23頁:平和にいこうぜ

 立ち入り禁止、と無機質な字が書かれたプレートと扉の向こう。世間一般的に屋上と言われるそこで俺と海里、豆原は運動場を眺めていた。

 普段はガラの悪い不良の溜まり場になっているここも今日はやけに静かで、話をするにはちょうどいい。

「で、成は答えが見つかったのか?」

「こいつ……」

 絶対俺がわからないからって、余裕こいてやがる。

「ひとまず、昨日の話を合わせてわかった事はあるぞ」

 そう、昨日の辞めさせる宣言の後で一通り豆原から聞いた事がある。自分の〈トラウマ〉を〈克服〉するためにやった事と、その要因達について。

「ハープに叫ばれたから演奏会へ、食べられそうになったから鬼の形をしたお菓子を食べ尽くす。豆を投げられたから節分……はちょっと違うと思うけど。けどやっぱりシンプルなのは昨日の話の通り、高所恐怖症を治す事が早いと思うんだ」

「だから、屋上と」

「今絶対安直だなって思っただろ」

 そうだよ、俺だって思っているさ。

「高所恐怖症を、治す……治せば僕も」

「ほら、本人はやる気だぞ」

「自信に満ちた顔をするな、今日中に終わらせなきゃ本当に辞めさせるからな」

 そんな事、わかっているよ。

 でもここで〈克服〉ができなきゃ、俺だってプライドが許さない。

「確か、〈克服〉は……」

 記憶の底から引っ張り出したのは、香嶋と写真部兼ハツカネズミ研究会の真紅から聞いた〈克服〉について。

「自分の〈トラウマ〉を〈克服〉する、縛られている呪いから〈トラウマ〉を知る事……」

 俺の場合は、時間が止まる事。

 月乃の場合は、月へ還る事。

 香嶋の場合は、あのお菓子の家での日々。

 ならばジャックと豆の木である豆原にとって、自分の身体が蔦になる〈トラウマ〉とはなんだろうか。

「蔦ってなると……豆の木自体?」

「けど僕、あの豆の木には特に何も感じていなくて……むしろ感謝しているくらいなんだ」

「んん……それは謎だな」

 あと残されているのはこれしかないと思うが、なんだか作中での豆原の心理と噛み合わないのが引っかかる。

「……けどまぁとりあえず豆原、運動場覗いてみるか」

「の、のぞっ!?」

「こら成、それはいくらなんでも荒治療だ」

 ならどう治せって言うんだ。

 昨日帰ってから調べたが、高所恐怖症には目的がある場所へ行くのが一番だと書いてあった。ならば目的を〈克服〉と定めるのが、一番の得策だと俺は――

「……あれ?」 

 なんだろう、今の、違和感は。

「成?」

「……」

 わからない、理由はわからないけど、すべてが俺の中で引っかかりぶら下がる。

「わ、わかった……覗いてみる!」

「お、やる気になったか!」

 俺に押されるように豆原は気合を入れると、おそるおそるではあるがゆっくりとフェンスに近づき顔を出す。

 強い風に晒されるそこはあまりにも不安定で、その類の恐怖症を持たない俺でも怖いと思えてしまう。

「ど、どうだ?」

「怖く、ない、です」

「本当か!?」

「馬鹿、強がりを鵜呑みにしてどうする」

 すかさず後ろから海里に頭を叩かれ、溜息が聞こえる。知ってるよそれくらい、こんな事じゃ恐怖症は治らない。

「じゃあ、いっその事バンジージャンプ……?」

「お前遊んでんだろ」

 俺はいたって真面目だ。

 残念な事にあまり頭がいい方ではない俺にとってこれは必死に絞り出した解決策で、正直これ以上思いつかない。

「降参か?」

「……待って、まだ」

 本当なら降参したい気持ちでいっぱいだ。そもそも、一日で解決をするってのが無理な話だ。だって〈克服〉は簡単なものではないって、それくらい俺でもわかるから。

「……けど、研究会はまだ、辞めたくない」

 俺が何者か、俺が童話殺しから狙われる原因になった〈アクター〉が何かわかるまで、辞めるわけにはいかないんだ。

「だから俺は、豆原を絶対〈克服〉させてやる!」

「灰村くん……!」

「そのだから、にどんな意味がこもっているかは触れないが、ここからどうする気だ?」

「そ、それは……」

 もちろんノープランだ。

 だって、俺自身が〈克服〉をできていないのだ。どうやって他人の〈克服〉を手伝えと言うのだ。

「やっぱり灰村くん、会長に手伝ってもらった方が……」

「っ……!」

「そうだよ、香嶋も会長なら強制的にできるって」

「だめだ!」

 横槍が入ったのは俺からではなく、海里から。あまりに大きな声だったそれに顔をしかめると、海里はもう一度静かにだめだ、と呟いた。それがなんだか、気に食わない。

「あのさ、お前俺に解決させたくないのはわかるけど会長に頼っちゃだめなのはあんまりじゃないか?」

「違う、そうじゃない」

「じゃあなんだってんだ」

「あいつに頼ったら、豆原がニセモノになる」

 月乃の時も思ったが、こいつはやけにニセモノってのを気にしている。それが俺の中で疑問になり、静かに質量を増していた。

「なぁ海里、ニセモノって」


「なーんかいるじゃんよ」

「二年か、誰だおめぇら」


 瞬間、言葉が遮られ聞き覚えのない声が響く。

「……あ?」

 立ち入り禁止のプレートがかかっていたはずの扉を越えて入ってきたのは、三人の男子生徒。どいつもこいつも校則なんて守ってない格好で、制服だって改造されている。どうやら、ここをたまり場にしているガラの悪い連中らしい。

「うわ……制服の着崩しダサ」

「パーカーで着崩しているお前には言われたくないと思うぞ」

「制服にマフラーのお前もどんぐりの背比べだけどな」

 だめだ、これじゃ豆原以外全員校則違反じゃないか。

「ここは俺達の場所だ、二年は帰れ」

「か、海里……」

「下がってろ」

 後ろへ無理やり下げられ豆原と様子を見ていると、海里はゆっくりと呼吸を整え右手を静かに三年生へ突き出す。

 それはまるで、騎士のように。


「おうおう……この長日部海里がお前ら全員相手してやるよ!」

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