34頁:やっぱりおかしいだろ!

「いや、どう考えてもおかしいって!」

 文化祭も目前に迫った、そんな日の体育館。

 そこにはただひたすらに、俺の叫び声が響いていた。

「うるさいぞ、灰村」

 悠々と月乃が淹れた紅茶に口をつける会長はいかにも嫌そうな顔を作りながら俺を見ると、一応聞いてやるよ、と小さく言葉を続けてくれた。体育館で何飲んでんだよとは言いたかったが、そこにはツッコまないでおこう。

「そのさ、絶対俺狙われすぎだろ」

 あの日の塗料缶の一件から始まった俺の身の回りでの異常は、どう考えても俺の事を狙っているとしか思えない。それに、ここ最近に至っては見張られているような視線も感じる。

 気味が悪いなんて言葉じゃ終われない、確かに俺の知らないとこで何かが動いている気配をここ数日嫌というくらい実感していた。

「俺もここまでか……」

「日頃の行いが悪い」

「お前俺の事ご主人って言う割に辛辣だよな」

 精一杯の皮肉を込めながら睨んでやって、肩を落とす。日頃の行いで終わる話なら、とっくの昔に納得しているさ。

「けどさ、塗料缶と衣装紛失……挙句の果てに電球が落ちてくるなんて、どんなサスペンスだよ」

 そう、あれから俺の身の回りでの異変は変わらなくて、むしろ悪化を辿っているくらいだ。

 衣装紛失騒ぎの後は老化とかで体育館の電気が落ちてくるし、クラスでだってやけに俺の周りの物だけがなくなっていた。

「はいむらなるるん殺人事件」

「二時間にもなりませんね」

「おいそこ」

 失礼極まりないぞ。

「ほらお前ら、騒いでないで練習しろ」

 馬鹿みたいな話で盛り上がっている中で美国先生の声が聞こえ、俺達五人はあからさまに嫌そうな表情を作りながらも小道具の準備を始める。

「お前も早くしろ、シンデレラの王子様の使い」

「うるさい、男爵」

 切り株を模した段ボールを貼り付けた椅子が、壇上にぐるりと五個。

 渋々そこに腰を降ろすと、会長は本当に楽しそうな顔で俺達の事を見回し珍しく歯が見えるくらいに笑っていた。いつもは静かに鼻で笑うだけなのに、こいつは本当に子どもっぽい。

「いいかお前ら」

 一拍、呼吸なんかよりも静かで星が瞬くよりもゆっくりした時間が流れる。

「こんな突貫工事のメンバーで演劇がここまでできるとは、僕も思っていなかった。感謝する」

「王様、まだ終わっていませんよ」

「締めの言葉にはまだ早いな」

 ふざけた言葉を添えて、笑ってやる。

 それぞれクラスや委員会と並行していたから時間はなかったけど、最近はようやく形になってきたんだ。俺達だって、練習は楽しく感じているよ。

「よし、じゃあ練習を始めよう」

 掛け声はもうこの数週間で何度も聞いたやつで、俺達はわかってるよと言わんばかりに首を縦に動かした。

 今回のあらすじは、童話のちょうど真ん中辺り。すべての童話が交差する森の中で話が始まる。


 主人公ではない者達は夜な夜な集まり、メインキャラ達に対する愚痴を親である書き手グリムにもらしていた。そんな中に、一人の主人公キャラ赤ずきんが迷い込み「主人公の愚痴も聞いてよ」と混ざりそれぞれの童話の内容を深く読み解くストーリー構成だ。

『私なんかひどいのよ、狼さんの唾液でベタベタ!』

『いや、それを言うなら俺なんか鬼の城に住んでいる設定にされたんだぞ』

『私なんか、きられたよ! あと少しで中の赤ちゃんもろともばいばいだったよ!』

「全員私怨が入っているけどな」

「なるるんそれ内緒」

 いや、仕方ないだろうけどさ。

 思っていた以上にはちゃめちゃな内容に乾いた笑いを浮かべていると、隣にいた海里から次は成だぞ、と耳打ちされる。

『……その点俺は比較的楽だ、なんて言ったって最後にシンデレラを探し回っていただけだからな。それに王子だって、あんなに喜んでいたんだ』

 与えられた言葉達は俺の知らないシンデレラだったけど、きっとこれが一般的なシンデレラなのだろう。そりゃ、俺の中のシンデレラなんて小さなものだから少し考えればわかる事だし、そもそも俺が本当にシンデレラかはわかったものじゃない。

『じゃあお使いさん、あなたはきっと幸せなお話だったのね』

「そりゃ……」

 きっと悪気のないその言葉はまさにその通りで、俺はセリフだってわかっていても言葉を詰まらせてしまった。

『そうだね、俺はどんな童話よりも幸せさ。幸せで……』

 そこで、ふと何かが頭の中をよぎる。

 読み手であり、〈キャスト〉である。それもとびっきりのイレギュラーな、記憶がない〈キャスト〉。周りは何者か自身でわかり自分の弱みを、〈トラウマ〉を理解しているのに。〈克服〉ができる以前の問題である俺が、こんな他の童話よりも幸せなんて言う価値があるのだろうか。

「…………」

「……灰村?」

 現実に意識を戻すと、美国先生を含めた五人が心配そうな目で俺の事を見ていた。だめだ、練習中なのに迷惑をかけては。

「……いや、なんでもない」

「嘘つけ、顔色が変だ。少し休憩にしよう」

 このお見通しグリムめ。

 会長の号令と共にそれぞれ水分補給や御手洗に散る中で、俺はどうしていいのかわからず下を見ていた。そんな、これじゃ俺が足を引っ張っている。

「……切り替えなきゃ」

 首を振って、深呼吸。

 もやもやした心を飛ばすように頭を振っていると、ふらりと横に目を細めた会長が寄ってきた。

「灰村、さっきはどうしたんだ」

 あぁほら、すぐこいつはさ。

「なんだ、悩みがあるなら言ってみろ」 

「悩みなんて」

「隠すな、丸見えだ」

 丸見えなんてそんな、これでも表情には出していないつもりだったけどな。

「……別に、本当になんでもない」

 これ以上研究会に迷惑はかけたくないから、心なしか強く言ってしまう。

 会長もそこら辺は歳上だし大人だ。それ以上は聞かずに、そうかとだけ呟いて俺に背中を向けていた。

 けどその姿が、〈アクター〉だとわかってしまった今ではなんだか申し訳なくて、心が痛くなる。

「……あのさ、会長」

「なんだ」

 どうしてだろう。どうしてだかわからたいけど、ふと言葉が溢れる。

「……文化祭は人が沢山くるから変な奴も多いって、クラスの奴が言っててさ」

「だからどうした」

「いや、その……」

 そう言ってしまわれればおしまいだけど、それではただの変な奴だ。俺だってイレギュラーだらけだけど、これでも〈キャスト〉で。だから目の前の悲しい運命を背負った読み手を、俺は守りたい。


「……俺だって居候でも研究会の人間だから、何かあったらすぐに呼んでくれよ」


「……何を言い出すかと思えば」

 今お前、鼻で笑っただろ。馬鹿な俺でもわかったぞ。

「あのな会長、俺は真面目に」

「そうやって僕を心配するのは結構だが、お前は童話殺しに殺されるなよ」

「うっ……」

 ごもっともだよ、この野郎。

「話がそれだけなら、練習するぞ。心配して損した」

 肩を落としながらその様子を見て、溜息一つ。もっと自分を大切にしろとか、なんでそんなにも飄々といられるんだとか言いたい事は沢山ある。

「……俺、弱すぎだろ。〈トラウマ〉も、性格も」

 今も誰かに見られている気はしたけど、それよりも大きな不安が俺の中にはあった。

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