第4話 コミュニケーションは難しい

「………」

「……リン」

「………」


 放課後、ケイたちは昼休み訪れたミーティングルームにいた。そして、今現在ケイとティアの目の前では小さいテーブルに顔を突っ伏した状態のリンの姿が映っていた。やはり、午後の実技講義が効いたようだ。

 ケイとティアはどうフォローしたいいのか分からず困った表情で見合わせる。憧れのサラに醜態を晒した挙句、魔導士として致命的な欠点を言われたのだ。落ち込むのも無理ないだろう。だが、このままという訳にもいかない。正式にチームとした動き出した今、ケイたちにはチーム活動をする義務がある。これを無視していたらただでさえ低い成績が悪化してしまう。今日中に一つくらい依頼を受けなければならない。

 なおも顔を上げないリンに対してケイは慎重に口を開いた。


「あぁ~、まぁ、気にするな。別に絶対に改善されないなんて言われていないんだろ。これから頑張って訓練すれば大丈夫だろ」

「そ、そうだよリン。これから頑張ればいいんだから!」

「………」


 選びに選び抜いた慰めに反応を示さない。これまでの言動から見て、ケイに文句の一つでも言い放ちそうなものなのに。重傷みたいだ。

 こんな状態では、活動をしても足手まといになるのは目に見えている。ケイは一つため息をつくと言った。


「今日はこれで解散。明日から本格的に依頼を受ける」

「え、先輩、いいんですか。予定では今日から活動を開始するって」

「そうするつもりだったけど、リンのこの様子じゃ無理だ。どんなに低ランクの依頼を受けても失敗するのが目に見えている」

「はぁ!? 私が足手纏いになるとでも言いたいの!!」

「こういう時だけ、元気になるのかよ」


 顔に突っ伏していたはずのリンの荒げた声が響き渡る。己の醜態より、ケイに足手纏いと言われる方が嫌だったようだ。


「残念ながら、このチームのリーダーは上級生の俺だ。そして、リーダーの決定には従ってもらう」

「なっ、なんでアンタなかがリーダーなのよ!」

「学院長にそう頼んだ」

「きたなっ」

「ハイハイ、俺は汚いですよ。でも、今日は何もしない事は絶対だ。勝手に依頼を受けたらペナルティだから」

「何よペナルティって」

「チームの星を一つ減らす。今現在、俺らの星は一個もない状態だからマイナスからのスタートになるな」

「なっ!?」


 学院に存在するチームのリーダーには多くはないが、いくつかの決定権を持っている。その中に、チーム内でのルールを作成するものもある。まぁ、あくまで目安であり、拘束力は強くない。

 星は、チームが依頼を達成していきその達成率に応じて与えられるものである。つまり、ケイの決定を無視したら自分たちの首を絞めることになる。


「んじゃ、俺は帰るわ。部屋にはまだいてもいいけど遅くなるなよ」

「あ、ちょっ、本当に帰る気!?」

「帰る。お前もちゃんと立ち直れよ」

「大きなお世話よ!! アンタが面倒くさいだけなんじゃないのよ!」

「んじゃ、お先に失礼ーー」


 リンの怒号に似た叫びを軽くあしらってケイは部屋を出て行く。結成初日だと言うのに、活動しないという驚異的なケイの行動にリンは口をあんぐりと開けて彼が出て行った扉を眺め続けた。


「な、なんなのよーー!!」


 東校舎中に轟く大声をバックにケイは学生寮への帰路に就くのであった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「たくっ、何なのよあいつは!?」


 学生と冒険者、商人によって賑わう街を歩きながらリンはこれまで溜め込んでいた鬱憤を晴らすかのように怒りの声を上げていた。

 隣ではティアがオロオロ、と彼女の逆鱗に触れないように注意しつつも宥めようと努力していた。


「そもそも、なんであいつが仕切ってるのよ! 落ちこぼれの癖に!!」

「いや、だってケイさん二年生だし……」

「学年なんて関係ないでしょう! あんな落ちこぼれに指示出されるなんて鳥肌が立つわよ!」

「でも、別にケイさんが間違った行動をしている訳でもないし……」

「何、アンタあいつの味方なの!」

「そ、そういう訳じゃ……」


 ティアは困ったようにため息をつく。この怒りは当分続きそうだ。リンは頭に血が昇ったら収まるのに時間がかかる。それを理解しているティアは特に彼女を抑える事はせず、愚痴を聞き流す方に意識を向ける。そうやってしばらく、リンの愚痴が会話の半分を占めながら目的地へと目指す二人。

 街は露店が並び、リンたちと同じ制服を着た学院の生徒や仕事から戻って来たであろう冒険者がひしめいていた。活気ある街の喧騒を聞きながらリンとティアは歩く。

 リンの愚痴を聞きながらティアは今朝会ったケイのことを思い出していた。

 周りから落ちこぼれと評され、隠されることのない悪意に当てられ続ける。だと言うのに、彼は別に気にした風もなく飄々としていた。

 傍から見たら図太いと言われるだろうケイをティアはどこか寂しそうに思えてしまった。

 他人から蔑まれ、誰も寄り付かない。それは、とても寂しい事ではないだろうか。むしろ、周りが彼をあんな風に作り上げたと言っても過言ではない。

 そして、彼自身もまた他人を近づけさせないように振舞っている節が見られる。一見、人柄に問題があるように思えないが、あれが魔力を持たない劣等生という肩書を背負った状態で行われているのなら、他人は彼に向上心のない落ちこぼれと認識することだろう。

 結果として、彼は人を避けているとティアは判断した。

 行動はかなり遠回しだし、そんな事をするメリットはない。だが、ティアには彼が意図してあんな態度をしているのではないかと考えざるを得なかった。


(まぁ、全部私の想像だけど……)


 証拠もなければ、確証もない。妄想と言われても仕方がない事だ。

 彼女が彼に対してそんな考えを抱いたのも、どこかでティアが彼と通じる所を感じたせいだろう。何故か、彼には親近感が湧いてくる。


(リンと早く仲良くなって欲しいな)


 これからチームとして過ごすのだ、仲が悪いままでは困る。

 特に、ケイは最後の希望なのだから。


「あら、リンさんたちではありませんか?」


 と、その時、彼女たちの前方から髪の毛をドリルのように縦に巻き、リンたちと同じ制服に身を包んだ金髪の女性が立っていた。彼女の後ろには、他に三名の女生徒が並んでいる。

 その四名の女生徒の登場に、リンは明らかに顔を歪め「げっ」と呟く。

 女生徒はお淑やかな笑みを浮かべながらリンたちに近づいてきた。


「あらあらあら、これはおリンさん、ティアさん、お久しぶりですね」

「え、えぇと、はい、そうですね。………ユイさん」


 女生徒___ユイに、リンの代わりにティアが返事をする。嫌そうな顔を浮かべていたリンであったが、すぐに澄ました顔になり腕を組みユイと顔を見合わせた。

 ユイはお淑やか笑みを浮かべ、優雅なお辞儀を見せる。洗練された動きは、彼女が貴族からだろう。

 強きな顔つきに戻ったリンをユイは可笑しそうに嗤った。その反応に、自然と組んでいた腕に力が入る。


「お元気そうでなりよりですわ。チームを去られてからお二人とも学院で姿を見せないから心配しましたのよ?」


 ユイの言葉に、後ろにいた三人の女生徒もくすくす、と笑い合う。小馬鹿にしたような笑い声にリンは眉をひそめた。しかし、まだ許容範囲内だ。

 リンは努めて涼しい顔を演出して口を開く。


「そりゃ、悪かったわね。忙しいのよこっちは」

「それはそれは、大変そうですね。やはり、されたというのは本当のようですわね」

「っ」


 ユイの唐突に発せられた言葉に、リンは体が硬くなるのを感じた。そんなリンの様子に気づいているのかいないのか、さらにユイは続ける。


「もう噂になっていますわよ。あの《稀代の落ちこぼれ》と同じチームになったのだかとか」

「そ、それは……」


 ケイとチームを組むという話は今朝のはず。なのに、ここまで広がっているとは、と思い当たる原因を考えるリンに午後の実習の様子が頭に浮かんだ。

 あの時に、ケイがリンたちのことをチームメイトだと明言していた。恐らく、それを聞いた者たちによって噂が拡散されたのだろう。だとしても、広まる速度が速い。ここまで来ると、学院全体に広がるのも時間の問題である。


「いやぁ、良かったですわね。魔法が碌に使えないあなたにはとってもお似合いなチームメイトですこと。そうは思わない?」

「えぇ、まったく」

「その通りですユイ様。やはり、彼女は私たちのチームには扱えきれなかったということですね」

「双方にとって幸いなことですね」


 また、くすくす、と笑いだす三名。不快極まりない嘲笑に、リンもいい加減キレそうであった。

 だが、場所は街のど真ん中。こんな所で問題を起こしたら学院に報告されて、本当に成績が危ないことになりかねない。そう思い、手に力を込めてどうにか耐え忍ぶ。


「ティアさんも大変ですね。魔法を扱えない方のお守りだけでなく《稀代の落ちこぼれ》の面倒も見なくてはいけないなんて。お可哀想に」

「……別に、私はそんな事思っていませんから」


 相手を変え、同情じみた声でティアに話しかけるユイ。親友だけでなく、先輩を小馬鹿にしたような言葉に普段なら人見知りを発動させるティアが真っすぐと相手の顔を見て応えていた。その眼に怯えなど微塵も感じさせない。


「あら、そうですの? 今ならまだ私たちのチームに戻ってこれるけど」

「結構です。私はリンと一緒にいますから」

「ティア……」


 首を傾げて訊ねるユイに静かに、だけど強く言い放つティア。普段見せない彼女の態度に隣のリンもつい呆然と見つめていた。

 時折見せる彼女のこの度胸は一体、どこからきているのだろうか。場違いな疑問と分かっていても、リンは頭の中に浮かび上がる。


「ふぅん、そうですか。では、私たちはここで失礼します。気が変わったらいつでも声を掛けてくださいね。……行きますよ」


 ティアの頑な態度に面白くなさそうな声を発するとユイはその場を後にする。最後には淑淑女らしくお辞儀をするあたりやはり、肩書は貴族令嬢なのだろう。

 彼女たちが去った後、二人の間に沈黙が流れる。


「はぁ~~緊張した~~」


 先に声を出したのはティアだった。胸に手を当て盛大にため息を吐き捨てる。


「……アンタ、さっきまでの威勢はどこに行ったのよ?」

「だ、だって~~怖かったんだもん~~ユイさんって貴族様だし」

「貴族って言っても伯爵だけどね」

「それでも平民の私からしたら立派な貴族様だよ。ど、どうしよう不敬罪とか言われたら!」

「いや、ならないから。学院じゃ身分による差別なんてないし。それに、不敬罪とか言うなら私と一緒にいる時点でティア不敬罪になってるわよ」

「だ、だって、リンは貴族様みたいじゃないし」

「それって褒めてるの? それとも貶してる?」

「ば、馬鹿になんてしていないよ! リンは親近感あってとても優しいからそう思わないってだけ」

「ま、気にしていないけどね。ウチも辺境の領主ってだけだし」

「十分立派だと思うけどなぁ」

「はいはい、なんか変なのに絡まれたけど行きましょう。お店閉まっちゃう」

「あ、そうだね」

「……ティア」

「何?」


 再び、歩きだしたリンとティア。同時に、リンは一番の親友に対して感謝を込めながら口を開いた。


「ありがとう」

「ううん」


 笑い合う両者の顔はとても華々しく。仲睦まじい姿はまるで姉妹のように映った。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 目的地である武器屋に辿り着いたリンは無遠慮に扉を開ける。

 そこそこ広い場所に棚や樽がぞんざいに置かれている。棚に鎧やヘルメットが陳列されおり、樽には剣や槍が入っていた。武器屋独特の鉄の臭いが充満しており、薄暗いためか初めて入るには勇気のいる店だった。

 店の名前は《ハサン武具店》。店の名前にしては物騒な名前であるが、主人であるハサンの腕は確かなので、少数であるが人気のある店だ。


「いらっしゃい。おっ、なんだ嬢ちゃんたちか」

「こんにちはハサンさん。武器の点検お願いしたいんですけど……」

「おう、いいぜ。ちょいと見せてみろ」

「はい」


 店のカウンターからダルそうに座っているスキンヘッドの男がリンたちの現れたのを見ると仕事モードに入ったかのようで向き合う。

 リンはハサンの言う通り、腰に添えてある剣を手渡す。

 手渡されたハサンはリンの剣を鞘から抜くと刀身を丁寧に持ち上げ、片目をつぶって刃を観察する。


「う~ん、ちょっと刃こぼれが目立つが。まぁ、一日ありゃ十分だろう。こっちで預かるから明日また来な」

「ありがとうハサンさん。ピッカピッカにお願いしますね。これから、活躍してもらうんですから」

「なんだい、嬢ちゃんたちやっとチーム決まったのかい。前はメンバーと揉めたとか言ってやがったのに」

「えぇ、まぁ、そんな所です。どうしようもないお荷物ですが」

「へぇ~そうかい。金貰っているから別に詳しいことは聞かないがな。でも、安心しな、ちゃんと整備しておいてやる。もし、森で迷子になっても剣さえあれば生き残れる。これ、俺の持論な」

「怖い事言わないでくださいよ」

「何を言う。魔獣の巣に残された冒険者が己の武器だけで脱出したって話はざらじゃねぇんだぞ」

「ハイハイ、分かりました。でしたら、ちゃんとお願いしますね。私が生きて帰れるように」

「おう、任せておけ」


 にっ、と子供のように笑うハサンは剣を鞘に戻し、脇に置いた。


「で、嬢ちゃんは新しい武器はいらないのかい?」

「いりませんよ。まだ使えるんだから」

「そう言うなよ。ここ最近全く武器が売れなくなってきてんだよ」

「あれですよね。街道近くで魔物が出現して行商人が来れなくなったという……」

「おぉ、ティアの嬢ちゃん知っているのかい。そうなんだよ。鉄を運んでくる行商人が街道が通れなくなってしまったから遠回りしてくるってんだよ。おかげで、武器の価格はどこも値上げさ」

「ふぅ~ん、大変ですね」

「他人事だと思って……。なぁ~頼むよ嬢ちゃん」

「ごめんなさい。必要ないです」

「つれねぇな」


 近隣の森や洞窟に住処として住みつく魔獣もいる。そういう魔獣は通常、冒険者や騎士によって排除され主要な街道を通りやすくしている。ちなみに、近くの森などで魔獣を狩る演習が一年生の内に催され、学院の依頼の中にも魔獣退治は含まれたりする。

 ヨール市は、冒険者や学生が集まる街。学生の向けの飲食店や、冒険者の泊まる宿、武器を取り扱う店によって商業が発展した。経済に富んだ街には様々な品物を扱う行商人が毎日こぞって訪れる。

 ハサンのような武具店においては、魔獣の素材などが武器に使われる事が多いが鉄などの鉱山物はヨール市では取れない。なので、武具店を営む者は街を訪れる行商人たちと取引をしているのだ。

 しかしここ最近、近くの街からヨール市に向かっている行商人たちが魔獣に襲われる事件が多発しており、冒険者たちが調査を行うために街道が閉鎖された。結果、街では武器や食料などの物価が上昇するという騒ぎが起こっている。おかげで、リンも新しい装備を買いたくても変えない状況なのだ


「ちぇ、それにしても嬢ちゃんたちの魔獣退治でも行くのかい?」

「いえ、まだそういう予定はないです」

「おう、ならじっくりと点検しておかないとな。ここだけの話、魔獣の動きが活発化しているっていう噂だからな。そういう依頼があった時は気を付けて行けよ」

「はい!」


 ケイと一緒にいた時よりも威勢の良い返事をするリン。ティアはその元気をもっとケイの前で出して欲しいと思うのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「初級魔法とは、違う言い方をすると汎用魔法とも呼ばれる。魔力さえあれば誰にでも使える画期的な魔法だ。だが、それは逆に言えば魔力さえあればどんな幼い子供でも、攻撃魔法を繰り出せるという意味でもある」

「………」

「さて、ケイ問題だ。そんな初級魔法に対してどんな対策が行われている?」

「詠唱、つまりは呪文によるセーフティの設定です」

「正解。ちなみに補足は?」

「詠唱の中で魔力を特定のエネルギーへと還元することによって我々は魔法を扱えるようになります。これは、先人たちのただいまれない努力によって行われてきた偉業です。さらに魔法陣構築の際に質量、方向、威力、この三つのバランスによって魔法を形成、放出させることが出来ます。よって、いくら魔力があっても無知の子供が初級魔法を扱える事はまず不可能です」

「ほい、正解だ。なんだ、ちゃんと出来るじゃないか」

「だから言ったじゃないですか。なんで急にこんな一年がするような内容を復習しないといけないんですか。眠いんですよ俺は」

「講義中に眠っていたからこういう状況になってんだろうがバカ」


 時刻は夕方、場所は今朝と同じ学院長室。そこでケイは直立で立たされ初級魔法における講義をジャックにされていた。

 理由は、のどかな午後の光と講師の子守歌ばりの声のせいで、居眠りをしてしまったからである。そして、その補習をサボってリンたちと話し、学生寮に帰る途中にたまたま歩いていた学院長の遭遇し、連行されたのが数分前の話である。


「ていうか、学院長直々に補習なんておかしくないですか? 暇なんですか?」

「阿呆、誰もお前に補習なんかしたくないらしいから、俺が代わりにやってんだよ」

「だったら最初からしなくていいのに……」

「居眠りする奴が悪い。まぁ、俺も忙しいからここまでにしておいてやる」

「あざっす!」

「お前って奴は、はぁ……これからどうするんだ?」

「いえ、特にやる事ないので寮に戻ろうかと」

「あれ、活動はどうした? まさか、サボったんじゃ……」

「ち、違いますよ! 今日、リンの調子が悪そうだったから明日から本格的に動くようにしただけです。いやマジで!」

「……なら、いい。それはそうとケイもようやくチームかぁ、長かったなぁ」

「そんな結婚する息子みたいな言い方辞めてくださいよ。あなたが命令したことでしょうが」


 遠い眼をして呟くジャックに、ツッコみを入れるケイ。


「それじゃ、俺はこれで失礼しますよ」

「おう、気を付けていけよ。あ、ケイちょっと待った」

「なんですか?」

「どうだ、彼女たちと上手くやっていけそうか?」

「さぁ? どうでしょうね。一人は完全に俺を敵視していますし。もう一人はまだ親切にしてますけど、それがいつまで続くか……」

「疑心暗鬼か」


 実際、入学当初はケイに近づいてくる者も多くはなかったが、いた。しかし、結局皆ケイの魔力0という肩書を前に去って行った。なので、ケイとしてはむやみやたらに自分が他人に好かれるという甘い考えは捨てたのだ。


「ところで、リン=ベェネラについてなんですが」

「なんだ?」

「あいつ、魔力操作が滅茶苦茶下手くそという情報を得たんですけど」

「あぁ、それは俺も講師から聞いている」

「そんな奴を俺に当てるかよ、普通」

「何を言う、お前だって魔力0だろうが、ある意味お似合いじゃないか」

「冗談はよしてくださいよ」


 もしこの場にリンがいたら発狂したことだろう。


「はは、まぁ、チームメイトとはゆっくり打ち解けていけばいいさ。話は変わるがケイ」

「何ですか?」

「……ティアの様子はどうだ?」

「はい? まぁ、まだ何とも言えませんが。リンよりは会話していますよ」

「……そうか」


 声色が途端に真面目になったジャックに対し、ケイは首を傾げながらも素直に告げる。その答えに、ジャックは難しそうな、でもどこか安堵を潜めた表情を浮かべていた。


「? ティアに何か」

「ん、いや、リンは分かりやすく態度が出ているのが、ティアは感情を表に出すのは苦手みたいだからな。実際には、どう接しているのか気になっただけだ」

「……そうですか」


 あっけらかんと笑いながら説明するジャックに、ケイは疑心の籠った目を向け観察してしまう。

 この顔は明らかに何かある顔であるが、訊いてもはぐらかされるだけだろうから訊くことはしなかった。しかし、一体この人は何が言いたいのだろうか。


「で、結局何が言いたいんですか学院長」

「あぁ~、何だ、お前にちゃんと彼女たちと向き合って欲しいと思ってな」

「向き合うも何も、さっきあなたが仰ったじゃないですか。ゆっくりと打ち解けていけばいいと」


 と、言いながらケイは思う。ジャックは無駄な事はしない主義の人間だ。それは付き合いの長いケイがよく知っていた。そんな人間が無駄な会話を本当にするだろうか。普段の会話の数段質が幼稚な気がした。

 なので、ケイは改めて、現段階で自分の抱いている彼女たちの印象を伝えることにした。


「……リン=ベェネラは、さっきも言った通り、魔力量は相当あるように思えますが魔力操作が下手です。サラ=ジャスティスの話ではあまりにも才能に恵まれていないとか。性格的にも、俺を敵視しているとは別に、どこか焦っているように見えます。果たしてそれが、成績のせいなのかは分かりませんが」

「……ふむ」

「ティア=オルコットの実力はいまだに不明ですが、恐らくリンよりは使い物になると思われます。俺とも積極的にコミュニケーションを取ろうとしている当たり、社交性という点においてはリンより上だと思います。ぶっちゃけ、どうしてリンと友達なのか不思議です」

「なるほど、ちなみにケイ。お前、リンやティアの事をどのくらい知っている?」

「プライベートな事は何も。ていうか、チームを組む事になってますけどあまり身の上話を聞かなくてもいいと判断してます」


 これに関しては、別にケイたちが特別という訳ではないだろう。いくらチームを組んでいると言っても、そこそこの関係を築ければ問題はないはず。必要なのは、個人の能力くらいだろう。好き好んで自分の出生など口にする者もいない。


「……そうか」


 ケイの詳細な報告にジャックは静かに呟いた。ジャックのその反応を見てケイは話題を外しただろうかと思うが、前後の会話からしてジャックが知りたがっているだろう情報を伝えたつもりなのだが。


「これで、いいですか?」

「あぁ、お前の状況は大体わかった。これからも、暇な時にでも教えてくれ」

「はあ……」


 ジャックの言葉に生返事するケイ。彼が意図している事がよく分からない。流石に、これは少し探る必要があるなと思う。


「それでは、俺は失礼しますね」

「おう、今度は居眠りしないように気をつけろよ」

「善処しますよ」

「おいおい……」


 徹底してほしいところであるが、ケイの物言いとは裏腹に表情が引き締まっているのに気付いたジャックはそれ以上口を開くことはなかった。

 では、最後にこれだけは言っておこう。


「ケイ」

「はい?」


 扉に手をかけた時、不意にジャックに呼ばれた。反射的にそちらを向くと椅子に深く腰を掛けたジャックが言った。


「……ちゃんと向き合えよ。人と、自分とも」


 その時のジャックは騎士の顔をして真剣な眼差しで語り掛けていた。

 珍しい表情にケイは目を丸くさせながらも、頷くと学院長室の扉を潜って外へ出た。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌日__


 学院は昼休みに差し掛かっていた。

 リン=ベェネラはこの日、食堂ではなく購買へと向かっていた。


(あぁ~~~ムカつく!!)


 はらわたが煮えくりかえるという気分はきっとこのことを言うのだろうと感じながら、購買への道を歩く。昨日みたく食堂に行けばいいと思われるが、ケイ=ウィンズとの関係が昨日の実習で周りに露見し、周りから《稀代の落ちこぼれ》のチームメイトともっぱらの噂である。人の情報伝達の速さに舌を巻かれるのと同時に、あんな落ちこぼれと一緒にされたくないという反発心が働いてしまい、朝からリンの心中は穏やかではなかった。今日ばかりは食堂みたいな人が集まる場所は極力避けたかった。

 という訳で、今日はティアの分と自分のお昼を調達してミーティングルームに引きこもる計画である。幸い、鍵は番号キーのオートロックなのですぐに開くわけだし。


「ねぇ、あれって……」

「あぁ、あれが例の……」


 購買への道を歩く際に通り過ぎる人達から聞こえる潜める声。既に一年だけでなく、二年の間で噂が充満している。学院全体に拡がるのは時間の問題だろう。

 そんなちょっとした噂話でさえ、リンの神経を逆撫でする。


(あんな、やる気も実績もない奴と同列に扱われるなんて!)


 魔力量0という所を無視しても、ケイはこの学院生としての自覚が足りてなさ過ぎている。王国でも名門のこのグランザール王国魔法騎士学院に在籍している事自体が不思議でしかないほど、彼には気力というものが見えてこなかった。

《稀代の落ちこぼれ》と言われてもなお、飄々とした顔。まるで意に介していない声。全てがリンには気に入らなかった。

 ケイに対して、腹を立てながらも購買へと向かう足を止めない。


 ガサガサ……


 ふと、中庭に植えられている木の葉が揺れる音が鳴る。風もなく揺れる葉にリンは思わず足を止めて見上げた、快晴な空から心地の良い陽の光が当たり木漏れ日を作り出す。眩しい光に目を細める。


「ふわぁ~」


 すると、そこには今一番会いたくない者がのんびりと太い枝で寝ていた、


「………」


 どうしてこういう時に出会ってしまうのだろう、と己の不運さを呪いたくなるリン。そして、彼女の怒りを知れずに増幅させている張本人は猫のように器用に枝に寝転び、欠伸をする。本当に、心地よさそうに。


(よし、無視しよう)


 数秒で判断したリンは見なかった事にしてその場から立ち去ろうと歩みを再開させようとした。


「……無視するのはチームメイトとしてあまりいただけないな」

「っ」


 しかし、目論見はケイの言葉によって遮られる。無意識にしかめっ面になりながらもリンはまた見上げる。そこには、幹に背を預け目を閉じた状態のままなケイの姿があった。


「なんで気づいた」

「気配で分かる。特にお前みたいに自己主張が激しいタイプはな」

「はぁ? 何言ってんのアンタ」


 気配で人が判別する事なんて出来るはずがない。どうせケイのつまらない冗談か何かだろうとリンは鼻で笑った。


「まぁ、いいけど、で、何の用なのよ。私、アンタみたいに暇じゃないのだけど」

「ひでぇな、チームメイトに声を掛けるのに用がいるのか?」

「あ、そう。それじゃ」

「待て待て、すぐに立ち去る事ないだろうが。お前、俺に対して冷たすぎないか?」

「言ったでしょ。私は、アンタみたいに昼寝するほど暇じゃないのよ。用もないのに話しかけないで」

「暇じゃないって、何か用事でもあるのか?」

「アンタには関係ないでしょ」


 口調から彼女がケイとの会話を拒んでいるのがひしひし、と伝わってくる。しかし、彼はそれでも表情を変えず会話を続行させる。


「まぁ、その通りなんだけど。ティアは一緒じゃないのか?」

「……講師の手伝いに駆り出されたわ」

「へぇ、そうか」

「もういいでしょ。私、あの子の分までお昼買わないといけないから早く行きたいのだけど」

「おっ、購買行くのか。なら、俺も一緒に」

「斬るわよ」

「オーケー、分かったから剣から手を離せ」


 チームメイトなのにこの扱い、涙が出そうになるケイだった。

 剣を握り、抜く構えを見せるリンを見て、ケイは気になったことを訊ねた。


「そういえば、お前誰に剣習った?」

「はぁ? なんで、私がアンタなんかに教えないといけないのよ」

「いや、だってお前魔力操作はダメだけど、剣術という点に関しては凄いみたいだし。家庭教師でも雇っていて、その教師が凄腕の持ち主なのかなと」


 昨日の合同講義騒動の際に見せたリンの剣術の腕。凄まじい速度で抜かれた剣は並大抵の努力で身につくような技ではなかった。

 あれは、長い鍛錬の賜物以外あり得ない。


「……見えたの?」

「若干な。でも、凄いことぐらいは分かる」

「そ、そう……」


 剣の腕を褒められたのが嬉しいのか、リンは緩みかける頬をどうにか耐えつつ涼しい顔を保つ。今この男に間抜けな顔を見せたら何を言われるか分かったものじゃない。


「……小さい頃、実家にいた冒険者の方に教えてもらったの」

「へぇ、冒険者、ねぇ」


 ぼそり、と呟きながら答えるリン。彼女の言葉を反復させながらケイも呟く。


「……もういいかしら?」


 質問に答えた以上長居はしたくないリンが催促するように言う。

 どれだけ自分と一緒にいるのが嫌なのかと思いながら口を開いた。


「なら、最後に一つだけ質問していいか?」

「……何よ」


 心底面倒くさいそうな顔をしながらも聞く当たり、もしかしたらリンはいい奴なのかもしれないなんて思いながらケイは訊ねた。


「お前、何を焦っているんだ?」

「………」


 ケイが口にした内容に、途端リンは口を閉ざした。

 ケイは続ける。


「勿論、魔力操作が苦手だからというのもあるだろうが、俺にはそれだけでないように思えるんだよ」


 魔力操作が苦手、という表向きな事柄に目がいきそうになるがリンはその事自体にあまり焦燥感を抱いているように見えなかった。昨日、男子に絡まれていた時も魔力操作が苦手という指摘に涼しい顔して受け答えしていたし、サラにも素直に魔力操作を教わろうとしていた。

 つまり、彼女自体は魔力操作の他に何か焦らせる要因があるのではないかとケイは思った。

 そうなると、一体彼女にはすぐにでも実績を得なければならない理由があるはずだ。


「………」


 質問に沈黙を貫くリン。ケイはじっ、と彼女が喋り出すのを静かに待っていた。


「……アンタに関係ないでしょ」


 数秒時間をかけて返ってきたのはそんな答えだった。


「まぁ、確かにな。お前の言う通りだよ。俺には関係ない」


 しかし、何かあるのは否定しない。それをケイは指摘する事はなかった。


「……じゃ」

「あっ、放課後に今度こそ依頼受けに行くから、忘れずにな」

「………」


 立ち去る背中に呼びかけるが返事が返ることはなかった。遠ざかって行く少女の背中をケイは呆然と眺める。


「普通に訊ねるのは、マズかったかな?」


 その呟きは、優しいそよ風によってリンに届くことはなかった。

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