第2話 終わりの時

「・・・ちゃま・・・坊ちゃま」

「・・・ん、ああ。ついたのか」

「はい。ほんの先ほどつきました」



 運転席から後部座席に座る僕をのぞき込んで、爺はそう答えた。


 さすが爺だ。ほとんど揺れなかったおかげで、家に着くまでぐっすり眠れた。この狭い車内でぐっすり眠れた僕もなかなかではあるけど。



「あー、でもやっぱり狭いとこで寝たから肩がこったな」


「それならば後で、私がマッサージを・・・・」


「いやいや、いいよ。もう勤務時間も終わってるんだし無理はしなくて。早く帰っ て爺もゆっくり休みなよ」


「しかし、坊ちゃまの体調管理も私めの仕事の一つでありますので・・・・」


「大丈夫だって、これくらいもう一眠りすれば良くなるから」



 僕は車の扉を開けて外に出た。



「う――――ん! ・・・・と」



 そんな声を漏らして、背伸びをする。数時間ぶりに車の外に出て、なかなか気持ちがいい。


「さて、じゃあ爺、また明日よろしくね」


 そう言って僕が爺の方を振り返ったとき、


「坊ちゃま!」



 爺がらしくなく、いきなりそう叫んだ。

 驚いた僕が慌てて振り向くと、


 ――――ぐさっ


 何かが僕の腹に突き刺さった。

 その何かが、刃渡り数十センチの刃物であることを理解するのに、そう時間はかからなかった。



「努力もしたことがないボンボンが・・・・・ざまあみろ」



 僕に刃物を突き刺した、『どこかの真っ黒な組織にでも所属してんのか?』と聞きたくなるような黒ずくめの風貌のその男は、倒れ込む僕にそう言い放って、どこかに走っていった。



 それと前後して、爺が僕の倒れた体に駆け寄った。


「坊ちゃま! 坊ちゃま! 目を! 目を開けてください!」


 僕の血まみれの体を抱きかかえながら、そう叫んでいた。



(ああ・・・寒いなあ)



 刺された瞬間は、腹の辺りがとんでもなく熱かった。けど、しばらくして全身がとても寒くなってきた。

 たぶん、血がなくなりすぎたせいだろう。



(死ぬんだな・・・僕)



 薄ぼんやりと、そんな事実が脳裏をよぎる。



「騒がしいな、一体どうし・・・〇〇!」



 どうやら、玄関先で僕を呼び続ける爺の声を聞きつけて、親父が出てきたようだ。

 爺に抱きかかえられる僕を見て、すぐに僕の名前を叫んだようだった。

 でも、僕には親父が叫んだ僕の名前を正確に聞き取ることも出来なくなっていた。


 それほどに僕は、死に近づいていた。



(『努力もしたことがない』か・・・・悪いけどそれは違うね。少なくとも努力は 人並み以上にしてきたよ。ただ、それが足りなかっただけだ・・・・)



 薄れる意識の中でそんなことを考える。

 ずっと寒かった体は、もう何も感じない。

 マンガとかの『これが死か』と言う台詞を、身をもって知った。



(悔いしか残らなかったな・・・・・僕の人生・・・・・)



 意識が消えていく中の刹那、最後にそう思った。



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