわたくしめの〈トラウマ〉、約束を守られなかったハーメルンの笛吹き」

 ハーメルンと名乗るそいつはピエロのように笑うと、ひらりと右手で笛のジェスチャーをしてきた。

「この〈トラウマ〉は対象を別の場所に移動させ、その場所からなかった事にするもの……簡単な話が、テレポートだよ」

「俺の〈トラウマ〉を、移動させたってわけか」

 こいつはまた、相手をするにはめんどうな〈トラウマ〉だと思った。

 今の俺は明らかに攻撃型だが、それを吸収されてしまえばいつもと変わらないただの無力の〈キャスト〉だ。これじゃ、せっかく有利だった戦況が一気に逆戻りになってしまう。

「八王子お前……人数増やすのは卑怯だぞ」

「なんとでも言ってくれ、それくらいに必死なのが伝わるだろ?」

 わかってくれたなら仲間になってくれよ、と笑う八王子は静かに俺に近づくと、ちなみにねと言葉を続けた。

「僕の〈トラウマ〉は、人探しじゃないんだ」

「は……?」

 何を言っているのか、わからなかった。

 警戒心は解かずに目を白黒させていると八王子は右手を頭上にかかげ緩く不気味な笑顔を貼り付ける。

「僕の〈トラウマ〉は散々王子にこき使われて身につけてしまった、この嘘ばかりの心と表情……」

 その声は、獰猛で禍々しく。


『我らが王の、仰せのままに!』


 瞬間、コンクリートで固められた世界に命が芽吹き不気味に蠢き始める。

「これは……」

「僕の〈トラウマ〉だよ。一定の空間を僕のフィールドにし、その中での事を外にはもらさず対象を探知する力……」

「そんな、箱庭みたいな場所」

「作れるんだなこれが、あのくそ王子のおかげでさ……それにこの〈トラウマ〉は便利でね、ほらあそこ」

「あそこって何が……って、は?」

 八王子の見つめる先。

 なんの事かと思い俺もそちらを見ると、そこにはどうしてだか、さっきまであったはずの両開きの扉が消えていたんだ。

「こうやって、中からも外からも隠してしまう事ができる……便利だろ?」

「……あぁ、めちゃくちゃに迷惑」

 これじゃ俺、逃げる道がないだろ。

 さてどうしようかと肩を落としていると、じゃあ続けようか、と八王子はゆっくりと近づいてくる。

「君は帰りたい、僕は君がほしい……ならば、この争いは正当だと思うんだけどな」

「……俺は、友達とは戦いたくないんだけど」

「そんな甘い事を言える優しさも、僕はほしい」

 だめだ、こいつ俺の話を聞いてない。

 冷たい鎖で括られ逃げられない、絶体絶命の状況に背中を冷たい何かが伝った、その時。


「なぁイーア……先に、俺とやらせてくれよ」


「……は?」

 俺と八王子の間に割って入ってきたリーに顔をしかめると、そいつはいやさ、と笑いながら俺の事を見つめてくる。

「あんちゃんには借りがあるからな……このまま仲間に引入れるなんて、正直俺の気が収まらないよ」

「仲間になるなんて一言も言ってないけどな」

 何か間違っているぞ、お前。

「どうする、あんちゃん」

「どうするも何も……」

 壁にかけられた時計を探して見ると、針は一番上を指していて。もうすぐ昼すぎ、劇までに間に合うにはこいつらに倒してすぐに向かうしかない。

 だから俺は溜息をつき、肩を回して前を見つめる。

「……やるしかないんだろ、わかってるよ」

「さすがあんちゃん、俺そういうこと大好き」

「俺は大嫌いだ」

 わかったよ、目の前のこいつを倒せばいいんだろ。

 あの時の、あの夜の始まりである出会いのリベンジだ――今度は、会長がいなくても大丈夫なはずだから。

 

「さぁあの時の続きだよ、灰だらけのあんちゃん……俺と踊ってくれ!」

「丁重に御遠慮させてもらうよ!」

 



 

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