12頁:ひとまず結成どうぞよしなに

「……何が目的だ」

「なにって?」

 研究会から連れ出された廊下で、俺は一歩前を歩く香嶋に問いかけた。

「別に理由なんてないよ……灰村くん、王様の事苦手でしょ?」

「……好きではない」

 そりゃ、あれだけ振り回してくるような奴好きになるのがおかしい。少なくとも、俺はそう思うけどな。

「だから連れ出してあげたのよ、私に感謝しなさい」

「……香嶋って、教室の時とキャラ違うよな」

 俺達クラスの男子が持つ香嶋のイメージは、もう少し大人しめの物静かなものだ。

 饒舌ではなくクラスの女子と楽しそうに笑っているイメージが俺としてはあったが、今の彼女にそれは見る影もない。

「灰村くんにそう見えるなら、そうなんじゃない?」

 ほら、そういうとこだぞ。

「んんけど、それだけが理由って言ったら嘘になるかもね」

「……?」

 続いた言葉の意味がわからなくて、眉間にしわを寄せる。なんだ今の、意味深な言い方。

「手伝ってほしいのは、本当の話。灰村くんなら見つけてくれるかなって」

 買いかぶりすぎだと、そう思った。

 俺は読み手として育った人間だ、それ以上でもそれ以下でもない。だから、期待するだけ損だと俺は思うのだ。

「灰村くんは、もう少し自分に自信を持ってもいいと思うわ」

「そんなまさか……俺に自信なんて、無縁だよ」

「どうだかね」

 そんな含みのある言い方をされても、無縁なのは無縁だ。

「そういう香嶋は、自信満々だよな」

「あら、そう見える?」

 憎まれ口を叩いて見れば、戻ってきたのは満更でもない声で。お前、それ褒められていると思ってるだろ。

「さっきのだよ、会長に啖呵切った根拠はあるってやつ」

「……あぁ、なんだその事ね」

 俺に質問の意図を察した香嶋は、途端につまらなさそうな顔でそっぽを向いてしまった。悪かったつまらない質問で、気になったからしょうがないだろ。

「言ったでしょ、私だって証拠もなしにあんな事言わないわ。ましてや相手は王様よ、変な嘘をついてもバレるだけ」

「じゃあ、どんな証拠が」

「はい、これ」

 言葉を言い終わる前に渡されたそれはごく普通の白い封筒で、それを俺に差し出しながら香嶋は悲しそうに笑っていた。

「中、見てくれる?」

 そんなもったいぶりながら渡されてのは怖いものがあるが、見るしかない。恐る恐るその封筒を開き中に入っていた紙を見ると、そこに書いてあったのはひどく無機質な文字が踊っていて。


 どうか僕を、探さないで。

 グレーテルの生きる道を。 ヘンゼル


「これって……!」

 そこに書かれた名前は正真正銘、グレーテルの兄であるヘンゼルの名前で。紙の上に踊る短く冷めた一文に、俺は隠す事なく目を丸くして驚いた。

「それが、昨日下駄箱に入っていたの」

「ならどうして、あの時会長に」

「それは、だめなの」  

 遮るように響いた言葉に、無意識に肩が揺れた。何がだめなのか、俺にはわからない。

「王様は、あの人は〈キャスト〉全員の味方で、平等だから……そんな、ヘンゼルが探さないでほしいなんて言ったら、手伝ってくれなくなる」

「……平等」

 童話達の始祖の一つ、グリム兄妹。

 確かに、片方に肩入れしては不平等になってしまう。あの眼鏡も、ここら辺は苦労してるようだ。

「……なぁ」

 だから俺は、この話を切り別の話題を投げつける。

「香嶋はヘンゼルに会って、何がしたいんだ?」

 我ながら、一番無難だと思った。

 だってそうだろ、会長に頼み込んでまで探している兄だ。きっと何かをしたいに決まっている。

 少しばかり自信ありの質問と共に香嶋の顔を見れば、そこにあったのは――

「……あれ?」

 予想以上に思い詰めた顔の、香嶋がいた。

「……私は」

「いや、そんな真面目に答えなくても」

「違うの、灰村くん聞いて」

 何が違うか、正直に言うさっぱりだ。

 聞いて、と念押しで言われた言葉に何も言い返せず待っていると、呼吸を整えた香嶋がゆっくりと口を動かす。


「私はヘンゼルに会って、謝りたいの……」


「謝り、たい……」

 俺の記憶が正しければ、童話内でヘンゼルとグレーテルは仲がよかったはずだ。謝りたいなんて、そんな話は今のところ聞いた事がない。

「いいの、灰村くんは知らなくて」

「なんだよ、それ」

 少しお茶目なウィンクを添えて笑う彼女は、何度でも言うが教室では絶対に見る事がないだろう。

 ここに関しては、ハツカネズミ研究会の居候でよかったと思うよ。きっと教室で静かに笑う奴だと思っていたら、こんな表情は見えなかっただろう。

「それにしてもどこなの……早く会いたいわヘンゼル」

「……」

 イメージが変わるのも、いささか複雑な気持ちになるけどな。

「灰村くん、今何考えた?」

「ナニモカンガエテナイ」

 触らぬ〈キャスト〉に祟なしだ。

 これ以上話しては俺にも話が飛んできそうで答えずにいると、じゃあさ、なんて少し嫌なニュアンスの言葉が聞こえる。

「そういう灰村くんは、どうなの」

 ほら見ろ、墓穴を掘った。

「な、何が」

「研究会よ。メンバーとは言わず居候なんて言葉を使うのだから、何かわけありでしょ」

 鋭いとこをついてくるクラスメイトだ、その疑問は正しいよ。

「別に、まだ〈克服〉していないから世話になっているだけで」

「この年齢で〈克服〉していないのも驚きだけど、それだけじゃないでしょ」

 だめだ、どうやら誤魔化せないらしい。

 諦めから漏れた溜息をお供に、観念したように肩をすくめて見せた。そんな聞いたところで、何も得はしないだろうけど。

「俺のはどこにでもある話だ……後天性の〈キャスト〉で記憶も断片的。おまけに童話殺しに狙われてい身だ、それで会長が面倒を見るって」

「童話殺しに狙われる時点で、どこにでもあるわけではないでしょ」

「ほっとけ」

 ごもっともだよ、俺だって薄々思っていたさ。

「けど、おかしな話ね」

「おかしい?」 

 話の途中で香嶋から投げられた言葉に、思わず首を傾げる。何がおかしいのか、見当もつかない。

「灰村くん知らないの、基本的に〈キャスト〉の記憶は鮮明なのよ。私だって、あの森の匂いや風、魔女の笑い声も全部覚えている」

 嫌な事もいい事もね、なんて笑う彼女の表情がどこか痛々しく、返す言葉が見つからない。

「だからおかしいと思ったのよ。それに時間を止めるのが〈トラウマ〉なんて、シンデレラなのにおかしな話ね」

「きっと童話の中での俺は、ダンスが苦手だったんだよ」

「まさか、それじゃ読み手に広まっている絵本が別物になっちゃうわ」

 だってわからないじゃないか、俺の記憶にはその時のものがない。だから、それが正しいかは誰も知らない事だ。

「世界なんてわからない事だらけよね。読み手の世界なんて、特に」

「そう、だな」

 俺からすると、読み手としての記憶のがはっきりしている分そうとも思わない。それがなんだか申し訳なくて、思わず目を逸らした。

「まぁいいわ」

 不毛な話だと思ったのだろうか。俺の顔に背伸びしてクスクス笑う彼女はそれこそ絵本から飛び出してきたような雰囲気で、性格さえ知らなければ恋に落ちてもおかしくないだろう。もちろん、性格は知らない前提の話だが。


「じゃあ、今日は一日付き合ってもらうわよ――シンデレラ」

「はは……その名前で呼ぶのはやめてくれ、グレーテル」


 そんな言葉を交わして横目に彼女を見る。

 一日だけの俺の相棒は、少しわがままだけど笑顔の似合う奴だった。

 

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