【短編】クリスマスを、とりもどせ!

さよなら本塁打

少女の、願い



 “ねぇ、マーヤ。クリスマスって知ってる?”


 それは死を控えた少女がした質問だった。


 “サンタクロースという人がプレゼントを持って、おうちにやって来るのでしょう?”


 世界中どこでも通ずる認識のはずである。だが、今ここでは子供たちが知らないものだった。


 “闇市に置いてあった西洋の絵本で知ったの。そこに描かれていたサンタクロースが死んだひげづらのパパにとってもよく似ていたわ”


 そう語る少女の目に悲壮の涙はない。正確に言えば流す涙など、とうに枯れていたのだ。この数日、水もロクに飲んではいなかった。


 “この国にもクリスマスがあって、パパにそっくりなサンタクロースが来てくれればよいのに”


 クリスマスは十数年前、ある男の手により奪われた。


 “ねぇ、マーヤ。ひとつ、お願いがあるの”


 少女は、最後の言葉を告げた……






 アフリカ大陸の、とある国。Baggeraと呼ばれる四人の兵士たちがマシンガンを持って深夜の路上に立っていた。


「武器を捨てろ」


 そのバゲーラのうち“青”が言った。各々を識別するためか四人は違う色の装甲服を着ている。あとの三人は黄、緑、黒。フルフェイスのヘルメットは防弾と赤外線暗視装置を兼ねている。


「おまえ叛乱軍の女だろ?」


 次に訊いたのは黄色。真っ暗なこの場所で一番目立っている。


「両手を頭の後ろで組みたまえ」


 紳士的な口調の緑が促した。


 “摩耶”は従い、両手を挙げた。バゲーラたちと違い軽装の彼女が身につけているのはカーキ色のタンクトップにカーゴパンツ。この国は夜になっても暑い。


「いい腋してやがるぜ」


 黒が下品に笑った。背が高い摩耶は端正な顔立ちも相まって一見モデル風である。だが、日に灼けたその肉体はやはり戦士のもので、ナチュラルに筋肉がついている。ボディビルダーと違い、適度な柔らかさもあるが、これは器械ではなく戦場で作りあげた身体だからだ。衝撃を吸収する脂肪がなければ戦いを生き抜くことはできない。


「女は生かしとけば、あとのお楽しみがあるからな」


 黄色の声には欲情の気配がある。無理もない。頭の後ろで両手を組んだ摩耶の豊かな乳房は、タンクトップからはみ出る勢いで長身の肉体にいやらしい曲線を描く。それでいて腰回りは締まっているのだから、たまらない身体である。そして闇の中でもそれを確認できるほどに、この時代の赤外線暗視装置は高性能化している。


 ふいに、後ろで結んでいた摩耶の長い黒髪がほどけた。ほどなくして、地面に黒い物が落ちる。


「この、クソアマぁ!」


 最初に反応した黒がトリガーを引くよりも早く、すでにピンが抜かれていた閃光手榴弾が夜闇をきりさくほどの火花を散らした。摩耶が髪の中に仕込んでいたものである。


 バゲーラの四人が一瞬、よろめいた。ヤツらの赤外線暗視装置の可視光線透過率を超える光が手榴弾から発生したからだ。高性能化の弊害である。


 ヘルメットの画面から発したスパークにより目をやられた四人は一斉にマシンガンのトリガーを引いた。咄嗟の状況下であっても相撃ちにならないあたり、さすがヤツらもプロである。


 だが、秒間百発を数える射線の先に摩耶の姿はなかった。すでに連中の背後に回っていた彼女はベルトからナイフを抜いている。敏捷な動きもまた、戦場で備わったものである。


 青、黄、緑、黒のバゲーラが夜の路上に咲かせたのは真っ赤な血の花だった。摩耶は信じられない早業でヤツらが背中にしょっている人工血液の供給チューブを次々と切ったのだ。バゲーラとは戦死した者たちを再利用した再生兵であり、人権も国籍も持たぬ軍部の捨て駒である。


 人工血液の供給を断たれ、本物の死骸となった四人を見下ろした摩耶はカーゴパンツのポケットからひとたばの遺髪を取り出した。クリスマスがないこの国にサンタクロースがやって来ることを願って死んだ少女、ダリアのものである。


 返り血にまみれた摩耶は空を見上げた。星座の中に、クリスマスを知らぬまま死んでいったダリアの面影を探しているのだろうか?



 

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