ヨウム室においでよ! ミュウとアリ子の放課後ノート エピソード0

濱岡 稔

序 章 少女は、光をめざす


 その扉は、とてもやわらかな空色だった。

 はめこまれた曇りガラスからは、四角い薄明かりが漏れている。それはまるで、わたしを手招きする別世界への入り口みたいだった。

 鈍く光る鉄さび色のノブにそっと手をかける。いきなり指先が、どくん、と脈を打った気がして、わたしは、思わずその指を引っこめた。

 なんだろう、このどきどき感。

 先生に突然呼び出されて、職員室の前に立ったとしても、たぶん、こんなには緊張しない。

 その緊張をどこかにそらしたくて顔をあげると、扉の上のプレートに「用務室」の文字。でも、この学校に用務員さんはいない。

 正確には、今年から――つまり、わたしたちが入学したこの春から――いなくなった、らしい。もちろん、ほんとうのことは知らない。ただ、「愛想の悪い、年をとった用務員さんがいてさ、放課後に廊下ですれ違ったりすると、ちょっと怖かったんだよね」――そんな話を、何かの拍子に先輩から聞いたことがある。

 その人が定年で今年退職したあと、学校は新しい用務員さんを雇わず、生徒や先生にできない校内の清掃とか修繕とかは、ぜんぶ外部への委託にしてしまったのだそうだ。

 じゃあ、この扉の向こうに今いるのはだれなんだろう。単に明かりのつけっぱなし? でも、もう五月の末だ。いくら校舎のはずれで人目につかないようになっているからといって、つけっぱなしの明かりに二ヶ月もの間、だれひとり気づかないなんて、そんなことあるだろうか。

 ああ、だめだ。いろいろ考えだすと、ためらいの無限ループに落ちこんじゃう。

 梅雨前の、少しだけ湿気を帯びた風が渡り廊下を吹きぬけて、木立の葉をざわざわと鳴らした。

 落ちつけ、落ちつけ。

 胸に当てた手をおろし、肩にかけたバッグをいったん足もとにおろす。ふたつのこぶしを軽く握り、両肩をぎゅっとあげる。ふう、と息を吐きながら、その肩をストンと落とす。

 そして、もう一度、ふうう、と――さっきよりも深く――息を吐く。

 あらためて扉を見つめる。やわらかな空色のところどころ、はげかけた塗料を塗りなおした跡があって、それが雨粒の模様みたいに見える。

 ああ、天気雨の扉だ――ふと、そんなことを思った。

 天気雨――ぽつん、と頬を打つ雨に驚いて顔をあげると、どこまでも真っ青な空。

 全身が不思議さにつつまれるあの一瞬。

 あの不思議な感覚が、ゆっくりとわたしを満たしていくのがわかった。

 わたしは、もう一度扉に指をかけた。

 びくびくしながらじゃなく、目の前に広がる青空に向かって、まっすぐ手を伸ばすみたいに。


「おとぎ話とか昔話に出てくる人たちって、なんで“いっちゃいけません”て言われた場所にいっちゃったり、“開けちゃいけません”て言われた扉を開けちゃったりするんだろう」

 ふっ、とそんなことをつぶやいてしまったのは、もうずいぶん前。

 ロッテシェーキの赤いストローの先から顔をあげた友だちのチイカが、きょとんとしたあと、ぶはは、と笑いを爆発させた。

「ポンちゃんって、まじめな顔して、ほんっとにいつもそんなことばっか考えてんだねえ。いや、そこがいいんだけどさあ」

 どこがどういいのか、わからないけど、友だちのこういうリアクションには、もはや慣れっこになっているので、いちいちむくれたりはしない。

「それはさあ、だって、そうしないとお話にならないじゃん」

 ストローを指で折ったり伸ばしたりしながら、チイカが言った。

「お話?」

「うーん……たとえばだよ、『鶴の恩返し』でさ、奥さんに“けっしてのぞかないでくださいね”って言われたダンナさんが、バカクソまじめにその約束を守っちゃって、障子の向こうをのぞかなかったらさ、どうなんの? ふたりは仲睦まじく、いつまでも幸せにくらしました、って、それじゃ『鶴の恩返し』にならないじゃん」

「え? なんで幸せに暮らしちゃいけないの? それに、鶴さんは、ちゃんと恩を返してるよ」

「おっと、そうきたか。いやいや、“鶴”の恩返しなんだから。奥さんのけなげな献身が、実はいつか助けてもらった鶴さんの恩返しだったのでした、ってところがわかんないと意味ないじゃん。そのためには、ダンナさんに部屋をのぞいてもらわなきゃ、困るわけ。ドゥ・ユゥ・アンダスタン?」

「それは、確かにそうだけど……」

「だ~か~ら~、お話の中ではさ、“やってはいけません”っていうのが出てきたら、実際は“それをやりなさい”っていう合図なわけよ。ええと……なんていうんだっけ……あ、そうそう、フラグだ。フラグが立つ、っていうやつ――うはっ、このプリプリ感、最高。なんで期間限定なんだろ」

 ちなみに最後の一言は、かぶりついたエビマヨバーガーへの感想である。

「それはきっと、チイカみたく、限定ものに弱い人が多いからだと思うよ」

「うわわ、こういうときだけは、ぐさっと痛いとこ突いてくるね、この子は。名づけて、恐怖のジャベリン娘だね」

 別に名づけなくていいから……だいたい、ジャベリンってなによ?

「あの……それと、どうでもいいけど、女の子がものを食べながら、その……“ナントカまじめ”とか、平気で言っちゃうのはどうかな」

「げ……ツッコミどころはそこなわけ」

 いや、ツッコミどころとか、そういうのじゃなくて……。

「あ、ツッコミどころといえばさあ、ホラー映画でヒロインとかが、わざわざ二階に駆けあがって、自分から追いつめられちゃったりするじゃん。あれも、ツッコミどころといえばツッコミどころなんだけど、理屈は同じだよね。映画的には、ヒロインが追いつめられるハラハラドキドキなシチュエーションが必要なわけだし、とにかくその展開に観客を引きこんでいかなきゃいけないわけだから」

 いつの間にか、チイカの口調が“熱く語ってやるぜモード”になっている。そう、彼女は、自分の得意分野のことになると、話がとまらなくなるのだ。それにつられるように「ああ」とか「うん」とか、“うなずき&あいづちモード”に入ってしまうわたし。

「ミステリーでは、探偵の相棒は、探偵よりも頭の回転がちょっとばかし悪くなくてはならない、ってのが決まりごとであるらしいけど」

 チイカは、マヨネーズのついた指を振り立てて力説を続ける。

「ホラーの場合も、ヒロインは多少おバカでなければならない、ってのが、テンプレというかお約束になってるってこと。そこはツッコんじゃダメよ、と。でもって、“ああ、もうなにやってんの、この子は!”なんて、スクリーンに向かって叫んじゃってる時点で、あたしらは、そのお約束にみごとに乗せられてるってわけなのよ。つまりさ――」

 以下、略。

 不思議なのは、チイカが、わたしと同じくらい怖がりだということだ。校舎の外壁を這っているナメクジを見ただけで、わたしに抱きついてキャアキャア言うのだ。それが、なんでわざわざ怖い思いをするために、高いお金を払ってまでホラー映画なんて観にいくのか、わたし的には、そっちの心理のほうが謎だ。

 そして、その謎のほうが、わたしのそもそもの疑問に近いと思う。

 チイカの言わんとするところは、わたしにだってわかる。お話の上の決まりごと。確かにそうなんだろう。でも、わたしがききたかったのは、“開けてはいけません”という言葉の魔力に惹かれていってしまう、人の心のことだった。

 正直にいえば、あのとき、どうして突然そんな疑問にとりつかれたのかは、自分にもわからなかったのだ。

 そのときわたしは十五歳の中学生で、世界が隠している秘密の扉のことなど、まだなにも知らない子どもだった。心を占めているのは、いつだってたったひとつ――早く大人になりたい――ただその願いばかりだった。


「旧棟」のあるエリアには、立ち入らないように。

 入学早々のホームルームで、担任の伊福部(いふくべ)先生から伝えられた。

「旧棟」というのは、校舎の北西のはずれにある、離れみたいな建物だ。今の校舎棟は、十五年くらい前に建て替えたものなのだが(学校案内の「沿革」というところにそう書いてあった)、当時は生徒数が多かったこともあって、教室数を確保するため、旧校舎のうちの一棟だけを物置とか事務室用に残した、ということらしい。

 その場しのぎで残した建物だから、教室棟である「第一棟」との間が、図書室や特別教室がある「第二棟」と職員室や教員控室が並んでいる「第三棟」で分断されていて、生徒にとっては、いくつも渡り廊下を経由しなければたどりつけないという、不便きわまりない場所にある。

 でも、少子化時代になって生徒数も減ってしまい、無理に古い建物を使用する必要もなくなった。お役ごめんになって、「旧棟」は今、ただの空き家になっている。学校だから、空き家というのはちょっとおかしいかもしれない。確か先生は、「閉鎖管理中」という言葉を使った。

 取り壊しの予定になっている、という話を聞いたこともあるけれど、先生はそこまでは言っていなかった。そのとき、先生は、わたしたちに向かってこう言ったのだ。

「『旧棟』のあるエリアは閉鎖管理中だから、いたずら半分に立ち入ったりしないように。そもそも、きみたちには、まったくもってなんの用もない場所だ。

 妙な冒険心にそそのかされて、きみたちが事故でも起こしたところで、学校はいっさい責任をもたないぞ。……と言いたいところだが、実際になにかあれば、当然のごとく学校側が管理責任を問われることになる。わかったら、学校に迷惑のかかるような、考えなしの行動は厳に慎むこと。

 自主を重んじる、というのは、そういうことも意味する。このことは、きみたちの今後三年間の学園生活全般における規範として、常に頭に刻んでおいてもらわないと困るぞ。こんな小学生にするようなつまらん注意は、たぶん二度としないから、しっかり心得ておくように。まあ、あまりしつこく言って、あの建物のどこかに、宝の地図でも隠してあるんじゃないか、なんて変な勘違いをされても困るからな」

 先生は、芝居っけたっぷりに「はっはっは」と声をあげて笑った。

 男子生徒のうちの数人だけが、律儀に愛想笑いを返した。

 いかにも生徒をバカにしたような言い方に、わたしを含めて何人かの生徒は、カチンときてたんじゃないかと思う。でも、この学校の先生は、みんな大同小異で、生徒に向かってこういう話し方をする、ということがその後の二ヶ月でわかった。

 わたしたちの学校は、生徒の「自主」を重んじる、というのが校風で、そういう意味では、校則でがちがちに縛られているわけでもなく、先生も生徒に対し大らかだ。

ただそれは、自由放任というのではない。

 しっかりと手綱は締めながら「子どもじゃないんだから、わかってるな?」「これ以上、よけいなことを言わせるんじゃないぞ」と突き放す。

 生徒も、それが「わかっている」から、反抗的な冒険をしたりはしない。

「旧棟」の話が、まさにそうだった。おとぎ話の法則に従うなら「そこに立ち入るな」と釘を刺された生徒たちは、それこそ「妙な冒険心」にそそのかされずにはいられなくなる、はずだ。

 でも、そんな冒険心を起こす生徒はいなかった。

 その理由は、この学校の生徒がひとえに「優等生集団」だったからだ。

 いわゆる決まりごとは、とりあえず守っておくに越したことはない――そう心得ている。そもそも学校の決まりごとなんて、三年間それに従っていればいいだけ。わざわざ逆らうなんて、利口な人間のやることじゃない。

 自分たちに求められているパフォーマンスは、きっちりと「自主性のある=手のかからない優等生」を演じきることだ。

 結局はそれが、自分たちの三年間の「自由」を保障する。

 要するに、「妙な冒険心」を起こすな、なんて言い方をされて、うかうかとそれに「そそのかされる」ほど、自分らはガキじゃないよ、というのが、わたしたちの反応だった。

 当然ながら先生は、そういうわたしたちの反応を計算したうえで、ああいう険のある言い方をしたのだ。それはつまり、わたしたちが思いっきりガキ扱いされていたということ、そして、そのとおりのガキだったということなのだけれど……。


 優等生で、なおかつ背伸びしたガキであるわたしたちは、先生の言葉を「立ち入るな、というんだから、要は立ち入らなければいいんだよね」とあっさり受けいれた。そして、そこから先は、無関心を決めこんだ。

 少なくとも、今日までのわたしはそうだった。なにしろわたしは――自分で言うのもなんだけれど――絵に描いたような「優等生」なのである。

 小学校までさかのぼっても、先生に怒られた記憶がほとんどない。

 特に意識することもなく、いつでも平均的なポジションにいる。容姿、身長、性格、すべてにおいて、特記事項なしの標準仕様。「平凡」という言葉に目と鼻をつけたような女の子。

 もちろん、平凡であるためにも努力は必要だし、勉強だって人並み以上にがんばってきたつもり。だから成績は、中学でも高校でも「中の上」。

 社交的といえるほど積極的な人間ではないけれど、友だちだってそれなりにいる。

 別に、内申点とかのために、無理をして演技をしてきたわけじゃない。「素直な良い子」あるいは「どこにでもいる、ふつうの子」と呼ばれることは、もう自分の一部というか、属性みたいなものだった。

 それに抵抗を感じたり、いやだと思ったこともない。その属性は、わたしという人間の身の丈に、なによりもぴったりと似合う、心地よい服だった。

 たったひとり、「あんたは、素直じゃない」と、おせっかいなことを言う人がいたけれど……。

 その人は、わたしのことを、笑いながら「腹黒」とも呼んだ。

 それについては、まあ、否定できないかな、と思う。

 友だちには、よく「ときどき突拍子もないことを口走る」とか「けっこう意表を突いてくる天然娘」とか言われる。

 自分ではそれほどとも思わないけれど、たぶん、ふだんの言動が無難でありきたりすぎるから、たまにちょっと変わったことを言うだけで「意外に面白い子」あつかいされるのだろう。

 それで損をするわけでもないから、「まあ、いいかな」と思っている。

「素直な良い子」というのは、それなりに計算高かったりもするのだ。

 別にさめてるわけじゃないけど、純心無垢ってわけでもない。一応、それくらいの自覚はある……。


 あの日、先生は、すぐに次の事務的な連絡へと話を移した。

 教室は、窓から射すやわらかな春の光でつつまれている。見わたせば、まだ硬い表情を真新しい制服でつつんだ三十七人のクラスメイトたち。「ああ、はじまるんだ」と思った。

 わたしの脳裏から「旧棟」という言葉は、またたく間に遠ざかって消えた。入学したての高校一年生には、もっと気にしなければならない重要なことが、次から次と待っていたのだ。


 そして今――わたしは、その旧棟の前に立っている。どきどきしながら、扉を開こうとしている。どうしてこんなことになったんだろう。

 放課後、定例の委員会活動を終えたわたしは、そのまま帰り支度をととのえ、昇降口へ向かって歩いていた。

 夕方というには、まだ早い時間だったけれど、学校からはすでに人気(ひとけ)が消えて、校舎全体が、ひんやりとした影の中に静まっている。

 第一棟と第二棟を結ぶ吹き抜けの渡り廊下に、プラスチックの簀の子を踏むギシギシという音が響く。その足をとめて、誰もいない中庭にふと目を向けたとき、校舎を取り囲んでたたずむ巨人の列のような木立と、その下で身をひそめるようにうずくまる「旧棟」が見えた。

 正確にいうと、見えたのはコンクリートの屋根だけだった。「旧棟」は平屋で、しかも、工事現場でよく見かける、オレンジと黒のしま模様を施したバリケードで囲まれていたからだ。

 ただし、バリケードは隙間だらけで、いかにもおざなりに目隠しをしているだけという感じ。入ろうとすればどこからでも入れてしまいそうだ。

 今すぐ倒壊しそうな建物というわけでもなく、管理上はそれでも特に問題ないのかもしれないけど、中途半端なバリケードのせいで、かえってずぼらっぽい印象を受ける。

 それが、学校側の単なる怠慢なのか、「立ち入り不可」をイメージづけるパフォーマンスなのか、それとも生徒たちへの信頼の証なのか。わたしには、どれとも判断がつかなかった。

 ジャリ、という音が足もとで鳴ったのに息をのんで、わたしはゆっくりと視線を落とした。

 いつの間にか、わたしは、上履きのまま中庭に踏み出していた。

 え? わたし、どうしようとしてるの?

 なによりわたし自身が、その行動に驚いていた。なにしろ、決められたエリアからはみ出そうなんて、そんなことを考えたことすらない人間が、わたし、本多小羽子だったから。

 いったい、どんな気まぐれが、わたしの背中をトンと押したのか。

 とまどいながら、それでも、いったん動きだした足はとまらなかった。その足の先にあるのは、ただひとつ、「旧棟」だ。

 今日、入学してから初めて「旧棟」を見た、なんてことはもちろんない。校舎の先に視線を延ばせば、その建物は、いつでも目の端(はし)にとまる。でもそれが、わたしの心をとらえるなんてことは、これまで一度もなかった。

 そもそもそれは、古さの分、くすんだ印象が五割り増しになっているだけの冴えない建物で、女の子の気を引くような要素はひとつもない。

 動きだした足の先にあるのが「旧棟」だということはわかっても、わたし自身がなにに向かっていこうとしているのかは、まるでわからなかった。

 こういうとき、小説なら、きっとドラマチックなきっかけが描かれるのだろう。でも、そんなきっかけは、なにひとつなかった。心地よい花の香りに誘われた、なんてことはなかったし、懐中時計を持って走るウサギも見なかった。もちろん、コロコロ転がるおにぎりも見ていない。

 今ごろになって、学校への反抗心に目覚めたのだろうか。それとも、眠っていた冒険心の種が、突然芽を吹き出したのだろうか。

 だとすると、かなり遅い――しかも、ずいぶんとささやかな反抗期の訪れだ。

 でも、わたしをとらえたのは、もっとわけのわからない“なにか”のような気がした。

 言葉では説明のつかない衝動――よくそういうことを聞くけれど、そんなものが自分の中にあったのだとすれば、それもまた新たな驚きだった。

 こういうのを、なんていうんだっけ……そう、セイテンのヘキレキだ。

“アリ子”

 不意に、懐かしい声がよみがえる。この世界でひとりだけ、わたしをそう呼んだ人。わたしを「素直じゃない」と言い、「腹黒」と言って笑った人。

“アリ子がなにかに惹かれるなら、そこにはきっと、アリ子が求めている光があるんだよ”

 光? 光なんてどこにも……

 わたしは、はっとして足をとめた。オレンジと黒のバリケードが、もう目の前まで迫っていたのだ。人ひとり分くらいの広さがある隙間から、「旧棟」の全体が、はっきり見えた。

 建物のまわりに敷かれたコンクリートブロックからは、膝丈を超える高さの雑草が伸びている。バリケードで新校舎との間が寸断された通路の先に、空色に塗られたスチール扉がある。こちらから見える建物の側面には、錆の浮いたサッシュ窓が並んでいた。

 洗練された意匠なんてかけらすらない、ただただ武骨な建物だ。

 そして、その窓からは、ほのかな明かりが漏れていた。

 ――え?

 外光が反射しているだけかと思ったけれど、まちがいなく、建物の中から漏れ出している明かりだった。

 呆然と立ちつくすわたしの頭の中では、あの言葉がリピートしながら鳴り響いていた。


“アリ子がなにかに惹かれるなら、そこにはきっと、アリ子が求めている光があるんだよ”

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