強欲の病

第4話 熱病の町

 シストとルビーは仇討ちの旅に出ることになった。しかし、仇の情報が何もなければどうすることもできない。やはり、まずは情報が欲しかった。



「ルビーさん。なんでもいいですので、仇に関する情報はないのですか?」


「あるわ」



 ルビーは部屋の隅にあった自分の荷物の中から地図を取り出した。


 なお、衣服は親切な宿屋の女将が裁縫で縫い合わせてくれていた。ようやくいつもの衣服に戻ることができて、ルビーはほっとしていた。


 さて、ルビーが取り出した地図のことである。地図はこの国、シャムス王国の全土が描かれていた。このグラナーテの町はシャムス王国の東の端にある町である。シャムス王国の王都から最も遠い町の一つだろう。



「私は父の仇のことを知らないけど、その仇のことを知っている人がここにいるわ」



 ルビーが指差した場所は、トルペードというグラナーテの町から南西にある町だった。三方を山で囲まれた盆地にある町だ。



「では、目的地はこのトルペードなのですね」


「ええ」


「ちなみに、その仇のことを知っているという人の名前は」


「アリア。アリア・ブランクさんよ」



   ###



 シストとルビーはグラナーテの町を旅立った。トルペードの町までの道のりは平坦なものではなかったが、それでも順調に進むことができた。シストが旅慣れていたおかげであろう。そのこともルビーにとってはありがたいことであった。


 そして数日の旅の末、二人はトルペードの町に到着した。しかし、シストはこの町に入った瞬間、ある違和感を覚えた。


 町の人々に活気がないのだ。通り過ぎる人々の多くが赤い顔をしており、どこかけだるげな足取りだった。急病人というほどではないので呼び止めてまで診察する気にはなれなかったが、それでもシストはヒーラーとしてこのトルペードの町に不穏な空気を感じ取ったのである。


「なにも、なければいいのですが」



   ###



 シストとルビーはトルペードの町の町長宅に向かった。この広いトルペードの町でアリアを闇雲に探すのは非効率である。そのため、町の人々の情報を一括管理している町長を訪ね、アリアの居場所を聞き出そうとしたのだった。



「ここね」



 ルビーは町長宅のドアをノックした。


 他の家よりかは少し大きいが、基本的に質素な印象を受ける家だった。権力者特有の威圧感がなく、感じのいい家屋である。


 しばらくすると、町長の奥さんらしき老婆が姿を現した。この老婆も町を歩いていた人々と同じように、顔が赤く、けだるげな様子であった。



「どなたですか」


「突然すみません。私はルビーと申します。この町に住んでいるアリア・ブランクという人のことを知りたく、訪ねてきたのですが」


「そうですか……」



 老婆は今にも倒れそうな表情のままうつむいた。そのまま本当に意識を失ってしまいそうである。だが、数秒間の沈黙のあと、老婆はゆっくりと顔をあげて口を開いた。



「残念ですが、町の人々の資料は町長である夫が管理しています。しかし、夫は今寝込んでおり、誰にも会える状況ではありません」


「えっ。病気ですか?」


「何とも。回復魔法でよくなることもあるのですが、すぐにまた寝込んでしまって……。もしかしたら、夫はもう長くは……」



 老婆の目には薄っすらと涙が流れた。それを見て、ルビーの心が動かされる。



「大丈夫です。安心してください」



 ルビーは老婆の手を取って、両手で包んだ。



「ここにいるのは凄腕のヒーラーです。こいつにかかれば、どんな病気でもすぐに治してもらえますから」


「本当ですか」



 ルビーとともに老婆がシストのほうを向いた。シストはたじろいだが、ここで、「違います」とも言えない。頭の指で掻き、片メガネを一度外して布で拭いた。



「まあ、できる限りのことはやってみます」


「ありがとうございます。ありがとうございます……」



 老婆は何度もお礼を言った。まだ病気が治ったわけでもないのだが、シストたちの好意がうれしかったのだろう。その思いが行動に現れている。


 シストはこの老婆の姿を見て、最善を尽くそうと思った。



   ###



 シストたちが町長の寝室に入ると、ベッドの上には顔をゆでだこのように真っ赤にした老人が眠っていた。この老人が町長なのであろう。



「では、まずは体を調べさせてもらいます」



 シストは白衣をはためかせ、町長の眠っているベッドへと近づいた。



「えっ。回復魔法を使うのではないのですか?」


「回復魔法も使います。しかし、僕の治療法はその前にいろいろとやることがあるので」



 シストの真剣な眼差しに、老婆も神妙に頷いた。シストを信用しようと思ったのだろう。そうでなければ、そのままシストを町長のベッドに近づけるはずがなかった。


 町長の体を診察すると、すぐにシストの顔が歪んだ。



「これは……」


「何かわかったの?」



 ルビーが興味深そうに訊いてくる。しかし、ここではまだ何も言える段階ではない。



「ええ。しかし、まだはっきりとは」


「でも、何かつかめたんでしょう?」


「確信がありません。ただ、気になる点が少々」



 シストはいくつかの質問をするため、老婆のほうへ体を向けた。老婆は心配そうな様子でシストと町長は眺めている。



「すみません。いくつかお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」


「はい。私にわかることでしたら」



 シストは懐からペンと小さなメモ用紙を出した。



「町長さんにこの症状が出たのはいつ頃からですか」


「確か、一か月ほど前だったと思います」


「そのときの症状は」


「始めは元気がなくなっていきました。もう年なのですから、それはしょうがないことかとも思いましたが、次第に熱も出始め、ついにはこのように寝込んでしまうようになってしまいました」


「この町で、町長さんと同じような症状になっている人はだれかいませんか」


「いっぱいいます。祟りだとか、呪いだとか町の人々は言っているようです。町の人々も一か月ほど前から熱病を発し、苦しんでいます。そういう私も、症状は軽いですが、少し熱があるようでして……」


「なるほど。やはり」



 シストは得心したようにうなずいた。メモ用紙に次々と今の会話の内容が書かれていく。しかし、その様子を見ていたルビーの不満は爆発寸前だった。というより、爆発した。



「何が、『やはり』なのよ。全然わからなーい!」



 ルビーは意味不明な会話にしびれを切らしたのか、大声をあげた。病人がいるこの部屋でそんな声を出すことは非常識なのだが、ルビーの我慢も限界だったようだ。


 シストは慌ててルビーをなだめにかかる。



「確信が持てましたら、すべて話しますから」


「話に置いてきぼりにされるのは嫌なの。確信が持てたらじゃなくて、今話してよ」


「困りましたね」



 シストはまだ予測の範囲を出ないことを話していいものか迷った。しかも、ここには患者も、その親族もいる。少なくとも、今ここで話すべき内容ではないだろう。



「わかりました。では、僕たちは一度出直すことにします。治療法が見つかりましたら、またお伺いしますので」



 老婆は少々悲し気な表情になった。



「夫は、まだ治らないのですか?」


「現状では、難しいですね。しかし、可能性はあります。その可能性を、今は信じてくれないでしょうか」



 老婆は逡巡したが、ついにはシストの誠意を信じることにした。この青年は嘘をつくような人ではない。長年生きた老婆の勘が、そう伝えていたのだ。



「少しでも、よくなる可能性があるのでしたら」



 老婆はシストの手を握ってお辞儀をした。その姿に、シストは何としてもこの病気を治さなくてはならないと決意する。



「では、僕たちは退出しますね。でも、その前に」



 シストは町長と老婆に回復魔法をかけた。熱でうなされていた町長はわずかに穏やかな顔になり、心地よさそうな寝息をたて始めた。老婆の顔も通常の肌色に戻っていた。



「また来ます」



 シストはルビーをなだめながら、町長宅を出ていったのだった。

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